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赤躑躅

作者: あんずテクノ

この物語はフィクションです。

 久々に外の空気を吸いたいと近所の公園へ歩いた。まぁまぁ広い公園である。普段がどんな具合かわからないが、朝の7時でかなりの賑わいがあった。シニアたちがグラウンドでボールを転がして遊んでいたり、太極拳のようなものに興じたりしていた。

 空いているベンチを探して腰をかける。そうだ、公園のベンチというものはこんなに硬く長居をするのに適さないものであった。小一時間座りながらスマホでも弄ってゆっくりしようと計画して家を出た訳だったが、そのお尻の痛みから既に不快感を感じ始めている。

 もう一つこの空間の居心地を悪くしているのは先述したボール遊びをするシニアたちであった。別に彼らが悪い訳では全くない。自分が座った位置が、選んだベンチが悪いのだが、なんだか僕という青年が彼ら老人の試合の様子を興味ありげに眺めているようなポジション取りになってしまっているのだ。またそのボール遊びのスタート地点が自分が座っているベンチの近くらしく、ラウンドが終わるたびにシニアたちが自分の近くへ集合する。老人たちから「お兄ちゃんもやるかい」などと声をかけられないかヒヤヒヤしながら、不自然に体を正面からずらして遠くの木々を意味もなく眺めた。


 時間経過。


 僕は右ポケットからスマホを出した。最初からそれで自分の空間に篭ればシニアとの気まずい距離感を気にしなくて済むのではと思うかもしれないが、僕は家を出る前に充電をしておらずバッテリーが心許ないことに気づいていたためしばらく外でダラダラしたいという計画に向けては最初からこれに頼りたくなかったのだ。外の世界でスマホの充電が切れるというのは得も言われぬ絶望感があるものだ。例えそこが近所の公園であったとしても、拠点からの繋がりを絶たれたような不安感に襲われる。共感しておくれ。

 右上の電池マークは赤く表示されている。まぁそこまで古い機種ではないし、しばらくは持ってくれるだろうと、今度は左ポケットからワイヤレスイヤホンケースを取り出してイヤホンを耳に装着する。イヤホンは耳に装着されたことを認識してノイズキャンセル機能を有効にした。周囲の喧騒、というほど煩い訳でもないノイズが消えてノイズキャンセル特有の圧迫感のある静寂に包まれた。何故か遠くの鳥のさえずりは除去されることなく聴こえている。

 何の音楽をかけようかと購入したアルバムをスワイプしていると、スマホの画面に小さな蟲が留まった。小さいといっても本当に小さい奴で、除けようと親指で払ったところ腹でその蟲を潰してしまった。画面にその死骸と赤い汁が残る。指で拭こうとするが赤いのが広がるだけで完全に綺麗にはならなかった。家に帰ったら水をつけたティッシュなどで拭き取らなければならない。これは良くない。まぁいいか。


 時間経過。


 自分の前、かなり近いところをスズメが通る。こんなにスズメの警戒心は薄いものかと少し驚いたがよく見るとお腹が膨れていた。確かスズメはお腹が膨れて体の大きい個体が赤ちゃん(子供)だった気がする。手を伸ばしたら指に留まってくれないかと期待するがそんな奇跡は起こらない。自分を無視してよちよち歩くスズメを目で追いかけていると、視線の先に昔よく遊んでいた秘密基地が捉えられた。

 秘密基地と呼んでいただけで別に木を集めて小屋を作った訳でもない。ただ草木に囲まれた何もないスペースだ。それを秘密基地と呼ぶならこの公園には何十という秘密基地があることになってしまうが十何年も前に自分と友達がそれを秘密基地と呼んでそこに屯っていたことに意味があるのであり、とにかく秘密基地なのである。また細かく言えばこの時視界に捉えて注目した秘密基地は僕にとってこの公園における「秘密基地その1」だ。


 「秘密基地その1」の周りには躑躅(つつじ)の生垣がある。躑躅というのは、まぁこれは地域的な限定された文化なのかもしれないが、最低でも僕たちのコミュニティではその花は小学生にとって絶好の遊び道具だった。躑躅を見つけたらすぐに粘土質の地面を掘って熱心にすり鉢を作る。川に着いたら平たい小石を探してアンダースローで投げるような、自然で反射的な行動だ。人間は誰しも「すり鉢を作る係」と「ハンマーとなる良いサイズの石を探す係」のどちらかに属しており、僕は圧倒的な前者で、特に粘土質の地面を探すスキルに長けていた。適当にいろんな場所に深さ3cmくらいの穴を掘り、指で底の土を掘り出して地質を見分ける。簡易ボーリング調査と言えよう。そしてその場所に手や太い枝を使って蟻地獄のような凹みを作るのだ。

 すり鉢が完成する頃には石集め係が全員分の良さげなハンマーを集め終わっているので、そしたら全員で躑躅の葉に隠れている黒い蟲を探しに行く。僕たちはその蟲を「躑躅蟲(ツツジムシ)」と呼んでいたが正式名称は今も知らない。多分僕らが見ていた芋蟲のような形は何かの幼生で、最終的には蝶や蛾に成長するのだろう。躑躅蟲は人差し指くらいの大きさがあるが、その色で草の影に潜んでいるためかなり注意して探さないと見つからない。生垣の表面の葉をウィンドチャイムのようにさーっと撫でるだけで蟲がついた葉の重みを感じられる猛者も一部いたが、僕は地道に地面近くの葉を裏返して探していた。

 躑躅蟲を10〜20匹くらい集めたら最初に作った地面のすり鉢に入れてハンマーですり潰す。グチャっという気持ち悪く気持ちの良い感触は今でも覚えている。男子のテンションが最高潮に達する瞬間だ。あの感触が気持ち良いものだったのか、それとも生物を殺すという非日常的な体験に快感を覚えていたのかはわからないが、確実に小学生の頃の僕も周りと同じくその体験の虜になっていた。

 当たり前だが蟲を潰せば赤い汁が出る。この躑躅遊びは蟲を殺すことが目的なのではなく、その集めた赤い汁を画材に明るい色の石畳や壁に“アート”を作成してようやくフィナーレとなるのだ。大抵ここは女子が本気を出すタームで、今思えば女子が躊躇無く指に蟲の体液を付けて絵を描いていたことが不思議で堪らないが、多分小学生の目には蟲の赤い体液は宝石のような美しいものとして映っていたのだろう。スマホに付着して嫌悪感を覚えたさっきの出来事を思い出してなんだか感慨深くなる。いつからそれが汚いものとして認識するようになってしまったのだろうか。


 そんなことを思いながらふらふらと歩いて秘密基地その1へ向かうと、驚くべきことに地面には直径20センチほどのすり鉢があった。当時自分たちがどのようにしてその遊びをインプットしたのかはわからないが、この遊びは何らかの方法で世代を超えて残り続けているらしい。すり鉢が作られてから数日、あるいはもっと経っているのか中には死骸や体液は残っていなかった。しかし思い出の曖昧でモザイクのかかっていた部分を補完するには十分だった。この秘密基地で、この公園で過ごした眩しい日々が甦り嬉しくなった。

 辺りの生垣には昔と変わらず赤い躑躅が咲いている。さすがに手を突っ込んで蟲を探すようなことはしなかったが、地面近くの暗い場所にはきっとあの黒い蟲が隠れているのだと道を出来る限りゆっくり歩きながら生垣を眺めた。


 この公園には小さい神社のようなものがある。参拝したことは無いのだが鳥居があるから多分神社だと思う。だいぶ昔からあるのか鳥居は傷だらけで朱色はだいぶ褪せていた。しかしよく見ると鳥居の右側の足、下部1メートルくらいに共布(ともぎれ)で繕われたように鮮やかな赤が広く塗られていることに気がついた。いつの誰のものかはわからない。だがこれは子供の“アート”だとすぐにわかった。鳥居の朱に赤い絵の具を塗り付けることについての善悪は置いておいて、この地域の小さな文化が残っていることに非常に感動した。


 他にもこのアートが無いかと数本ある鳥居の足をウロウロ観察していると、突然、木々と風のさざめきが大きく蘇ってきた。スマホの充電が切れて同時にペアリングしていたイヤホンのノイズキャンセリングも解けたようだった。それは今回の冒険のわかりやすいタイムアップ通知だった。

爽やかなホラーストーリーとして書きました。

初めての投稿で読みにくい文章だったかと思いますが最後までお読み頂きありがとうございました。

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