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雪月花のソード・ワルツ  作者: 桐谷 暁人
第一章
7/20

7話 白と紅



 時間は過ぎ、放課後。

 

 第一魔装学園ではこの時期にしては珍しく喧騒に包まれていた。これほどの盛り上がりになるのは、《星桜魔剣武闘祭》の予選が始まってからが例年なのだが、新学期が始まって早二日目にして、生徒達が盛り上がっている光景は異常だ。いや、生徒だけじゃない。教員までもが今日これから行われることに興味津々だったのだ。

 

 それもそのはず。なぜなら、今日は新入生の主席である白宮家の令嬢である『白雪の姫君』白宮雪華VS次席九条和樹の決闘が行われるのだ。

 しかも、決闘を申し込んだのは主席であり格上でもあるはずの雪華の方だ。なぜ、彼女が彼に決闘を吹っ掛けたのか。その真意は当人達にしかわからないものの、お互い実力者であることは間違いなく、新学期始まって早々に面白いイベントが見られるということで、学年、生徒、教師問わず多くの人が決闘が行われる第四演習場に集まっていた。しかし、数が多すぎるために急遽新聞部と教師が演習場の壁に取り付けた大型ディスプレイで外で試合の様子を見る事態が発生する程だ。

 そして、第四演習場の内部では試合がまだ始まっていないというのに、既にかなりの盛り上がりを見せていた。


『さあ‼︎会場の内外で今か今かと始まりをお待ちしている皆様!急遽決まった決闘ですが、これは一見の価値ありのものです!今年主席で入学してきた白宮家のご令嬢。『白雪の姫君』の二つ名を持つ新世代の代表ともいうべき存在―あの白宮雪華さんが、なんと彼女に次いで次席で入学した九条和樹さんに決闘を挑んだというのですから!これは見逃せない決闘でしょう!』


 どういうわけか、ただの決闘のはずなのに実況が付いており、彼女がマイクを片手に振り回しながら興奮冷めやらむ様子で今回の決闘の背景を語り始めたのだ。そして、魔装学園の実況担当―つまり、『放送部』の少女がそう言えば、観客席にいる生徒達が歓声を上げた。

 

 魔装学園とは将来的に国防を担うことになる魔装使いを養成する目的で作られた、軍学校。そうなれば、当然戦闘力の向上は必須事項。故に、魔装学園では戦闘に関する実技、座学の授業が教育カリキュラムに組み込まれており、その演習の場として訓練施設や演習場がある。

 学園内にいくつも存在する演習場。形としては古代ローマのコロッセオにも似たすり鉢状のドーム型だ。サイズはリング部分が半径60m程。ぐるりと大きく囲んでいる観客席は数百の人数が収容できる。

 その一つ、第四訓練場が今日の目玉イベントの場所なのだ。そして、決闘を今か今かと誰もが待ちわびる中、観客席にいる迅は苦笑していた。


「うっわぁ、まあ注目するのは分かってたけど、まさかここまでの大盛況を呼び込むなんてなあ」 

 

 迅が満員となり盛り上がっている観客席を見渡しながら、苦笑いを浮かべる。そんな彼に、隣に座るヴィーゼが彼に尋ねた。


「ねぇキリハ、少しおかしくない?新入生の、主席と次席の試合とはいえここまで盛り上がるもなのかしら?」

「ああ、エスメラルダさんはフォルクティアからの留学生だったな。それなら、知らなくても無理はないか」

 

 日本人である迅はこの決闘がどれだけ注目を浴びるのかをよくわかっているが、ヴィーゼは外国人だ。ぜ試合がここまで盛り上がっているのかがよく分かっていなかった。


「まあ、白宮さんが戦うってのが一番大きいなぁ」

「?ユキが戦うから?それって主席だからってこと?」

「違う違う。あの白宮家のご令嬢が戦うから、皆ここまで注目してるんだよ」

「……あ、確か『ゴサンケ』だったかしら?どういうことなの?」

「それはな……」

 

 本当に御三家のことに関して何も知らないヴィーゼの為に迅は簡潔にだが、この国における御三家の立場や存在などを説明する。その説明で理解したのか、ヴィーゼは納得するように頷いた。


「……成程ね。かの御三家のご令嬢がどう戦うのか見に来たってことなのね」

「そういうこと」

「…でも、だとしたら、この人たちの中にカズキを注目している人はほぼいないってことかしら?」

 

 ヴィーゼの若干不機嫌交じりの推測の呟きに、迅は苦笑を浮かべて首肯する。


「……ま、言っちまえばそうなる。九条は次席とは言え一般人だ。だから、名家の出身にして主席の白宮さんには勝てないだろってのが大多数の意見だな」

「……ふーん、面白くないわね」

 

 ヴィーゼは足を組むと膝の上で腕を組みながら嫌悪を隠さずに忌々し気に呟いた。彼女的に試合を見生きている者達の大半の思惑が気に入らなかったようだ。


「随分と不機嫌だな」

「……当然よ。ユキが勝つことを疑わないってことは才能とか家柄で判断してるってことでしょ?」

「……まあ、確かにその通りだけど、事前情報がそれしかないからなぁ」

「でも、気に食わないのは気に食わないわ。だって、二人の本当の強さを見ようとしていないんだもの。私はそういう奴を見てるとイライラしてくるわ」

 

 ヴィーゼがここまで嫌悪感を露わにするのは他ならぬ彼女が、母国フォルクティアでそういう扱いをされたことがあるからだ。ヴィーゼはフォルクティア王国の貴族エスメラルダ家の次女。つまりは、雪華と同じく名家のご令嬢ということだ。そして、エスメラルダ家はフォルクティア王家に代々仕える騎士の家系として騎士団に所属し、現当主、ヴィーゼの父は騎士団の団長職についている。その騎士の家系の生まれである彼女は、フォルクティアでは天才と呼ばれていた。


『迅雷の姫騎士』。

 

 彼女は魔装使いとしての才能が高いことや武術大会でも優勝した経験のある事から、本国ではその二つ名で呼ばれているフォルクティア有数の実力者だった


「……エスメラルダさんは何で留学してきたんだ?」

「私が留学してきたのは…」


 なぜ、それほどの実力者である彼女がわざわざ日本に留学してきたのは……


「もっと強くなるためよ」

 

 もっと上を目指すためだった。

 

 周りは彼女を『天才』だと持て囃し、自分達『凡人』とは違う存在だと区別してきた。

 

 それが、彼女にとってはひどく腹立たしかった。彼女も裏では常人の何倍も修練を積んできた。時には血反吐も吐いたし、体を壊して寝込んだこともある。しかし、周りはそんな労力を『天才』の一言で簡単に片づけてしまうのだ。

 その環境にい続けたら、自分はもしかしたらその天才の言葉を受け入れてしまうかもしれない。

 受け入れて、さらに上を目指すこともなくなってしまうかもしれない。

 

 今の強さに満足して、向上心がなくなってしまうかもしれない。

 それだけは、それだけは嫌だった。

 愛する母国を、騎士の家系である自分が真に騎士の役割を全うするためには、もっと強くならなくてはいけない。だが、この国ではそれは叶わないだろう。

 だからこそ、彼女は外に出て日本に来たのだ。


「この国で行われる武の祭典《星桜魔剣武闘祭》は世界的に見ても高レベルの大会よ。それほどの大会なら私の想像よりも強い騎士がいるかもしれな。アタシはそんな強者達と切磋琢磨し己を高めるためにこの国に来たの」

 

 そして、彼女はそれに値する者達を早速二人見つけたのだ。それが……


「ユキとカズキは間違いなく強者よ。私が求めてやまなかった猛者達。家とかそんなの関係ないわ。ただ単純にアタシは二人の実力を、二人の戦いを見たいのよ」

 

 だからこそ、彼女は楽しみにしているのだ。強者たる二人の戦いを。どっちかに期待しているとかじゃない。二人ともに注目しているのだ。


「なるほどねぇ…」

 

 その心情を理解した迅は頭の後ろで手を組むと、背もたれに深く凭れてそう短く呟く。確かにそう言った事情があるのなら、才能や家柄だけで判断しているこの状況は気に食わないだろう。


「ま、確かにそう思うなら不快になるのも仕方ねぇか」

「……というか、いつになったら始まるのかしら。もう大分経ってるわよ?」

「もうそろそろじゃないか?…『では、お互い準備が整ったようですので、早速始めましょう!』…っと、噂をすれば」

 

 そんなことを話していれば実況がそう声を張り上げて、演習所の照明が一斉に落ちた。ドーム内が真っ暗になる中、リングに上がるための二つの入場ゲートがライトアップされた。

 そして、ライトアップされたゲートの片方、東ゲートからはまず一人の少女が姿を現す。

 美しい白銀の髪を揺らし、青白い瞳を持つ少女。今回の試合の主役の一人にして、挑戦者。

 新入生主席《白雪の姫君》の二つ名を持つ白宮雪華だった。


『まず最初に東ゲートより姿を現したのは、この少女だぁ!』


 実況の声と共に入場した雪華は白銀の髪をなびかせながらリングへとつながる階段を上りリングへと上がる。それに合わせて、実況が紹介をする。


『名前は白宮雪華!その名を聞いて知らぬ者はいないでしょう!かの御三家が一角『白』の名家の御息女にして、既に『白雪の姫君』という二つ名を持っている有数の実力者!中学生、いえ、それ以前の小学生の大会で頭角を表し数多の試合を制した日本が誇る新世代代表‼︎彼女が操る氷と共に舞うその姿はまさしく姫君と呼ぶべき美しさ!果たして今日はどのような舞を見せてくれるのでしょうか!改めて、1年1組白宮雪華さんです!』


 仰々しい実況と共にリングへと上がり恭しく礼をした彼女の姿に観客達が歓声を上げる。


『あれが、白宮家の才女か。…凄まじい魔力量だな』

『御三家に恥じない魔力量ね。これは勝負決まってんじゃない』

『ああ、明らかに格が違う。やる前から決着はついているな』

『きれいな髪と瞳ね。羨ましいわ』

『所作も完璧だ。流石は御三家の令嬢』

(あいつら…また好き放題言って、やってみなきゃわからないでしょ) 

 

 口々に声を上げる観客達の言葉に観客席で聞いていたヴィーゼは和樹の敗北を既に決めつけていることに一層不快感を募らせるものの、次いで気づく。


(ユキ……すごい集中しているわね)

 

 肝心の白宮雪華本人が一切の油断がない真剣な眼差しで向かいの西ゲートを見据えてるのだ。彼女は一切油断していない、むしろ気を引き締めてすらいた。それを見て、ヴィーゼは先ほどの不快感が嘘のように消えてくすりと笑った。


(そう…あなた自身がわかってるのならいずれここにいる奴らも気づくわね)

 

 戦いが始まれば否応なく現実を叩きつけられるだろう。雪華と戦う和樹が弱い存在ではないという現実を。そして、観客や雪華が待つ中、ついにあの男も姿を現す。 


『さあここで、ついに白宮さんの対戦相手が姿を現したぁ!』


 西ゲートより現れたのは夜空のような黒髪に焔を具現化したような赤のメッシュがある大柄な男子生徒。今回白宮雪華に決闘を申し込まれた九条和樹だ。


『白宮さんに決闘を申し込まれたこの男の名は九条和樹!能力不明‼︎試合の記録無し!前情報一切なし!!わかっているのは名前だけ!!白宮さんとはまさしく対極にいる未知なる存在!彼が扱う力はどんなものなのかっ⁉︎彼はどのように戦うのかっ!?詳細な情報が一切なしのダークホース!天才たる『白雪の姫君』を前にどこまで戦えるのか、気になる所ですっ‼︎改めて、1年1組九条和樹君です!』


 雪華とは対照的な実況に彼は一切反応することなく、髪の奥から除く黄金の瞳をただまっすぐに雪華のみに向けながら彼は階段を上りリングへと上がった。

 全くの未知なる存在に観客達は訝しむ。


『…………あれが、次席の九条和樹か』

『……魔力量はそれなりにあるみたいだけど白宮さんと比べると、見劣りするわね』

『次席っつうからそれなりに実力はあるんだろうけど、本当に勝てるのか?』

『…いや、白宮さんの方が強く見えるな。というか、九条があまり強くなさそうに見えるな』

 

 雪華とは対照的な観客の言葉だったが、ほかならぬヴィーゼは違った。


(…………違う。カズキが弱そうに見えるですって?)

 

 ヴィーゼは彼らの言葉を内心で否定する。彼が弱い?馬鹿を言うな。アレは間違いなく強者だ。ともすれば御三家であり優れた実力を有する雪華と渡り合うことができる強者であることは間違いないだろう。それは誰よりも近くで彼と対峙する雪華は一層強く感じた。


(ああやっぱり見間違いではなかった)

 

 雪華は自身から6m離れた場所で立ち止まった彼からひりひりと伝わる熱気と錯覚するような凄まじい闘志にやはり彼はまごうことなき強者であるとより強く感じた。雪華は小さく笑うと彼に軽く頭を下げる。


「九条さん、今回は私のわがままを聞いてくださりありがとうございます」

「それを言うならこちらこそ。入学して早速白宮さんのような人と戦える機会がくるなんて思わないからな」

 

 礼を言う雪華に和樹は気にするなと穏やかに笑いそういうものの、その瞳は一切笑っておらず今か今かと戦いを待ちわびている獰猛な闘志のそれだった。雪華はこれ以上の話は無粋だと理解し、簡潔に伝える。


「では、正々堂々戦いましょう。九条さん」

「ああ、悔いのない戦いを楽しもう」

 

 お互い気力は十分。その気力の高さを示すかのようにお互いの体からは熱気を帯びた紅蓮の燐光と冷気を帯びた白銀の燐光が零れ始める。熱気と冷気がぶつかり空間がひりつく中、激突まで秒読み段階に入ったところで今回の決闘の審判を務める新崎が二人の間に立ち指示を出す。


「ではこれより、一年一組白宮雪華と同じく一年一組の九条和樹の決闘を始める。お互い魔装を展開し装着しなさい」

「「はい」」

 

 新崎の指示に従い両者はそれぞれ魔装を手に取る。和樹は手首にまかれた緋色の宝玉『ヴァナルガンド』を、雪華は簪に着けていた白銀の氷華《白麗》を。それぞれ手に取りながら、『起動詠唱(コード)』を唱える。


「猛り吼えろ。《ヴァナルガンド》」

「舞い踊りなさい。《白麗》」


「「魔装ギア展開オープン」」


 詠唱が唱えられお互いの魔装から紅蓮の燐光、白銀の燐光があふれ両者の体を包み込み魔装の本来の姿を現す。


 和樹の全身は赤と黒の二色の装甲と装束に包まれ、彼の手には身の丈ほどの大きさの、焔よりもなお紅い大剣が握られている。その姿は騎士を思わせる格好だ。

 

 対する雪華は青と白を基調とした着物に包まれその上に艶やかな漆黒の甲冑を身に着けている。彼女の腰には黒い漆塗りの鞘があり、手には白雪を思わせる純白の刀身の刀があった。こちらは和樹とは対照的に侍―女武者のような格好だ。


 お互い魔装を展開し準備が整った両者は各々得物を対峙する者へと向ける。準備が整ったことを確認した新崎は試合開始の合図をだす。

 



「では、試合開始(バトル・スタート)!!」


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