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16.終焉

16.終焉


「スマホを出させてもらうぞ……」


 ナイフ男はそう口にするとナイフを膝の上に一旦置き、ミナミンのリュックとハルルンのバッグの中を片手ずつで漁り始め、そこからスマホを取り出した。


「何をしたいの、あなた?監禁したところで……言うこと聞くと思っているの?」

 口を塞いでいたガムテープを突然剥がされ、勝気なハルルンが大声で叫ぶ。


「ふんっ……いずれは分かってくれるはずだ。俺たちの気持ちをな……。」

 そう言いながらスマホをかざすと、すぐにハルルンのガムテープを戻す。


「許してください……おうちに帰して……」

 ミナミンは既に泣きじゃくっていて、恐怖で顔が引きつっている様子だ。


「だから……酷いことはしないと言ってるだろ?そうだよな、楓?」


「勿論だ……安心して……。」

 ナイフ男に問われた前歯なし男が不気味な微笑を見せる……いやーっ……やめて!


「マネージャー……マネージャー……こいつか……。」


 ナイフ男はハルルンのスマホを手に取り操作を始めた……なるほど……ガムテープを剥がしたのは顔認証させるためだったか……そうして探しているのは恐らくマネージャーのアドレス……。



「これで良し……二人のスマホから、最近忙しくて疲れてしまったことと、ペットの調教で修業の旅に1週間ほど出るから心配しないようお願いするという風に打っておいた。突然行方知れずとなるが、これで捜索願が出されることもない……後は適当にやり取りしておけば……万全だ!」


 ナイフ男がしてやったりと、にやついた表情を見せる……


「さっすがトマッチ……考えてるーっ……」


 となりで前歯なし男が嬉しそうに笑顔を見せるが、やはり不気味としか言いようがない……容姿というよりも、この状況がそう見せているのか?


 だが……狡猾だな……周到に計画されているようだ……突発的に思いついた衝動的な行動ではなさそうだ……だとすると……これから連れ込まれる先は……それなりに準備されたおあつらえ向きの……



 車は途中からガタガタと大きく揺れる道を何度も小刻みに左右に曲がり、1時間ほど走ってから真っ暗闇の中で止まった。


「降りろっ!」


 両手を縛られてガムテープを口に貼られてはいるが、足は拘束されていないので指示に従って二人ともおとなしく車を降りる。何時ブスリとされるか分からないので、二人ともこわごわと震えながら……


 ナイフを持っている男が懐中電灯片手に車前方へ小走りで行くと、突然数m先が明るくなった……山小屋……か?


 男が中に入って照明をつけたのだろう……窓から漏れる明かりでようやくだが、周囲の状況が分かった。


 周囲は木立に囲まれ……前方には一軒家……丸太で組まれた如何にも山小屋風のいわば丸太小屋。

 三角屋根の高床の造りは、三段ほどの木造階段を上った先が、丸太で組まれたドアとなっているようだ。


「うちの別荘だ……まだシーズンにはちょっと早いから周りの別荘も全て空で、誰かに見つかる心配は一切ない。ここで1週間ほど生活してもらう……逃げようとさえしなければ、乱暴なことは一切しないと約束する。そうして……何とか俺たちのことを理解して、俺たちと付き合うことを承諾してほしい……。


 駄目なら……悪いが死んでもらうだけだ……。もちろん俺たちも一緒に死ぬ……死ぬのは俺と楓の二人だけだがな……他の二人は立会人だ……俺たちがあくまでも誠意を持って付き合ってもらうよう説得していたことを証言してもらうためのな……。」


 やはりな……その辺のラブホへ連れ込み……なんて無計画ではなく、監禁場所を用意してあったわけだ……それにしても……とんでもないことを……彼女らをここで軟禁して付き合うことを了承すればよし、嫌なら心中って……無茶苦茶だ!そんなの……完全な暴力……暴行と変わらないじゃないか……。


 体裁だけつくろって……後で訴えられないために……


「うーっ!」


 小屋の中へ連れ込まれたらもう……脱出は不可能だろう。なんせ男が4人もいて交代で見張るのだろうからな……部屋には鍵だってかかるだろうし……そもそもミナミンたちは縛られているのだからな。


 車から降りたらすぐにミナミンの手から離れ、地面に降り立つとすぐにワゴン車の背後へと駆けだす。


「あっ……こらっ!おいっ、追うんだ!逃げられたらまずい。こんなとこに飼い犬がいたら、誰か来ているかと疑われて、ふもとから人が上がってくるかもしれないからな。


 俺が二人を押さえておくから、3人で捕まえてくれ!ほれっ……懐中電灯!」


『おうっ!』


 ナイフ男都真志喜が二人の両手を縛り上げたロープを掴んで叫ぶのを振り返りながら確認……指示された3人が勢いよく左右へ広がって駆けだすが俺は捕まるつもりはない……。


 俺の両肩をサポートしている散歩用リード紐……これをつけたままで彷徨っていれば飼い犬として一目瞭然……近くに飼い主がいると考え、事故を危惧して周辺を捜索してもらうことはできるだろう……だが……このままふもとまで駆け下りて助けを呼ぶのがいいのか?


 どのくらい時間がかかる?車に乗っていた感覚では、舗装された国道などを恐らく30分ほど走った後でガタガタの山道をもう30分……いくらスピードは出せない山道と言っても30キロ以上は出していたはずだ。


 つまり……山道入ってから15から20キロは登ってきているはず。そんな距離……子犬の小さな体で走ったら一体何時間かかるのだ?しかも平坦な道ではなく恐らく砂利道……車の轍が俺の体の半分以上はありそうな、正に障害物競走……1時間や2時間では無理だろうな……そもそも体力が持つのか?


 更に……運よくふもとに降りてすぐに発見されればいいが、国道を彷徨ってからでは……入るべき山道と違う道を捜索されるかもしれないし、ふもとの家からの迷い犬と誤解されてしまうかも知れない。


 そもそもこんな夜更けにすぐに捜索されるような緊急性が伝わるかどうかも分からないし……あいつらが心配しているのはそれこそ1週間もの間……安心して監禁できるかどうかという事……


 だとすると……逃げればいいという事ではない……何とかして奴らを足止め……というか、動けなくなるよう倒すしか方法はない……と、言うことになる……だがどうやって?


 俺は前世の知識はあるが子犬だぞ!はっ……そうか……魔法だ……魔法の呪文……正確に呪文を唱えられさえすれば、魔法効果は得られるはずだ。効果のほどは……発声者の魔力総量や呪文の等級によるはずだから、こんな魔法の存在しない世界のしかも子犬の俺に、人を倒せるだけの魔法効果を発せられるとは思っていない。


 だがしかし……炎攻撃や雷攻撃などで相手をビビらせて逃げ出させる……程度の見せかけだけでもいいわけだ……なにも傷つけたりする必要性は全くない、用は脅せばいいだけだ……だったらやれる……筈だ、ようし……魔法の呪文は……えーと……まずは初級の炎魔法からでも……


 えーと……えーと……スバッキュマ何とかいう長ったらしい呪文の上級魔法じゃなくてもいいんだ……炎系初級のインフェルノとか雷……スパーク系の……呪文なら短いしすぐに唱えられ……あれ?うーん……全く呪文が浮かんでこない……というか、ここ数年は上級魔法しか唱えていなかったし、過去には初級魔法ですら常に魔法書片手に読み上げながら唱えていたからな。


 転生先の世界は魔法が主流の世界を望んでいたからな……支度金込みで転生させてもらって、魔法書を買い漁ればいいやって考えていたような……どうせ言語体系は異なるから、今ここで日本語で呪文を暗記したところで無駄……というか、かえって知識が邪魔になる……なんて考え……


 そもそも俺は暗記系の勉強が苦手だからな……余計に覚えるつもりはなかった……。


 そういやあ……子犬の俺が……そもそもどうやって人語の呪文を唱えられるというのだ?


 いくら口の中だけでつぶやくように発せられる呪文とはいえ、正確に発音できなければ何の効果も得られないはず……ワァオとかワンにキャン、ウーだけでは発声できない!人間とは声帯の造りから違うのだからな。


 いや……発声できたとしても、初級魔法ですら正確な呪文を覚えていない身の上……何もできないではないか……どうする?どうすればいい?折角前世どころか天界での修行の記憶が残って生まれ変わったというのに……それが何の役にも立たないだなんて……最悪だ!


 それもこれも……実質地上界時間でなんと十年間もの歳月を費やして修行に当てたというのに……全く身を入れずに適当にこなしていただけだったからなあ……もしかしてしっかり研究して魔法呪文の神髄にまで辿り着いていたなら……それこそ無詠唱で魔法効果を得られるとか、あるいは犬語の呪文だって探し当てていたかも知れない。何処かで犬型星人の世界だってあるかもしれないのだからな……。


 はぁ……本当に最悪だ……天界での長い修業時間をただただ怠惰に過ごしていたことを、今更呪う……

 いや……今ここで反省していてもどうにも……どうする?早く何とかしなければ彼女たち二人は……でも……どうやって?



 はっ……そうか……そうだった……これなら……


「ふんっ!逃げられないと知って、観念したか?そうだ……ここ迄の山道は人家が全くないし街灯だってほとんどない真っ暗闇だ。今日は曇って月も星も出ていないしな。


 いくら犬でも逃げてふもとまで辿り着くなんて……無理な相談だ……諦めて捕まりな。お前の餌だってちゃあんと用意してるんだからな……。」


 前歯なし男は懐中電灯を片手に不気味な微笑を浮かべ、他の二人とともに包囲網を狭めながらゆっくりと近づいて来た。


「うーっ!」

 俺は低く唸り声を上げながら身構えると、すぐに地面を前足で引っ掻き始める……


 地の利と言えばこれだけ……ログハウスの前は舗装されていない……ここ迄の山道も半分以上はそうだったが、舗装されていない砂利道で……ログハウス前の駐車スペースは砂利も敷いていない地面むき出し。タイヤで踏みしめられるせいか、雑草すら生えていない……ちょっと固めの土質。


「なんだなんだ……何を始めた?」

 前歯なし男が歩みを止め俺の前の地面を懐中電灯で照らすので、俺は全身を使って両前足で大きな文字を地面に記す……


「なんか書こうとでもしているのか?」

「そういやあ……天才犬だってな……」


 他の男たちも小首をかしげながら、歩を止めじっと様子を見始めた……奴らまでの距離はおおよそ3mほど……十分射程距離だ。


 言葉を発せられないので呪文を書いているわけではない……文字にして魔法効果が得られるのであれば、魔法書は常に燃え尽きたりびしょぬれになったり吹き飛ばされたりで読むことはできない……筈……だからな。そもそも呪文……覚えていないし……


「おおっ……やっぱり何か書いているぞ……カタカナとひらがな……だな?


 お……オレは……テンカイ……天界?……で?カミ???かみって?」


 誰かが俺が書いた文字を読み上げた瞬間……周囲が真っ白くなるほどの眩いばかりの閃光が地に降り注ぎ、同時に体がねじれ消し飛ぶほどの強烈な衝撃が……俺は遠ざかる意識の中で……さらに数秒置いて地響きとともに爆音が鳴り響くのを感じていた……





「何ともまあ……無茶なことを……魔法の呪文を唱えられないから……天が放つ裁きの雷を使ったのか。

 考えたな……と言いたいところだが……これでお前さんの前々世の行いは……帳消しだ。」


 真っ白い着物を着た皴皴顔の老人は、悲しげに伏し目がちで見下ろしてきた……俺の体は……痛みを感じる間もなく砕け散ったのだろう……まあ、仕方がない。分かっていてやったことだ。


「かっ……神様……ミナミン……彼女たちは……どうなりました?」


 俺が雷の直撃をくらって絶命したことは容易に理解できた……だが……ミナミンたちは?どうなったのだ?男たちを再起不能にして……彼女たちは助かっているのか?


「いいじゃろう……来世の恵まれた転生を反故にしてまで、罰をくらうことも覚悟で行ったのだろうからな……見せてやるとするか……。ほれっ……天界望遠鏡……。」


 神様に望遠鏡を手渡され、焦って先ほどまでいた山奥の別荘地をイメージしながら望遠鏡のピントを合わせると……そこでは一人の大柄な男が大慌てで叫びながら、地面に臥せっている3人の男たちを介抱していた。


 そうしてこの場ではどうしようもないと悟ったのか、二人の女性をログハウスの中へ連れ込んで縛り上げ、それから3人の男たちをワゴン車に運び入れて出発……下山していった。


 恐らく近場の病院へ……雷の直撃を受けたと言って治療してもらうつもりなのだろう。


「お前さんは……子犬だったお前さんは体が小さかったからな……直接雷撃を受けて小さな心臓は一瞬で止まってしまった……地面には直径2mを超える大穴が開いたほどの衝撃だったからな……勿論お前さんの体は粉々だった……だが……3人の男たちは……恐らく問題ないはずじゃ、安心しろ。


 分かっていて計算づくでやったんじゃろ?緊急の報を受け、担当者は標的を確認する間もなく裁きを下した。


 だが……お前さんは知っていたはずだ……天界望遠鏡がある部屋にある緊急発射ボタンが、中規模雷と連結していることをな……だからこそ……大きめの文字を地面に書いて、彼らを数歩前でそろって注視するよう導いた……直撃範囲ぎりぎりの彼らはそれなりにダメージを受けたが、まあ数日で回復するじゃろう。


 そんなことまで……あの極限状態ででも冷静に考え、実行に移したのだから……大したものだな……」

 となりで神様も天界望遠鏡をのぞきながら解説してくれた。


「まさか……ただの偶然ですよ……買い被りも甚だしい……。」


 そうか……よかった……いくら暴漢とはいえ……殺してしまっては目覚めが悪いからな。奴らとの距離を保ち……祈る気持ちでやってみたのだが……うまくいってよかった……。



 それから1時間ほどして……何とか自力でロープを外すことが出来たミナミンとハルルンは、ログハウスに備え付けてあった大きな懐中電灯を手に、徒歩で山をおり始めた。


 幸いだったのは、昼食用に準備していたサンドイッチがバスケットの中にまだ残っていたことと、勿論ペットボトルの水もあった。彼女らはそれらで一息つきながら山を下りたので、日の出のタイミングで国道まで出ることが出来た。



 国道を走る車に助けを求め……ハルルンが車のナンバーを覚えていたため、病院で治療を受けていた3人含め、都真志喜も手配されて御用となった。彼らは誘拐などの罪で裁判にかけられることになるだろう。


「良かったな……これで満足か?」

「はい……ありがとうございました……。」


 少し涙ぐみながら天界望遠鏡を神様に返す……良かったぁー……彼女らは無事だったー……これでもう……思い残すことは何一つない……



 ショッキングな事件発生を受けて、シュープリーマーは1時活動を休止した。


「ほらっ……泣くなって……ポップはさ……本当にすごいよ……あたしたちを命がけで守ってくれたんだものね……警察の方たちが拾い集めてくれたポップの亡骸……ちゃんと火葬して骨壺に入れてペット用のお墓に弔ってあげたじゃない。小さな仏壇だって部屋に置いたんだし、もう天に昇って……ミナミンをやさしく見守ってくれているよ。


 それにしても……あいつらも裁判で証言していたけど……ポップって……やっぱり天才だったのかな……地面に文字書いてたって証言していたじゃない……裁判じゃあ判事さんに検事……弁護士さんにまで笑われていたけど、あたしは信じられるよ。」


「えっ……どうして?」


「本当のこと言うとね……ポップの文字当て……あったでしょ?あれは実はインチキ……だったんだ。


 インチキって言っても……最初に説明した通り、ミナミンのコロンの匂いを目当てのカードにつけて、それを選ばせていたの。コロンの匂いをつけるのは訓練の時だけじゃあなくて、取材の時やステージでもこっそりとやっていたんだ。


 途中からだけど気が付いて……あの芸をする日だけは、あたしはコロンつけるの控えていたしね……。


 でもよく考えてみたら……匂いをつけただけで、何も教えていないのにそのカードを的確に咥える?なんか……うまくいっていたからあの頃は何も疑問に感じなかったけど、そんなふうに教えたこと一度もなかったからね。でも……何故か文字当てと足し算の時だけはうまく反応していたのよね……。


 引き算や掛け算の時は……わざと知らん顔をしていたんじゃないかな……」


「わざとって?」


「うーん……どうしてか本当の所は分からないけど……でもねえ……フェスの時もカード当てやったでしょ?


 あの時はレースの手袋を2組用意して、匂いを染み込ませた手袋と付け替え付け替えやっていたの。でもそのうちにどっちがどっちか分からなくなっちゃって、やがて逆に使っていた……多分最後のカード当ての時には全部のカードに匂いがついていたはずなんだ……なのにポップは正解を当てたものね……。


 勿論気が付いたのは歌のステージも全部終わって、楽屋へ行って着替える時……匂いがついてないほうの手袋のはずが……コロンが匂って来たんだよね……でもその時は初めての大きなステージで興奮していたし、それ以上は何も考えなかった。


 でも……今になって考えたら……やっぱりなって思うのよ……。


 だから……あたしが想像するに……ポップは本当に天才で、あたしたちの言葉も理解して計算も出来て文字も読めて……そうしてあたしたちに協力して有名にしてくれた……あたしたちの状況を理解していたんだと思う……自分が天才犬だとバレない程度に、あたしたち含めた周りの目を常に注意して抑えながら……ね。


 更にあたしたちが命の危険な目にあって……なんと雷迄呼び寄せて……自分の命を犠牲にしてでも救ってくれた……どうしてあんな事出来たのかわからなけど1人で逃げようとしなかったし、皆を自分に引きつけようともしていた。恐らく逃げて助けを呼ぶ暇なんてないって分かっていたんだと思ってる……本当にすごい奴だよ。」


「ポップーっ……」


「だから泣くなって……あいつは死ぬのを覚悟してあたしたちを救ってくれたんだ。だったらあたしたちは救ってもらった命を大切に使って、周りのみんなを少しでも元気にできるよう頑張って活動しよう!そうすれば……ポップだって喜んでくれるはずだよ。


 ねっ?だから……シュープリーマー再開に向けて……元気出して、稽古を続けようね!


 それよりも……昨日見かけたんだ……あっポップだーって……勿論違うんだろうけど……けど本当に瓜二つ……双子じゃあないかってくらい……あたしはポップの生まれ変わりだって信じてる……ほらっ……あの子……。」


 二人の美少女が商店街のペットショップへ入って行き、1人が導いた先には……真っ白でふわっふわな毛に覆われ、耳たぶの先が少しだけ茶色い生まれたばかりの子犬……まるで弾けたポップコーンのような……


「ぽ……ポップ……」


「ほうらね……ポップでしょ?この犬……もらって行こう……」

「うん……」

 1人の美少女の顔が少しだけ明るくなった。



 その少し前……


「いいのか?ようく考えてみたら……お前さんは6人の若者……少女二人は勿論だが、4人の男たちだって……未遂に終わらせたことで……乱暴する意思もなかった様子だし……恐らく多少は情状酌量されるであろうから……救ったといえる。


 禁を犯した点を差し引いても……まだ少しはお前さんに有利な処遇を当てることはできるのじゃぞ。


 前回約束していた……魔法世界の何処か小さな国の小さな村で……土地の豪族の娘を守って生活する一流……は無理でもそれなりの……二流魔導士程度には……転生させてやれんことはない……但しそれにはきちんと修行する事じゃ。


 少なくとも大方の魔法の呪文を空で唱えられる程度にはな……まさかそれが面倒だという訳ではあるまい?」


「まさか……つくづく思いましたよ……ちゃんと修行しておけばよかったとね……だから修行を拒むつもりはありません。ですが……急がないと……今の彼女を慰められるのは……俺だけですからね。」


「そうか……天界での時の進み方は地上界とは異なるから……急ぐも何もないのだが……どの道修行したところで魔法のない世界で子犬に生まれ変わるのでは、無駄となってしまうからな……。


 だが今回も前世同様とはいかんぞ……お前さんは禁を破っておるからな……それ以前にもずいぶんと怪しげな行動をとっていたことも、記録をさかのぼって調査して判明した。


 だから……今度は常時監視付きじゃ……ちょっとでもおかしな素振りを見せたらすぐに裁きの雷を食らわせると、他の神々たちは息巻いて居る。勿論雷の規模は調整してマイクロ級と言っておったかな……お前さん一人を的確に処罰して周囲には全く影響しない……だから容赦なく処されるから十分に注意して行動しろよ。


 何年間も常時監視できるほど天界も暇ではないからな……生まれ変わり当初は……記憶は留めておいてやるが……わしが説得して回った限りでは、長くて半年が限度じゃった……以降は徐々に前世迄の記憶が薄れて行き……1年もしないうちに他の犬と変わりない生活となるのじゃぞ。それでもよいのか?」


「仕方がないですね……いわば身から出た錆……だし……でもまあ前と同じ外観で……ミナミンの元へ行けるわけでしょ?だったらそれで俺は……十分満足です。ミナミンと一緒に暮らせた日々は、短かったけど本当に幸せだったし……これからもミナミンを癒してあげられれば……それが本望……」


「そうか……幸せの価値観は人それぞれだからな……だったら行くがよい……達者でな……」


「ありがとうございます……」

 天から一筋の柔らかな光が下りてきて、生まれたばかりの子犬へと降り注いだ……。



ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

この作品に対する感想・評価およびブックマーク設定などは、今後投稿するうえでのやりがいとなりますので、お手数でなければ是非お願いいたします。

次回作にもご期待ください。よろしくお願いいたします。

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