ep.1
──ライハルト──
僕は王家に生まれた。
父は立派な王様だ。
国を愛し、民を愛し、土地を豊かにすることに情熱を注いでいる立派な王様だ。
強くて、優しくて、家族のことも大事にしてくれる立派な父だ。
そんな父に僕は憧れている。
僕は父のような王様になりたい。
僕は自分で言うのもなんだけど、とてもいい子だ。
勉強も運動も魔法の練習だって全部頑張っている。
誰にも負けたくないと影で努力をしている。
羨望の眼差しを向ける同級生たちには涼しい顔をしている。
みんなは「さすがあの王様の息子だ。」と口々に言う。
僕はそんなみんなの期待を裏切らないようにいつも1番になれるように頑張っている。
いつか王様になったときのために。
しかし運命というものは残酷だった。
立派な王である父は正妻の他に側室が5人もいた。
つまり奥さんが6人いるということだ。
そしてそれぞれが子供を産み、皇子と皇女は合わせて14人もいる。
1番上のお姉様が15歳で1番下の弟は生まれたばかりだ。
僕はその中で11番目の子供で4番目の側室の長男だ。
王位継承権というのがあって、どういう順番でつけているのか僕にはわからないけれど、それが僕は15位らしい。
つまり僕が王になるには僕の前にいる14人がみんな死ななくてはいけない。
僕がいくら勉強や運動ができても王になれる可能性はほとんどない。
暗殺者が大勢やってきてバタバタと倒してくれでもしないと無理だ。
それにお姉様やお兄様たちに死んでほしいなんて思ったこともない。
みんな優しくて大好きだから。
王になれる可能性はないと頭では理解してるつもりだけども、僕は王になるための努力をやめない。
いつしか僕は「自分が王なら」と考えるようになった。
頭の中で僕が王になったらという妄想が止まらない。
望みはなくても夢みるくらい許されるだろう。
────
「ライハルト様はやっぱりすごいなぁ!」
クラスメイトのギールは目を輝かせて僕にそう言う。
魔法の授業で僕が見事な火の玉を出したからだ。
僕が通うのは王族や貴族の子供たちが通う由緒ある学園だ。
少人数制で先生の数も多く、勉強や運動はもちろん、魔法やマナーや振る舞いなどありとあらゆることを教えてくれる素晴らしい場所だ。
6歳になると入学できる。
僕は4月に入学したばかりの1年生だ。
お姉様やお兄様を見ていたから学校に通うのをとても楽しみにしていた。
入る前からたくさん勉強していたから入ってからの授業は僕には物足りなかった。
しかしクラスメイトからの羨望の眼差しは悪くない。
先生に褒められるのも嬉しい。
だから僕は努力を重ねる。
「こんなこと、たいしたことじゃないよ。」
僕は的に向かってまた火の玉を飛ばした。
勢いよく飛んだ火の玉は的に当たって弾けた。
「すごいなぁ!」
クラスメイトたちは拍手をしている。
(だって僕は3歳から魔法の特訓をしてるからね)
僕はできるだけ傲慢に見えないように振る舞う。
民に愛される王は傲ってはいけない。
謙虚に、でもやる時はやる。
立派な王になりたいから。
────
「今日はここで絵を描きます。素晴らしい森の中で美しい自然を感じてくださいね!」
美術の先生はみんなを学園の外にある森に連れてきた。
歩いて5分くらいの場所にある森は先生が言うようにとても美しいところだった。
きれいな花が咲き、かわいい蝶が飛んでいる。
木の上には小動物もいてこちらをうかがっている。
穏やかでゆったりした時間が流れている。
僕は小さな池の辺りに座り、絵を描きだした。
絵を描くのはあまり得意ではないけれど、僕は一生懸命スケッチブックに向かう。
クラスメイトたちも静かに絵を描いていた。
僕が絵を描いているとキラキラと輝いていた池の水が急に真っ黒になった。
「なんだ?!」
近くにいたクラスメイトたちもそれに気がついて不思議そうに池を眺めている。
バシャーンと大きな音とともに真っ黒な大きなものが現れた。
よく見るとゴツゴツしたウロコに被われた大きなトカゲのような姿だった。
「ギャー!!」
池の周りはパニック状態だった。
僕もビックリして体が硬直してしまった。
大きなトカゲはゆっくりと池から出てきた。
トカゲの向かう先には腰を抜かして動けなくなったギールがいた。
「来るな!!」
トカゲは一直線にギールに向かっていく。
硬直していた僕の体は次の瞬間トカゲの前にいた。
「ギール!早く逃げて!」
僕は手を広げて通せんぼするようにトカゲの前で立ちふさがった。
ギールは先生に引っぱられて後ろに下がっていった。
「ライハルト様も早く!」
先生の叫ぶ声が聞こえた。
しかし僕はトカゲを目の前にしてまた動けなくなっていた。
(王ならみんなを守らないと)
僕はトカゲに向かって魔法を使った。
火の玉や雷をトカゲに放ったのだ。
あんなに褒められた魔法だったけれど、大きなトカゲにはまったく効かなかった。
そして次の瞬間、大きな口を開けたトカゲに僕は食べられてしまった。
痛みは感じなかった。
しかし死というものは真っ暗だった。
不思議と温かい。
(みんなが無事ならそれでいい)
僕は本気でそう思った。
真っ暗闇でひとりぼっちだったけど、僕は王様になれたようなそんな気持ちになった。
僕は立派な王様だ。
────
──梶田圭太──
僕は生きる意味がわからない。
なぜ存在して、生きていなければいけないのかわからない。
そんな思いのまま僕は高校生になっていた。
そんなだからか僕には友達なんかいない。
世の中には優しい人がいて、こんな僕に話しかけてくる人もいる。
しかしそれは僕には迷惑な話だ。
「ひとりぼっちで可哀想な子に優しい私は話しかけてあげた」というその人の自己満足につきあう気はない。
僕は冷ややかな目でそういうのを適当にあしらってきた。
そして「話しかけてやったのになんだお前」みたいに言われる。
勝手に話しかけてきて勝手に怒ってるんだ。
まったく意味がわからない。
しばらくすると話しかけてくる人もいるいなくなる。
僕にとっての平穏だ。
みんなが僕を空気だと思ってくれるのが1番好ましい。
僕は最初からここにはいなかったんだよ。
黒板にダラダラと数式を書いている先生。
それをノートに書き写している生徒たち。
それになんの意味があるんだい?
勉強して、いい仕事について、お金を稼いで、食べて、寝て。
それになんの意味があるんだい?
僕は常にそう問いながら時間が過ぎるのを待つ。
死ぬことを選ぶこともできるだろうけど僕はまだ生きている。
自分のためではない。
おそらく僕が死んだら家族だけは悲しむだろう。
こんな僕を育ててくれている家族のためだけに僕は生きている。
父と母と姉が僕を愛していてくれているから。
悲しませない程度に僕はなんとか生きている。
ベッドに入り、目を閉じると思う。
やっと今日が終わったのだと。
このまま目が覚めなければいいのにと思いながら眠りにつく。
しかし朝はやってくる。
また意味のない日常が僕の目の前に広がる。
生きるのをやめたいな。
ふとそう思いながら、僕はパンをかじる。
僕は今日も生きている。
────
──水川カナ──
25歳で結婚して、私は幸せな毎日を過ごしていた。
旦那様は優しくていつも私を愛してくれていた。
幸せな夫婦だったが子供には恵まれなかった。
おそらくどちらかに何かしらの問題があったのだろう。
私たち夫婦は検査をしなかった。
その代わりに犬を飼った。
たまたま里親を募集しているのをみつけ、これは運命だと思った。
マルと名付けた雑種のその犬は柴犬くらいのサイズで長毛で愛嬌のある顔をしていた。
私も旦那様もマルを愛し、マルも私たちを愛してくれていたと思う。
マルは私が50歳になると、その生涯をとじた。
享年11歳だった。
私も旦那様もとても悲しんで、もうペットは飼わないと決めた。
それから3年後、私の愛す旦那様がこの世を去った。
すい臓癌だった。
みつかった時には手遅れで、最後はホスピスで穏やかな余生を過ごした。
最後は安らかな顔をしていた。
そして私はひとりぼっちになった。
介護施設で働いている。
必要とされる仕事でやりがいもある。
腹の立つこともあるがお年寄りに寄り添う仕事は笑顔になることも多い。
何よりも頼られているということが私の今の生きることへのモチベーションになっている。
あの人は天国で楽しく暮らしているだろうか。
────
学校が終わり、僕は徒歩で家に帰る。
いつもの通い慣れた道だ。
僕はできるだけ人と目を合わさないように歩く。
横断歩道脇の草むらからニャーという、か細い鳴き声が聞こえた。
僕は猫がいるのかとそちらを見てみたが姿は見えない。
(野良猫は人間を警戒するから出てくるわけないか)
僕は気にせずに横断歩道を渡る。
歩行者用の信号が点滅している。
僕は小走りで渡りきろうとした。
「危ない!!!」
後ろから女性が叫ぶ声がした。
そして目の前にすごい勢いでこちらに向かってくるトラックが見えた。
見えた時には遅かった。
(歩きスマホはやめなさいって母さんが言ってたのにな)
僕の体は衝撃を受ける。
痛みを感じる間もなく僕は宙に舞った。
真横を見ると真っ黒な子猫と、それを抱きかかえるおばさんが僕と同じように飛んでいた。
きっとさっき叫んだ女性だろう。
僕たちはトラックにはねられたようだ。
────
僕は重いまぶたをゆっくりと開けた。
眩しくて何も見えない。
病院に運ばれたのだろうか?
体は重くて動かない。
骨折でもしたのだろうか。
目がやっと慣れてきて、ぼんやりと景色が見えてきた。
木がたくさん見える。
衝撃でどこかの庭まで飛んでしまったのだろうか。
「ねぇ、起きて!」
子供の声が聞こえる。
僕はなんとか首を動かして声の主を探す。
横には見覚えのある黒い子猫がいた。
「お前、助かったんだな。よかったな。」
子猫を抱えていた女性は見あたらない。
「よくわからない。僕はトカゲに食べられて死んだはずなんだけどな。」
子猫は口をパクパクさせている。
(この猫が喋ったように見えたが、これは夢か?)
重い体をやっと起こして辺りを見回した。
どう見ても森の中だった。
「ここはどこだ?」
僕は立ち上がることもできずに、ただ理解できずにいた。
「お兄さん、不思議な格好をしてるね。どこから来たの?」
子猫は僕の膝の上に上がりそう言った。
「お前、喋れるのか。」
「何言ってるんだ?僕はもう6歳だぞ!学校にも通ってるんだからな!」
子猫はそう言うとシャーッと威嚇した。
その声に子猫はビックリして自分の姿を見た。
「ねぇ、僕、猫みたいになってるんだけど?」
子猫はパニック状態になり、くるくる回ったり転がったりしている。
僕はおかしな夢を見ているようだった。
体が痛くてまだ立ち上がれない。
足元を見るとスマホが落ちていた。
僕は痛いのを我慢して拾い上げた。
(夢だろうがなんだろうが、痛みを感じるんだから救急車を呼ぼう)
『あなた!私をここから出して!!』
電話をかけようとするとスマホから声が聞こえた。
僕は驚いて投げ飛ばしてしまった。
『ちょっと!!何するのよ!痛いじゃない!!』
スマホからは生きているかのようにそう声がした。
「何がいったいどうなってるんだ?」
横では「なぜ猫なんだよ!」と言いながら子猫が倒れている。
スマホからは『そこのあなた!助けてよ!』と女性の声がする。
(この声、トラックにはねられた時に聞こえた声だ)
僕は恐る恐るスマホを拾い上げた。
僕のスマホの中にさっき見た女性がいたのだ。
────