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超短編小説『千夜千字物語』

『千夜千字物語』その11~ハンカチ

作者: 天海樹

得意先担当者のアシスタントとして紹介されたのが、

彼女との出会いだった。

ただ彼女とはあまり顔を合わせる機会がなく、

よく知らないままあっという間に半年が経った。


ある夏の日、

ハンカチを持って出るのを忘れ

汗を拭うこともできずに得意先に着くと、

「ちょっと待っててください」

彼女がそう言って奥に消えると、

「これでどうぞ」

とハンカチを手渡してくれた。

ごく自然な振る舞いに気後れしていると、

「使っていないから大丈夫ですよ」

彼女はそう言って屈託なく笑った。

その優しさと印象的な笑顔が

彼女を意識させるようになった。


結婚生活はすでに破綻していた。

何年にも渡り関係修復に努めてきたが一向に改善されず、

すでに離婚することで二人の意見がまとまっていた。

しかし、男には再婚の意思がないことと

妻に自立力がないこともあって、

共同生活は今も続いていた。

もちろん身体の関係はもとよりキスすることもなく

そこには愛情などはなかった。


気になりだすと

会うことがとても待ち遠しくなった。

ただ会っても何を話すわけでもないので

彼女が何が好きで、普段何をしているのか全く知らなかった。

ただわかっているのは、

左手の薬指に指輪が光っていることだけだった。

いろんな話をしたい、いろんなことを聞いてみたい、

彼女に関心はあっても

その指輪の存在がそれを思いとどまらせていた。


距離が一向に縮まることなくさらに半年が過ぎ、

ついに転勤の辞令が出た。

彼女のことを何一つ知ることができなかったのが心残りだったが、

諦めようと心に蓋をした。

また、妻との共同生活もこれで区切りがつく。

「ようやく指輪を外せるんだなぁ」

と感慨深げに指輪を外して上着のポケットにしまい

リセットボタンを静かに押した。


得意先に最後の挨拶に顔を出した。

運がいいのか悪いのか、彼女が対応してくれた。

「寂しいですね」

社交辞令でもうれしかった。

最後に借りていたハンカチを手渡そうとした時、

「あ、指輪」

その左手を見て指輪がないことに気づいたようだった。

「自分の事に関心が全くないと思ってました」

少し照れてそう言うと、

「そんなことないですよ」

と否定をしてくれた。

それが後押しとなって

「僕はいろんなことが知りたかったです。

 だって、好きだったから」

と告白してしまった。

言ったそばから後悔した。

でも彼女ははにかんで、

目が少し潤んだように見えた。

借りたハンカチのお礼にと用意していた真新しいハンカチを

そっと渡した。

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