13話 班結成
バスに乗ること一時間半。彼らは目的地である富士樹海。本栖湖沿岸にある本栖ベースに到着した。バスから降りて荷物を受け取った和樹は、山の空気を吸いながら大きく伸びをする。
「はぁ~着いた。やっぱ山の空気は美味いな。そんで、あれが……」
和樹はそう言って視線を少し上に向ける。彼の視線の先には灰銀色の巨大な壁が聳え立っていた。
これは『魔境』を囲む壁だ。世界各地に流れる魔力の流れ、すなわち龍脈付近から採掘できる一般の鉱石よりも強度が高い『魔金鉱石』をベースに硬度の高い金属を掛け合わせて作り上げた高さ75mと半径30kmもの範囲を囲む長大な城壁のほかに、モンスターが外に出てこないように電磁パルスと超音波によるバリアで魔境を囲んでいるのだ。
この城壁は世界中に存在する魔境すべてに対して用いられており、定期的にメンテナンスが入ることもある。そういう時は騎士団による警備態勢が敷かれる中でメンテナンスが行われることがある。
そして、この城壁技術が確立されたことで人類はモンスターの生存範囲を大幅に縮めることができ、ほとんどのモンスターを魔境内に押しとどめることができているのだ。この富士の樹海の魔境に入るための出入り口は三つ存在しており、その出入り口にそれぞれ活動拠点がつくられている。そのうちの一つ本栖沿岸にある本栖ベースを和樹達は拠点にすることになっている。
山の空気を吸いゆったりとしている和樹に雪華が近づく。
「随分リラックスしていますね。これから魔境に入るというのに、恐怖を感じていないのですか?」
雪華はリラックスしている和樹にそう尋ねる。普通、魔境に入るとなれば誰だって身構えて緊張するはずなのだ。何度か魔境内に入り戦闘経験のある雪華やヴィーゼはともかくとして、他の生徒達は際はあれど緊張している様子がわかる。なのに、和樹は緊張するどころか、リラックスすらしていたのだから。
雪華の問いかけに和樹は何でもないように答える。
「ん~、まあ多少は緊張してはいるが、程よい緊張状態だな。とはいえ、別に魔境にはいること自体全く恐怖を感じていないってわけじゃねぇんだぞ?」
「そのようには見えませんけどね」
「じゃあ、あれだ。多分恐怖よりも高揚感が勝っているんだろうな」
「高揚感、ですか?」
雪華は思わず聞き返してしまう。自分の聞き間違いでなければ、今彼は魔境に入ることを楽しんですらいるような発言をしたはずだ。それは一体どういうことかと眉を顰める雪華に和樹は口の端を釣り上げ獰猛に笑いながら答える。
「だって、実戦経験なんて一番強くなるためにもってこいの経験なんだぜ。そりゃ、リスクは高いけどここで経験した戦闘はこれから活きるはずだからな。強くなれる機会なんだ。ビビってられるかよ」
闘志をむき出した獣のような、あるいは純粋な子供のような、そんな相反するイメージを抱くような無邪気な笑みを浮かべながら、聳え立つ壁のその先を見据える和樹。そんな彼の様子を隣で見ていた雪華は呆気にとられていた。
和樹が誇りの為に、約束の為に強くあろうとしていることは知っていた。だが、魔境に入るというのにも関わらずその姿勢を崩していなかったことに驚いたのだ。
自分が初めて魔境に入ったときはそれはもう容赦なく命を奪いにくるモンスター達の純粋な殺意に怯えていた。魔境に入る前でもかなり緊張していた。
まだ幼かったというのもあったのかもしれない。だが、それでも初めて魔境にはいる者がここまで恐怖を感じていないというのは雪華自椎としてはとても異常なことだったのだ。
現実を観ないある意味恐れ知らずの阿呆なのか、はたまた好戦的な性格が功を奏した者なのか。きっと後者なのだろう。なんにせよ、和樹の強さの片鱗を雪華はまた一つ見ることができた。
「はい、荷物を持ったものはこっちに集合してくれ」
新崎が生徒達にそう呼びかけて、それぞれ周辺の景色を見上げていたり、友人と談笑していたクラスメイト達はすぐに集まる。
すぐに集まった生徒達に新崎は視線を巡らせると手元のプリントを見ながら説明を始める。
「では、この後は宿舎に移動次第それぞれ部屋に移動した後、宿舎の玄関に数号。集合時間は今から三十分後だ。各自迅速に行動してくれ」
そうして生徒達は新崎についていき宿泊施設につくとそれぞれ部屋に移動して遠征に必要な道具をそろえて各々準備を整えて三十分後に全員玄関に集合した。玄関ホールには新崎と二組の担任の女性教師―深山優菜の他に十数名の二十数名程人がいた。一組二組の生徒ではないことから上級生だろう。
一年の生徒達が再び雑談をして玄関ホールがざわついたとき新崎が手をパンパンとならして注意をこちらに向かせる。
「はい、全員揃ったようだから早速話をしていこう。まずここにいるのは上級生たちだ。今回は彼ら上級生とパーティーを組んで遠征にあたってもらう。人数は四人から六人のグループでパーティーを組んでもらう。パーティーメンバーはこちらで決めている。今から発表していくから呼ばれたらそれぞれ集まってくれ」
そうして新崎は手元のリストを見ながら次々とパーティーメンバーを呼んでいく。生徒達が順に呼ばれていき、生徒達の集団から離れ上級生と合流して自己紹介を済ませていく。
そして、
「次、第五班一年桐葉迅、一年ヴィーゼ・エスメラルダ」
和樹や雪華よりも先に迅とヴィーゼが同じ班で呼ばれた。二人は返事をして前に進み出ると、和樹達に振り向く。
「じゃ俺は行くわ。お互い頑張ろうぜ」
「ああ、気をつけろよ」
「ユキも気をつけてね?」
「ヴィーこそ」
それぞれ友人である和樹と雪華と言葉を交わした二人は、共に待っている五班の元へ向かった。どうやら、一年生四人と上級生二人の六人パーティーのようだ。
それから第六班の生徒が呼ばれていき、次の第七班で遂に和樹の名前が呼ばれた。
「次、第7班一年九条和樹」
「はい」
名前を呼ばれたため和樹は前に進み出る。順番的に次も同じ一年生が呼ばれるはずなので誰が呼ばれるのかと周りの生徒達が残っている一年生達に視線を巡らせる。
「次、同じく一年白宮雪華」
「はい」
次に呼ばれたのはまさかの雪華だ。彼女は名前を呼ばれると進み出て和樹の横に並び立つ。一年主席と次席が同じパーティーに選出されたことに一年生だけでなく、上級生の中でも一部驚いている中、新崎は次のメンバーを呼んでいった。
「次、二年篠原雲雀。その次三年有栖川美央。以上四人が7班のメンバーだ」
「「はい」」
新崎に呼ばれたことで上級生集団から二人の生徒が出てくる。
一人は雪華と同じくらいの背丈の長い茶髪をストレートに下ろし眼鏡をかけている女子生徒。もう一人が青みがかかった黒、紺色の髪をシートカットにし、後ろの一部を伸ばしているいる少し背の高い女子生徒だ。二人は前に進み出ると同じく前に出ていた一年二人に視線を巡らせて二人とも笑みを浮かべる。
「私は三年の有栖川美央だ。よろしく頼む。白宮さん、九条君」
「初めまして。私は二年の篠原雲雀です。二人とも今日はよろしくお願いしますね」
二人は丁寧にあいさつをすると手を差し出してくる。和樹と雪華は差し伸べられた手を握り握手を交わしながら自己紹介をする。
「初めまして。一年の九条和樹です。今日はよろしくお願いします」
「同じく一年の白宮雪華です。先輩方、本日はよろしくお願いします」
和樹達も先輩たちにそう挨拶する。そして、お互いに手を離したのだ美央が何も言わずに和樹を凝視していたのだ。
「…………」
「え、えーと、何ですか?」
「ん?ああ、すまない。私達もこの前の君達の戦いを見ていたものだからね。白宮さんとあれほどの戦いを繰り広げた君に興味があったんだよ。ま、何はともあれ少し移動しようか」
戸惑いつつ尋ねた和樹に美央はそう快活に笑うとあっさりと答えるとそう提案して、早速少し離れた場所に移動した。そして、新崎達から離れた墓所にまで移動しながら美央は和樹に再び話しかける。
「しかし、君は強いな。見ただけでも鍛え上げられているのがよく分かる」
「え?あ、ああ、どうも」
急な賞賛に和樹は少し驚きつつも何とか言葉を返す。そんな彼に美央はにっと笑うとグイッと和樹に近寄る、というか迫った。いきなり顔を近づけてきたことに和樹が少し驚く中、美央は勝気な笑みを浮かべて一つ提案をした。
「なぁ、九条君。この遠征が終わったら私とも模擬戦をしないか?もちろん手加減なしの本気の戦いだ」
「え、えーと、それは…」
突然の提案に戸惑う和樹に美女は眉を顰める。
「なんだ不服なのか?君も戦うのは嫌いじゃないだろう?それに、君はダブルエントリーすると聞いている。ならば、『武闘祭』の予選前に実戦経験を積めるのは悪くない提案だと思うんだが、駄目か?」
「い、いや、そういうことじゃなくて、なぜそこまで俺と模擬戦をしたいんですか?先輩と俺は初対面ですよ?」
初対面にもかかわらず遠慮なく話しかけてくる美央の積極さに和樹は驚きを隠せず、思わずそんな質問が内から飛び出す。聞かれた美央は一瞬きょとんとすると『そんなことか』と分かり切ったように答える。
「何を隠そう私は戦うことが好きでね。強い者を見ると戦いたくて仕方がなくなるんだ」
「…好戦的すぎません?」
「まあ聞け。それでだな。私は純粋に強くなりたくて強者と戦いたいんだ。先週君達の戦いを観たといっただろう?」
「ええ、言ってましたね」
少し前に自己紹介の後に和樹に言ったことを当然覚えていたので、美央の問いを肯定して頷いた。だが、それが一体どう関係があるのかと思ったとき、和樹の内心に気づいてかその疑問に答える。
「正直言って痺れたよ。まさか、入学したばかりの一年生同士があれほどすさまじい戦いを繰り広げるなんてね。白宮さんに関しては中学時代から実力があることは知っていたからそれほど驚かなかったが。君は入学するまで全くの無名だった」
雪華は周囲から《白雪の姫君》という二つ名で呼ばれていることから入学前の中学生の段階で実力者だということは広く知れ渡っていたのだ。だが、和樹は違う。
彼に関しては入学前の情報は全くないのだ。だからこそ、次席入学したとしてもめぼしい経歴もないために雪華と比べれば劣る存在だと周囲は勝手に決めつけていたのだ。とはいえ、美央はそうは思わなかった。
「君は二つ名もなければ中学時代に目立った経歴も持っていない無名の存在だ。だが、裏を返せば人の目に触れられなかったからこそその実力の程を誰も知らないということだ。そんな無名かつ未知な存在である君が、まさか主席である白宮さんから戦いを申し込まれたと聞けば否が応でも気になる者ものさ」
美央はあの日、彼らの戦いを目の当たりにし、九条和樹の存在を明確に認識したのだ。同時に、彼は雪華とも並ぶ強者であると理解すらした。そして、彼らの戦いを観た彼女は自分もカズキと戦いたいと思ったのだ。
「私は君と戦って君の強さを知りたい。全く無名で未知だからこそいったい何をしてあそこまでの強さを獲得したのかを私は知りたいんだ。だから私と戦ってくれ。君にとっても悪くない提案だと思うんだ。な、どうだ?引き受けてくれるか?引き受けてくれるよな?」
最後はかなり食い気味に和樹に模擬戦の承諾を迫る美央。そんな彼女の瞳はまるで子供のようにキラキラと輝いており、彼女が純粋に和樹と試合をしたいという気持ちがうかがえた。
とはいえ、急に迫られるものだから和樹は困惑を隠すことはできなかった。
「あ、あの、先輩、ちょっ近いです…てか、当たって……」
和樹は頬を少し赤く染め気恥ずかしそうにしながら目線を逸らす。
その原因は彼に詰め寄る美央にある。彼女ははっきり言ってスタイルが抜群なのだ。出るところは出て引っ込むところは出ているというスタイルの他、ヴィーゼよりも背は高い。高身長かつ抜群のスタイルを持っている美少女が男同士が接するような近い距離間で和樹に詰め寄っているのだ。
そのせいで彼女の豊満な胸が腕にあたり幸せな感触が伝わってきていたり、近いためいい香りが漂ってきてしまうのだ。これにはまだ十五歳の青少年にははっきり言って毒である。しかし、それに気づかない美央は和樹に迫ったままだ。
「あ、有栖川先輩、ひとまずその辺りで……」
流石に見かねた雪華が彼女を和樹から引きはがそうと動こうとするも、それよりも一早く雲雀が止めに入った。
「そこらへんにしてください美央さん。九条君が困っているでしょ」
「あ」
容赦なく美央を和樹から引きはがした雲雀は呆れた視線を美央に向ける。
「いきなり何やってるんですか。今は遠征の打ち合わせが先でしょう?」
呆れた視線を向けられつつそう咎められた美央は口を尖らして抗議の声を上げる。
「……むぅ、なぜ邪魔をするんだ雲雀。私はただ模擬戦の予約をだな…」
「それは遠征が終わってからもできるでしょう。今は班での打ち合わせをする時間ですよ」
「別にそれは魔境に向かう途中でもできることだろう?なら、誰よりも早く彼に模擬戦の予約をしなければ、他の奴にとられるかもしれんぞ」
「仮にそういう人がいたとしても、早くても学園に戻ってから声をかけると思うので美央さんが最初に予約できますよ」
「だがなぁ」
それでも名残惜しそうに和樹にちらちらと視線を向けながら、駄々をこねる美央に、雲雀は一切譲らない。
「だがじゃありません。今は打ち合わせの時間です」
「むぅ、全くお前は融通が利かないな。もう少し柔軟にだな…」
「美央さんは柔軟ではなくて奔放の間違いでしょ。好戦的なのはいいですけど、最初の遠征前の一年生に余計な緊張を与えないでください」
「あーもう、わかったわかった。そうしつこく言うな。じゃあ、私は外で待ってるぞ」
「ええ、わかりました」
遂に美央が折れる。煩わしそうに手を振りながら、うんざりとした様子で聞き流すと手をひらひらと降りながら外へと崎に出ていった。どうやら彼女は口調からも分かる通り男勝りな気質のようだ。そして、雲雀はそんな自由半報な彼女のセーブ役といったところだろう。というよりは不良娘と母親のやり取りに見えなくもない。
「二人ともごめんなさいね。美央さん九条君に会いたくて今日の遠征で会えるの楽しみにしていたんです」
どうにか美央をなだめることに成功した雲雀は和樹達に苦笑いを浮かべながらそう謝罪する。
「い、いえ、大丈夫ですよ…」
「…篠原先輩も大変そうすね」
「まあ、実力はありますから戦闘になればとても頼もしい人ですよ。それと私達の事は名前呼びで構いません。こちらも名前で呼ばせてもらいますから」
「「…わかりました」」
「それじゃあ、早速移動しましょうか」
雲雀のその言葉に和樹と雪華は揃って驚く。どこに移動するかは明確だったが、まさか軽く自己紹介して雑談を挟んだだけでいきなり『魔境』に向かうのかと驚いたのだ。和樹がそれを恐る恐る尋ねる。
「……あ、あの、打ち合わせとかは?さっきするって言ってませんでした?」
「ええ、言いいましたね。もちろん打ち合わせはしますよ。ですが、ここだと人が多すぎるから一足先に門まで向かっておこうと思ったんです。道中でもしっかりと話をするからちゃんと聞いてくださいね?」
「……は、はぁ」
「……は、はい」
「それじゃ、行きましょう」
そうして頷いた二人に雲雀はくすりと微笑むと、出発した。