6話 決闘の前に
寮へと戻り、まだ寝ぼけていた迅を叩き起こして朝食を食べた和樹は、迅と共に登校する。
「しっかし、朝からよく食うよなぁ。見てるだけで腹いっぱいになりそうだったよ」
「そりゃあ、朝から動いてるからな」
そんなことを話しながら、和樹と迅は廊下を歩く。しかし、廊下をすれ違う生徒達の多くが和樹へと視線を向けており、いったい何だろうかと耳をすませば、
『あいつがそうだろ?白宮さんと決闘をするの』
『そうらしいぜ。なんでもお嬢様の方から決闘を吹っ掛けたとか』
『でも、白宮さんは御三家よ?あんな一般人と戦って何になるのかしら』
『入試次席って聞いたぜ?なら、いい勝負するんじゃねぇ?』
『そうかしら?それでも、『白雪の姫君』の二つ名を持つ白宮さんが負けるとは思わないわ。同じ御三家でもないのに』
どうやら和樹と雪華が決闘をするという話は学園中に広まっているらしい。おそらくは、昨日あの場にいた生徒達が広めたんだろうが、それでも噂が広まるのは早いなと思わざるを得なかった。
しかも、前評判では御三家白宮家のお嬢様である雪華が勝つと疑っていない者が多いようで、次席だが、一般人に過ぎない和樹が勝てるとは思っていないらしい。
それを隣で聞き耳を立てていた迅が笑みを浮かべながら、和樹を小突く。
「前評判だと、白宮さんが勝つってのが大多数なんだな。そこんとこどうなんだ?次席殿」
「別にそんな評判なんざどうでもいいな」
和樹は周りがはやし立てる前評判を一蹴する。和樹としてはそんな周りの声など歯牙にもかけない。周りが何と言おうと…
「勝てばいいだけの話だ」
口の端を釣り上げ、不敵に笑う和樹。鋭い瞳には闘志の炎が宿っており、総身から迸る戦意を隠そうとせずに今か今かと決闘の時を待ちわびていた。
「じゃあ、もしお前が勝ったらなんか奢ってやるよ」
戦意を滾らせる彼に迅は面白そうに笑みを浮かべ彼の肩を叩くとそんなことを言い出す。
「急になんだ。まあ、飯奢ってくれんのは嬉しいからな、勝ったら奢ってくれよ」
「OKOK。でも、程ほどにしてくれよ?でないと、俺の財布が破産しちまう」
「言い出したのはお前なんだから、遠慮なく注文してやる」
「うおおい!まじでほどほどにしてくれよ?」
「わかってるって」
破産の危機を感じ慌てる迅に和樹は笑ってそう言うと、教室の扉を開く。
「「「「「九条っ!!」」」」
「うおっ!?」
扉を開けて中に足を踏み入れた瞬間、各々グループで雑談をしてたクラスメイト達が一斉に和樹に視線を向け、何人かが和樹に詰め寄ったのだ。
「お前、どうして白宮さんと戦うことになってんだよ!?」
「昨日一緒にお昼食べに行ってから何があったの!?」
「洗いざらい教えてくれ!」
「学園中がその噂でもちきりよ?」
どうやら嫉妬と殺意の視線ではなく、疑惑と驚愕の意味で和樹はクラスメイト達に詰め寄られていた。内容は予想通り、雪華との決闘のことに関してのようだ。
「ちょ、ちょっと待て!一気に詰め寄んな!?」
一気に詰め寄る生徒達に和樹はたじろぎながら、苦し紛れにそういう。
「というか、そんなに驚くことかよ。ただ、試合するだけだぞ?」
「だとしても、早すぎるだろ。まだ、二日目だぞ?」
「そんなこと、言われてもなぁ」
そう返した男子生徒の言葉に心底わからないという風にそう答える和樹。彼としては、ただ雪華から決闘を申し込まれたから受けただけで、それ以上でもそれ以下でもない話だ。だが、彼らとしてはなぜ御三家の令嬢と食事に行った後、決闘をすることになったのか訳が分からなかったようだ。まあ、自分達から逃げるように走り去ったとこしか見ていない彼らからすれば、その気持ちは分からなくもないが。
「それで、お前らは昨日白宮さんと何があったか聞きたいんだよな?」
「「「そう」」」
元々、嫉妬と殺意の視線にさらされることを予想していたため、この反応にはいささか拍子抜けを食らった和樹は、ひとまずそう尋ねる。すると、詰め寄った者達だけでなく、少し離れたところで聞き耳を立てていたクラスメイト達までもが一斉に頷いた。早くもこのクラスで一体感が生まれつつあった。
「つってもなぁ。何があったかといわれても、ただ一緒に飯食いに行って楽しく話をした後、帰りに寮の前で決闘を申し込まれただけだぞ?」
「それだけでも十分羨ましい状況だが、何を話したんだよ?」
「そこまではさすがに話せねぇよ」
既に学園トップレベルの美少女だと認識されている雪華と二人きりで飯に行って、楽しく談笑したというのだけでも誰もがうらやむ話で、クラスメイト達がこぞって嫉妬するも、聞きたい話はそこではない。彼らは何が要因で決闘をするかを知りたかったのだ。
だが、流石にこればかりは和樹も話したくなかった。彼女のプライベートにもかかわる話でもあるからだ。
「そこを何とか!」
「いや、だから無理だって……」
それでも知りたいクラスメイト達と話したくない和樹が不毛な攻防を繰り広げていた時、救世主が現れる。
「皆さん、おはようございます」
教室の入り口で足止めを食らう和樹の背に典雅な声がかけられる。その声の主は、今ちょうど話題になっている美少女雪華だった。その隣にはヴィーゼもいる。
和樹は助かったといわんばかりに、安堵の表情を浮かべると二人に声をかける。
「おはよう、白宮さん、ヴィーゼ」
「おはようございます。九条さん」
「さっきぶりね。おはよう、カズキ」
「皆さんもおはようございます」
お互い既に交流をしているので気軽に挨拶をしたのだが、和樹はこの時選択を間違えた。
他の生徒達にも簡単な挨拶をして彼らの横を通り過ぎ席に座った二人を見送って後、クラスメイト達が和樹に視線を戻しながら、再び詰めよった。
「お前いつの間にエスメラルダさんとも仲良くなったんだ?」
「しかも、名前で呼び合ってるなんて、どういうことなのよ?」
「本当にお前なにしたんだ?」
彼らがここまで驚くのにはしっかりと理由がある。ありていに言えば雪華もヴィーゼも昨日一年一組だけでなく、新入生たちの注目の的だった。雪華は言わずもがな、ヴィーゼも海外から来た留学生であり、金髪翠眼の美少女なのだ。雪華にも引けを取らないそのルックスに当然お近づきになりたいという男子は多かったし、女子も仲良くなりたかったりとどちらからも注目の的だった。しかも、彼女はフォルクティアでは『迅雷の姫騎士』の二つ名をもつ学生騎士として名を轟かせており、そう言った面でも注目されていた。
だから、昨日の入学式のガイダンスの後、話をしようとそれぞれ二人のもとに集まったものの、雪華は和樹ち昼食に言ったせいであまり話はできなかったし、ヴィーゼの方も、いくつかの質問に答えただけですぐに寮に帰ってしまってので、あまり交流ができなかったのだ。
なのに、和樹はその高嶺の花ともいえる美少女二人とすでに親しげにある。雪華を独り占めしただけでも羨ましいのに、なぜヴィーゼとも関りがあるのかと彼らは尋ねずにはいられなかった。だが、そんな彼らに和樹は正直面倒くさいと思っていた。
「別にヴィーゼとは朝練の時に、会っただけなんだがなぁ。それに彼女は白宮さんのルームメイトだから、二人でランニングしてたところに鉢合わせただけだ」
「そんな偶然ってあるのかよ?」
「実際あったんだから、あるんだろ。話はもう終わりでいいか?そろそろ席に荷物おかせてくれよ」
「もうちょい詳しく教えてくれよ」
「いや、だから詳しくは話さねぇって言ったろ」
更に情報開示を求める彼らに和樹はうんざりとした視線を向ける。
別に和樹は特に下心があったわけでもないし、本当に偶然に偶然が重なって二人と関りを持っただけに過ぎないし、そこまで詳しく話す気もないのでぶっちゃけてしまえばこれ以上の付き合いきれないというのが本音だ。
そして、昨日フォローするといっていた迅は既に自分の席に荷物を置いてほかの生徒達と雑談をしていた。あいつまた見捨てやがったなと和樹は密かに額に青筋を浮かべる。そんな時更なる救世主が現れる。
「朝から集まってどうしたんだ?」
来たのは一年一組の担任の新崎だ。彼はタブレットを片手に入口の前に立っており、教室内で一塊になっている和樹達の怪訝なまなざしを向けていたのだ。これを好機ととらえた和樹は迅速に動く。
「あ!いえ、何でもないですよ?ただ、集まってただけですよ!先生もおはようございます?」
「う、うん、おはよう。朝から元気だね」
「そりゃもう!ほら、この通りクラスメイト達とも仲良くなったんですよ!ああ、でもホームルーム始まるみたいですし、そろそろ席に戻りますね?ほら、お前らも戻った戻った!」
「えっ、ちょ、おい…」
「まだ、聞きたいことが…」
早口でまくし立てた和樹はまだ食い下がるクラスメイト達の壁を強引に突破して席にさっさと行ってしまった。クラスメイト達もまだ不満げだったものの、確かにホームルームの時間ではあるので仕方なく席に戻っていった。そんな彼らの様子に首を傾げた新崎は、気を取り直して教壇に立った。
「まあ、とにかくホームルームを始めようか。でも、その前に……」
新崎は、一度口を閉じ雪華と、次いで和樹に視線を向けると笑みを浮かべた。
「白宮さんと九条君。君達の決闘の話は聞いたよ。入学早々血気盛んなことだ。教員の間でもすでにその話題でもちきりだよ」
やはり教師達もその話題でもちきりらしい。彼の言葉に、当事者である二人は揃って笑みを浮かべる。生徒達でこの盛り上がり様なのだ。教師たちも盛り上がるのはたやすく想像できた。
「演習場の申請は済ませているのかい?」
「いえ、まだ、昼休みにでも取りに行こうかなって思っていますが……」
新崎の問いかけに雪華がそう答えると、笑みを浮かべた新崎が自分のタブレットを開きながら答える。
「じゃあ、今回は僕の方から申請しておこう。君達は演習場を利用するのは初めてだからね。でも、次からは早めに申請しておくようにね。普段なら当日だと既に埋まってしまうことが多いから」
「あ、ありがとうございます先生」
「ありがとうございます」
演習場の申請をしてくれた新崎に感謝する二人に、彼は優しく手を振る。
「いいよ、こういう時は遠慮なく僕たち教員を頼ってほしい。それに理事長も喜んでたよ」
理事長である彼女は、生徒同士で切磋琢磨し強くなりことを教育理念として掲げているため、生徒たちが自主的に模擬戦を組んで戦う姿勢はこう評価に値するらしい。
「とにかく、お互い悔いのない試合をするように」
「「はい」」
和樹の言葉に二人は揃って頷くと、顔を合わせる。少し離れたところに座る両者の表情は決して気後れしているということではなく、戦意に満ちた引き締まったもので、お互い放課後に迫る戦いに戦意を滾らせ気を引き締めた。