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隣の席の天使たちが耳かきをしてくる

作者: 三色ライト

 夕陽が差し込む長方形の部屋。学校の教室と呼ばれる部屋にて、週に1回、秘密の行事を行う3人の少女たちがいた。

 教室の最後列で行われるそれは、中央の席に茶髪の少女が座り、その少女から見て左の席に黒髪の少女、右の席に白髪の少女が座って開幕する。

 最初に竹製の細棒を取り出したのは、白髪の少女であった。


 アーシャ:さぁ四季(しき)さん、耳かきのお時間ですよ

 四季:ありがたいけど……アーシャも風音(かざね)も無理してない?

 アーシャ:無理だなんてとんでもない! 私がやりたくてしているんです

 風音(かざね):そういうこと。私は研究のためにむしろ協力してもらっている立場だから


 白髪の少女、アーシャは天使の微笑みで竹製の耳かきを構え、その反対側に座る黒髪の少女、風音は表情を変えずに綿棒を持った。


 アーシャ:では四季(しき)さん、今日は私と風音(かざね)さんのどちらから耳かきを受けますか?

 風音(かざね):当然、私のはず

 四季:えっと……公平にいこうか。先週はアーシャからやってもらったし、今日は風音からで

 風音:当然

 アーシャ:むー……おあずけですか


 では早速始めようと、風音はスカートを少し上げ、艶めく太ももを露出させて四季を誘い込んだ。

 といっても性的な意味はなく、ただ自分の太ももの上に頭を乗せよ、という命令に近い。

 四季は少しのためらいを見せながらも、命令通り風音の太ももに頭を乗せた。


 四季:柔らか……

 風音:何か言った?

 四季:いやなんでも!

 風音:そう。じゃあ始めるから。まずは100円ショップで買った白綿棒から


 風音は白綿棒を構え、ゆっくりと四季の右耳へと挿入した。

 綿棒は耳の産毛をかき分け、侵入し、硬く厚い壁を擦る。


 四季:ふわっ!

 風音:くすぐったくても動いちゃだめ

 四季:囁かれると余計にくすぐったいです

 風音:我慢して。囁きも立派な修行だから


 風音が四季に耳かきをする理由、それは自身がASMR配信者になる夢を叶えるためである。

 ダウナーで寡黙な風音には理解者も友人もいなかったが、入学後たまたま隣になった四季が休み時間にASMRを視聴しているのを発見して、人生最大の勇気を振り絞ってこう言った。あなたの耳を、私に掃除させてくれないか、と。


 四季:風音がASMR配信者になりたいからって私で実験するなんてとんでもない発想だよね

 風音:四季もASMRは好きなんでしょう? ならウィンウィンの関係のはず

 四季:そうだけどさ……恥ずかしい

 アーシャ:むー、いちゃつかないでくれますか?

 四季:いちゃついてなんか!

 風音:動かない

 四季:失礼しました……


 ストイックな風音に、アーシャのからかいの言葉など届いていなかった。

 今はただ、目の前にある耳とその所有者をいかに気持ちよくさせるか。それのみに集中しているのである。


 風音:白綿棒は芸がないけど、王道ではある。ごそっとした音が伝わるし、抜き差しの音もはっきりしている

 四季:うん。それをリアルでやられるとすごいゾワゾワするよ

 風音:それでは意味がない。電波の音に流してもゾワゾワする、そんな音を目指さないと。ふぅー

 四季:ひゃっ!

 風音:ふふ、敏感な耳

 四季:遊んでるでしょ……

 風音:じゃあ次は耳の中じゃなく、外側の方を撫でるように耳かきするから。音と気持ちよさの評価をして

 四季:はいはい

 風音:いくよ……ぞりぞり、ぞりぞり

 四季:ひう……体が勝手に動いちゃう

 アーシャ:四季さん、すごく気持ち良さそう……

 風音:耳の外側を撫でるよな音は人気が高い。だから精度を高めないと

 四季:十分だと思うけどなぁ

 風音:トップ配信者は精巧な技術を持っている。私も追いつくために努力しないと

 アーシャ:ストイックですね。応援しますよ

 風音:はい、右耳は終わり

 四季:ふぅ、すっごく気持ちよかったよ

 風音:それならよかった。じゃあ次は左耳を……

 アーシャ:ちょっと待ってください! 次は私ですよ!

 風音:チッ

 四季:えっ、今舌打ちした!?


 耳かきをされた綺麗な耳ですら疑わしい音が風音から出たことに、四季は驚愕した。

 そんな四季もにっこりとした表情で柔らかそうな白い太ももを露出させたアーシャに誘われると、心が安らいでいくようだった。


 四季:本当にアーシャってママだよね

 アーシャ:そうでしょうか? でもそう言われるのは悪くないですね

 四季:悪くないんだ。聖母アーシャさまだ!

 アーシャ:ふふ、なんですかそれ


 四季は少しの恥じらいを見せながらアーシャの膝に頭を乗せた。


 四季:アーシャの太もも、白くて綺麗

 アーシャ:ありがとうございます。祖国の血に感謝ですね

 四季:北の方の国から来たんだっけ

 アーシャ:はい! 寒い寒い国です

 四季:日本語めっちゃ上手いよね

 アーシャ:たくさんお勉強しましたから。アニメ、漫画、そしてASMR……囁かれると、すぐに覚えることができましたよ

 四季:覚える言葉に偏りは出そうだけど、楽しそうだね


 なんでもない会話を繰り広げた後、アーシャは竹製の耳かきを四季の左耳に挿入した。


 アーシャ:うん。やっぱり王道の耳かきはいいですね

 四季:……今さらながら恥ずかしいんだけど。同級生に耳の中見られて汚れを取られるって

 アーシャ:そんなに汚れていませんし、可愛いお耳なので気にする必要はないですよ

 四季:うーん……

 アーシャ:じゃあその証拠に耳を舐め舐めしましょうか?

 四季:それだけはやめて! なんか踏み入れてはいけないラインな気がする!

 アーシャ:残念です

 四季:ふぅ、危ない危ない


 アーシャは北の国で生まれ育ったが、幼い頃から不眠症に悩まされていた。

 そんな時に出会ったのが、主に東アジアで流行していたASMRである。彼女は睡眠の質を高め、強く感動し、日本へやってきてASMRを学ぶことを決めた。

 ある日、風音が四季の耳を掃除しているところを偶然見つけてしまったアーシャはこれは運命と思い、この活動に参加することになったのである。


 風音:アーシャに見つかった時は心臓が止まるかと思った

 四季:だから教室でやるのはやめようって言ったのに。……今もやってるし

 アーシャ:私がたまたまだったんですよ。ふっ

 四季:うっ!

 アーシャ:ふふ、この耳かきタイムをやめようなんて言ったらどんどんゾクゾクさせちゃいますからね〜

 四季:うぅ……耳が人質になってる

 アーシャ:そうです。四季さんのお耳は私たちが占領したんです

 四季:天然の女王さま……Sだ

 風音:配信者になったら人気が出そう。ライバル……

 アーシャ:今のところ配信を志してはいませんから安心してください。私はただ、思い人にいつか最高の耳かきができるよう、腕を磨いているだけですから

 四季:ASMRで不眠症を解消したアーシャが、今度は誰かの眠りをサポートするんだ

 アーシャ:はい! 四季さんでもいいんですよ?

 風音:そこ、プロポーズしない

 アーシャ:ちぇー


 性格も考え方もまったく違う3人が集まっているが、彼女たちの青春はここにある。

 両耳の掃除を終えたら少しの間、夕暮れに染まる教室でトークするのが通例となっている。

 といっても恋バナや教師の愚痴といった、ザ・ガールズトークというものではなく、ASMR事情や耳かき周りの話をするなんとも色気のないものであった。


 風音:次回はまた違った綿棒を持ってくる

 四季:綿棒もたくさん種類あるよね。黒い綿棒とか見た時驚いたもん

 アーシャ:企業努力というやつですね。私は断然竹製の耳かき派ですけど

 四季:それはそれでデザインとか大きさとか、凝っているものあるよねぇ

 アーシャ:わかりますか!? 可愛いものは本当に可愛いんですよ! 見比べるのも大好きなんです

 風音:綿棒派の私も、それは認めざるを得ない。

 四季:綿棒も竹製の耳かきも、どっちがいいとか悪いじゃないんだよね

 アーシャ:そうです! 要はどちらで気持ちを込めて相手に安らぎを与えるか、そこです!

 風音:完全同意

 四季:なんかプロフェッショナルな2人を見ていると私も耳かきする側に回りたくなってきた

 風音:それはまだダメ

 四季:なんでさ……

 風音:四季には私の特訓に付き合う責務がある

 四季:お願いされただけだよね? いつのまに責任になったのかな?

 アーシャ:ふふっ、お2人のお話は楽しいですね

 四季:そう? まぁ笑えたならいいけど

 アーシャ:それはもう。そして風音さん、四季さんの耳は半分私のものですよ

 風音:……簡単に譲るつもりはない

 四季:なんで勝手に私の耳の権利を取り合っているんですかね……


 ひとしきりのトークを終えると、彼女たちは満足して解散する。

 そこから1週間、彼女たちはほとんど言葉を交わすことはなかった。

 性格や属しているグループが違うため、学校生活では交わりの少ない関係なのである。

 しかし、1週間が経過し放課後になると自然と夕陽が差し込む教室に集まっていた。


 風音:この1週間、万全の準備をしてきた。抜かりはない

 アーシャ:それは私も同じことです。四季さん、覚悟はいいですか?

 四季:う、うん。耳かきされるだけだよね?

 風音:耳かきと思って甘く見ないで欲しい。耳かきは、人生

 四季:じ、人生……!

 アーシャ:先週は風音さんからでしたから、今日は私からですよね?

 風音:むぅ……仕方ない


 アーシャは笑顔溢れる表情で柔らかそうな白い太ももを露出させた。四季もそれに応えるように、ためらいを見せずに頭を乗せる。

 アーシャの声、太ももから伝わる体温、柔らかさ。そのすべてが四季の心を落ち着かせた。アーシャの存在そのものがヒーリング効果を発揮しているのである。


 四季:なんだか寝ちゃいそうなんだけど

 アーシャ:耳かき中に寝てしまったら私にとっては至福ですね

 四季:囁き……弱いからやめてほしい

 アーシャ:ダメです。やめません

 四季:出たなアーシャ女王……

 アーシャ:さぁ、今日はこちらを使いますよ


 アーシャが取り出したのは先週と同じく竹製の耳かきではあるが、耳に挿入する反対側に白いふわふわしたものが付いている。


 四季:そのふわふわって……

 アーシャ:はい。梵天です。これをお耳にふわふわさせたらどうなっちゃうでしょうね?

 四季:嘘……そんなの耳に入れちゃうの?

 アーシャ:もちろんです。そのために付いているんですから

 四季:ちょ、ちょっと待っ……

 アーシャ:待てませーん

 四季:ひゃあっ!? あっ……

 風音:四季、すっごくゾクゾクしてる

 アーシャ:ふふ、梵天は初めてですか? ゾワゾワしますよね。耳を征服されたかと思いますよね? でも……それが良くないですか?

 四季:そんな性癖はない! でも慣れたら気持ちいい……

 アーシャ:ですよね。私も大好きな音です。祖国でこの音に出会い、日本に行く決意をしました。四季さんと出会うきっかけを作ってくれたのが梵天なんです

 風音:梵天は配信でも人気。アーシャも履修者だったか

 アーシャ:当然です。ふぅ〜

 四季:あひゃ!?

 アーシャ:ふふ、梵天に慣れて油断していると不意打ちがきますよ

 四季:うぅ……私の耳に人権はないのか……

 アーシャ:私が踏みにじりました。あと梵天ではこんなこともできるんですよ? えい、えい!

 四季:そんなっ……耳の中で回すなんて……

 アーシャ:いいですよね〜。感じていますか? せ・い・ふ・く・か・ん。ふっ!

 四季:ひぃぃ!

 風音:アーシャ、やはり手強い

 ひと通り四季の耳をいじめ抜いたアーシャは満足したように肌を艶々とさせて梵天を抜いた。

 風音はようやく自分の番が回ってきたと、カバンから綿棒2種とペットボトルとコップを取り出した。


 四季:なんか準備万端じゃない?

 風音:もちろん。アーシャは相手を気持ちよくするためにやってるけど、私は研究のためだから

 アーシャ:研究熱心ですね。普通の綿棒は持ってないのですか?

 風音:片方は普通の綿棒。ただ最初はこちらから使う

 四季:それは……粘着綿棒?

 風音:さすが、ASMRをよく聴くだけはある


 綿棒の準備を終えた風音はスカートを上げ、か弱い太ももに四季を誘い込んだ。


 四季:うわ……粘着綿棒なんて初めて

 風音:そうだろうね。なかなか買う機会ないだろうし

 四季:気になってはいたから楽しみかも

 風音:そう。じゃあ楽しんで

 四季:ひゃう!

 風音:粘着綿棒は耳の壁に張り付いて汚れをとる。その時のネチッ、ネチッという音は快感になるはず

 四季:新感覚でなんかおかしくなりそう

 風音:いいよ。おかしくなっちゃえ

 アーシャ:ネチっとした音がここまで聴こえます。四季さん、気持ちよさそう

 風音:汚れは取りやすい。でも研究においてそれは大事なことではない。四季、音はどう?

 四季:すごくいいよ。部活終わりとかに聴いたらすぐに寝そう

 風音:そう。なら粘着綿棒は18時ごろに投稿するのもよさそう

 四季:投稿時間まで考えているんだ。すごいね

 風音:粘着綿棒を回したらどうなる?

 四季:あ……うわっ、なんかすごい……

 風音:なんかすごい、か

 四季:ASMR的な話だと指耳かきに近いかも

 風音:なるほど、回すくらいなら指耳かきして、粘着綿棒はその粘着性をフル活用した方が良さそう


 風音は四季の耳から粘着綿棒を抜いて粘着綿棒についてのメモを取った。

 ひとしきりのメモを終えた後、風音はペットボトルの中に入っている炭酸水をコップに注いだ。


 四季:それは?

 風音:これは炭酸水に綿棒を入れて、炭酸綿棒にする。

 アーシャ:なるほど、シュワシュワとした音を楽しませるわけですね!

 風音:そういうこと。というわけで四季、次は炭酸綿棒ね

 四季:はーい。タオル持ってる?

 風音:もちろん。研究に付き合ってもらっている以上、アフターケアも欠かさない

 四季:ならよかった。耳ベタベタで帰らされるかと思った

 風音:じゃあ、始める

 四季:うわわっ、じゅわって……

 アーシャ:気持ちいいですか?

 四季:ASMRで聴いたらそうかもね。現実でやると少し怖いかも

 風音:たしかに破裂音が強いから恐怖感はあるかも。でも夏に配信すれば結構人気が出るジャンル

 四季:そうだよね。私も聴いたことあるし

 アーシャ:ふむ、となると……

 風音:むぅ……現実での実験は難しいか

 四季:そうだね。とにかく配信でどうなるかだから、初めてみるのもいいんじゃない?

 風音:実際に配信してみる……か。検討する

 アーシャ:マイクとかは大丈夫ですか? バイノーラルマイク、高いですよね?

 風音:私は物欲が少ない方だし、お小遣いやお年玉が溜まっている。高くないものなら買える

 四季:それならチャレンジしてみなよ。風音が配信するなら私もぜったい聴くし

 風音:っ! な、ならやってみる。今日は解散

 アーシャ:そうですね。いい時間です

 四季:じゃあ2人ともありがとね。耳スッキリだ


 また1週間、彼女たちが言葉を交わすことはなかった。しかしアーシャも四季も、この1週間での変化を感じていた。風音が時折笑顔になるのである。それを2人は横目で見ていた。

 そして、また自然と夕陽が差し込む教室に集まったのである。


 風音:今日は耳かきじゃない。2人にはこれをつけて欲しい

 アーシャ:これは……

 四季:イヤホンだ。有線のいいやつじゃん

 風音:聴いてほしいものがある


 無論、うすうす2人はそれが何かを悟っていた。

 しかしいちいちそれを口に出すなど野暮な真似はしなかった。


 四季:この音の声……

 風音:うん。私

 四季:すごいじゃん! もしかして配信したの?

 風音:う、うん。といっても生放送には15人しか来てくれなかったし、アーカイブも再生数1080回だからまだまだかな

 アーシャ:これから伸ばしていけばいいんですよ。風音さんのASMRへの情熱は本物とわかってくれる方はたくさんいると思います!

 風音:そうかな……いや、そうだね。私は伝えていく。この音に乗せて、私の気持ちを

 四季:楽しみにしてる

 風音:四季、何言ってるの?

 四季:へ?

 風音:四季にはまだまだ研究に付き合ってもらうから

 四季:え、ええっ!?

 アーシャ:ふふ、よかったですね四季さん。特等席ですよ

 四季:あはは……まぁ、光栄なこと、ということで


 来週も、再来週も。彼女たちによる秘密の行事は継続されていた。

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