12.またまた大成功
12.またまた大成功
次もそのまた次も……ミナミンが放つディスクを完全無視して、座ったままで後ろ脚で耳の後ろを掻いて見せた。更にハルルンとテレビスタッフが持ち手の縄跳びは、ミナミンが跳ぶのに全く動じず、立ったままで縄の洗礼を受けた。ちょっと痛かったし、怖かったが仕方がない……
そうしてから、何をしているの?みたいに目を大きく見開いて小首をかしげ、かわいさをアピール……
「なんか……気が向かないとやってくれないのでしょうかね……ポップ……遊ぶの飽きちゃったのかな?」
ミナミンが申し訳なさそうにテレビスタッフに深々と頭を下げ、それから悲しげな潤んだ瞳で俺の顔を覗き込む……ま……まずい……ミナミンをこれ以上悲しませるわけには……
「わふっ!」
「こらっ……くすぐったい……お化粧落ちちゃうから……だめだよぅ……」
せめて慰めようと後ろ脚立ちで大きく伸びをして、ミナミンの顔をぺろぺろと舐めまくる。
笑みがこぼれてきて……ちょっとだけ元気になった様子が見られてうれしい……
「じゃあ……次は前回の続き……カードを使った遊びに行きましょうか……期待していますよ!」
一旦離れて他のスタッフとアンテナ付きのワゴン車の横で打ち合わせを行っていた、いつものテレビスタッフが駆け足で戻ってきて、いよいよ本日メインの撮影が始まるようだ。
「分かりました……すぐに準備します。」
ミナミン同様肩を落としていたハルルンが、もうひと踏ん張りとばかりに無理やり笑顔を作ったような硬い表情で、それでもてきぱきと架台をセットし始めた。
「ポップ……機嫌は直ったかな?今度は前にもやったカードを使ったゲームだよ……これならできるかな?
お兄さんが手に持ったカードと同じのを当てるゲームだよ……ポップの名前のカードを選ぶことも出来たんだから……簡単だよね?頑張ってね……。」
ミナミンが今度こそとばかりに気合を入れ、真顔で俺に頑張れと告げる……ふうむ……どうすりゃあいいのだ?
抱きかかえあげられ、ハルルンが準備しているカードを立てかけた架台の所へ運ばれていく……
うーん……裁判所で審議される容疑者みたいに緊張する……この先の運命は、これから行う俺の行動如何に全てがかかっているのだ……ミナミンたちが望み通りに注目を浴びて欲しいのはやまやまだが……逆にそれが原因でミナミンと離れ離れになるのは嫌だ……どうすればいい?どう……
「では……まずは小手調べに……私が掲げるカードと同じカードを選ぶのから始めましょうか?前回ほぼ当てられたので、簡単ですよね?」
テレビスタッフが1枚の白いカードを手に、10mほど向こうから大声で確認して来た。スタッフでありながら進行役も務めるのだから、大変だよなあ……まあそれだけ低予算で、うまくいけばよし……駄目なら没ネタ……という事だろうな……手に持つカードは……小さいツだ……前回最初はポだったな。
「じゃあいいかな……ポップ……あのおじさんが手に持つカードと同じ文字のカードを選ぶんだよ……。」
今回もハルルンがこのゲームのサポートをするようで、テレビスタッフを指す以外は言葉だけで手順を説明してくる。相手が子犬だというにもかかわらず……ミナミンと同じ天然系だな……
「ポップ……頑張って……。」
ミナミンはというと……両手を握り締め拳を作って胸元に構え、じっとこちらの様子を見守っている様子だ……はあ……どこまで天然なのか……
ふうっ……めんどくせえ……彼女らに良かれと思えることを、出来る限りやってあげたいとは考えているのだが……それが今後の生活に対してどのような影響を与えるものか……深く考えずに期待感だけ大きく行動してやがるからな……まあなあ……綺麗でスタイルいいけど……十九二十歳の……少女だからな。
「ふうっ」
出るのは溜息ばかりなり……
「ほらっ……ポップ……」
ハルルンがカードが並べられた木枠の後ろでたじろぐ俺の尻を、優しく両手で押し出す……ええい……ままよ……こうなりゃあ目をつぶって……下手にカードを見てしまうからいけないのだ……目をつぶって適当なカードを選んでやれば……数回繰り返せば諦めるだろう……
うん?また?……クンクンと鼻を鳴らさなくても、そよ風のような微風に乗って流れてくる淡いミント系の香り……これは……
「やったぁ!やりました!さっすが天才犬!」
遠くから拡声器を使った迫力の歓声が伝わって来た……
「すっごい……さっすがポップ……あれっ?」
「ポップ……やったね……やればできる子だって信じてたよ……。」
反射的に体が動き香りが漂ってくるカードを咥えようとした瞬間……後ろから抱きかかえられ……あれ?ハルルンだ……急いで体をひねってしゃがみ込むハルルンの腕の中から脱出し、最愛のミナミンの元へ……
「ふうん……嫌われちゃったな……。」
ハルルンはがっくりと肩を落としているだろうが……ハルルンの左手からは結構強いミントの香りが漂ってきたので、俺の体に匂いが移って鼻が慣れてしまわぬよう接触をやめただけだ……。
恐らくカードは右手だけ使って並べておき、テレビスタッフがカードを掲げた後でさりげなく、コロンを仕込んだ左手で目当てのカードを触っているのであろう。完全な仕込み……インチキだ……
テレビスタッフも承知しているのであろうか?もしかすると……だが……どちらにしても……インチキがバレたなら、ハルルンが独断でやったことになるのだろうな……恐らく前回も……
だけど……頭いいよな……前回も気が付いたのだが……同じカードを何枚も用意して……さりげなく外れの場合も見せておけば……画面上は匂いをつけて選ばせているとは気づかれにくい……だったら……ポップの文字を順に当てた時のように僅かな臭いの強弱判定は不要だから、クンクンと嗅いで見せる必要性はないな。
どの道テレビの演出……等と人々は考えるだろうからな……裏で何か仕込んでいるだろうと……仮に学術的な意味を持って検証……なんてことにでもなれば……お偉い学者さんが立ち会えば、ハルルンの小細工などは数回の試技で見破られてしまう事だろう。
だけど……芸として……あくまでもエンターテイメントとして見たなら、それなりに完成しているし、そこそこ行けているのではないのだろうか……だったらそれに乗っかってやるとするか……彼女が自分たちの名を売るために、必死で考えた演出なのだからな……
さりげなく……あくまでもさりげなく当ててやればいい……ハルルンの策に乗ってやろう。
「やっぱり、差し出したカードと同じのを当てるのは簡単でしたかね?では次は……計算問題を出しますよ。
カードを差し替えてください……ちょっと難しくして、数字のカードのほかに文字カードも置いておきましょう。それでもできたなら大したものだ……外れても恥ずかしくありませんからね……。」
なんと……いきなり計算問題へ転換だ……しかも文字カードも少し残しておくという……言っていることは分かる……今選んだ小さいツのカードを残しておけという指示だ。
ハルルンが手早く立てかけられたカードを、両手を使って取り外し差し替えて行く……あれ?左手……使っても大丈夫か?ハンディカメラは全てミナミンに抱かれて愛撫される俺を写し続けている……そうか……手袋……アイスクリーム屋じゃああるまいに……さっきは薄く透明なポリ手袋を左手にしていたな。
匂いはポリ手袋につけてあるのだな?今は……スタジャンのポケットにでも、しまってあるのだろうな……
それで匂い移りの心配はないか……匂いをつける時だけ手袋……まあ……片手だけで作業していても怪しいからな……すぐそばにいるから見えたのであって……そんなに長い時間つけている訳ではではないし、ポリ手袋ならば映像に撮られてじっくりと観察されなければ、気づかれないかもしれんな……
「では行きますよ……今度は計算なので……カードではなくホワイトボードに書きましょう。
では……はいっ……」
先ほど小さいツが置かれていた場所にツが置かれ、その他数枚の文字カードの他には一桁の数字カードが並べられた。と言っても、1と3と5と7と9……奇数のみだな……。
それで……ホワイトボードには……2+3=……と手書き……そうか……ハルルンが並べた数字カードを見て、スタッフが計算式を手書きする手筈だな?
「じゃあ……次は計算式……同じのを選ぶのではなく、計算した答えを選ぶんだよ……出来るかな?
えーと……にたすさん……あっ……問題を読んじゃった……いいのかな?
でも……答えじゃあないから、いいよね?教えた事にはならないよね?
じゃあポップ……頑張って正解のカードを選んでね……。」
ミナミンがやさしく語りかけながら、しゃがんだ膝の上から抱き上げ、俺を地面にそっと置いた。当然のことながら……長ーい竿の先についた巨大マイクロホンが2mほど上方からこちらを狙っていて、ミナミンとの会話は映像とともに記録されている……
ミナミン……ただの子犬に答えは5だよ……って囁きかけたところで、その子犬は5のカードをとることはないのだよ……本当に天然……だけど……そこがいいのさ……
ゆっくりとカードが立てかけられた枠の裏側を歩いていく……やはり今回も……淡いミントの香りが漂ってくるではないか……ふと顔を上げると……既に匂い付きのポリ手袋を外したハルルンが不安げに眉を顰め、小首をかしげながら俺の様子を窺っている……前回までと異なり、クンクンと鼻を鳴らして嗅ぎ分けていないことに気づいているのだ。
大丈夫だって……これなら目をつぶったままでも……ミントの匂いがついたカードを容易に探し当て、5の数字を確認した後でそれにかぶりつく……
「きゃあっ……やったぁ……凄いよ……ポップ……」
「流石ポップ……やってくれると信じていたよ……。」
ミナミンもハルルンも大喜びのようだ……特にハルルンは……してやったりと言った感が強いのだろうな……何度も飛び跳ねながら両手を叩いて喜んでいる。
「一度だけでは怪しいので……まだまだ行きますよ……次の計算は……」
「じゃあ次はもっと難しく……二桁の計算で……。」
続いて4+7はの後は12+39……とか、暗算ではちょっと不安な……問題まで出されたが、何とか無事に……俺は数字には強い自信はあるのだが……行きがかり上ハルルンの仕込みに反応するしかないので……全てハルルン頼みであるのが辛い……
「では今度は……この問題です……。」
調子よく正解連発していたら、8−5=……今度は引き算……あれ?だって……足し算ですらミナミンが教えようとしたのを俺が逃げて、諦めたというのに……引き算まで教えたことになっていたか?
「ポップ……これは……無理かな?でも……これまでのことを見ていたら……出来るかも……だよねえ……頑張ってみる?無理はしなくてもいいからね……出来なくて構わないからね……」
ミナミンが心細そうに、少し震え気味な両手で俺を地面へと降ろす……別に緊張しなくても……と思うのは……裏事情を知っているもののみか……
ゆっくりとカードが並べられた枠の裏側を歩いていく……あれ?匂いが……匂いがないぞ……先ほどまでは数枚手前からでもミントの香りが漂ってきていたというのに……向こう端まで歩いてミント感ゼロ……仕込み過ぎて手に染み込ませたコロンの香りが、完全に薄れ切ってしまったのか?
ううむ……どうしよう……匂いなんてついていなくても……答えを選ぶのは簡単ではあるのだが……だが……仕込みがバレた時のためにも……カードにつけた匂いで嗅ぎ分けていたということを徹底しておかねばならない……そうでもしなければ俺の正体がバレる恐れがあるからな……
仕方がない……選ぶカードがない……と言った体で……きょろきょろとした後でカード枠横に立っているハルルンの顔を見上げてやる……仕込みが失敗していることに気付いてくれ……と、念じながら……
「ああっ……残念!やっぱりか……ミナミン……足し算は教えようとしたけど……引き算はまだだったよね?じゃあ答えが分かるはずはないか……すいません……次回までには何とか引き算も……」
ハルルンが笑顔を見せながら、テレビスタッフの前で頭を掻いて謝って見せた……そうか……ここまでも計算済みで……
「ああっ……そうでしたか?そう言えば足し算を教えたって、仰っていたんでしたね?そうですか……ではまた次回……次回があるかどうか……現時点ではわかりませんが……よろしくお願いいたします。」
「はいっ……次回までには……じゃあ……引き算だけではなく掛け算も教えておきますので、ぜひ次回も取材……お願いいたします……。ねっ?ミナミン……?」
「ははっ……はいぃ……。」
次回はさすがに予定はないのであろうな……でも……この放送の反響如何によっては次回取材もあり得るかもしれない……それくらい期待感があったと俺なりに思っている……ここまで十分に練ってあったとするならば……ハルルン凄い……
「では……放送は来週末の予定ですので……ご期待ください……。」
撤去作業はすぐに終わり、テレビスタッフたちはそれぞれの車で引き上げて行った。あとは……来週の放送とやらの反響頼みだな……
「やったね……でも……ほんとにポップってすごいね……計算……足し算なんてほんとは教えていないのに……計算式を書いて見せたって……知らん顔していたのに……実は答えを覚えていたのかな?
だったら……ツンデレ……だね?そっかあ……ツンデレ……うーんポップらしいな。
でも……今度は引き算と掛け算だって……結構難しいよ……特に掛け算……九九から覚えるかな?
ひえー……大変……すっごく時間がかかりそうだな……。」
ミナミンは俺の頭を優しく撫ぜると、そっと抱き上げてくれた……本気で子犬に計算を教え込もうと考えているみたいだ……。
「大丈夫だって……次回もあたしに任せなさい!まあ……次回があれば……だけどね!」
ハルルンは上機嫌で、スキップしながら帰って行った。




