4話 宣戦布告
その後、ハンバーガーを食べ終え少し雑談をした二人は、夕方に差し掛かった頃、学園へと戻ってきていた。学園の敷地内では散歩やランニングをしている生徒達の姿があった。
「今日はありがとうございました」
学生寮の前まで歩いてきた雪華は、和樹に頭を下げる。それに対し、和樹は手を振りながら穏やかに笑う。
「いや、こっちも楽しい時間を過ごせたよ。また、明日からよろしくな」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
二人はそうお互い言葉を交わす。そして、そのまま寮の中に入ろうとするも雪華がその場から動こうとしない。
「どうした。白宮さん」
「九条さん、折り入って一つお願いがあります」
尋ねた和樹に雪華は真剣な表情を浮かべながら、そう言ったのだ。彼女のあまりにも真剣な様子で自分を見つめてくるので、和樹は自然と表情が引き締められ黄金の瞳で彼女をまっすぐに見つめ返した。そして、続きを促す和樹の視線に雪華は意を決したようについにそれを言った。
「……明日、私と戦ってくれませんか?」
「…………へぇ」
突然の決闘の申し込みに和樹は僅かに目を見開くと、口唇を歪め好戦的に笑うと楽しそうな声を漏らす。学生寮の前にいたせいで、偶然そこに居合わせて聞き耳を立てていた数人の生徒達も突然のことにどよめいた。
そして、彼の僅かに見開かれていた黄金の瞳。そこに徐々に揺らめきが宿ったのだ。
それは、燃え盛る焔のごとき……強い、それはもう途轍もないほどの闘志の炎が宿ったのだ。
瞬間、彼の纏う空気が変わる。彼の周囲の空気が急激に熱を帯び始めたのだ。それはまるで、その場に焔が具現化したかのよう。そばにいた雪華が熱いと感じるほどだ。
いや、ようではない。本当に燃えているのだ。源は他ならぬ和樹。彼は全身からひりつくような熱量を孕んだ紅蓮の燐光を放ち始めていたのだ。
「白宮さんと戦えることは願ってもないことだが、一応聞こうか。なんでだ?」
明らかに空気が変わった和樹の問いかけに、雪華は感じる熱量に汗を流しながら答える。
「…私が、貴方のことをもっと知りたいと思ったからです。本気で《星桜の剣聖》を目指す貴方の強さを知りたい。その為に一番手っ取り早い方法は、刃を交えることだと思いませんか?」
彼との対話で雪華は和樹の強さの一端を知った。だが、まだ足りない。彼を知るためにはもっと深くまで踏み込まなければ。そして、自分たちは魔装使いだ。魔装使いとは己の武器で道を切り開く存在。ならば、刃を交えて戦いの中で語り合うことで見えてくるものもあるというものだ。
和樹はそんな彼女の言葉に、今度こそ声をあげて笑った。
「…くはは、はははは。ああ、そうだな。その通りだ。俺達は魔装使いだ。なら、お互いを知るために刃を交えてぶつかるのが一番手っ取り早いな」
ひとしきり笑った和樹はそう呟くと、決闘を承諾した。
「いいぜ。白宮さんの挑戦受けて立とう。俺も君のことを知りたくなった」
承諾を得られた雪華はくすりとほほ笑むと、右手を差し出す。
「では、改めて、私一年一組白宮雪華は貴方に決闘を申し込みます。どうか受けてもらえませんか?」
それに対する、和樹の返答はすでに決まっていた。
「一年一組九条和樹は白宮雪華の決闘を受けて立つ。お互い悔いのない戦いをしようぜ」
「無論です」
そして、二人は力強い握手を交わした。
こうして、入学初日にして新入生主席と次席の決闘が成立し、その話は瞬く間に学園中に広がった。
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雪華と決闘の約束をした後、和樹はようやく寮に入って自分の部屋425号室へと向かった。ちなみに、雪華の部屋は610同室であるため既にエレベーターで分かれている。エレベーターホールを抜けて、階の地図を見て彼は425号室にたどり着く。ドアには部屋番号の下に『桐葉』と『九条』のネームプレートがある。携帯端末をかざして電子ロックを解除した和樹はドアを開き中へと入った。
部屋は思ったよりも豪華であり、そこれのビジネスホテルよりも数段いいのは確かだ。玄関には既に一足のスニーカーが並べられており、迅が中にいることは確かだ。和樹は靴を脱いで廊下を抜けてリビングにつながる扉を開けて中へと入った。
「おー、おかえりー。どうだったよ?俺があげたリストは。いい時間を過ごせただろ」
リビングに入ればソファーに寝転がりテレビを見ている迅の姿があった。すでにラフな私服に着替えており、自分で持ってきたのか煎餅をバリバリと食べながら、和樹に振り向いてそう言ってきたのだ。和樹はそんな彼に近づきながら答える。
「結局、あのハンバーガーショップに行ったがな」
「え?マジかよ。お前が行きたいって言ったの?」
「いや、白宮さんの方から」
「へー、白宮家のお嬢様からかぁ。やっぱ、名家の人はそういうのに興味津々なのかね……」
「知らん。ただ、それよりもな、桐葉」
「あん?どうした?」
顔を上げた迅に、和樹は近づく。その額には青筋が浮かんでおり、和樹は迅の顔を鷲掴みにする。迅は口元を引くつかせながら尋ねた。
「あのー、九条君。なぜ俺はアイアンクローをされているのでしょうか?」
「自分の胸に手を当てて考えることだな」
「あー、いや逃げたことに関しては悪いと思ってるぜ?でもな、本当に用事があったわけで……」
「本音は?」
「面白い状況になって、つい……いだだだっ、俺の顔がつぶれるぅ‼︎」
情状酌量の余地なし。確信犯である迅に和樹は無言で握力を強めた。ミシッミシッと迅の頭からなってはいけない音が響き、迅はふざけた悲鳴を上げてソファーの上で軽くのたうち回る。しばらく無言でアイアンクローをしていた和樹はため息をつくと迅を顔を解放した。
「ふうー、あぁ死ぬかと思った」
わざとらしく安堵する迅に、和樹は呆れた視線を向ける。
「とにかく、あの時は本当に大変だったんだからな。明日クラスメイトからどんな視線を向けられるか」
十中八九嫉妬と殺意の視線だろう。入学初日にしてクラス内での自分の立ち位置が揺らぎ始めたことに危機感を覚え顔を顰める和樹に、迅は快活に笑う。
「あっははは、そいつは悪かったな。まぁ明日は俺もフォローすっから、そんなに気を落とすなよ」
「お前が元凶だろうが」
どの口が言いやがると非難の視線を向ける和樹に、迅は今度は身を乗り出しながら興味津々に尋ねた。
「んで、『白雪の姫君』との食事はどうだったんだよ。結構楽しんだんじゃねぇのか?」
「…………」
こいつ、また顔面掴んだ方がいいか?と、思いつつも、ぐっと堪えると既に部屋に運ばれいた自分の椅子に腰を下ろすと答えた。
「まあ、楽しかったのは否定しねぇよ。意外な一面も見れたことだしな」
「ほおほお、それはどんな?」
「それは言わねぇよ」
「なんだよ。独り占めしようってか?羨ましいなおい」
「うるせえ」
羨ましがる迅を和樹は一蹴すると、部屋の端に積み重ねられた段ボールを持って荷解きを始めていった。荷解きを始める和樹に迅もソファーから近づいて別の段ボールを手に取った。
「荷解き手伝うぜ」
「おう、悪いな」
「別に構わねぇよ。でも、本当に白宮さんさんとは何もなかったのか?最初から親しげだったろ」
「まあ、仲良くなったのは事実だ。…ああ、そうだ。お前が好きそうなネタが一つあるぞ」
「へぇ、それはどんな?」
荷解きをしながら興味津々に尋ねる迅に、和樹は先ほど成立したばかりの決闘の話をすることにした。
「明日、白宮さんと決闘することになった」
「は?」
それはやはり衝撃的なことだったのだろう。荷解きの手が止まり、ポカンとした表情を浮かべる。その直後、彼は大きく目を見開き、
「はあ!?マジでっ!?」
驚愕の声を上げた。
真横でその声量を聞かされた和樹は片耳を抑えて煩わしそうな視線を迅に向ける。
「っつう、うるせえな。急に叫ぶなよ」
「いやいや、これが叫ばずにいられるかよっ。何がどうなって、一緒に飯食いに行って決闘をすることになったんだよ。お前、好戦的すぎだろっ」
「一応、言っておくが決闘を申し込んだのは白宮さんだからな?断じて俺じゃない」
「は?白宮さんが申し込んできたのか?」
「だから、そう言ってんだろう」
そうぶっきらぼうに答えた和樹はそのまま荷解きを再開して、服をクローゼットにしまっていく。主席との決闘をすることになったというのに、平然としている和樹に迅はあっけにとられると、軽く息を吐いて乾いた笑みを浮かべる。
「やっぱお前将来大物になるわ」
「何言ってんだ。お前」
「ははは、まあそれはそうと、今日の晩飯はどうするよ。食堂に行くか?」
「そうしたいな。荷解きした後作る気にはならん」
「じゃあ決まりだな。ここの食堂は飯が美味いらしいぜ」
「そいつはありがたいな。だが…」
和樹はそこで一度言葉を区切ると、迅に恨みがましそうな視線を向けて、警告する。
「次に俺を置いて逃げたら、俺はお前を許さねぇからな」
和樹は廊下での一軒をまだ根に持っており、次やったら容赦しないと迅に警告したのだ。それに迅は軽く笑いながら心配するなと手を振る。
「大丈夫大丈夫。今度は逃げねえって。ちゃんと一緒に飯食いに行くよ」
「ならいい」
「じゃあ、ちゃちゃっと荷解き終わらせてのんびりしようせ」
「ああ」
二人はそう言葉を交わした後、二人は荷解きを終わらせて今度こそ夕食を共にして、ルームメイトとしてだけでなく、クラスメイトとしても交流を深めていった。