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8.躍進

8.躍進


「今日は本当に偉かったねえ……ご褒美に……ハルルンが買ってきてくれたペット用のお菓子をあげるね。いつもはビスケットばかりだけど、今日はねえ……なんと……チョコレートだよ。チョコだとすぐに溶けて歯にくっついちゃうから……虫歯になると困ると思っていたんだけど、ペット用だから大丈夫だろうって。


 ペットも虫歯になるってペットショップの人が言っていたから……歯の詰め物や入れ歯なんかもあるって言っていたよ……虫歯は痛いから……嫌だよねえ?ペットはそう言うの分からないから、甘いの大好きで食べちゃうから飼い主の人が注意しなくちゃいけないって……責任っていうの?そう言うのあるんだって……。


 余り甘くはないのかなあ……やっぱり人間用よりも、砂糖控えめだと思う……だから……大丈夫だと思うんだけど……食べてみる?」


 公園から帰ったのちダッシュで風呂場に連れていかれ、腹部分含めて体をきれいに洗ってから、ようやくリードによる拘束から解放され、軽くなった体で居間中を駆け回って見せる。


 こうやって普通の子犬であることを認識させておくことは、何事もなく生きて行くうえで非常に重要だと俺は思っている。


 当たり前だが公園内であろうとも……例え子犬であったとしても……犬の放し飼いは禁止されている。人によっては犬や猫など小動物も苦手な人もいるから、勝手にそういった人の所に駆けて行っては困るからだ。


 一般的な常識人よりもさらに慎重そうなミナミンは、公園での訓練の最中も俺のリードを解こうとはしなかった。木札を立てかけた木の柵にリードの持ち手を結び付けて、柵の裏側にしか行動半径がないようにされていたのだ。これなら人の常識がない子犬であろうとも、公園内に放置された食べ残しなど拾い食いしないですんでいるはずだ。


 そういった状況証拠も俺が人語を理解していたのではなく、自然と飼い主の匂いに惹かれて札を選んだことの背景として主張できると考えている。


 慎重派のミナミンはペットのおやつに関してもかなりの慎重派のようで、歯が生えそろったころから固形物のおやつはいつもノンシュガーと書かれた犬用ビスケットだけだ。


 まあそれでもミルクのいい香りがするし、甘味料は使っているからそれなりに甘くておいしいから俺は好きだ。だが今回は……その甘い香りも懐かしい……チョコレートだ……ミナミンの手から奪い取るかの如く咥えたらダッシュで持ち去り、一人部屋の隅っこで両手で支えながらその味わいを楽しむ……。


 ちょっと乱暴のようにも感じるが……体が自然と動いてしまった。甘く芳醇な香りに心を奪われて、本能を抑えきれなかった……まあ……こういった動物的な一面も見せておくことはいい事だろうと考える。


 決して負け惜しみなんかではない……ミナミンの前で恥ずかしい姿を見せてしまったが、これも人の言葉が分かる賢いワンちゃんではないと印象付ける一つになってくれるはずだ。


「あらあら……よっぽどうれしいんだ……おやつでこんなに反応する事……今までなかったもんね。

 よしよし……。」


「ウーっ……」

 スティック状のチョコレートにむしゃぶりついている背後から、ミナミンが俺の体を触ろうとしてきたので振り向かずに唸り声で牽制しておく。


 じいちゃんの家の犬は賢かったし俺にはすごく優しかったが、それでも食事の最中には絶対に近づくなと言われていて、一度一緒に食べようと晩飯を乗せたトレイを持って横に並ぼうとしたら、振り向かずに低い唸り声をあげられた。


 牙をむき出しにしていたようだが、決して飛びかかっては来なかったのだが、必死に自分を押さえていることは子供だった俺にも伝わって来た。


 飼い主がかわいがっている子供だから決して傷つけてはいけないと、頭の中ではわかっているのだが、自分の食べ物を守るという食事中の警戒は最早本能によるもので、自然と体が攻撃態勢を取ろうとするのを犬なりに必死に抑えていたのであろうと理解できた。


 じいちゃん指導の下ドッグフードを入れた皿を俺が自ら持っていき、名前を呼んでから”待て”を命令してじらしてから”よし”を発して食べさせるなどと言ったこともやらせてもらった。ある程度慣れてからは、食べ始めだったら頭を撫でても平気だったな……。


 ようは……動物らしいことをこれからは少しずつ混ぜて行くべし……と、決めたという事だ。


「きゃっ……ご……ごめんなさい。ゆっくり食べていてね。」

 ミナミンが驚き、残念そうに見つめながら後ずさりしていく……ご……ごめんなさい……でもでも……これは仕方がないことなのだ……今だって体が自然と強張り、警戒態勢を取ったのだから……。



 それから数日間は、日々のルーティンの繰り返しであった。まあ……そうそう毎日目新しいことばかりじゃないさ、何事もない日常の積み重ねこそが人生なのだからな……。


 次の休日も動画撮影でもされるのかと身構えていたのだがハルルンは現れず、それでも広い方の公園へミナミンと二人だけで行き、楽しい日中を過ごすことが出来た。いつもの散歩と異なり、芝の上を思い切り駆け回るという行為は、子犬にとっては効果的なストレス解消になるようで、その日はいつもよりぐっすりと眠れた。


 そんなことが2度ほど続いたある日……


「や……やったよ……ポップ……しゅしゅしゅ……取材に……しかも全国放送の情報番組から……シュープリーマーの取材が来るって……しかも明日!ご当地アイドルの特集……みたいな企画で来るらしいんだけど……明後日はアイドルの休日ってことで、ポップと遊んでいるところも取材したいって!


 ハルルンも一緒に来て……いつもの公園で、前にやったみたいに木の札で遊んでいるところを撮るんだって。すっごいよね……全国放送……グループのみんなもすっごく喜んでいて、明日の公演は絶対に成功させるって、みんな張り切っていたよ。


 もっと早くに知らせてくれていたら衣装だって新調できたのにって……皆悔しがってたけど……急遽番組の企画に穴が開いたから来週放送分として取材に来るって、今日の夕方に連絡があったみたいなんだ。


 前からシュープリーマーに注目していたんだって……すっごくない?」


 ミナミンは帰って来るなり外出着から部屋着に着替えるのも待てない様子で俺の体を抱き上げると、目を合わせながらうれしそうな満面の笑みで報告してくれた。なんと……全国放送の取材……凄いな。


 この機会に名が知れ渡りやがては全国区となって……各地でツアーを開催……なんてことになったら、本格的なアイドルだ。ミナミンもうれしいことだろうな……応援せねば……。


 だが待てよ……俺の知っている限りでは、ミナミンはシュープリーマー内での人気は下位の方だ。恐らく俺が応援していた時からさほど上昇してはいないだろう。


 なんせ内気な彼女だし……上昇志向が少し足りないというか……現状に満足しているというか……頑張っていないと言ってはかなりかわいそうだが、他のメンバーを出し抜いてでも人気を確保する……なんて気概は、普段の態度から言っても全く見えていない。


 それを悪いこととは俺は思っていないのだが、アイドルを目指すものとしてはどうなのか……。


 リーダーであるハルルンは勿論人気ナンバーワンを競い合っているはずで、ナンバー2の子だって他にいるはずだから、アイドルの休日の取材であるならば、ハルルンとナンバー2の子の取材が妥当のはずだ。


 なのになぜ?なぜミナミンなのだ?ハルルンが一緒とはいえ、この前同様に公園で俺と遊んでいる時の取材という事ならば、メインはハルルンではなくミナミンということになる。


 もしかするとハルルンもペットを飼っていて、その子を連れてきて俺と一緒に遊ばす企画か?いや……それだったら前回の特訓時にでも連れてきて、自分のペットと比較するなりしたはずだ。なんせ言葉が分かる子犬として、動画をバズらすつもりだったのだからな……普通の犬だったらこの程度です……なんて比較……。


 そうなると……やはり俺のことを取材に?……今はまだ怪しげな……言葉を理解しているようなしていないような……そんなグレーゾーンにいる子犬としての俺……まさか本気にしているなどと悟られないために、アイドルグループの取材と銘打ってやってくるのではないのだろうか?


 全国ネットのテレビ局が……しかも情報番組で……恐らくバラエティ色豊かなコーナーで放映するのだろうが、それにしても犬が人語を解するだなどと……本気で思っていると悟られたら恥ずかしい。でも……もしかしたら……といったほのかな期待……も、あるのであろう。


 ミナミンが言っていた情報番組のタイトルは、俺の生前にも放送していたものだが俺は一度も見た記憶がない。朝の出勤通学前の早い時間から8時まで放送の、各局がしのぎを削っている時間帯の番組だが、勤務先の消防署でも番組のことが話題に上がることは一度もなかった。


 まあ……夜勤というか24時間勤務がある消防士……一般の学生やサラリーマンなどとは出勤時間帯や憩いの時間帯も異なる為、朝の情報番組の視聴率がどれほどあるのか……?といった点はあるのだが、それでも所内の広報に他の情報番組で発信された時短料理レシピやお買い得情報などが記載されることはあっても、かの番組の話題は一度も記憶がない。


 恐らくは……起死回生の話題作りを狙って……そりゃあ……賢い子犬がいて、飼い主の言葉を理解して行動するとなれば……結構大きな話題となるであろう。しかもそう言ったネタは、最初に取り上げた局の手柄というか……ここなら次も……と言った期待感から視聴率は上がるであろう。


 うまくすれば独占取材……なんてことだって望めるかもしれない……なんせシュープリーマーの現状は、商店街からの支援金頼みの面があるようだからな……名を売る為だったなら何だってする……とまではいわないが、ペットの独占取材位は喜んで受けることだろう。それがハルルンの狙い通りなのだろうからな……。


 そうなると……明後日の俺の行動ひとつにミナミンの……いや、ハルルン含めたアイドルグループ……シュープリーマーの未来がかかっていることになるな……ふうっ……どうすればいいのだ?


 勿論あからさまな行動は厳禁だ……それでも犬はお手とか伏せとか待てなど……人の命令に従う習性はあるし、言葉と仕草で飼い主の意志は伝わっていると考えられる。


 だから……ある程度までならミナミンの言うことに従っていても不思議はないはず……ではその線引きは……どこなのか?という見極めだな……。



「ふあー……緊張したー……なんと……商店街にテレビカメラが入ったんだよー……5台以上はあったかな……劇場もお客さん満杯で入りきれないし撮影も難しいから外で……っていう話も出たみたいだったんだけど、あいにくの雨……だったからね……お客さんの入場を制限して地下劇場にカメラ入れたんだ。


 でも……すっごい盛り上がりでね……劇場の外には入り切れないお客さんが何と千人以上もいたんだって……他の町どころか県外からもたっくさん来ていたって聞いた……。


 入れなかったお客さんには申し訳ないけど……テレビってすごいね……それでね……この先1ヶ月間は前売り完売なんだって……昼間のレッスンを削って、夕方からも公演するって話もあるみたい……どうなるんだろうね。


 ハルルンは……どうせ一時的なことだろうからって言っていたけど……だからこそ……明日の取材は頑張って話題づくりしなくちゃだって……。」


 翌日……ミナミンが少しお疲れ気味の様子で帰って来た。玄関開けて靴を脱ぐとそのまま廊下で座り込んでしまうほど……これこれ……ここで落ち着いてはいけないと……ぺろぺろとミナミンの顔……本当に疲れたみたいでなんと……ステージの化粧を落としていないので臭いがきつくて舐めるのやめた。


 だったらシャワーもまだだな……膝丈のスカートから出ている生足をぺろぺろと舐めたあとクンクンと匂いを嗅ぎまくり、早くシャワーに行けと催促する。


「あっ……ごめん……今日はステージが終わってからも取材で……シャワー浴びる時間もなかったから……すぐに浴びてくるね……お化粧も落とさなくっちゃ……。」


 俺の行動に気が付いたのか、ミナミンはすぐに起き上がると風呂場の前で服を脱ぎ始めたので、ダッシュで居間へと戻る……見たいのはやまやまだが……子犬に人間だったころの意識が残っているなどと知らない無防備なミナミンに対して、卑怯な行いはすまいと決めている。


「ふうっ……すっきりした……」

 シャワー後に部屋着に着替えたミナミンが、髪の毛をバスタオルで拭きながら居間へやって来た。


「わふっ!」

 はあ……上気してほんのり赤くなった頬……美少女の湯上りシーンほど……儚げで美しいものはないな……思わず声が漏れてしまう……。


「あっ……ごめんね……ご飯だよね……ご飯……ペットシーツも替えなくっちゃだね……。」


 俺の心の声を勘違いしたのか、ミナミンは急いでトレイにドッグフードをいつもより少し多めに入れてくれ、水も取り換えてからトイレシートを交換しにかかった。


 確かに腹も減っていたので……いつもよりも帰りが遅かったからな……体が勝手に給仕皿に引き寄せられるがごとく動いていき、本能のままに食い漁る。


 あれ?いつもならここで自分のご飯を作りにかかるところなのに……じっと俺の様子を見ているな……背中越しの視線を感じて振り返ってみる。


「うん?どうしたの?見られてると食べづらいかなぁ……でもねえ……今日は取材しに来たテレビ局のスタッフさんが、商店街の中の高級天ぷら屋さんに連れて行ってくれたんだ。地元だけどうちじゃあ家族でも行ったことがないくらいの高級なお店……でも緊張してあまり味わえなかった……。


 ハルルンたちは大喜びでコースを全部平らげていたけど……私は半分くらいかな……それでもふわっふわで味はすっごく良かったよ。だから今日は帰ってくるの少し遅くなっちゃったけど、ご飯食べたらすぐに散歩に連れて行ってあげるからね。」


 いつの間にか手にしているリード……おおそうか……結構遅い時間だからな……早いとこ平らげて散歩して就寝せねば……明日は休日の取材だからな……。


 ミナミンはかなりお疲れのご様子で、散歩後はすぐに就寝することになった。



「おっはようー……昨日は大変だったね……特別に夕方と夜の2度公演で、更に夜のステージの後はテレビ局のスタッフさんとの会食で……ミナミン……緊張してあまり食べられなかったでしょ?


 ああいうときは人目なんかまったく気にせずに、出されたものをなんでもパクパク食べるのがいいみたいだよ。そのほうが向こうだって喜ぶみたい……メンバーの子たちなんか、あの後食べっぷりよかったからまだ入るでしょって言われて……2次会はどうかって誘われていたからね……。


 あたしは勿論明日の撮影があるんで失礼しますって逃げたけど……皆どうしたかな……?」


 翌朝……まだ夜が明けるかどうかの時間にミナミンは起床し早めの朝食となったが、それが終わるか否かのタイミングで……ハルルンが早速やって来た。随分と早いな……

 やっぱりハルルンも、緊張しいのミナミンのこと……気にしていたみたいだな……


「おはよう……うーん……どうしても人が多いと緊張しちゃって……でもおいしかったね……。」


「うん……さっすが高級割烹だけあるね……お座敷だって綺麗ですごかったし……その場で揚げてくれるてんぷらは……揚げたては本当においしかった。


 今日はねえ……お返しって訳でもないけど……スタッフさんの分までおにぎり作って来たんだ。ちょっとでも印象良くして置かなくっちゃだからね……。」

 ハルルンが自慢げに保冷バッグを持ち上げて見せた。


「あっ……あたしも……サンドイッチ大目に作っておいた……あと……唐揚げとウインナーと玉子焼き……こんなんだけど……。」


 そういやハルルン……朝食以外でもずいぶんとキッチンに永くいたと思ったら……弁当を作っていたのか……ピクニック気分だな……その気持ちが向こうのスタッフたちに伝わればいいけど……。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます。

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