11話 団欒
「…はい、それじゃあペアの申請書類、確かに受け取ったよ」
雪華と和樹の決闘があった翌日。二人は早速ペアの申請書類を書いて昼休みに職員室にいる新崎に提出したのだ。
書類を受け取りサインをした新崎は、書類に不備がないことを確認してハンコを押して提出しに来た二人に目を向けて嬉しそうに笑った。
「いやぁそれにしても二人がペアを組んでしかも、二人ともダブルエントリーか。担任として君達のその挑戦を誇らしいと思うよ。もちろん、君達は《星桜の剣聖》を狙っているんだろう?」
「まぁ、そりゃあ。でなきゃダブルエントリーなんてしませんよ」
「その通りですね」
肩をすくめてそう返した和樹に、横に立つ雪華がくすくすと笑いながら同意を示す。
とはいえ、雪華は《星桜の剣聖》を目指しているというのではなく、和樹ともう一度本気で決着をつけたいからではあるが。
その真意を知らずとも一年生の主席と次席がペアを組み、しかも共にダブルエントリーの意志を表明して《星桜魔剣武闘祭》に挑もうとしているのは担任として嬉しかった。
「………しかし、二人とも入学早々大怪我をしたね」
新崎は二人を改めて上から下まで視線を巡らせると苦笑いを浮かべる。
そう指摘された和樹達は顔を見合わせて揃って肩をすくめて曖昧な笑みを浮かべた。
二人は完全に回復したわけではない。
彼らの頬には絆創膏やガーゼなどが貼られていたり、和樹の腕には包帯がのぞいているのだ。それに二人とも制服も新しいものに変えている。共に、昨日の戦いで制服がボロボロになっており、二人とも入学二日目にして制服を駄目にしたのだ。
とはいえ、あれだけすさまじい激闘を繰り広げたのだ。仕方ない部分が大きい。
新崎は視線を二人から背けると、手元のタブレットに向けて操作しながら呟く。
「……二人とも問題がなくて何よりだけど、お互いに無理はしないようにね。切磋琢磨するのはいいけど、強くなる為に命を疎かにしてはいけないよ。命があるからこそ、強くなれるんだから」
しみじみと確かな実感がこもった彼の言葉に、和樹と雪華は少し面食らったような表情を浮かべるもすぐに微笑みを作り彼のありがたい言葉に揃って頷いた。
「「はい」」
「うん、いい返事だ。それはそうと、書類はこれで十分だから二人はもう帰っていいよ。二人とも昼食がまだなんだろ?ここの学食は混むから早く行きなさい」
「「はい、失礼します」」
二人はそう言って新崎に一礼すると教員室を後にした。
「……ふう」
二人が教員室から去った後、新崎は背もたれに深く背を預けると軽く息をついて手元の新税書類を改めてみる。
一年一組九条和樹と同じく一年一組白宮雪華。
入学次席と主席。もちろん、入試試験でその生徒の実力の全てを見定めることはできないものの、それでも一年生ではトップクラスの実力であることは間違いない二人が入学二日目にして己の実力を決闘で確かめ合い、その翌日には意気投合したのかペアを組み、あまつさえ共にダブルエントリーをした。
それは第一魔装学園始まって以来の類を見ない経歴であったのだ。
片や御三家の一角白宮家のご令嬢にして『白雪の姫君』の呼ばれる確かな実力を有する雪華。
片や一般家庭出身と入試次席という情報しかなく、全く未知数の実力を秘めている和樹。
そんな相反する背景を抱える二人がペアを組み、これから迫るであろう未知数の苦難にどのようにして打ち勝つのか。
(これから二人は何を成してくれるんだろうね)
これからの二人の成長を新崎は密かに期待し始めた。
▼△▼△▼△
「お。出てきた。書類は出せたか?」
「出てきたわね。早速食堂に行きましょ」
教員室から出てきた和樹達を出迎えてくれたのはお互いのルームメイト。迅とヴィーゼだ。二人は教員室の向かい側の廊下のケ紅瀬を預けて楽な姿勢を取っており、教員室から出てきた二人を待っていたのだ。
「お待たせ。ちゃんと書類は通ったぞ」
「二人とも、お待たせしました」
二人はそう答えると待ってくれていた二人と共に廊下を歩き食堂へと向かう。
その道中和樹が徐に迅とヴィーゼに尋ねる。
「そういえば、迅とヴィーゼはシングルかダブルスどちらか出るか決めてんのか?」
和樹の何気ない質問にヴィーゼは大きく頷いた。
「ええ、私はシングルで出ようかなと思っているわ」
ヴィーゼがシングル出場の意向を示す傍らで、迅は後頭部で腕を組みつつ天井を見上げながら微妙な表情を浮かべた。
「んー、俺は出ないかなぁ。正直言ってそういうのにはあんまし興味ないしなぁ」
「あー、なんかそんな感じするな。それに迅はどちらかというと情報屋って感じだ」
「確かに私もそんな印象がありますね」
和樹に続いて雪華までもそういう。
二人がなぜその印象を抱いたかというと入学式の日に迅が和樹にメールで送ってきた近隣のおすすめの店リストの存在があるからだ。
二人の評価に迅は得意げに笑う。
「そうとも。俺は情報収集が得意だからな。そっち方面で三人のサポートをしてやるよ」
「そりゃありがたいな。ならこれからは情報面のサポートを頼もうかな。まあ、こっちもこっちで勝つために情報収集はするがな」
「それは承知の上だぜ。でも、必要ならいつでも頼ってくれよ?なんなら、専属契約結ぶか?」
「それはいらねぇな」
「はは、冗談だよ」
男子らしく気兼ねない会話でそんな契約をした二人は楽しそうに笑った。
雪華はその二人の様子に微笑みながらヴィーゼに尋ねる。
「ヴィーはダブルスは選ばないんですか?貴方なら引く手数多だと思いますが」
「……そうねぇ。私は自分の力を高めるためにこの国に来たから、誰かと戦うんじゃなくて、私一人でどこまで通用するか試したいのよ」
ヴィーゼがこの国に来た目的は己を高めて強くなるためだ。故に、彼女は誰かとペアを組んでダブルスに挑むという気は毛頭なかったのだ。それに……
「組むとしてもユキやカズキとかなら考えたけど、二人はペアを組んじゃったしね。私が組みたいと思った相手は正直いないのよ」
それは実力的だけではなく、彼女が求める自分個人の実力を見てくれる存在が雪華と和樹以外におらず組みたいと思えるような相手がいないからだ。
そんな彼女の選択に雪華は異論を挟む気などなかった。
「そうですか。では、シングルでぶつかったら正々堂々戦いましょう。ヴィー」
「勿論よ。恨みっこなしってやつね。カズキもよ。当たったらその時はよろしくね」
「おう。つまんねぇ試合はしねぇからな。期待しててくれ」
「ふふ、それでこそよ」
期待した通りの返事にヴィーゼは心底嬉しそうに笑う。
そんなことを話していると、四人はあっという間に食堂についた。
本校舎と学生寮の中間に食堂はあり、一階から三階までの吹き抜けとテラスという内部構造に席やカウンター席、ボックス席など多種多様な席の形があるカフェテリアには数多くの生徒達が既に席に座り食事を楽しんでいたり、初見を買って順番待ちをしているなどそれぞれだった。
「へぇ~これが魔装学園の食堂かぁ。金つぎ込んでるねぇ」
「気持ちはわかるが、一言目がそれかよ。性格がにじみ出てるぞ」
「だって本当の事じゃんかよ」
「……まあな」
いかにも多額の金をつぎ込んで作り上げたであろう内装に、食堂を見渡してそんな発言をした迅に和樹はそう苦言を呈する。しかし、気持ちは同じなのであまり強くは言わなかった。
「ふ~ん、なかなかいい感じの内装じゃない」
「そうですね。インテリアの評価は高いと思いますよ」
男性陣達が話す傍らで女性陣も内装にそう評価する。お互い、名家出身のお嬢様達であり目が肥えている彼女たちから見ても評価は高いようだった。
「どうする?先に席確保してから、二手に分かれて順番に飯を買いに行くか?」
「それがいいと思いますよ」
「私も異論はないわ」
「ま、それが妥当だろ」
全会一致で席を確保することに決定した為、和樹達はまず席を確保することにした。
早速食堂を歩き回り周囲に視線を向けて空席を探す中、食堂の既にいた生徒達の視線が和樹達に向けられる。正確には和樹と雪華にだ。
『おい、あの二人って一年の…』
『主席と次席ね。あの凄まじい激闘を繰り広げた二人…』
『主席の子ならともかく、次席の奴があそこまで強いとはな……』
『ああ、しかも聞いたか?あの二人選抜戦にペアでエントリーしたらしいぜ』
『はぁ?マジかよ。ナンバー1とナンバー2が手を組んだのかよ』
先日、公式戦や《星桜魔剣武闘祭》で見られるような激闘を繰り広げた彼らの認識は大きく変わった。新入生の新米生徒から、警戒すべき実力者へと。
しかも、どうやらすでに二人が選抜戦にペアでエントリーしたことは広まっているらしく、主席と次席が手を組んだことに驚愕の声があちこちで上がっていた。
それらを聞いたヴィーゼはふふんと得意げな笑みを浮かべる。
「ふふっ、ようやく二人の凄さが分かったのね」
「なんで、エスメラルダさんが一番得意げなんだよ」
「そりゃ、友人達の実力を知られて一目置かれるようになったからよ。特に、カズキを侮っていた人たちはいい気味ね」
和樹を侮っていた人達が認識を改めざるを得ない様子を想像してか一人ほくそ笑むヴィーゼ。その隣で、唯一その笑みを見ていた迅は肩を竦める。
「お~、おっかねぇ。それが貴族様がする顔か?」
「いいじゃない、別に。それに貴族ではあるけど同時に魔装使いよ。お行儀いいだけじゃ務まらないわ」
「そうかよ」
二人がそんなことを話す中、前方を歩く二人は周囲の喧騒を無視し呑気に席を探しており、テラスの端に空いたテーブルを見つけそこに一目散に早歩きで確保しに行ったのだ。
「おーい、こっちに席あったぞー」
周囲の反応など何のその。席を確保した和樹は席を確保すると少し離れた場所にいる迅とヴィーゼに手を振って呼びかける。彼の隣には雪華もおり二人を待っていた。
「なんか、周りが結構注目してるのに、渦中の二人が呑気なのはいかがなものかね」
「いいんじゃない?ユキはともかくカズキは周りの事なんて一々気にするようなタイプじゃないでしょ」
「それもそうか」
そう軽く言葉を交わした二人は和樹達が待つテーブルに合流すると早速買いに行く順番を決めると二手に分かれてそれぞれ昼食を取りに行った。
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それぞれ昼食を選んだ四人は全員が揃うと早速食事を始めた。四人がそれぞれ選んだメニューは和樹がきつねうどん(大盛)+かき揚げ丼(これも大盛)+てんぷらの盛り合わせ(これも大盛)。雪華はざるそば定食。迅は焼き鮭定食。ヴィーゼはカレーライスだ。約一名量が異様な生徒がいるが、雪華達は彼が大食漢であることを知っているためあまり驚かなかった。もっとも、周囲の生徒達は見てるだけで胸やけを起こしそうなメニューに目を丸くしていたりしているが。
ちなみに、魔装学園の生徒は学内限定だが食費が免除されている。魔装学園は国営であると同時に魔装学園の生徒達は将来国防を担う士官候補生でもあるため、福利厚生が充実しているのだ。寮生活の際に発生する光熱費、水道代、ガス代なども免除されているし、世間一般では二十歳が成人なのに対して魔装学園に入学した年。つまり十五歳で成人と認められる。
これは将来国防を担うことになる魔装使い達に与えられる特権ともいえるものだ。命を懸けて国防に専念するため、ある程度の優遇措置が必要というわけだ。そういうことで、設けられたのが成人年齢の引き下げのほか、成人で得られる諸々の権利の獲得なのだ。
和樹はその特権の内食費をフルに活用していたのだ。だって、和樹が頼んだ量は正規の値段に換算すれば、いくら学園の食堂といえど、2000円は超えるだろう、毎日これだけの金額を払っていたら、いくら金があっても足りない。
そして、4人は談笑交じりに食事を続けていたのだが、徐に迅が食事の手を止めた。
「そういえば、来週に実戦演習があるよな。しかも、いきなり遠征だろ?」
『実戦演習』。
魔装学園のカリキュラムに組み込まれている戦闘科目の一つだ。実戦とは文字通り戦いの技術を学ぶことであり、授業の中で模擬戦などを行ったり、魔力操作の鍛錬を行い各々の実力向上に努めている。その中でも、最も過酷なカリキュラムが『遠征』である。
『遠征』とは文字通りの学外へ演習に行くことであり、演習場所は……『龍穴』である。
そして、実戦で戦う相手は同じ魔装使いではなく人外の異形、すなわちモンスターである。
『モンスター』。
それは和樹達魔装使いと同じく魔力を宿した獣、つまり日本風に言うならば魑魅魍魎の事である。日本では妖魔や魔物。海外ではクリーチャーなど様々な名称で呼ばれているが、今はモンスターと世界全体で統一されている。
彼らは古来より世界中に点在する『龍穴』より発生しており、日々人々の平穏を脅かしてきてきた。その為魔装使いは敵国との戦いのほかにモンスター達とも戦わなければならず、昔から戦い続けてきている。しかし、近年、魔力をエネルギーに変換する技術の向上により、今では『龍穴』周辺を巨大な壁で囲むことでモンスターの生息域を限定させることに成功している。この領域を『魔境』と呼称している。『遠征』とは、この『魔境』の中で行われるものであり、命の危険と隣り合わせになる実戦演習なのである。
遠征の話題を出された三人は食事の手を止めると、各々反応を見せる。
「そうだな。だが、学園を卒業して魔装協会に入るならば避けては通れない道だしな。早いうちにモンスターとの戦闘経験は積んでおきたいな」
「そうですね。和樹さんの言う通りだと思います。実戦経験はあればあるほどいいですしね。私もこれまで数度経験しましたが、とても身になりました」
やる気に満ちた表情でそう返した和樹に続き、そう言った雪華に和樹は目を丸くする。
「雪華はモンスターとの戦闘経験があるのか?『魔境』での実戦は魔装学園に入学してから経験するはずだが……ああ、いや、もしかして御三家の力か?」
最初こそ、疑問だったが和樹はその理由に思い当たり納得する。
和樹の言う通り、『魔境』での実戦経験は魔装学園に入学してからカリキュラムの遠征で経験するのが普通だ。しかし、雪華は入学以前に経験したといった。それはなぜか?
考えられる可能性として彼女が御三家の人間であるからだと思われる。その推測に雪華は頷き肯定した。
「はい、和樹さんの言う通りです。御三家では伝統として魔装学園に入学する前に魔装協会の任務に参加し、『魔境』で戦闘経験を積むことができます。御三家たるもの他の方達に実力を示し侮られないようにするためらしいです」
「なるほど。羨ましい話だが、確かに一理あるな」
今度こそ和樹は納得を示した。
日本の御三家にはいくつか伝統があり、その一つが幼少の頃からの戦闘訓練の移管で魔装協会の任務に参加て実際にモンスターと戦うことだ。日本を守護し、同時に日本を代表する名家の者だからこそ。、幼い頃から強さを磨かなければならず、その強さを他の者達に示すことで御三家の地位を維持ししていくことが求められているのだ。
雪華の説明に和樹だけでなく、迅も納得を示す中、外国人であるヴィーゼは少し不思議そうな顔をしていた。
「フーン、日本ならそうなるのね。でも、どうしてゴサンケ以外の子供は『魔境』に入っちゃダメなの?」
「……すみません。私もその理由までは詳しくは知りません。でも、その口ぶりだとフォルクティアでは違うようですね」
「ええ、私達の国では誰でも『魔境』に入れるわ。前に理由を聞いたときは国が抱える魔装使いの全体の実力を向上させるためだそうよ。まあ、流石に魔装学園に入学前の子供に関しては大人の魔装使いの同行が必要にはなるけどね。私もお父様に同行してもらって実戦経験を積んだわ」
ヴィーゼの故郷フォルクティア公国では『魔境』には誰であろうと入ることができる。それは国王陛下の意向により、全ての魔装使いの実力を向上させるため等しく強くなる機会を与えてるからだ。その為、ヴィーゼの周りの子供達も騎士団に所属する騎士達に同行してもらって経験を積んでいるんだとか。
お国柄の違いが出た話に、日本人の三人は感心の声を上げる。
「……全員に平等に強くなる機会をか…確かにその方がいいかもな」
「それに子供には大人が同行するんだろ?安全マージンもしっかり取れてていいじゃん」
「……そうですね。確かにとても参考になります。今度お兄様に提案してみましょうか」
和樹と迅は素直に感心し、雪華は御三家の人間としてとても参考になる話だといって身内に相談してみようかと考えていた。ヴィーゼは故郷の方針が評価されたことがうれしいのかほほ笑むと食事を再開する。
「まあ、国家は一枚岩じゃないからね。それぞれの方針というのもあるわよ。とにかく、私たちは来週の遠征に向けて準備すればいいんじゃない?今はとにかくご飯を食べましょ。冷めたらもったいないしね」
「そうだな。どうせ遠征の話は先生がしてくれるだろ。今はとにかく食うか。時間もねえことだしな」
ヴィーゼの言葉に同意した和樹は目の前に鎮座する既に七割方減っている昼食に視線を戻して食事を再開させた。