鍵屋玉屋④
メグミイワキが背中を向けて走り出すまでの様相を、Kはじっくりと眺めていた。
目前で逃走する敵にそうすることで、敵愾心を挫き、ひいてはより強い恐怖心を植えつけられることを、Kはユナルミヤ時代から知っている。
逃すか逃がさないか程度に隙を与え捕らえることによって絶望をたっぷり味わわせる。これはKの趣味ではなく単純な心理作戦だった。
次。次こいつが右足を引いたら行く。必死に逃げようとしてもつれそうな脚にタイミングを計り、踏み出そうとした時、パンツの右ポケットに仕舞いかけた携帯が二度震えた。
その振動の意味に気づき、素早く画面を見る。
いつの間にか、メグミイワキの画面から自分の現在地が表示されている画面に切り替わっていて、全体が赤く光っている。何のアラートかすぐに思い出せない。
ダメだ。間に合わない。もう大通りに出るところだろうと、顔を上げることすら諦め表示されたアラートの意味を考える。
すると画面が切り替わり、Tからの着信に変わった。
「これはなんだ」架けてくるということは、知っているということだ。ここはTに聞いた方が速い。
「圏内に入った。今すぐに離れろ」
「圏内?」と口に出した瞬間、疑問の曇りが取れた。
「あれか」
「お前が表で倒した一般人が居ただろう。それに通報があったらしい。すぐ後ろから警官が四名来ている。西に行け」
後ろを確認することもせず、大通りに出てすぐ脇の側道にまた入り、方角を確認しながら動く。
「それにしても、本当に来るのか?」半ば半信半疑だ。
「間近で見てどうだった」
二、三違う通りに出て、機敏に道を渡っていく。
「おれの顔を見てすぐに逃げたぞ」
「まだお前の事を知らないのかもな」
通りに何か落ちている。近づいていきながら次の動作を決める。
「多分な」
「二万人といえども、現状、辿り着かれたのはただ一人だけだ。トーキョーに少ないのも不審だが、すぐに逃げるというのは何かある」
何かある、ねえ、Tの話を聞きながら、道端に落ちている帽子を拾い被る。アラートが止まったのを確認。周囲に警官らしき人間は見当たらない。
「直感か」
「ああ、そうだ」
「お前の直感は外れることがあるのか」
「帰納に近いからな。例外はある」
「ああ、そういえばただの地方の空港をパルク・パトリオートだとか言った直感か。あれは笑った」
「まあ急げ。ポイントを送っておいた。そこで落ち合おう」
目の前の駐輪場で、カワサキ・ニンジャにまたがろうとしている男を見つける。
「了解だ。すぐ向かう」
「今はダメだ。徒歩で来い。すぐだ」
「どっから見てるんだ」
「上を見るな。急げ」
「わかったよ」