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夏景色  作者: あさひ
第一章 しかけは爆弾です
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しかけは爆弾です⑦


 これは――。

「おい、そんな力入れたら壊れるって」

 気づけば男から携帯を奪い、握り潰してしまうほど力んでいた。

 携帯を返し、何を言うでもなく顔を上げる。


 男は焦ったように、携帯が無事かひっくり返したりしながら確認している。

 それを見ていたつもりが、だんだんと焦点がおぼろげになり、今見た動画の内容が男に透過して見える。


 口を開こうとしたが声にならず、玉置はただ呆然とした。


 花火大会。二万発の爆弾だと。

 始終映っていたものは手のイラストだけだった。


 男の声だった。問わず語りに超然と、それでいて事務的に語るその声は不気味さを付帯していて、怒りなのか驚きなのか今自分のどの感情が芽を出そうと血管に溶け込んでいくのかわからない。


 後半だ。前半は日経で見るようなAI関連の話だった。

 おそらく後半へのポジショニングで、示唆でしかなかった。少なくとも、おれにとっては。

 後半に話が変わった。

 脈がはやくなり、他の信号が収束する。

 個人情報。現在地。

 花火大会。川。

 二万発。観客席。

 爆弾――。


 落ち着きを取り戻そうと、上流から流れてくるひとつひとつを推し量る。

 だが、そのすべてが胸のあたりに固結びをつくる。


「これで分かってくれたか」

 その声に爆弾の音が重なり、声を出して驚いた。

 没頭が裂け、鼓動が耳の中にいる。

 機微を知るように男は言う。


「これは現実だ。おまわりに駆け込んでも無駄だ」というその言葉に我に帰る。

「何故だ」と硬く睨め付ける。

 ついさっき、警察に連行しようとしたところこいつは確かに焦っていた。効果を見せたはずだ。


 そういえばさっきの、にべもない女は――。

 男の後ろ、去っていった方向を一瞥するが、いるはずもない。


 何百年も昔のカルデラ噴火により出来た山体は、尊大な景観を残すかわりに、しゃがんだままの視程を遮る起伏に富んでいた。


 こちらの視線を追うように、男がちらと振り返る。

 女が見えないことを確認したのか向き直り、はあ、と嘆息した。


 心なしか、男の様相と、ここが観光地であることを思い出して呼吸が整っていく。


 男は立ち上がり、赤くなった左顎の調子を探りながら、何か考え込んでいる。

 同調するように立ち上がってなおも睨み続けていると、頭を掻き、ほらこれだよと、携帯を何度かタップし画面をこちらに向けた。


 差し出された画面を見ると、『パトロール中』という緑の垂れ幕のかかった交番の机で、頬杖を突き欠伸をしている制服警官が写っていた。

 その写真の上には何桁かの数字と、その横に『岩木 恵』とある。


 よくみると、それは、この男だった。



「え」

「まあ、驚くのも無理はないが」

「え」

「写真を見ればわかるだろ。これはおれだ」

「え」

「だから警察に行っても意味がないことがわかるだろ」

――おれが警官なことに驚いているにしては表情が変だ。

「え」

「そんなに写真に見入っても本人だと分からないのか」

――どちらかと言えば嬉々としてないか。


「違う、そうじゃない」

「何が違う、おれは正真正銘の警官だ」

「名前。下の名前は『え』と読むのか」

「は?」

「いや絶対そうだ『え』以外考えられない」

「は?」

「出身は函館か弘前か」

「は?」

「ご両親のどっちが山好きなんだ」

「は?」

 






「第一にこれは、悪戯のたぐいじゃない」と岩木はまくしたてた。


 岩木 恵。

 写真と同一人物であることに気づくよりも、まず名前に目が行った。

 反射的な引力で、不可抗力だ。

 岩木山は百名山に選ばれるほど綺麗な山体で、津軽富士とも呼ばれ、恵山は六〇〇メートル程の、泉源豊かな山で、どちらも活火山だ。


 説明しようとして、こちらの質問の意図に敷衍すると「めぐみで済まねえな。女みたいな名前で」と影でぶつぶつぼやいていた。


 関心を失った瞬間から、あの欠伸面は確かにこいつだったな、と思いに至る。

 あの締まりのない顔を思い出していると、そんなおしゃれな名前も国家公務員の称号もお前にはもったいない。


 あまつさえ、女性にまで手をあげるような奴が権高に警察官を名乗るなどあってたまるか。

 いわきめぐみじゃなく、呑気の極み、のんききわみだお前は、と心の中でだけ抗議したのは、図らずも、その程度の余裕さを取り戻すぜんまいを、岩木が無自覚に備えていたからだった。


 岩木の話によれば、この動画はどこから送られてきているものか、身元は不明らしい。


 観終わったあとに、それらしきアプリを見つけると、まず初めにこの隠し撮りのような写真がプロウィール画像として表示されていて、自分の名前をそこに認めると得体の知れなさ、に背筋が寒くなったという。


 真夜中に突然、携帯が鳴ったんだと岩木は言った。

 それも眠っていたところに、緊急時同等のアラートが大音量で鳴り続け、何事かと携帯を手に取ると合図のようにそれは始まって、起き抜けにも逼迫感を感じたようだった。


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