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雪月花のソード・ワルツ  作者: 桐谷 暁人
第一章
15/20

15話 魔境探索



 魔境の中に完全に踏み込んだ瞬間、和樹は空気が変わったのを感じた。


 空気が明らかにぴりついたものへと変わり、一見すれば木々の隙間から太陽の光が差し込んでいるのどかな樹海の風景であったとしても、空気は龍穴から溢れている魔力を吸収しているため、大気自体が魔力を帯びており、樹海自体が不穏な気配を放っていたのだ。


「……これが魔境なのか」

 

 魔境に入って変わった空気を肌で感じ取り、和樹は大剣を握る手に自然と力が入ってしまう。

 その緊張を察してか、雪華がくすくすと笑いながら、安心させるように呟いた。


「そこまで気負わなくてもいいですよ。まだここは安全ですから」

「っ、そ、そうなのか?」

「ええ、もう少しすればモンスターと遭遇するでしょうから、警戒は怠らずに」

「ああ」

 

 雪華にそう答えた和樹は警戒を続けたまま先を進む美央たちについていきしばらく樹海の中を歩いた。そして、しばらく歩いたとき、遂にソレは現れた。


『グウルル』

『ゲゲッ』

『キュルルル』

 

 唸り声をあげて和樹達の前方の茂みから現れたのはモンスターだ。現れたモンスターの種類は二種類。一つが緑の体色に短い手足と小太りの体格。そして額に小さな一本角が生えているモンスター『小鬼』、またの名を『ゴブリン』。そして、もう一種が1m程の細長い体躯に無数の足が生えている百足に似た姿に加えて、顎の牙が鋭い鎌のようになっている『鎌百足』だ。どちらもそ新車が最初に戦うことになる下級のモンスターである。

 それが目算で計14体ほど出現したのだ。モンスターが出現し身構える和樹の傍らで美央と雲雀が表情を変えずに感心するように呟く。


「ほぉ~、ゴブリンが10に、鎌百足が4か。一気に十四体も来てくれるとは、ついているな」

「ええ、一気に必要魔石の三分の一を確保できますね」

「ああ、ファーストエンカウントで十体以上のモンスターと同時に遭遇することはあまりないからな。ランクが低いとはいえ運がいい」

 

 どうやら彼女達からすれば魔境に入って最初の遭遇で十体以上のモンスターと遭遇するのは珍しいことらしい。そして、二人はモンスターの群れに全く動揺していない。これまで積んできた経験がなせるものだろう。雪華も微塵も動揺していなかった。

 美央は武器も構えずに一人身構える和樹に振り向くと、ニッと笑みを浮かべモンスターの群れを指さす。


「よし、和樹君、君が一人で相手してみろ」

「「「えっ?」」」


 美央の衝撃発言に三人が目を丸くする。聞き間違いでなければ美央は今モンスターとの交戦経験がない和樹にこの十数体の群れを独りで相手しろといったのだ。その無茶ぶりに流石の雲雀と雪華も慌てて抗議の声を上げた。


「ま、待ってください美央さん。いきなり一人で戦わせるのは無理がありますよ!最初は私達がメインで戦って彼にはサポートに回ってもらうべきです!」

「そ、そうですよ!いきなり単独戦闘は避けるべきです!」

 

 雲雀が考えていたプランとしては最初和樹にはサポートに回ってもらい数回戦闘を経験させてから、単独戦闘を経験させる予定なのだ。そのプランを雪華も支持する。だが、そのプランを美央は必要はないと一蹴する。


「和樹の実力なら問題はないだろう。それに彼がサポートに回るのではなく、私達がサポートに回って好きなようにやらした方が、彼にはいい経験にはなる。違うか?」

「そ、それは確かにそうですが……」

「なら、問題はない。何かあれば私達が援護すればいい話だ。白宮さんもそれでいいか?」

「……ええ、異論はありません」

 

 美央は和樹の実力ならば全く問題ないと考えており、和樹にいきなり単独戦闘を任せたのだ。そして、二人を説き伏せた美央は和樹に改めて振り返り鼓舞するように肩を叩く。


「何かあれば私たちが援護するから、君は好きなように戦っていいぞ」

「……うす」

 

 自分の後方に移動しつつそう言った美央の言葉に和樹は短く頷くと、不敵に笑い一歩前に進みだして大剣を構える。


「和樹君、危険だと感じたらすぐに言ってくださいね。ちゃんと援護しますから」

「…了解です。雲雀先輩やばかったらフォロー頼みます」

 

 心配そうにする雲雀にそう返したが、当の本人は言葉に反して不敵に笑っていた。実を言うと彼はモンスターとの初単独戦闘に内心高揚していたのだ。


(…自分の実力がどこまで通用するか確かめるいい機会だな)

 

 対人での実力はこの前の雪華との戦いで実感できた。だが、モンスター相手ならば自分はどこまで戦えるか正直気になっていたところだ。

 和樹はこれまで表舞台に出ていない無名の魔装使いだ。しかし、無名だからこそその実力は未知数であり、和樹自身もまた自分の実力が表舞台でどこまで通用するのかを知りたかったのだ。その為、今回の美央の提案は雲雀には悪いものの願ってもないことだった。

 その高揚が表情に現れていたのだろう、和樹は口の端を釣り上げ不敵に笑った。


「……和樹さん」 

 

 それに誰よりも近くにいた為に気づいた雪華は一瞬目を見張るも、すぐにくすりと相好を崩し呆れたような笑みを浮かると小さな声音で言った。


「どうぞご存分に」


 そう激励すると雪華も踵を返して美央たちのところまで下がった。和樹は雪華の激励に笑うと大剣を構えて一言詠唱を唱えた。


「『吼えろ』」


 まず、大剣に赤い火花が迸りやがて大きな揺らめきとなって紅蓮の炎が宿り、次いで四肢にも炎は宿る。大剣と四肢に炎を纏わせた和樹は魔法を発動した。


「《炎狼纏皮(ウォルブヘジン)》」


 基本戦術である焔の鎧を纏った彼は大剣を背負うように持ち、獣のように腰を低く落として身構えながら獰猛に笑い告げる。


「さ、モンスター共、俺の経験値稼ぎに付き合ってもらうぞ」


 そう告げて四肢にぐぐっと力を込めながら吼えた。


「行くぜっ!炎よっ!」


 言霊に応え両足の炎が勢いよく爆ぜて和樹の体を前方へと押し出す。

 紅蓮の火炎を纏う彼は瞬く間に火花の尾を引く流星と化して目前のモンスターの群れへと瞬く間に肉薄し、一番近くにいた小鬼の顔面目掛けて背負うように構えていた大剣を一気に振り下ろした。


「おらあぁぁっ!!」

『グギャっ!?』


 火炎が爆ぜて目の前の小鬼だけでなく、周囲の小鬼を数体まとめて呑み込んだ。爆音が響く。

 爆炎が収まり、大剣がたたきつけられた場所を見てみれば、小さなクレーターを生み出した大剣の両サイドに煙を上げる黒い塊が二つ転がっていた。

 小鬼は両断された上に、その死肉を炎で焼かれたのだ。


『グゲっ!』

『キギッ!』

『グギャっ!』


 仲間意識があるかは定かではないが、一瞬で仲間が殺されたことにモンスター達は明らかに動揺していた。だが、その動揺は一瞬で仲間を瞬殺した和樹に殺意に満ちた眼光を向けると一斉に威嚇を始めた。牙をむき出しに、顎をギチギチと鳴らしながらモンスター達は和樹を睨む。


 和樹はそれらに歯をむき出しにし獣のように獰猛に笑うと、地面を蹴って一番近かった小鬼へと狙いを定める。


「ぜえあっ!」

『グゲっ!?』


 大剣を振るい今度は小鬼の首を斬り飛ばす。炎纏う一閃は赤い軌跡を生みながら小鬼の首を横に薙ぎ首を刎ねる。小鬼の首が宙を舞い、赤い鮮血が首から噴き出させながら小鬼の体はゆっくりと崩れ落ちる。 

 これで二匹目を討伐した。その時になって、ようやくモンスター達は攻撃を始めた。


『キシャアアッ!!』

『ギギャアっ!』


 まずは、鎌百足と小鬼が一匹ずつ襲い掛かって来た。鎌百足が体をくねらせながら和樹を頭から喰らおうと牙を広げ、小鬼が足元から崩そうと鉤爪の生えた右腕を振りかざしながら迫る。お互いの身体的特徴からそれぞれしかけた偶然重なった攻撃だったが、別種のモンスターで多少の連携ができてた。

 和樹はほぼ同時に迫る二匹に対して、視線を鎌百足に向けてそちらを先に迎撃することにした。


「はあっ!」

『ギ、ギギッ!』


 大剣の切っ先を鎌百足に向けてそのまま前に突き出す。大剣は吸い込まれるように鎌百足の顎門に突き刺さりそのまま頭部を貫き体の中ほどまで貫いた。そして貫くのと同時に、和樹は炎纏う足を振り上げて迫る小鬼の顎を蹴り上げた。ゴギンッと首がへし折れる音が聞こえた。小鬼の頭部が背中側に向いた。四体撃破だ。

 次に和樹は大剣を片手で持つと逆手に持ち替えて、地面を踏みしめ上がら全身を捻りつつ、


「『吼えろ』っ!」


 大剣を勢いよく投擲したのだ。しかも、投げる瞬間、大剣を握る手の炎を爆破させて爆破の加速をも乗せたのだ。その結果、焔纏う大剣はまさしく一条の矢の如く飛来して、その先にいた小鬼二体をまとめて串刺しにした。


『グギッ!?』

『ギャペッ!?』


 串刺しにされた小鬼たちは奇怪な悲鳴を上げて投擲の勢いに引きずられ背後の木に磔になりこと切れた。二匹同時撃破により六匹。残りの数は鎌百足が3、小鬼が5だ。ここで鎌百足が対応を変えた。


『ギギギィッ!』


 鎌百足達は和樹から距離を取ったまま、上体を持ち上げると顎門を開き黒緑色の液体を吐いたのだ。


「炎よ」

 

 放たれた液体に大剣を手放している和樹は足の炎を爆発しバックステップ。液体が触れるよりも先に機敏に飛び回りすべてを回避した。和樹がいた場所にそれぞれ着弾した液体は、ジュウッと煙を上げて地面を溶かした。

 鎌百足の特徴の一つとして、弱酸性の毒液を吐くことができる。触れたら肉体が解けて死ぬような致死性の高い代物ではないが、火傷のような傷を齎すことから回避が推奨されている。和樹はそのまま地面を勢いよく蹴り空へと飛び上がると、炎の爆破で更に飛び上がりモンスター達だけでなく、遠くから見ていたはずの雪華達まで見えるほどの高さに到達すると、広げた右手をモンスター達に向ける。素早く詠唱を行う。


「『具現するは赤き火矢。纏うは紅蓮の炎』」


 力強く雄々しく紡がれる詠唱に合わせ、彼の背後には紅蓮の魔方陣が出現し輝く。

 頭上に出現した紅蓮の輝きにモンスター達の姿が照らされる。


「『宙を翔け雨の如く降り注ぎ、我が障碍の悉くを焼き払え』」


 詠唱を唱え魔力を高めた彼は、魔法を発動した。


「《バースト・ソリフェレア》!」


 夥しい炎の魔弾が降り注ぐ。

 魔方陣からは無数の焔の魔弾が火矢となり、宙を翔けながら残るモンスター達に降り注いだ。逃げる間もなく降り注いだ火矢は爆発音を鳴らしながらモンスター達に突き刺さり次々と爆砕していった。爆破の余波は意面にもおよび、地面が砕けて捲れ上がるほどだ。たった数匹のモンスター達には過剰威力であろ魔法は、まさしく爆撃となりモンスター達を悲鳴ごと呑み込んだ。

 和樹は地面に降り立ち爆撃の着弾地点を見る。

 炎が燃え火の粉が舞い上がる着弾地点の中心には黒い塊が8つあり、数的に残ったモンスター達は全て撃破に成功したことになる。


「……ふぅ、片付いたか」


 初のモンスターとの戦い。それが怪我無く完勝に終わったことに息をつくと木の幹に突き刺さったままの大剣を引き抜く。生々しい音を立てて他県が引き抜かれると、磔にされていた小鬼達の死体が地面に崩れ落ちた。モンスターとの戦闘を終え一息つく和樹に雪華達が近づく。


「初戦闘お疲れ様です。初戦とは思えない戦いっぷりでしたね」

「全く知らないってわけじゃなかったからな。どうにかなったよ」

「はっはっは、景気のいい戦いっぷりだったな。見ていて気持ちよかったぞ」


 雪華と美央が笑いながら彼を労う。自身が思った通りの戦いができたことに和樹自身も嬉しそうに表情を綻ばせた。しかし、雲雀だけは戦闘痕を見ながら苦笑いを浮かべていた。


「……えと、和樹君の戦いは見事だったんですが…その…」

「?」


 何か言いたげそうにしている雲雀に和樹は首をかしげる。


「……その、やりすぎです。明らかにオーバーキルですよ。魔石の回収もあるのですから」

「………あ」


 和樹も気づいたのか、間抜けな声を上げながらギギギと油が切れたブリキ人形のように首を動かして再度、自分が片付けたモンスターの死骸を見る。

 視線の先で転がる八つの黒い灰の塊。それらは端からボロボロと崩れており、外側だけでなく中身も灰になってしまっているのだろう。それはつまり、中にある魔石も砕けている可能性が大きいことを示していたのだ。

 それを理解した和樹はサアーと顔を青ざめると、雲雀へと振り向き苦笑いを浮かべて、


「…す、すんませんした」


 そう謝罪するほかなかった。だが、雲雀は元から責めるつもりはないのか、穏やかに微笑んで許す。


「いいえ、初心者にはありがちなことなのでこれくらいで怒りはしませんよ。それよりも、モンスターとの初戦闘を怪我なしで乗り越えれて何よりです」

「あ、あざす」


 雲雀の慈悲ある言葉に和樹は反射的に礼を言う。和樹の中では雲雀は少し厳しいが優しい思いやりのある先輩にランクアップされた。


「魔力の消費は大丈夫ですか?余裕があるようでしたら、早速魔石の回収に取り掛かりましょう」

「うす」


 そうして魔力に余裕のある和樹は雲雀に着いていき、まだ形が残っているモンスターの死骸に近づいた。雲雀は小鬼の死体の傍らに片膝をつくと採取用のナイフを手に取り小鬼の胸部を開いて中から淡く輝く水色の小さな結晶を取り出した。

 これが『魔石』だ。

 そして、『魔石』を抜き取られたモンスターの死骸はサァッと半透明の光の粒子へと変わり消滅した。

 雲雀はナイフにこびりついた血をピッと払うと採取した魔石を腰のポーチに仕舞う。


「今回はこれぐらいのサイズの魔石が採取対象です。それでは早速他のモンスターの死骸から魔石を採取してみてください。小鬼は胸部、鎌百足は頭部に魔石があります」

「うす」


 頷いた和樹は早速腰のポーチからナイフを取り出すと他の小鬼のもとに向かい胸部にナイフを突き立てる。そして、胸部に腕を突き刺しぐちゅぐちゅと指を動かす。まだ生温かく柔らかい感触に和樹は思わず顔を引きつらせる。


「……うへぇ、気持ちわるっ」

「…気持は分かりますが、これからは慣れてください」

「は、はい」

「…いい調子です。そろそろ指先にあたるはずです。触れたらすぐに引き抜いた方がいいですよ」

「うす。……お、これか?」


 雲雀の言った通り、しばらく中を弄っていれば指先に何か固い感触が当たり、一気に手を突っ込んで掴むとすぐさま引き抜く。生々しい音を立てて引き抜かれた腕は血塗れだったが、その手の中には確かに魔石が握られていた。

 九条和樹。初めてのモンスター戦をクリア後に初の魔石採取も達成した瞬間だ。


「おぉ、こんな感じなのか魔石って、妙にきれいだな」

「よくできました。それが魔石です。これは後で換金できるので帰ったらやりましょうか。残りもどんどん採取していきましょう。二人も手伝ってくれてますから、手際よく分担してやりましょう」

「うす」


 最終した魔石や牙をまじまじと見ている和樹に他の小鬼から新たに魔石を採取した雲雀が声をかける。周りを見れば美央や雪華もそれぞれ魔石採取をしていた。和樹はすぐに動くと鎌百足から魔石を採取しようとしている雪華の手伝いに向かった。


「雪華、手伝うぞ」

「あ、ありがとうございます。でしたら、頭のところ持ってもらえませんか?」

「おう。こうか?」

「はい、そのままでお願いします。……ん、しょっ」


 雪華は和樹に頭を持たせ固定させると、ナイフを鎌百足の甲殻の隙間に突き刺すと甲殻を器用にはがして中から魔石を取り出した。


「取れました。和樹さん、ありがとうございます。次は和樹さんが鎌百足の魔石採取やってみますか?」

「いいのか?それならやらせてくれ」

「勿論です」


 雪華の提案を和樹は快諾すると、残った最後の鎌百足のもとへと二人で向かい今度は役割を変えて魔石を採取した。結果的に採取できた魔石の数は八個だ。

 ちなみに、最後の和樹の攻撃で丸焦げになったモンスターの死体は殆どが魔石も砕けており、二つしか無事な魔石がなかった。それを知った和樹は、再び肩を落として謝罪し、それを雪華達が初心者にはよくあることと笑いながら慰めて、再び探索を始めた。


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