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9.取材

9.取材


「えー……では、ミナミンさんが愛犬を呼ぶシーンから、撮影を始めようと思います。

 えーと……ワンちゃんのお名前は?」


 朝もや煙る公園……ようやく日が昇ったばかりの公園は、一部関係者を除き人気がほとんどなかった。


 静寂の中で大きめのワゴン車ですでに到着していたテレビ局スタッフたちは、恐らく真っ暗な中でセッティングを終えていたのであろう……ミナミンたちが到着するとともに寄ってきて、これからの進行を告げた。


 恐らく公園での撮影許可は取っているのであろうが……それでも一般市民の利用を制限するまでとはいかないだろう……映画の撮影でもあるまいしな……だから、早朝の人がいない時間でとり終えるつもりだな。


「わわわ……ワンちゃんの名前は……ぽ…………ぽ……ポップ……です……。」

 緊張感丸出しのミナミンは、手にしていたバスケットを落としかねん程に震えながら、蚊の鳴くような声でようやく答えた。


「真っ白くてふわっふわな毛に覆われていて……それで茶色の耳がアクセントになっていて……ポップコーンみたいだから……ポップってつけたみたいですよ。あたしには豆大福にしか見えないけど……」

 ミナミンの声はスタッフに伝わっていないと判断し、すかさずハルルンがフォローに入ってくれた。ナイス!


「ああ……なるほど……大きくて黒い目が……豆大福も納得ですけど……ちょっと失敗した焦げ目みたいな感じですかね。かわいい名前だ……。


 じゃあちょっと……離れたところに置いて……名前を呼んでみて頂けますか?それでミナミンさんのもとに駆け付ける様子……冒頭シーンを撮りたいので……明るい笑顔でお願いしますね。」


 厚手のトレーナーにデニムズボン……靴はスニーカーの……軽装姿の男は、それでもガムテープやハサミにペンの他にはペンチにドライバーなど、大工道具ともいえるアイテムをベルトに括り付けていた。


「ははは……はいっ……ととと……遠くに……おおお……置いて……来るのですね?」


 ほとんど棒立ち状態で、膝がガクガクと震えているのがこちらにも伝わってくる状態のミナミンは、左手にはリードの端を握り締め、バスケットを持ったままの右手で俺を抱きかかえようと身を屈めてきた。


「ああっと……早朝からご苦労様です。皆さん朝食はお済でしょうか?その……コンビニでおにぎり……とも考えたのですけど、あいにくこの近場にはなくて……だからあたしはおにぎりを早起きして握って……この子はサンドイッチと唐揚げなどのおかずも作って来たみたいなんですよ。


 片手で食べられるものだから……撮影しながらでも……如何でしょうか?」


 暴走寸前のミナミンをフォローするべく話題を切り替えようと、ハルルンが手に持っている保冷バッグの口元を開いて、スタッフに見せると……


「おお……いやあ……我々も現場についたらコンビニで……って考えていたのですが、この辺デッドゾーンですよね……周りに店が全くない……戻って買い込んでいる時間もなかったから……だから空腹のままで早く済ませるつもりでいたのですが……助かります。


 おおーいっ……有難いことに、飯作って来てくれてるみたいだぞ!取りに来てくれ!」


 すぐに食いついて来た……こりゃあ相当腹減っていたな……もしかすると……昨日はミナミンたちグループの接待目的だったから……スタッフたちはさほど食べられていないのかもしれんな……食事シーンだって撮影していたはずだからな……スタッフは辛い……といったところか……。


 2名のスタッフがやってきてハルルンの保冷バッグと、震えるミナミンの手からバスケットを受け取り、ワゴン車へ駆け戻って行った。先ほどのスタッフも一緒に戻って、双方の中身を確認しながらハルルンの保冷バッグからラップに包まれたおにぎりを取り出して、手に持ったまま戻ってくる様子だ。


「ほらっ……落ち着いて……普段やっているように、ポップと遊んでいるところを見せるだけなんだから……緊張しないで……大丈夫……深呼吸しようか……息を大きく吸って……」

 その隙にと……ハルルンがミナミンに向かって小声で告げる。


「うっ……うん……」

 それでもミナミンの膝ガクガクは収まりそうにない……


「うーん……カードを使ったゲームはあたしがやってあげられるんだけど……だけど……そこへ行きつくまでは……ミナミンが頑張らなくっちゃだからね……。


 あたしがいつもやっている緊張回復方法を特別に教えてあげる……いい?ここで頑張れるのは自分しかいないって強く思うんだよ!今頑張らなくて、何時頑張るの?って……何度も何度も自分に問いかけるの!


 チャンスなんて……そうそう転がっているものじゃあないんだから……今この場を逃してしまったら、絶対あとで後悔するって思って必死に踏ん張るの!歯を食いしばってでもね……わかる?


 そうしていると……段々と勇気というか……活力が湧いてきて……頑張れるんだよ!


 あたしは……グループの中で最年長だからリーダーってされてしまって……でも……皆と同じに……あたしだって何も知らないし、何もできない……でも……それじゃダメだって……いつも自分に言い聞かせていて……あたしが盛り上げてグループを守るんだって……。


 だから……ミナミンだってできるよ、一緒に頑張ろう!」


 ハルルンが必死に頑張っている胸の内を打ち明ける……ふうん……何事にも臆することなく飛び込んでいける、強い心を持っているのかと思っていたのだけどな……実は自分を必死で奮い立たせていただけだったんだな……そんなこと……おくびにも出さずに……まだ二十歳そこそこで……凄いな……。


「わわっ……わかった……頑張る!……うんっ、頑張る!」

 ミナミンは気持ちを奮い立たせようと、右手に拳を作って見せた。


「ちょっと……お化粧……なおそっか……。」


 そう言いながら冷や汗で流れそうなミナミンの目じりの部分を、ポケットから取り出したコンパクトで整え始めた。さっすがリーダー……気遣いが半端ない!いつもと違い……今日はテレビに映るということで、ナチュラルではあるのだが珍しくミナミンも化粧してきているからな……。


 そう言えば……休日の撮影という名目だからなのか……本来の目的をはき違えているのであろう……仕事の場にはいるであろうはずのマネージャが誰一人来ていないな……服装から化粧迄……全て当人たち任せの丸投げという事なのか?


 まあ……あくまでも商店街のアイドルだからな……事務所やマネージャーだって、本業のプロという訳ではないのかもな……商工会議所の職員が兼任していたりして……。


 だとしてもだ……テレビの取材というのに……まあ……ミナミンもハルルンも……いつもの軽装とは違い、恐らく営業用であろう……膝上20センチほどのミニスカートに厚手のタイツ……上は背中にグループロゴ入りのスタジャン……中にはこれまたロゴ入りタンクトップを着て来ている。


 気温が上がって来たなら脱いで、ちょっと色気のあるシーンを撮ってもらうつもりであろう。


 いくら休日の取材と銘打っていても、営業努力は欠かさないよう指示は出ている様子だ。最低限度の気は使っている様子だが……それにしても……だ……


「ああっ……ごっ……ごめん……」


「大丈夫だって……本日の主役はミナミンなんだから……ミナミンはポップと仲良く遊んで見せることに専念して。あとは……あたしがなんとかフォローするから……。」

 はにかむミナミンをハルルンが激励し、なんとか奮い立たせようとしているようだ。


「じゃあ……いいですか?


 あっ……握りめし……大変おいしいです。それに……片手だけで済むし……本当にありがたいです。」

 戻ってきた先ほどのスタッフが、先端が少し消失したおにぎりを左手で掲げながら笑顔で会釈した。


「あっ……とんでもありません、喜んでいただけて何よりです。沢山作って来たんで、遠慮なく食べてください。


 さっ……いい?まずあたしがポップを向こうへ連れていくから、ここから元気よく名前を呼ぶんだよ!

 そしたら放すから……受け取ってね、いい?」


「はははっ……はいっ……頑張れ頑張れ……今やらなくて何時頑張るの?頑張れ……」

 ハルルンは俺の背中越しに手を回し両手で腹を持ち上げると、そのままの体勢で小走りで駆けだした。


「このくらいでいいですか?」

 そうして20m位先で振り返る。


「はーい……いいですね……。

 じゃあ……カメラ……セット……」


 いつの間に来ていたのかハンディカメラが2台……ミナミンの後ろと斜め前にやってきていて、振り返ると俺の背後にももう1台……カメラマンが控えていた。凄いな……本格的だ……。


「じゃあですね……キューと叫んだら、大きな声でポップの名前を呼んでください、いいですか?」


「はっ……はいっ……」

「じゃあ、キュー!」


 小さな黒板がついたカチンコとかいう道具を鳴らすのかと思っていたら……何と掛け声だけ……そうか……撮ったVTRのファイル名つけておくとか……あるいはパソコンなどで画像データの最初にタイトル入れておけるか……そのほうが後で検索や頭出しが簡単だろうからな……。


「えーと……えーと……」


 キューがかかったのに、ミナミンは相変わらず棒立ち状態のままだ……それでもじっとこっちを見ている様子で……俺を呼ぼうとする意思はありそうだな……。


(がんばって……がんばって……ポップだよ……ポップ……)

 背後からハルルンが小声でつぶやく言葉がかろうじて聞こえてくる……恐らく口を大きく使い、音を発さずに伝えようとしているのであろう…… 


「ぽっ……ポップ!」

 少し詰まったが、何とか呼べた!


(はいっ、行けっ!)

 俺の胴回りを掴んでいたハルルンが両手を離し耳もとで囁いたので、そのままダッシュでミナミンの元へ駆け寄り、しゃがんで待ち受けるミナミンの顔をぺろぺろと舐めまくる……


「きゃっ……だめだよ……お化粧落ちちゃうじゃん……折角直してもらったのに……」


 俺が飛び込んでいったことで少し落ち着いたのか、ミナミンの震えは止まり、口調も正常となった。

 おおっ……いい傾向だぞ……これだったらこの後も……


「はいっ……OK!いいのが撮れましたよ!本当に仲がよろしいようで……じゃあ……次行きましょう……次は……芝生の上をポップと一緒に少し走ってみましょうかね?いつも……そうしてます?」


「ああ……はっ……はい……ポップは芝生の上を駆けるの大好きです……でも……普段はリード……離せないので……あたしは足が遅いから……ポップに引っ張られるだけで……。」


 ここはドッグランではないただの公園なので、勿論ペットは常にリードで飼い主と繋がっていなければならない。今だってハルルンが俺を抱えていて、リードをつけたままの俺が飼い主であるミナミンの元へと駆け寄ったという……ギリギリ許される範囲の行動だからな……。


「では……リーダーのハルルンさんが一緒にいるので……ハルルンさんとミナミンさんとポップで一緒に走るシーンと、ミナミンさんとポップで走るシーンと……2回撮りましょう。そのほうが休日を一緒に過ごしている感がありますからね……いいですか?」


「はっはいっ!」



 緊張しいのミナミンを気遣ってくれたのか、まずはハルルン含めて俺と一緒に芝生をかけるシーンを2度ほど撮影し、それから俺とミナミンだけで駆けまわるシーンの撮影となった。


 最初はぎこちない動きでほとんど走っていなかったミナミンも、優しく背中を押してくれるハルルンの気づかいでペースをつかみ、ペットと自然と駆ける姿が撮影できたであろう。


 もちろん俺も……子犬であり体が小さい俺だから……俺の4、5歩が人間の一歩であろうと考え、いつも必死に駆けてペースを合わせようとしていたのだが……まさかそれが逆であったとは……今回はリードの張りに注意を向けながら、ミナミンが無理なくついてこられるよう調整した。



「はいっ……ありがとうございました……なかなかいい絵がとれていますよ……。」

 スタッフの評価は上々……これならお蔵入りにならなくて済みそうだな……。


「じゃあ次は……」

 一通り……お手にお替り……伏せにチンチンにおやつを待て……と言った芸を披露させられた後、一旦休憩となった。


「ポップ……凄いよ……何でもキチンと1回で出来るんだから……ディレクターさんも驚いてた。


 やっぱり賢いんだね……天性のものかなあ……そうだよね……とりわけ私が何かしたわけじゃあないし……トイレとかだって、最初に説明しただけで出来たでしょ?


 だけど……その……あんまり無理しないでね……私はポップがとりわけ賢くなくたって大好きだから……逆に……ね……あんまり賢過ぎちゃうと……私が飼い主でいいのかなあって……悩んじゃうし……。


 もっとポップのことを理解して、きちんと……教育?出来る人の方が飼い主にふさわしいんじゃないかなって思っちゃってるんだ……ハルルンがね……研究機関に預けたほうがいいかもって言いだしてる……。


 きちんとした教育を受けてエリート犬として暮したほうが幸せかもって……。」


 ガーン……良かれと思って協力していたのだが……そんな話になっているのか?確かにな……人間の言葉がある程度理解できる犬……旨い事教育して子孫を増やせば……人が入って行けないところへも行ける災害救助犬や、あるいはスパイ犬として役立つなんて可能性があるからな。


 まずいぞ……だって俺は別に遺伝子学的に優秀な犬となったわけではなく……ただ単に前世の人としての記憶があるまま生まれただけだからな……遺伝子情報や知能指数など調べられたなら、すぐに化けの皮が剥がされてしまう。


 成り立ちを怪しまれて、下手をすれば施設に収容されて徹底的に調べられるかもしれん。


 なにより……折角推しであるミナミンの下に生まれたというに……離れ離れになるだなんて……絶対に嫌だ。どうしよう……どうすれば……ううむ……


「じゃあ……引き続き……頑張って行きましょう。次はカードを使ってみましょう。


 カード選び……ですね……カードに描かれた文字や図など……こちらが選んだカードと同じものを選んでもらう遊び……です。文字や図形を我々と同じく記号として認識できているか……を検証します。


 これは……チンパンジーや類人猿であれば少し教育すれば行けるそうですが……犬では恐らく史上初めての試みだと思います。仮にこれが成功したなら……結構な話題になりますよ……。」

 悩んでいる間もなく次の芸の披露……というか……これはもう実験だな?……が始まった。


 木札を使った訓練の時のように、地面に置いた木製……いや、今回は薄さから言って恐らくは鉄製の足つき枠……だな……に、一列にカードを並べて突き刺さっているようだ。


 なんと……今回は木札ではなく……カード……見た目では恐らく白いプラスティック片にマジックで文字や図形が描かれているのを使っての実験のようだ。なんと……ポップという俺の名前を選ばせるのではなく、向こうが指定した文字や図形と同じものを選ばせる……だって?


 そりゃあまあ……同じの選ぶだけならこりゃあもう……悩む必要なんてないし簡単なのだが……しかも今回……カードには裏表共に同じ文字や図形が描かれている……だから匂いを辿る必要性もない。


 尤も……向こうが指定する文字や図形を選択するわけだから、恐らくカードには仕掛け……つまり選ぶべきカードに臭いをつけるなどの工作は実施されていないであろう。推定ではカードによる実験は、テレビ局側の申し出によるものであるだろうし、本格的に賢いと評される犬かどうかを検証するつもりのようだ。


 文字は……カタカナ……並んでいるのはポップ含む一部だが、50音分はあるであろうと推定……その他は一桁の数字(見える範囲では……だが……計算もさせるつもりか?)と、星形や波形など……超能力特集番組などで見たことがあるESPカードの絵のようなものが描かれているようだ。


 はあ……犬になんてことを期待しているんだ?……恐らくネットを通して、賢いという評判だけが独り歩きして、そりゃあもう……スーパー天才犬として評価されているのであろうな……。

 はてさてどうするべきなのか……まいったなあ……


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