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雪月花のソード・ワルツ  作者: 桐谷 暁人
第一章
10/20

10話 夕焼けの約束




 雪華と和樹は決闘の決着がついた後、共に医務室に運ばれ学園勤務の治療師(ヒーラー)の治療を受けていた。

 白に統一されたベッドが並び、棚には様々な薬品が並べられている清潔な医務室。その医務室で彼らは治療を受けているのだが……、


「い、いででででっ!?痛ぇっ!痛いっすよ!リアン先生!」

「黙りなさいっ!入学早々こんな大怪我する程の戦いをするなんて、血気盛んにもほどがあるでしょう!」

「…い、いや、だって、戦いが楽しくてつい……」

「言い訳無用!!じっとしてなさい!!」

「いっっでぇぇぇぇぇっっ!?」


 白一色の治療着に着替えさせられた和樹がベッドの上で激痛に表情を歪め、絶賛絶叫じみた悲鳴を上げているのだ。

 今彼は回復系の魔法を扱う魔装使い、いわゆる治療師としてこの魔装学園に勤務している女医、リアン・テルフェイの手当てを受けており彼女が彼に悲鳴を出させていたのだ。 

 翡翠色の長髪に髪と同色の少々切れ長な瞳。170Cmはある高身長に純白を基調とした服を着る彼女は《翠蓮》屈指の治療師であり、その容姿と回復魔法の強力さから学園内外問わず人気があるそんな彼女は、今はその美貌を怒りに歪め柳眉を逆立てており、説教をしながら和樹の胴体に巻いている包帯を強く引っ張っていたのだ。

 雪華の魔法により裂傷が多くできていたからはガーゼの上からの強い締め付けに和樹は絶叫する。

 そんな彼の様子に、隣のベッドで同じように治療着を着て包帯やガーゼなどの治療を既に施された雪華と、見舞いに来ていた迅とヴィーゼが笑みを浮かべていた。


「くくっ、九条の奴おもしれぇぐらい悲鳴あげてんな」

「ええ、観てて面白いくらいにね」

「ふふ」

 

 悲鳴を上げる和樹の様子が面白いからか、三人は他人事なのをいいことに暢気に笑っていた。ちなみに、先に治療を受けていた雪華は優しく手当されたので悲鳴を上げる事態は免れていたりする。男女で手当ての対応はどうやら変わるらしい。

 しかし、暢気に笑う雪華にリアンは柳眉を逆立てたまま鋭い視線を向けるとびしっと指を突き付ける。


「笑ってるけど貴方も同罪よ白宮さん!模擬戦なんだからもう少し抑えて戦いなさい!!」

「っつ!?は、はいっ!!」


 思わぬタイミングでの一喝に雪華はベッドの上で思わず背筋を伸ばししてしまう。

 そんな彼女からすぐに和樹に視線を戻したリアンは最後に強く包帯を引きテープで止めると棚に並べられている試験管型の容器を一本ずつ患者達に突き出す。

 若葉を思わせる淡い緑色の液体が中には詰まっている。


「とにかく、二人とも回復薬を飲んで安静にしていなさい。それと今夜はここに泊まるように、それじゃ私は新崎君にあなたたちのことを報告しないといけないからしばらく席を外すわ。二人ともおとなしくしていなさいね」

 

 簡潔に、矢継ぎ早に告げると、リアンは二人のカルテを手に医務室を後にする。言った通り、二人の担任である新崎に怪我の具合を報告するのだろう。

 遠ざかるヒールの音がついに聞こえなくなると、和樹は胸の傷を包帯の上から摩りながら呻く。


「っつう、あそこまで強く引っ張らなくてもいいだろォ。まだ痛ぇよ」

「いや、割と大怪我だったし、治療師としては当然の対応だろ」

「そうよ、カズキもユキも大怪我したんだから今日はおとなしくしてなさい」

 

 呻く和樹に迅がすかさずそう指摘し、ヴィーゼも同意を示し二人に安静するように促した。


「ええ、お二人の言う通りですね。いくら先生に治療してもらったとはいえ、まだ傷は痛みますし、おとなしく休みます」

 

 雪華が素直にうなずくと回復薬のふたを開けて中の液体を喉を鳴らしながら飲む。


「……だな。もう戦いは終わった。暴れる理由もねぇ」

 

 和樹も回復薬の蓋を開けると一気に中身を仰ぐように飲み干す。

 体力、魔力の回復効果がある回復薬は、ゆっくりではあるものの確かに回復を始める。

 とはいえ、体力、魔力を回復させるとはいえ傷は回復しないため、傷をいやすためにおとなしくしなければならない。回復薬を一気に飲み干すと、和樹はふたをして隣のテーブルに置くと頭の後ろで腕を組んで寝転がる。

 完全に休息の態勢に入り眠ろうとしている和樹に、迅とヴィーゼはベッド脇で腰かけていたパイプ椅子から立ち上がる。


「俺らはそろそろ帰るわ。また明日な。しっかりと休めよ」

「おう。また明日な」

「二人とも安静にね。何かあったら電話で呼んで。すぐに向かうわ」

「ええ、心配ありがとう」

 

 和樹達は心配してくれる友人たちにそれぞれ言葉を返す。

そうして、迅たちも医務室を後にして、医務室には和樹と雪華の二人だけになった。


「「…………」」

 

 静寂に満ちた医務室。

 窓から差し込む夕日が部屋だけでなく、二人も山吹色に彩る中、二人は和樹はベッドに寝転がり天井を見つめ続け、雪華はベッドの上で阪神を起こしながら窓から外の景色を眺めている。

 どれだけその沈黙が続いたのだろうか。

 夕日が水平線に沈みかけて空が橙と藍の二色が交わるころ、雪華がようやく沈黙を破る。


「……九条さん。まだ起きていますか?」

「……起きてるぞ。どうした?」

 

 雪華の呼びかけに答え阪神を起こした和樹は雪

華に視線を向けると軽く頭を下げた。


「九条さん、改めて今回は私の挑戦を受けてくださりありがとうございました。とても有意義な時間を過ごせました」

「……それは俺もだ。白宮さんほどの実力者と本気で戦える機会なんざそうないからな。俺も楽しい時間を過ごせた。礼を言う」

「ふふ、そうですか」

 

 お互いに満足いく戦いをできたことに満足げな様子を見せる。

 そして、しばらく笑いあっていた二人だったが、雪華は唐突にその美しい美貌に確かな決意を宿すと意を決し和樹に尋ねる。。


「……九条和樹さん。私から一つ提案…というよりも、お願いをしてもいいでしょうか?」

「……内容におよるけどなんだ?」

 

 お願いという言葉に若干いぶかしむ和樹に雪華は意を決してそのお願いを口にした。



「《星桜魔剣武闘祭》のダブルスのペア。私が立候補してもよろしいでしょうか?」


 

 お願いとは和樹のペアになりたいということ。

 和樹はその提案に目を丸くし驚きを露わにする。


「……それは願ってもないことだが……いいのか?」

 

 雪華ほどの実力者であれば願ってもいないことだが、和樹はダブルエントリーをすると決めており、この考えを曲げるつもりはない。そうすると、ペアの戦いに支障をきたしてしまう可能性があり、それでもいいのかという問いかけだ。

 その問いかけに雪華は頷きを以て応える。


「ええ、承知の上ですよ。私は今日貴方と刃を交えて思いました。貴方と共に頂点に立ちたいと」

「…………」

 

 臆面もなくそう言い切ったことに和樹は思わず瞠目する。

 雪華は今度は穏やかな微笑を浮かべると自身の胸に手を当てて言葉を紡ぐ。


「貴方はとても強い。それは単純な実力だけではなく、誇りや信念。貴方自身が抱えている芯も含まれています。私はそんな貴方と共に私自身を強くして遥か先の高みへと至りたい。そう思って私は貴方とペアを組みたいと提案させていただきました」

 

 それだけではないと、彼女はさらに己の決意を口にする。


「そして、私もあなたと同じようにダブルエントリーをして、貴方のペアであると同時に貴方と再び全身全霊の戦いをしたい」

「っっつ!」


 和樹は驚きに金色の瞳を大きく見開かせる。

 雪華はシングルとペア、両方に出場し、体の消耗がありながらも勝ち抜くことを、和樹と全く同じ条件で戦うことを選んだのだ。


 あくまでも好敵手と認めた和樹と対等に戦う。ただそれだけの為に。


 雪華は一度口を閉ざし真剣な眼差しを和樹に向けて、


「――――どうか、私が貴方の夢を叶える為のお手伝いをする代わりに、その時が来たらもう一度私と全身全霊で戦ってくれませんか?」

「…………」

 

 雪華の本心を聞いた和樹はしばらく雪華の淡青白色の瞳を覗き込むように見る。

 しばしの間瞳をのぞき込んでいた和樹は口端を釣り上げて笑みを浮かべると、


「…ああ、願ってもないことだ。君がそう言ってくれるなら、俺は拒みはしない。これからペアとしてよろしく頼む。そして、再びぶつかったらもう一度全身全霊で戦おう。白宮さん」

「…っつ!ええ、ありがとうございます。では、これからよろしくお願いしますね。九条さん」

「ああ、こちらこそよろしくな」

 

 そうして、二人は体を起こしベッドに腰掛けるように座りお互いに向かい合うと手を伸ばして握手を交わした。

 和樹の手はとても大きく、ごつごつとした無骨な感触と灯のような熱を感じ取ることができ、雪華の手は和樹が思っていたよりも小さくたおやかな指だったが、その柔らかさの中に確かな力強さを感じ取ることができた。

 と、その時だ。


 きゅう~~。


「「……っ?」」

 

 どこからともなく、可愛らしい音が鳴ったのだ。

 首をかしげる和樹。

 その一方で雪華は最初こそ和樹と同じ首をかしげていたものの、一気にかぁぁと赤面する。

 音の発生源は雪華の腹部。そこから空腹を知らせる腹の虫が鳴ったのだ。


「…えーと、腹減ってるのか?」

「~~~~っっつ!?」


 和樹の指摘に雪華は耳まで赤くして声にならない様子になる。

 単純に恥ずかしい。 

 たった今、ペアを結成していい空気になったばかりではないか。だというのに、人間の生理反応がそれをぶち壊した。

 恥ずかしいことこの上なかった。

 雪華は思わぬ恥辱に真っ赤になった顔を両手で覆い隠してしまう。


「……ぷっ」

 それを見た和樹が思わず吹き出してしまい、次には破顔して声を上げて笑ってしまう。


「くははっ、ははははははっっ!!」

「っつ⁉︎わ、笑わないでください!!」

「はは、ははは、ああ、わ、悪い。悪い…」

「もうっ、笑うのをやめてくださいっ!?」

 

 哄笑を上げる和樹に、雪華が可愛らしく頬を膨らませながら怒りを露わにする。しかし、それでもしばらく笑い続けていた和樹はようやく落ち着くと腹を抱えつつ目じりに浮かんだ涙をぬぐった。


「ははっ、はー笑いすぎて腹が痛ぇ」

「~~っっつ、いつまで笑ってるんですかっ。もうっ」

「…ははっ、悪い悪いもう笑わないから…」

「………本当ですか?」

「本当だって」

 

 それでも信じられないのか可愛らしく頬を膨らませる彼女はしばらく恨みがましそうな視線を向けて和樹を睨む。しかし、その様は怖いとはあまりにも程遠くて、和樹は微塵も怯まなかった。

 やがて、これ以上は無駄と悟ると露骨にため息をついて自分のベッドで膝を抱えてそっぽを向く。


「…もういいです。九条さんは意地悪な方です。ヴィーに言いつけちゃいます」

「…えぇ」

 

 可愛らしく拗ねる彼女の様子に和樹は苦笑いを浮かべる。

 完璧なご令嬢のような雰囲気を纏っていた彼女がこんな年相応な子供らしい態度をとった姿に可愛いと思う反面少し怒らせたかなと罪悪感も湧き上がっていたのだ。

 だから、和樹は小さく嘆息すると雪華に謝罪した。


「ごめんな白宮さん。気を悪くさせるつもりはなかったんだ。今回はどうか許してくれないか」

「…………ぷっ、くふっ」

 

 頭を下げる和樹を雪華は横目で見ること数秒。彼女は突如こらえきれずに噴き出して笑った。

 口を上品に抑えて笑う雪華に今度は和樹が目を丸くする。


「ふふっ、冗談です。そこまで怒っていませんよ。少しお返ししただけです」

「…………おいおい、人の事言えねぇじゃねぇか」

「…ふふっ」

 

 呆れたように笑った和樹は、肩の力を抜いて軽く息をつく。


「……まあ、なんにせよ改めてこれからよろしくな。白宮さん」

「はい、よろしくお願いします。ですが、その前に一つ訂正したいことがあります」

「?なんだ?」

 

 もしかして無意識で不快にさせるようなことを言ったのか?と、これまでの発言を振り返る和樹だったが、雪華は穏やかな微笑を浮かべ、


「どうか、私の事はこれからは雪華と呼んでくれませんか?」

 

 名前呼びを要求したのだ。

 その要求に和樹は困ったような表情を浮かべる。


「………い、いや、でもなぁ、同性のヴィーゼならともかく異性の奴が御三家令嬢になれなれしく名前呼びするのはいいのか?」

 

 相手は日本を束ねる御三家が一角白宮家のお嬢様だ。一般人である自分とは立場がかなり異なり、そんな相手に砕けた話し方はできても名前で呼ぶこと言はさすがの和樹といえど多少なりとも抵抗があったのだ。

 その反応は想定内だったのか、雪華は微笑を崩さずに続けた。


「だとしても、これからはともに戦うパートナーです。遠慮なく名前で呼んでもらって親しくならないと連携に支障が出るかもしれませんよ?」

 

 もっともらしい言葉に和樹はなおも悩む。


「…だとしてもなぁ」

「…では、言い方を変えましょうか。私は単純にこれから切磋琢磨する友達と名前で呼び合いたいんです。駄目でしょうか?」

「……うっ」

 

 上目づかいでそう尋ねた雪華に和樹は言葉を詰まらせる。

 正直その美貌での上目遣いは破壊力が高い。大部分の男が迷わずに即決で頷いてしまうだろう。抗いがたい魅力があったのだ。

 その魅力に彼が心揺らいだのは事実だが、思いとどまった理由は別にあり、それは、


(クラスの連中に知られたら、俺闇討ちされるかもしれねい…)

 

 ただでさえ、雪華と一緒に出掛けたことで注目を集めており、しかも翌日の質問攻めをどうにか回避したばかりなのだ。

 なのに、翌日教室でペアを組んだことに加えて名前呼びをしていることが発覚してしまえば……嫉妬と羨望に狂うクラスメイト達に入学三日目にして葬られ傍の東京湾に沈められるかもしれない。

 だが、そんな危機を知るはずもない雪華はじっと悩む和樹を見ており、しかもその眼差し期待と悲しみが混ざったようなものへと変わり、心なしかしゅんとしたのだ。

 もうそれまでだった。


(……まあ、なるようになれだ)

 

 考えても無駄だと悟り和樹は不毛な葛藤をやめて降参した。


「…………はあ、分かった。雪華さん、これでいいか?」

「…さんもなしでお願いします」

「…どうしてもか?」

「どうしてもです」

「…………」

「…………」

「……はぁ、わかったわかった。雪華。これでいいか?」

 

 しばらく彼女の視線に耐えていたもののいたたまれなさに和樹はあっさりと降参して呼び捨てにする。

 それに対し、雪華は顔をパアっと輝かせて満面の笑みを浮かべた。


「はいっ‼︎よろしくお願いしますね。和樹さん」

「……ああ」

 

 心の底から嬉しそうにしてほほ笑む彼女の様子を横目で見ながら、和樹は小さく苦笑するもそれは文字通りの苦笑ではなかった。


(…………まあ、嬉しそうにしているならいっか)


 和樹は心の中でそう呟き、雪華の笑顔につられるように微笑む。

 それから二人は、リアンが二人分の夕食を持って医務室に戻ってくるまで、いや戻ってからも友人同士気兼ねない談笑を続けた。



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