9話 紅は駆け、白は舞う
御三家白宮家のご令嬢にして一年の主席、『白雪の姫君』の二つ名を持つ白宮雪華と一年次席の九条和樹の戦いは第二ラウンドへと入り、早速熾烈を極めていた。
和樹が爆撃と見紛うほどの炎纏う大剣の剛撃に対して、雪華は氷を纏った刀を軽い身のこなしで振るい、素早く動き肉薄する。
炎と氷。剛撃と速度。お互いの得意の戦闘スタイルで戦う。雪華が素早く動き和樹の周囲を駆け回り下方からの攻撃に徹する。和樹はそれらに対し大剣を振るい、あるいは拳を振るい上方からの攻撃を行う。
目まぐるしい攻防を繰り返す二人は、リングを駆け回ったり、一歩も下がらず斬り結ぶ。縦横無尽にリングを駆け回り、何度も何度も自分たちの立ち位置を変えるほどに激しく動き回る。
火花を散らし、金属音を鳴らしながら二人の魔装使いは暴れまわり一進一退の戦いを繰り広げていた。
『お、おいおいおいどうなってんだよ、ありゃ』
『あの『白雪の姫君』とあそこまで戦えるなんて……彼は何者なの?』
『信じらんねぇ。二人ともまだ入学したばかりだろ?それなのに……』
『え、ええ、二人とも相当な実力者よ……』
『本当に、一年かよっ?』
『いや、そもそもどうして御三家相手に互角に戦えてんだよ?あいつはっ』
――まさしく、互角。
前評判では御三家雪の一角白宮家のご令嬢である雪華に次席とは言え一般家庭出身の和樹が勝てる道理などないはずだった。
だが、ふたを開けてみればどうだろうか。
剣でも魔法でも和樹はあの《白雪の姫君》の二つ名を持つ白宮雪華相手に全くの互角の戦いを繰り広げていたのだ。
前評判を覆す彼の戦いぶりに観客達は驚愕を隠せなかったのだ。誰もが冷や汗を流しながら自分たちの後輩、あるいは同級生の凄まじい戦いを見守っている。
そんな彼らの様子を見て、ヴィーゼは嬉しそうに微笑む。
「……ふふ、やっぱりね。やっぱりカズキはただモノじゃなかったわ」
彼女はやはりこうなったと自身の予感が正しかったことにほくそ笑んだ。
御三家令嬢である雪華には叶わないという上辺だけの情報だけで勝手に勝敗を予想した彼らをあざ笑うような結果にこの会場にいるほとんどの人間が驚愕を隠せなかったのだ。
ほくそ笑む彼女の隣では迅も他の観客同様驚きに目を見張っていた。
「いやいや、マジかよ。九条、次席入学の時点で実力があったのは確かだけどよ。あそこまでやるのかよ……」
迅も周りの観客ほどではないにしても、白宮家令嬢である雪華に和樹がどこまで食らいつけるのかと考えており、ここまで全くの互角になるとは予想していなかったのだ。
「あら、そんなに驚くことかしら?」
驚く迅の隣でヴィーゼが得意げに尋ねた。
その問いかけに迅は頭を掻きながら、驚愕を隠し切れない表情で答える。
「……いや、まあそりゃあな」
「予想なんて結局は予想に過ぎないわ。戦いなんて何が起こるかわからないものよ。ましてや、カズキは前情報が殆どない未知の存在だったのよ?何が起こるなんてわかるわけじゃない」
「……まあ、それもそうだよなぁ。確かにこうなった以上は色眼鏡無しで見なくちゃ二人に失礼だよな」
「物分かりがいいわね。最初からそうすれよかったのに」
「言うなよな。御三家の存在はそれだけ大きいんだよ」
「フーン、ま、私にはあまり関係ないわね。それよりも、また動きがありそうよ」
彼女の指摘に迅が視線をリングの上で戦う二人へと戻す。
二人の熾烈を極めていた戦いはヴィーゼの指摘通り新たな局面に移ろうとしていた。
▼△▼△▼△
熾烈を極めた二人の魔装使いの激闘。その戦いはすさまじく、リングはあちこちが砕かれ、所々で炎が燃え、一部が凍り付いていた部分もあり凄まじい激闘が繰り広げられた証拠だった。
激闘を繰り広げた二人。白宮雪華と九条和樹はリングの中心で肩を激しく上下させていた。
お互い傷は更に増えており、雪華の体には火傷が、和樹の体には凍傷ができていた。
「はぁ、はぁ、ったく、ここまで戦うことになるとは…やっ…ぱ御三家の名は伊達じゃねぇな……」
「…はぁ、え、ええ、でも、それは貴方にも言えますよ?九条さん。ここまで戦えるなんて、私も思ってもいませんでしたから…」
呼吸を整えながら、二人はお互いの強さを称えあい認め合う。
(白宮さんの剣技……とてつもなく愚直で洗練されている。それに、汎用性の高い氷の魔法……ここまで繊細に使いこなすか……)
(九条さんの動きはさながら獣。そのせいで予測ができにくい上に、一撃一撃の破壊力が高い。……こんなにも大胆な戦い方をする方がいるとは……)
和樹は雪華の洗練された剣技と汎用性の高い魔法に流石だと舌を巻き、雪華は和樹の獣じみた動きと爆撃じみた剛撃の破壊力に内心冷や汗すら掻いていた。
(ああ、勝ちてぇ。こんな強い奴に勝って俺はもっと上に行きたい…)
(勝ちたい。初めてです。こんなふうに思えるような相手と戦える日が来るとは……)
―――同時に彼らは、ほぼ同時にお互いを好敵手とすら認めていたのだ。
「……」
雪華は呼吸を整え一度大きく息をつくとすっと背筋を正して頬に付着していた和樹の血を拭うと穏やかな笑みを浮かべ和樹に一つ提案をする。
「……九条さん。一つ提案してもよろしいでしょうか?」
「?言ってみろ」
「……次で最後にしませんか?」
「…………」
雪華は刀を正眼に構えると白銀色の魔力を迸らせながらそう告げた。
「……お互い次に最強の一手をぶつけませんか?」
魔力を迸らせながら戦意に満ちた眼差しを向けてそう提案した彼女に、和樹は少しの沈黙の後、笑みを浮かべ彼自身も紅蓮色の魔力を迸らせて応えた。
それは承諾。
この戦いを次で終わらせるという意志に彼は応じたのだ。
「「っつ?」」
二人は互いに倒すべき敵を見据えると詠唱を開始する。
「『炎よ、燃え滾れ。煉獄の劫火よ、顕現しろ』」
「『吹き荒れるは吹雪。万物を凍てつかせる絶対零度の具現』」
詠唱と共に彼らの足元に現れたのは紅蓮色と白銀色の魔方陣。
「『炎が雄叫びを上げれば、全ては灰燼に帰す。破滅の戦火に抗う術は無し』」
「『白銀の領域が広がりし時、そこには何もなく、全てが息絶えた永久凍土となる』」
雄々しく猛々しい声が、凛々しく玲瓏な声が、呪文を紡ぐ。
紅蓮色の魔方陣からは紅の光粒と火花が舞い上がり周囲の空間が熱気に揺らぐ。
白銀色の魔方陣からは白の光粒と細氷が舞い上がり周囲の空間が冷気に凍える。
「『大空を穿ち、大地を砕き、無慈悲に全てを呑み込め』」
「『涙はなく。慟哭もなく。虚ろな世界には光も届かない』」
繰り出すは必殺。
自身が最強と定めた魔法。
ともに魔力が高まっていき、魔方陣が輝きを増し、それを肌で感じ取った観客達がその莫大さに、強大さに何度目かわからない驚愕を浮かべる中、詠唱が完成へと至ろうとする。
「『全ての因果に終息を。遍く因縁に終止符を』」
「『厳冬よ。世界を凍て尽くし、白き雪で満たせ』」
『白雪の姫君』白宮雪華の魔法の詠唱はこれで完了した。
彼女はいつでも己の必殺たる魔法を放てる。
しかし、彼女はまだソレを放たない。
それは、和樹の詠唱が終わっていないからだ。お互いの渾身をぶつける以上、相手の切り札を使わせずに倒そうなど、言語道断だ。
相手の必殺を制する為に渾身をぶつけるからこそ意味があるのだ。
その意図を感じ取った和樹は口端を裂きまさしく飢えた獣の如く歯をむき出しにして獰猛に笑うと最後の一説を唱えた。
「『吼え狂い、燃え滾り、悉くを焼き尽くせ!紅蓮の業火よ!!』」
和樹の魔力が爆発的に強まり抑えきれない魔力の猛りが炎となって零れる。
そして、二人はほぼ同時に一歩前に踏み込み、大剣を、刀を、振り上げ、あるいは構えて必殺たる魔法を発動した。
「《ヘル・ラーヴァテイン》!!」
「《霜天・零落凍土》!!」
大火と寒波。
紅蓮の魔方陣からは天井を穿つほどの極太の炎柱が突き出しさながら巨大な魔剣。あるいは極太の炎塔となり前方へと傾き振り下ろされる。
白銀の魔方陣からは白銀の細氷が無数に噴き上がり極寒の吹雪となり吹き荒ぶと前方を扇状に呑み込まんと放たれる。
劫火の魔剣と細氷の吹雪が、リング中央で激突。
耳を弄する轟音を鳴り響かせ、リングを、決闘場所となった会場そのものを揺るがすほどの衝撃を齎し会場を白と緋の二色に染め上げた。
紅白に染め上げられた視界が次第に他の色を取り戻し、弄されていた耳も次第に音を拾い始めたころ、彼らはリングへと視線を向ける。
『う、嘘だろ。どうなってやがる……』
『半分が凍って、半分が焼かれている…?』
『な、なんなんだよこの魔法の威力は……』
『どちらも並外れてやがる…っ!』
『い、いったい何がどうなったのでしょうかっ!二人の魔法が激突した瞬間、大気そのものが弾けて途轍もない衝撃がこの会場を駆け抜けましたっ!魔法を放った二人はどうなったのでしょう!』
観客達が戦慄にどよめく中、いち早く衝撃から復帰した実況の生徒がマイクを片手に声を張り上げる二人の安否を確かめようとする。
リングはひどい有様だった。なにせ半分が霜と氷に覆われ白と青に呑まれた氷の世界へと変わり、半分が炎に呑まれ焼け焦げており赤と黒に覆われた炎の世界へと変わっていたのだから。
相反する事象が一つのリング上で対立するように存在していたのだ。しかし、そこで彼らは気づいた。
その氷炎世界の中心には向かい合うように佇む二つの影があった。
誰かなど聞く必要はない。その人影たちは和樹と雪華の二人のほかに他ならないのだから。
二人は確かにそこにいた。
だが、その姿は果たして無事とはとてもではないがいえるものではなかった。
「……はぁ、がはっ…ぜぇ、づぅ」
「っあ…かほっ、けほっ……!」
和樹は片膝をついて大剣をリングに突き立てて口の端から血を流しながら凍傷の激痛に呻く。対する雪華も刀を傍に落とし座り込み火傷の疼痛に血を混ぜながら咳き込む。どちらも傷だらけであり、凍傷、火傷の数は魔法の激突前とは比べ物にならないほどに多く今の激突がどれだけ凄まじかったかを物語っていた。
両膝をリングに着け座り込む雪華は痛みに青白色の瞳を眇めつつ満足そうに笑った。
「……ふ、ふふ、まさかここまで互角に渡り合えるなんて……」
満足そうに笑う彼女に、和樹も歯を見せて笑いながら素直な言葉を贈る。
「……ああ、楽しかった。ここまで戦いが楽しかったのは初めてだ…」
「……私は、もう戦えそうにありませんね…九条さんは…?」
「……俺もだ。もう、無理だわ…」
脱力しきった声音で返した和樹は、魔装を解除すると後ろに倒れ仰向けに寝転がった。
「…あー疲れたぁ。もう魔力が殆ど残ってねぇ」
「……私、も。久々に疲れました……」
雪華も魔装を解除して力なく横に倒れる。
どちらも一気に魔力を大量に消費してしまったことで『魔力枯渇』状態に陥っていた。
魔法激突の際、一時観客席に避難していた新崎は、リングに戻ると中央で倒れる二人の様子を見て決闘の結末を審判として告げた。
「そこまで!両者戦闘不能により、この決闘引き分けとする‼︎」
『け、決着ぅぅぅ!!一年生主席と次席の戦いは、引き分けという結果に終わりましたぁっ!!』
誰もが予想していなかった引き分けというあまりにも予想外な結果に、その場にいた殆どの観客達は多くが、御三家の一角白宮家令嬢である雪華に一歩も引かなかった和樹の存在を改めて強く認識した。