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雪月花のソード・ワルツ  作者: 桐谷 暁人
第一章
16/20

16話 イレギュラー発生


 最初に和樹が一人でモンスターの群れを倒した後は、基本的には和樹と雪華が戦い後ろから美央達が適宜アドバイスしていくという流れになっていた。元々、訓練では一年生になるべく戦いを経験させるようにと言われているので、この形は趣旨に沿っていたのだ。


 そして、和樹は魔境探索が初めてだったとはいえ、雪華ともども実力が高いため低級のモンスターが相手であれば問題なく戦えるようになっていたのだ。しかも、途中からは《星桜魔剣武闘祭》に備えて二人が連携訓練も兼ねるようになっており、当初想定していたであろう成果よりも質が高い訓練をこなせていたのだ。そうして途中小休止を挟みつつ順調に必要素材を回収していき、探索を始めてから三時間後。


「…これで揃いましたね。二人共よく頑張りました。素材の必要数の採取完了しましたよ」


 これまで集めた魔石や薬草の数を数えていた雲雀は、必要数到達したことを確認するとそう言ったつまり、今回の遠征の目標を達成したことになる。

 初めての遠征、その目標を達成できたことに和樹だけでなく雪華も達成感に喜んだ。初めての遠征を達成したという歓喜もあったのだが、魔装学園の遠征には一つ興味深いものがあり、それは遠征では獲得した素材量に応じて報酬がもらえることだ。

 今回は低級のモンスターの魔石数十個と薬草の束を採取した。トータルで見れば大した金額ではないものの、戦って得る報酬というのに意味があるのだ。遠征の目標を達成した和樹は一仕事終えたようにググっと背中を伸ばして軽く息をついた。


「……はー、終わった終わった。とにかく腹が減ったなぁ」

「ええ、そうですね。まだお昼も食べていませんし」

「ああ、早く飯を食いてぇ」


 彼らの言う通り和樹達はまだ昼を食べていない。ちょうど昼頃なのだが、遠征で魔境に入るために携帯食料などしか持ち歩いていないため、満足に腹を満たすことはできていない。

 その為、和樹や雪華としては早く宿舎に戻って任務達成の報告をした後に、ゆっくりと食事をとりたいと思っていたのだ。


「ここから走っていけば二十分もかからないだろう。早く戻って昼食にしようか。宿舎の飯は美味いぞ」

「そうですね。早く戻りましょうか」


 美央も雲雀も和樹達の意見に同意であり魔石と薬草を詰めた袋をそれぞれ分けて持ちながら、帰還を促す。それに頷いた和樹だったが、二人が袋を持っているのに気づくと慌てる。


「あ、先輩、それ俺が持ちますよ」

「大丈夫ですよ。今回お二人が頑張ったんですから、荷物持ちは私たちがやります」

「そうだぞ。君たち二人は頑張ったんだから、荷物持ちぐらいは先輩に任せてくれ」

「え、で、でも、何も持たないっていうのも気が引けるというか……」


 和樹としては自分が何も持たずに女性に荷物持ちを任せるのは男として申し訳がなかったのだ。そんな彼の様子に、彼の意図を察したのか、雲雀はくすりと微笑むと、彼の申し出を了承する。


「……ふふ、それなら少し持っていただきましょうか。再分配するので和樹君と白宮さんの袋を貸してください。白宮さんも何も持たないのは気が引けるでしょう?」

「……!は、はい。それならお願いします」


 急にそう聞かれた雪華は一瞬驚くも、内心では自分一人何も持たないのは嫌ですぐに自分も持つと言おうとしていたので雲雀の厚意に甘えて自分も袋を渡した。そうして再分配した結果、和樹が一番重く、他三人が均等に割り振られることになった。

 一番の力仕事を引き受けられた和樹は心なしか安堵していた。


「さて、では今度こそ宿舎に帰りましょうか」

「「はい!」」


 雲雀の言葉に元気よく頷き、意気揚々と帰路を辿ろうとした瞬間、




「「「「――――っつ!!」」」」


 


 四人は一斉に身構え、揃って一つの方向に視線を向けた。

 四人とも表情は一様に険しく、冷や汗を流していた。冷や汗を流す和樹は視線をある一点から逸らさないまま、隣で刀を構える雪華に緊張がにじむ声音で尋ねた。


「……おい、雪華。コレ気のせいじゃないよな?」

「……そう思いたいですが、残念なことに現実ですね」


 和樹の思い違いであってほしいという願いを、雪華は苦笑を浮かべつつ優しく否定する。和樹もこう返されることは分かっていた。なぜなら、今もなお感じているからだ。

 肌にひしひしと伝わってくる強大な何かが近づいてきているということを。危険を察知した本能がけたたましく警鐘を鳴らし、体は不自然に強張ってしまう。

 あきらかにこれまで遭遇したモンスターとは力の次元そのものが違いすぎる。いや、そもそもこの強大な気配の主がモンスターなのか、あるいは魔装使いなのかも定かではない。ただ一つ、はっきりとしていることはーーー


(……冗談だろ。気配だけでここまでけた違いなのかよっ)


 『化け物』と称すべき何かが自分達に近づいてきているということだけだ。


 和樹達が感じる気配に警戒心を最大限まで高める中、同じように身構えている雲雀は、隣で構える美央に声をかける。


「……美央さん、どうしますか?」

「…なんとかして後輩二人を逃がしたいところだがな……これはそれすらも難しいな」


 冷や汗をだらだらと流しながら空笑いする美央に雲雀は声に出さずとも同意する。これほどの気配の主。後輩二人を逃がして自分たち二人で戦うことすら厳しそうな相手だ。

 ならば、どうするか。


「……雲雀、信号弾を打て」

「……はい」


 美央の指示に雲雀は迅速に頷き、ライフルの銃口を頭上に向けると、パシュと一発の信号弾を打ち上げる。打ち上げられた信号弾は十数秒空へと昇ると、かなり高度な場所で弾けて赤い光を放って消えた。

 彼女らがとった選択は救援要請だ。緊急事態を示す赤色の信号弾を打ち上げることで、魔境を囲む城壁で働く監視員達に異常を伝え救援を要請するのだ。問題なく、彼らの目に入っていれば、二十分もしないうちに救援は来るだろう。それまで、自分達は凌げばいい。


「……二人ともすまないな。現状では君たち二人を逃がしながら戦うことは私達には難しい。勿論、君達二人は私達が何があっても守ろう。だから、救援がくるまで共に戦ってほしい」

「「……はいっ!」」


 和樹と雪華が断わるわけもなく、即答する。

 その瞬間、ソレは現れた。


『――――――――』


 森の奥からカラン、コロンと下駄の鳴り響くが聞こえてくる。

 その音が聞こえた瞬間ぞっと背筋が震えた。


「………ふふ、なんや楽しそうやないの」


 そんな艶やかな声が聞こえた瞬間、凄まじい怖気に襲われて和樹達は息を呑んだ。

 そして暗い森の奥から、遂に人影が姿を現した。

 

 そこには女がいた。

 白絹のような白く美しい長髪に、血のような紅い瞳。胸が零れ落ちてしまいそうなほど着崩した黒と赤地の生地を織り交ぜ桜の刺繍が施された美しい和装。

 手には自身の身の丈を超えるほどの巨大な大太刀が握られている。

 その刀身は血のような紅色に妖しく輝いている。

 何より最も特徴的なのが、額から生えた立派な二本角だ。



 その姿は日本の伝承に古くから存在するもっとも有名な妖怪―――『鬼』そのものだった。



 突如現れた異形の存在に、その異形が放つ人の本能を圧迫する程の強烈な鬼気に和樹達はただただ息を呑んだ。



「―――ねぇ、うちとも遊んでいかへん?」



 唐突に現れた『鬼』はそう和樹達に言うと優雅に微笑んだ。

 


▼△▼△▼△



 和樹達が『鬼』と遭遇する少し前、本栖ベース。


「いやー、まじ疲れたわ」

「そう?別に大したことじゃなかったでしょ」

「経験者と一緒にすんなよ。こっちは初めてなんだぜ?」


 そんなことを話しながら門を潜って本栖ベースへと帰還したのは、迅とヴィーゼの班だった。

 二人とも魔装に身を包んでおり、迅は黒と紫を基調とした忍び装束を身に纏い、ヴィーゼは白銀の鎧に翡翠の装束というまさしく騎士の装いだった。

 彼らが配属された六班はつい先程、課せられていた目標を達成し本栖ベースに戻ってきたところなのだ。宿舎の前まで移動し、新崎達教員への報告は上級生が引き受けてくれたので一年生四人は宿舎前でのんびりと待機していた。

 ちなみに、一年生のメンバー構成は迅とヴィーゼの他に2組の女子が二人だ。

 そのうちの一人、黒髪の女子榊 瑠奈がヴィーゼに声をかける。


「あの、エスメラルダさん、よかったらこの後一緒に昼食食べませんか?勿論、桐葉くんも。皇国での魔境のお話をもっと聞かせてください」


 どうやら、演習中にだいぶ打ち解けたのだろうか。この後昼食を一緒に取りたいというお誘いをしてきた。それにヴィーゼは微笑を浮かべ首を縦に振る。


「ええ、いいわよ。先輩達が戻ってきたら一緒に昼食に行きましょ。キリハ、貴方はどうする?」

「んー、俺も構わねぇけど、どうせなら九条達が戻ってくるのを待ってから一緒に食いに行かね?」


 腕を後頭部で組んでいた迅は魔境の方を見ながらそう提案した。


「あらいいわね。二人の話も聞きたいしちょうどいいわ。二人もそれでいい?」

「え、あっ、わ、私達は大丈夫ですっ!」

「むしろ、光栄ですっ!」

 

 御三家令嬢と期待のルーキーの二人とも食事が出来る。その思わぬ偶然に女子達はそろって問題ないと言う。

 先日の決闘以来、雪華は勿論のこと、彼女と互角に渡り合った和樹は多くの生徒からの注目の的になり密かな人気が生まれつつあったのだ。


「そう。それなら、問題ないわね……でも、二人はまだ戻ってきてないのかしら?」

「見たいだなぁ。電話にも反応ねぇし、多分まだ魔境の中なんじゃね?」


 周囲を見回しても和樹達の姿はなく、和樹達と同じ班の上級生らしき人物達もいない。迅もスマホを片手に電話を試みているが、連絡がつかないことからそう推測する。

 魔境を覆う電磁パルスのせいで魔境内部では通信機器は使えない為、外部へと連絡を取る際は雲雀が実際に使ったような魔力を込めた信号弾を使うことが主流となっているのだ。


「………そう。じゃあ、彼らが戻ってくるまでロビーで待たない?そこで少し雑談でもしましょう」

「賛成だ。先輩達から解散していいって言われたらそうしようぜ」


 ロビーで彼らの帰りを待っていれば、彼らが戻ってきた時にすぐに迎えることができる。迅達もその判断に異論はなく、彼らはとにかく報告に行った先輩達が戻ってくるまでここで待つことにした。

 そして、戻ってきた先輩達から『この後は自由行動していい』と言われ、ロビーで雑談することにした。

 それから十分ほど経った頃、ヴィーゼは不安げに呟いた。


「……流石におかしいわ。二人とも遅すぎる」


 ヴィーゼはそんなことを呟きながら外へと視線を向ける。彼女の瞳には隠しきれない心配の色があった。

 そんな彼女に心配するなと迅はカラカラと笑う。


「そんなに心配しなくてもあの二人なら大丈夫だろ」

「……でも、もう殆どの生徒が帰ってきているのに、あの二人の班が戻ってきてないのは奇妙じゃないかしら?内容だってそこまで難しいものじゃないわ」


 ヴィーゼの指摘通り、周囲を見渡せば自分達が待っている間に続々と生徒達が帰還してきているのだがそこに和樹と雪華の姿は未だないのだ。

 二人がまだ戻ってきていないことに、ヴィーゼにいいようのしれない不安を抱かせる。


「ん〜〜、確かに心配だけどよ、大方九条が勢い余ってモンスター爆砕でもして、魔石回収に手間取ってんじゃね?」


 和樹の炎の破壊力ならばあり得ると、笑いながら言う迅だったが、ヴィーゼはそれでも安心できなかった。


「………それならいいのだけど、魔境はちょっとしたことで命を落とす危険な場所よ。そう呑気に安心はできないわ」


 フォルクティア皇国で魔境探索の経験あるヴィーゼは魔境ではどんな熟練者であっても一歩間違えば死んでしまう可能性があることを知っている。

 二人の実力ならば余程のことがない限り問題ないが、それでも二人も生きてる人間だ。万が一がある。


 そして、そんな彼女の不安は的中した。


「ん?」


 迅が何かに気づく。そちらの方へと視線を向ければ、施設内に駆け込んできた人物に気づく。

 その人物は騎士団の制服を着ていることか、魔装協会の職員だとわかった。


「あれって……騎士団の人か?なんであんな慌てて……」

「……!」


 血相を変えて慌てた様子で駆け込んできた職員の様子に首を傾げる迅。その間に職員は新崎ら教員達と何かを話し始める。すると、途端に新崎らの表情は険しくなった。

 それを見たヴィーゼは何を思ったのか、表情を険しくして新崎らと話し始めた職員の方へと早足で向かった。迅達も慌てて彼女の後を追いかけた。

 ヴィーゼは早足で駆け寄ると、新崎らに声をかける。


「先生」

「エスメラルダさん、なんだい?」

「何があったんですか?」


 何かあったことを確定で単刀直入に尋ねるヴィーゼに新崎は深山と顔を合わせると、険しい表情でたった今報告された事を説明した。


「……ああ、実は先程魔境内部で赤色の信号弾が打ち上げられたのを確認したらしい。つまりは、緊急事態が発生したと言う事だ」


 自分達ではどうしようもない状況に遭遇した為、外部の人間に救援要請をしたと言う事。それを聞いたヴィーゼは驚愕を露わにする。


「っ!もしかして、ユキ達がっ!?」

「……恐らくは。他の生徒達はもう全員戻ってきているからね。彼女達が何者かに襲われたと考えるべきだろう。それも、彼女達では対処が難しい程の何かに」

『ッッ!!』


 話を聞いていた生徒達に衝撃が走る。彼女達が対処できない事態。それが今魔境内で発生していると言われ、生徒達は困惑する。他の生徒達よりもいち早く立ち直ったヴィーゼは真っ先に声を上げる。


「私も救援に行かせてください!」

「駄目だ。君を連れて行くことはできない。生徒達は全員待機だ」


 だが、その頼みは厳しい言葉によってあっさりと断られる。何が起きているかわからない以上、生徒をみすみす連れて行くことはできない、と。

 正論とはいえ、友人達の危機に駆けつけることを許されないことに悔しさに顔を滲ませる。

 新崎は微笑を浮かべると、顔を俯かせるヴィーゼの肩に手を置くと安心させるように言う。


「大丈夫だ。何が何でも彼女達は救出してみせる。心配な気持ちも分かるが、君達はここで待っていてほしい」

「………ッッ」


 ヴィーゼは悔しさに唇を噛み締めると、言葉を震わせながら懇願した。


「……二人と先輩方のこと……お願いします……」

「ああ。任せてくれ」


 ヴィーゼにそう答えた新崎は同じく話を聞いていた深山に振り向いた。


「では、深山先生、生徒達のことお願いします」

「ええ、任されたわ。新崎君もくれぐれも気をつけてね」

「はい」


 そして深山に生徒達のことを任せると、早速魔装協会の職員と共に生徒救出のため魔境へと駆け出した。

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