11.新技
11.新技
「ポップ……すっごいんだよ……やっぱりテレビの影響は大きいよね……取材が来るってなった時からもうすでにどのステージも満席だったんだけど……放送してからは予約販売も毎回完売で……今ではネット販売開始から10分とかで売り切れちゃうんだって……本物のアイドル並みだって……マネージャーさんが言ってた。
まあ……こっちのステージは本当に小さくって、武道館とか……ましてやドームとかに比べたら何百分の一とかだから、まだまだだよってハルルンは言っていたけど、それでもすごいよね?
スーパーアイドルは年に一度か2度のドームツアーで全国を回るけど、それだと年に何十回もステージに立っている訳じゃあない、私たちは小さいステージでも週に6日8回……三が日以外は休まずステージに立っているんだから、常に完売し続けるのであればそれだってすごいんだってメンバーの子が言っていた。
年間400ステージだからね……今なら十分黒字だから……この人気が続けば商店街の補助から離れても……独り立ちできるってハルルンも小声で囁いて来たよ。
それで……ね……またテレビの取材があるらしいんだ……不定期だから、まだ何時とは決まってないらしいんだけど、前回の特集が好評だったから第2弾だって……だからポップに覚えてもらわなくちゃなんだ。
いい?1足す1は……2だよ。1足す2は……3……ね?いいかな?」
テレビ取材から10日ほど経過し、反響がどうだったのか気になりだしたころ、ミナミンが帰ってくるなり抱き着いて来た。部屋にテレビはあるのだが昼間の放送で……ミナミンはレッスン中の時間だったから部屋では見られなかったからな……反響が大きくて何より……。
そうして百均のホワイトボードに数式を書き始める……ふうっ……流石天然……
本当に……俺が人間の男で……ミナミンとは恋仲で……そういった行動が許される立場であるならば、間違いなく体を引き寄せ思いきり抱き締めるであろうほど……かわいい……可愛すぎる……。
だが困ったな……どのように応じればいいのだ?ミナミンをがっかりさせるわけにもいかないし……かといって、計算を解いたならそれこそ大騒ぎに……公園の時のように文字カードでやってくれたならカードの匂いを嗅ぐ仕草を見せれば、それなりに理解して頂けたと思うのだが今はホワイトボード……。
仕方がない……ホワイトボードの匂いを嗅ぐか……
クンクンと鼻を鳴らして、ミナミンが手にするホワイトボードを珍しそうに匂いを嗅ぎまくる。
「あれ?なんか答えようとしているのかな?鼻の頭にマジック塗ってみる?」
匂いを嗅ぐ仕草を誤って解釈したのか、ミナミンが恐ろしい発言をする……途端に焦って大きく首を横に振り、後ずさりして下がって行く……
「どうしたの?マジックの匂い嫌いなのかな?水性だから……ちょっと洗えば落ちるんだよ……。」
ホワイトボード用の黒マジックを手に、ミナミンはまだあきらめていなさげだ……
「わふっ!」
ひと吠えしてから速攻で居間のソファの下へもぐりこむ……ミナミンの部屋の中で唯一家具らしい家具だが、ミナミンはいつもカーペットの上に直に座り、小さなちゃぶ台で食事も済ませるのでほとんど使ってはいない。俺が昼寝の時に寝そべるか……あるいはミナミンが疲れ果てて帰宅した時にそのまま寝るくらいだ。
「あれ?珍しいね……いつもは私にべったりなのに……水性マジックが死ぬほど嫌いなのかな?
分かったから……もうお鼻にマジック塗るなんて言わないから……出てきて、ポップ!」
ミナミンが身を屈めて這いつくばるようにして、ソファの下の俺と目線を合わせて来た。
手に持つマジックにはキャップをして……カーペットの上のホワイトボードの上に置いたので、ゆっくりとほふく前進してソファの下から出て行く。
「ごめんね……嫌なことしようとして……もうしないからね……。」
ミナミンは俺の体を抱き上げると正座して、膝の上にのせてくれた。ミニスカ生足の感触を全身で味わう……はあ……しあわせ……。
そんなこんなで特訓らしきことはほぼなく、いつもの日常を過ごしていると、ある朝突然広い公園に連れてこられた。遠くにパラボラアンテナを天板に据え付けたワゴン車含め数台が確認できる……いよいよ第2弾の撮影が始まる様子だぞ……想定以上に突然だったな……。
「どお?ポップの様子は……あれから何か一つぐらい芸でも仕込んだ?」
本日もミナミンと同じくスタッフジャンバーにミニスカート姿のハルルンが、笑顔で問いかけて来た。見渡してみるが……本日もマネージャーさんとかシュープリーマーの関係者らしき人は一人もいない(俺調べ)。
前回の宣伝効果が大きかったのだから、本腰を入れてスタッフやメンバーたちも応援に駆けつけてくるのかと思っていたのだが違った……まあ……名目上はアイドルの休日という事での特集ではあるからな……たまたま飼い犬が賢かった……と、あくまでも偶然を装い天才犬の発掘を行う腹づもりだろう。
「うーん……全然だったよ……足し算を教えようとしたんだけど……すぐに逃げられちゃった。ソファの下に潜り込んで、出て来なくなっちゃったからあきらめた。
そりゃあ嫌だよね……私だって学校の勉強はそんなに好きじゃなかったもの……特に算数は……。」
ミナミンはしゃがみ込んで俺の頭を優しく撫ぜながら、呟き気味に打ち明ける。本当にこの子は……ド天然でかわいい……たまらん……。
「だいじょぶだいじょぶ……取り敢えず足し算教えようとはしたんだよね?だったらそう言ってくれればいい。ポップが逃げたってこと言わないでいいからね……ポップは賢い犬って事で売り出すんだから。」
「えっ?でも……嘘はいけないんじゃあ……」
「嘘じゃあないでしょ?ミナミンはポップに足し算教えようとしたんでしょ?」
「そうだけど、すぐに逃げられて……」
「だから……すぐに逃げられたことは言わなくていいの。嘘じゃあない……ただ言わないだけ……いい?」
「えっ?う……うん……でも……」
「大丈夫だから……あたしがうまいことやってあげるから……任せといて。
じゃあ……はーい!おはようございます!こっちは準備OKです!」
なんだか悪だくみっぽいことをミナミンに無理やり納得させ、ハルルンは大声でテレビスタッフらを呼んだ。
「おはようございます。お久しぶりです、お元気でしたか?それとポップ……本日のご機嫌は如何でしょうか?」
「お……おはようございます……ポップは……今日も……元気……です……」
「じゃあ今日も……ばっちりという事ですね?」
「そうですね。ミナミン……先々週のことがよっぽど悔しかったと見えて、ポップに特訓をしたみたいですよ。だから……本日はリベンジ戦です!」
前回と同じテレビスタッフからの問いかけに、さすがに戸惑い気味のミナミンに代わり、途中からハルルンが応対する。
「特訓?特訓ですか……何をしたのですか?ミナミンさん?」
「はっ……ははいっ……その……ポップに足し算を教えようとして……。」
「そうそう……計算の特訓をしたんだよね?それはもう……寝る間も惜しんで迄……。」
ミナミンが余計なことを口にしないよう、すぐさまハルルンが割り込んできた。
「そうですか……計算をね?教え込んだと……じゃあもう……バッチリですね?」
「お任せください!あたしが保証します……バッチリです!」
ハルルンがミナミンを押しのけ、自信満々に答える。やはり今回も仕込んであるな……?
「では今回は……いきなりカードあてに行っちゃいますか?
それとも……今回はこんなのも準備したのですが……遊んでみますか?」
そう言いながらテレビスタッフが手に持つ大きなバッグから取り出したのは……なんとフリ〇ビー……通称フライングディスクとかいう柔らかなプラスティック製の円盤だ。
「何ですか……それ?」
「知らないですか?……このディスクを投げて……ワンちゃん……ポップに取らせるという……ボールや木の枝を遠くに投げて取って来いっていうのとはちょっと違って……ふわっと浮くように飛びますから、ジャンプして空中でキャッチさせるんです。でも……無理かなあ……やったことないんじゃあ……。」
テレビスタッフは少々がっかりした様子で、ディスクをバッグに戻した。
「やりますやりますっ!ポップとの遊びもマンネリ化していたんで……新しい遊びは大歓迎です。
それに……ポップは駆けるの大好きだし……でもその……ここの公園……ドッグランじゃあないので犬のリードは離せないのです……リードの長さの範囲で大丈夫ですか?
ミナミン……ポップのリード……最高伸ばすと何mまで伸びるの?」
ところが何とか話題作りをしたいハルルンが食い下がった……
「うーん……確か3m位だよ……小型犬用だからね……あまり長くなると車道に飛び出したりして危険だし。」
「そうか……たったの3mじゃあ無理っすかね?」
ハルルンががっくりと肩を落とす。
「ロープでいいなら……百mくらいのもありますが……ちょっと太いので……負担がかからない程度細いので50mのがあったかな……おーいっ!50mの荷造り用のビニールひももってきてくれ!
撮影とかで……ビニールシートを吊ったりするようなのもあるのですが、荷造り紐なら軽いでしょ?結構丈夫で、簡単には切れませんからね。」
すぐにワゴン車から女性スタッフが駆けて来た……手には真っ白い荷造り紐の玉を持って……
すぐに俺の両肩から散歩用リードが外され、代わりに荷造り紐で俺の両肩をホールドするように、たすき掛けのように巻かれた……。確かにふわっふわの薄手のひもというか幅広テープ……風になびくくらい軽いので負担にはならんな……しかも長いし……何より丈夫。
「じゃあ……やってみましょうか……。」
すぐさまハンドカメラ数台が小走りで動き出し、1台は俺とミナミンの姿を撮影にかかる。
「いい?ポップ……このディスク……興味あるでしょ?これを今から放り投げるから……ポップは駆けて行ってこれをジャンプして受け取るの……出来るかな?」
ミナミンがプラスティック円盤を俺の鼻先に示し、これを取ってくるのだと言葉で説明する。ううむ……果たして指示通りに動いても問題ないのだろうか……それこそ言葉を理解していることに……。
「ほらほら……いいでしょ?」
ミナミンが手に持つ円盤を左右に小刻みに振って見せるので、取り敢えず興味がある振りとして目で追ってみる。
「興味あるみたいだね……行けるいける大丈夫!後はふわっと軽く投げるだけ!」
後方から覗き込むようにして、ハルルンが声をかけて来た。
「では……よろしいでしょうか?」
「あっ……はーい、大丈夫です。ほらっ……ミナミン……頑張ってね。」
数m先に離れたスタッフが、ハンディカメラマンの隣から声をかけて来た。
「だいじょぶだいじょぶ……きっとうまくいく。ポップならやってくれる。」
ハルルンがミナミンの両肩を持ち上げるようにして立たせ、ディスクを握る手を覆うように手を被せ、お祈りするように何度も小声で囁いている。ふあー……気持ち……入っているなあ……困ったな……。
「こちらはいつでもOKですから、そちらのタイミングで始めてください!」
ミナミンが立ち上がったことを受けて、テレビスタッフも準備OKの合図を出してきた。いよいよだ……。
「じゃあ行くよ……ポップ……頑張ってね……。」
ミナミンが手に持つプラスティックの円盤を手首だけの動きで数回水平に振った後、その反動のまま手を離した……ディスクはふわりとミナミンの手元を離れ、数m先まで放物線の軌跡を描きながら着地した。
俺はその様子をじっと座ったまま見ていた……
「あれ?ポポポポポップ……どうしちゃったの?あれを取ってこなくちゃいけないでしょ?」
ミナミンが少し先のディスクを指さしながら、しゃがみ込んで俺に話しかけてきた。だってぇ……
俺は首だけで後ろへ振り返りながら、不思議そうな振りで上目遣いに首をかしげて見せる。
「流石に1回だけじゃあ、なにをやるべきなのか分からなかったみたいだね……いい?ポップ……これはね……フライングディスクと言って、ワンちゃんと遊ぶための遊具なの!
噛んで見て……ほらっ……柔らかいでしょ?」
ハルルンが小走りでやってきて、ディスクを持ってきて鼻先にこすりつけるようにするので、うっとおしいから言われるがままに甘噛みしてみる……確かにソフトビニールのようで柔らかい……
「はいっ……じゃあ放して……いい?これをミナミンがこれから投げるから……ポップは走って行ってジャンプして咥えて持って帰ってくるの……分かった?」
「くう?」
そんな……ディスクを左右に振りながら言葉で説明したところで、普通の子犬は理解できないぞ!なるべく可愛げに小首をかしげて見せてやる。
「無理だよ……だってやったことないんだもん……お家で部屋の中で何回か練習でもしていたなら別だけど……こんな遊び今日初めて知ったんだもん……。」
ミナミンが頬を膨らませ、首を左右に振りながらできないと俺の代わりに答えてくれた……かわいい……
「まあまあ……ミナミン……何でも最初は初めてなの!最初さえ頑張れば……後は楽だから……もう少し根気よくやってみよう!ポップは賢いから……きっとすぐに覚えてくれるはずだよ。
だから……1度や2度失敗したくらいで諦めないで!ほらっ……」
意気消沈気味のミナミンを、ハルルンがやさしく励ます……流石リーダー……いいことを言うな……
「わかった……もう少しやってみる……。」
ミナミンがごく小さな声で、呟くように答えた。
「今度はもう少し強めに……あたしは動画で見たことがあるけど、ディスクは遠くへ投げるとふわっと浮いて……滞空時間が長くて……そうして戻ってくるんだよ……その時にワンちゃんがキャッチするの。
だから……思い切り腕を振って強めに投げてみて……。」
フリ〇ビー犬の動画を見たことがある様子のハルルンが、おおよその動きを教えてくれた。
「わかった……強めにだね……強め……。」
「ほらほら……ポップも準備しなくちゃね……。」
片足を前に出して構えるミナミンに対し、そのままお座りを決め込んでいたらハルルンが俺のわき腹から腹に手を回し、無理やり立たせに来た……ふうむ……仕方がないなあ……
「ほらっ……ポップ……頑張って……。」
ミナミンが左脇腹よりももっと深めに振りかぶり、ディスクを思い切り水平方向へと投じた……ディスクは風に乗ったのか徐々に上昇し、やがてふわりと浮いて軽くUターンしてきた。
「ほらっ……ポップ……ダッシュ……。」
ハルルンが俺の尻を優しく叩いて来た……ああっ……もうっ……
仕方なくダッシュして……ディスクが飛んでいく方へと一直線に駆けより……ジャンプ……荷造り紐のリードは軽く、ほぼ負担なく駆けることもジャンプすることも出来るようだ……そうしてうまくタイミングが合い……落ちてきたディスクを華麗(あくまでも俺判定)にキャッチできた……。
「や……やったぁ……流石ポップ……凄い奴だよ……」
「ぽ……ポップ……やったね……凄いね……偉いよ……。」
し……しまった……つい……調子に乗って……駆け出すだけならまだしも……そのまま知らん顔して通り過ぎるつもりが、ついつい乗りで……ジャンプまでしてディスクを咥えてしまった……まずい……
ディスクを咥えたまま……途方に暮れて固まる……これからどうしよう……
「きゃーっ……ポップ……大好きーっ!」
次の瞬間……ハルルンがダッシュで俺の方へと両手を広げたまま駆け込んでくるのが見えたので、一瞬ひるんでディスクを落とし後ずさりしたが、すぐに思い立ってこっちもダッシュでミナミンの元へ逃げ込む……
「ポップ……すごいよ……やっぱりポップは天才だね!」
ミナミンは腰をかがめると俺を抱き上げ、優しく頬ずりしてくれた……はあ……至福……
「凄いですね……やっぱり犬の習性として……野生が目覚めるというか……動くものに反応するんですかね?何にしても……すぐに何でもこなすのは……賢いと言えますよ……。
もう一度やってみますか?それから飛び縄なんかも持ってきていますから、飼い主と一緒に縄跳びなんて映像も撮りませんか?それからカードを使ったゲームに行きましょう。
そのほうがより賢さが伝わると思いますので……。」
はぁはぁと息を切らせながら駆け込んできたテレビスタッフが、俺が咥えたディスクを途中で拾い上げ、ミナミンへ差し出す……もう一度かよ……




