3.も……もらいっ子?
3.もっ……もらいっ子?
「ありがとうございました。」
暫くして車が止まり、彼女は俺とともに下車……というか……俺は何かに閉じ込められたまま。
そのまま正面のショップの大きな硝子戸をあけ中へと入って行く……ううむ……やはりここは現代日本か?まさかな……日本のパラレルワールドで、実は魔法社会なのかもしれない……異世界ならありうる。
「いらっしゃいませ……ご予約の立花様ですね?本日は如何いたしましょうか?」
「はい……この子は本日お迎えしたばかりなのですけど、シャンプーと毛並みを整えて頂けますか?」
「かしこまりました……まだ生まれて日が浅いようですね……ですが確かにこれだと視界が悪い……お顔を少しトリムして……体の方はシャンプーして毛先を揃える程度にしておきましょう。」
「よろしくお願いいたします。じゃあ……頑張るのよー……いい子にして、おとなしくしていてね。」
彼女はそう言うと、閉じ込めていた箱から俺の体を取り出し、ふわりと診察台の上に置いた。うん?なんだ……どうした?先ほどの会話も……少し気になるが……あれは……俺のことだったのか?
シャンプーと毛並みを整えるって……顔をトリムって……どういうこと?生まれたばかりの初毛を筆にして残す……なんて話を聞いたことがあるが……顔そりならともかくトリムって……顔に毛などないだろ?一体どうなっているのだ?しかも……仰向けではなく俯せ……というか四つん這いの状態……。
なんだか怖くて体が震えてくる……と……目の前にきらりと光を反射するシャープな金属が……じょぎじょぎと音を立てながら、俺の目寸前を何度も往復し始める……ひえー……どうなっているのだ?
恐怖の時間は長いのか短かったのか……一瞬だったような気もするが……怖くてつぶっていた目を恐る恐る開けると……あれ?随分と視界が広く……周りの景色が一段とはっきりと認識できるようになった。
ここは……どこだ?目の前の男性は……淡い色の……光沢のある生地で大きなボタンが左肩口から下に一列に並んでいるポケットのないジャケットに、これまた淡い色のズボン姿……顔を覆うくらいの大きなマスクはなんだか病院をイメージさせるが、見た目白衣ではないし聴診器も持ってはいない。
だから……出産直後の乳児健康診断という事ではなさそうだ。そもそも……この子にします……とか言われて、そのまま連れ去られるかのように彼女とともにここまでやって来た。まさか……人買い……なんてことはないだろうと、彼女を信じたい気持ちはやまやまだが……とか必死に頭を回転させていたら……
突然持ち上げられ、ステンレス製のバスタブのような容器へ移された……あれ?どうなっているのだ?
四つん這いのままの俺は頭から背中にかけて冷たい液体をかけられたかと思ったら、そのままごしごしと先ほどの男性が俺の体中をまさぐるかのように触りまくり始めた。ひえーっ……どうなっているのだ?これは……マッサージとかじゃあないぞ……体のツボを刺激しているわけではない……どちらかというと表面。
そう……全身シャンプーされているような……理髪店でカット前後にシャンプーしてくれるような心地よい感覚を全身で味わうような……いや……まて……どうして全身なんだ?
やがて生ぬるい液体が体表を這いまわり、それに沿うようにして男の指が俺の体中をなぜ回す……なんかいやらしい表現だが、特に性的刺激はない……恐らくただシャンプーした後を流しているだけ……。
シャワーが止まると俺の体は反射的にぶるぶると小刻みに震え……はあ?一体どうなっているんだ?俺……今ぶるぶるって……まさか……犬じゃあないんだから、体を震わせて水気を振り払うだなんて……。
いや……まて……確かそんな会話があったぞ……ケージがどうとかで……小型犬だから……とか言っていたような……あの時は空耳と考えて気にも留めなかったのだが……全身毛むくじゃら……特に顔が……という点からも……恐らく俺は……犬?そう考えるとこれまでのことも納得がいく。
俺は……ずっとペットショップか何処かのブリーダーの下で生まれ育っていた訳だ……引き取り手がいないと連れ帰る……とか言っていたから……ブリーダーというよりも一般の家で飼われている犬が出産し、行政が主催する引き渡し会……とかで、彼女に貰われたという推察が成り立つ……鑑札がどうとか言っていたからな。
数日間の開催の間に兄弟が順に貰われていく……最後に残った俺が、俺の推しとそっくりな女の子に貰われ、今度はペットの美容室かなんかにやってきたわけだ。
いや……俺の推しとそっくりというよりも……もしかしたら推しそのものに貰われてきたのではないだろうか?あの憧れのアイドルに……ひえーっ……ラッキーっ……じゃあないっ!
目を凝らしてステンレス浴槽に反射する俺の全体像は……鏡ではないからぼんやりとではあるが白色の毛におおわれた……小型犬……やはり……。
『おーいっ……神様ー……神様……かーみーさーまーっ!どうなっているんですか?約束が違いますよ!』
そりゃあ……内心うれしくないとは言いませんよ!なんせ憧れのミナミンと……しかも飼い犬の立場だったら同じ屋根の下で生活して……彼女の着替えとかだって覗き放題……ひえーっ……どうしよう。
毎日毎晩抱きしめてくれてチュッっとか……ぺろぺろと唇どころか顔中だって舐め放題……だろうな……しかもそれを喜んでくれるわけだ……たまには添い寝して……なんてベッドでぎゅっと抱きしめられて柔らかな胸に顔をうずめ……なんという……幸運……いやいやいや……だから違うって……。
『神様ーっって……無視しないでくださいよー……どうせ俺が変なこと言いださないか、監視してるんでしょ?分かってますよ!ちゃんと返事をして、この状況に関して説明をお願いいたします!そうでなければ神様は大ウソつきだって、周り中に言いふらかしますからね!いいのですか?
………………………………………………ひえーっ……無視かよ……皆さーんっ、神様はーっ!大嘘……』
《こらこら……やめんか……どうせ子犬の姿のお前さんが叫んだところで、きゃんきゃんと啼いているようにしか周りには聞こえんぞ!声に出して言おうとしなくても、頭の中で会話するようにすればこちらに通じるから、発声せずに黙っていろ。周りに変に思われるぞ。
自分の境遇にようやく気が付いて、わしを呼び出すかと思いきや突然邪な妄想にふけったり……相変わらず忙しい奴じゃのう……しかも煩悩の……塊……》
(い……いやあ……そんな……褒められても……照れるな……。)
神の声が頭の中に鳴り響くと同時に、俺の周囲が暗転した……そうしてミナミンも美容師の男も動きを止める……まるで時間が止まったかのように……
《褒めとりゃあせんわい……あきれておるのじゃ。》
(あきれるって……約束を破ったのは、神様の方ではないですか……。俺はエリート冒険者夫婦の息子として、魔法が使える異世界に転生するはずだったですよね?それが現代日本の……しかも人ではなく犬に生まれ変わるだなんて……どうなっているのでしょうか?これは……重大な契約違反ですからね!)
《ああ……わしも最初はそう思った……お前さんの願いをかなえるようセットしたはずが、どうしてこんな結果に……とな。だが調べて行くうちに……この結果が当然と思えるようになったわけじゃ。だから……敢えてお前さんには何も告げず、自分の状況に自分で気づくのを待って居ったんじゃ。
もしかしたら……今この状況で大満足……と言い出すかもと思ってな。》
(大満足……だなんて……そんなはずないじゃあないですか!俺の望みは究極の大魔導士になって、悪の権化たる大魔王を滅ぼして人々を救う事ですよ!こんないわば真逆の……か弱き女の子に飼われるペットだなんて……こんな体じゃあ、俺の推しであるこの子を守ることすらできやしない。
一体、どうなっているのでしょうかね?!)
《これが……お前さんの真の望みだったからじゃよ……》
(はあ?今のこれが?俺の望み?何を言っているのですか!何度も言い返すように、俺の望みは……)
《超一流の冒険者になって世界を救う事なんじゃろ?そのために十年間も天界で修業させた訳じゃからな。
そうして1級の冒険者夫婦の間の一人息子として生まれるように設定した。いわゆるエリートとして生まれ育ち、幼い頃から頭角を現すことが出来るようにじゃな……わしもこれがお前さんの心の底からの望みじゃと信じておった。
じゃが……違ったようじゃのう……わしはお前さんの深層意識に焦点を当てて、お前さんの真の願いをかなえてやろうと……そのために最大限の環境を整えてやろうと地盤作りから全て設定しておいた。
じゃがその結果が……これなのじゃ……お前さんは……見栄を張って……というか……恥ずかしさがあったから、体面上世界を救いたい!そのための力が欲しい!と言っておっただけなのではないのかな?
心の奥底では……かつての推しの子の、飼い犬になってかわいがられたい……ずっと一緒に居られて着替え覗き放題……って……そう考えておったじゃろ?違うとは言わせんぞ!》
(そ……それは……生きていた時は……そう……四六時中推しのあの子のことを考えていて……でも俺なんか……まともな大学だって出てやしないし……ようやくなれたレンジャーだって、群を抜いての成績って訳じゃあない……極々平凡の……普通の男でした。
だから……せめてあの子の……ペットの子犬になれたなら……実家で飼っていたペットの犬が老衰でなくなってしまい悲しいって……今度は自分で小型犬を飼いたいって劇場のステージで言っていたから……だったら是非そのペットになりたいって……その時は本当に心底からそう思いました。
だけど……それはあくまでも……生まれ変わりなんて考えてもいなかったし、ましてや記憶を持ったまま転生できるだなんて、そんな幸運に恵まれた環境ではなかったし、ただ単に……そうなったら本当にラッキーだな……って……あり得ないことを前提に思っていただけですよ!
あり得ないことだからこそ……より強く、そう願えたのかも知れませんしね。
だって……そりゃあうれしくないと言ったら嘘になりますよ……憧れの彼女と常に一緒に居られるわけですからね!ですがこちとらは犬……どれだけ恋焦がれても……何もできない身の上……まあそりゃあ、彼女と生前の俺とは絶対的に不釣り合いだから、一緒に居られるだけでもラッキーではありますよ!
ですが……なんでも叶えてくれるはずだったのだから、ミナミンの旦那さん……とかだって望めたはずでしょ?そりゃあ……死んでから生まれ変わると歳の差在り過ぎだから……だったらミナミンの娘だって良かった……その子と一緒になる高学歴高収入の男……って望めばよかったわけでしょ?
仮に妹がいたなら……妹の旦那になることを望んでもよかったわけです。そうなれば……ミナミンともしょっちゅう会えるようになるし、めちゃくちゃハッピーなわけですよ……口に出せないような恥ずかしい望みとも思わないし、ミナミン関連であれば断然これを望んだはずです。飼い犬よりも圧倒的に良いでしょ?
もっと言ってしまえば……彼女の所属するアイドルグループの子ら全員と、ハーレムのような生活を望んでもよかったわけですよ。なんせ……何でも望みをかなえてやると、言ってくれましたからね!
まあでも……俺はミナミンいち推し……だから、ハーレムはないかな……何でもってことは……ミナミンと釣り合う年齢……異世界のミナミンそっくりで性格も同じ子って望んでもいいわけですよね?
娘とか妹とかなんて望まなくても……時を遡って現代世界の高学歴高収入でミナミンと結ばれる男に転生するって望みだってありなわけですよ!それなのに、どうしてわざわざ飼い犬になることを望みますか?
そもそも神様が俺に望みを叶えてくれると言い出した理由って、死ぬ間際の俺の善行に対しての評価だったわけでしょ?だから俺は……全世界を救えるようなヒーローになりたいって願ったわけですよ!決して俺の真の願いが恥ずかしいから、表立っては格好をつけたわけではありませんよ!
なのにどうしてまた……生前の俺の願いをわざわざ遡ってサーチして、それを叶えようとされたのでしょうか?わざととしか……俺には思えませんけどね……しかも悪意すら感じる……。)
《あ、ああ…………実をいうとな……煩悩の塊のようなお前さんに……何でも望みを叶えてやるとわしが言ったことがずいぶんと問題視されていてな……異世界を掌握する大魔王に匹敵する魔力と才能を与えて転生させるとなると、下手をすると大魔王よりも邪悪な存在になりうると主張する神も多くおるのじゃ。
かといって神が一度口にしたことを覆すわけにはいかん……だったらと……お前さんの心の根底にある望み……それだったなら叶えてやっても不都合は発生しないだろうと……わし以外の神々が全員一致で決めよった。
それで渋々……じゃが仕方がなかったんじゃ。大魔導士を除外すると飼い犬以外でのお前さんの夢は……彼女の住むマンションの部屋のバスタブ……とかバスマット……あるいは居間のソファへの転生じゃったからな。
流石にそんな……無生物への転生など……やってやれんことはないのじゃが……意識など当然ないし、目も耳も聞こえんし感覚もないのじゃぞ……ただ単に原材料の鉱物や植物に転生して、体の一部がそれらに再生されるだけの……ただの自己満足でしかないのじゃ……。
ハイヒール……なんてのもあったな……原材料の革を取る牛に転生が良かったかな?》
(あっ……ああ……まあ……ブラとかパンティーがほんとは良かったんだけど、それだと毎日つけてもらえるわけじゃあないし、洗濯の時におぼれかねないし、何より寿命も短いだろうと考えましたからね……変態的な望みばかりですいませんでしたね!
俺は絶対に人を不幸にはしません……等と、口先だけの約束はしません!だけど……ですよ!強大な力を使って人々を掌握して自分の思い通りにしようとして苦しめる……っていうのは、人々が言うことを聞いてくれないからでしょ?だったら力でねじ伏せて無理やり思い通りにって……そんな感じですよね?
ところが俺の場合は……何でも願いが叶うわけですよ……大魔王を倒して俺好みのかわいこちゃんを救い出して、感謝されて結ばれる……幸せな結婚生活が待っているわけですよ……どうして人々を不幸にさせるような力を行使するのでしょうかね?
そんなことしたなら……彼女に嫌われてしまうでしょうから絶対に俺はしないし、そもそもその必要性がないでしょ?幸せなんだから……。
なのにどうして俺の願いを捻じ曲げて解釈して、世界を不幸にするだなんて考えるのでしょうか?
人々を力で征服して苦しめている大魔王がどこかの異世界に実在するとして……神様が人々の心を動かして大魔王のことを尊敬させて何でも言うことを聞くように変えてやれば……恐らく大魔王だって自分を慕って従ってくれる人々を不幸にしようとはしないはずですよ!そう思いませんか?)
《ふ……ふうむ……お前さんの言うことも一理あるのう……成程な……》
(ご理解いただけましたか?じゃあ……今回の転生はなしってことにして……今からでいいですから、俺を異世界へ転生させてください。それで今回のことは不問にしますよ!)
《そ……それがその……申し訳ないのじゃが……生まれてしまったお前さんの体から、お前さんの魂を引き剥がすわけにはいかんのじゃ。そんなことをしたなら、その子は死んでしまうのでな……かわいそうじゃろ?お前さんの推しとやらの彼女だって……すごく悲しむはずじゃ……。
じゃから寿命は全うしてくれ……くれぐれも……言っておくが……突然車道に飛び出して……とか高いところから飛び降りて……等と自殺めいたことは決してするでないぞ。折角生まれた命を軽んじるような行為は他の神々の反感を買って、お前さんの願いをかなえるという約束は反故にされかねん。
今回はまあ……考え方の相違……というか……お前さんの主張にもある程度納得できるから、もう一度他の神々をわしが説得しておくことを約束する。全て願い通りとなるかは分からんが……まあ……それでも……魔王に狙われている小国とかの一部地域を救い出せるような、魔導士程度なら文句は出んじゃろ。
そこに……お前さんの推しとそっくりで性格もよい女の子が存在すればいいわけじゃろ?ヒーローであるお前さんは国民に感謝され、王様からも高い位を与えられて、その上で彼女と結ばれて幸せな一生を過ごす……これなら恐らく……誰も文句を言わんじゃろ。
じゃから……すまんが、このままの生活を続けてくれ……寿命を全うできたなら、特に徳を積んで居なくてもお前さんの前回の願いが叶っていないということにして、特別に一世代前の願いをかなえると約束しよう。
不当な扱いにも腐らず、転生先で寿命を全うしたとなれば、わしとしても他の神々を説得しやすいというものじゃ。じゃから……出来るだけ……長生きしてやってくれ……そのほうが、お前さんの推しの子も喜ぶじゃろ?》
(ええっ?こっ……このまま……犬の生活を続けなければならないのですか?だってだって……今はペットは長生きで……ペットフードとか……病気になりにくい体を作ったりと……至れり尽くせりみたいですからね。十年や十五年は……生きますよ!生まれたばかりなのに……そ……そんな……先?
ひえー……ま……参ったなあ……)
 




