第8話 「名前」
あれからすぐに次の授業の予鈴が鳴り、ひとまず解散した。
結局、その日は挨拶だけで終わり、日付は変わった。
体育の授業、2人組のストレッチ時間。
「女友達、か……」
昨日の状況をふと思い出す。
「どしたんナオ」
「いやー、まだ実感わかないなあと……」
「あー、逢坂さんの話か。ま、お前があの裏人気女子と面識があったってだけで普通に驚きだったがな」
「いやぁ、俺はすっかり忘れてたけど」
お互いにストレッチを行いながらそんな会話をする。
和希には、一昨日からの2日間のことを話した。
友達という形になった結果、隠すことじゃなくなったし、むしろ和希には知ってもらった方が彼女にとってもメリットとなると感じた。
「まあでも、協力するって言ったし、どうにかして逢坂さんには友達つくって欲しいとは思う。それも同性のさ」
「同性っつったって、お前俺の他に仲のいい友達いねえじゃん、特に女子とはほとんど話さないしさ」
自分では理解してるが、やっぱり和希に言われるとなんか腹立つ。
「言われなくてもわかってるし。だから和希に話したんだろうが」
和希はクラスでも人気あるし、男女問わず誰とでも楽しそうに話しているのをずっと見てきた。
ちょっと羨ましいとも思ったが、同じことをしろって言われても絶対できない。
逢坂さんには、隔てりなく誰とでもコミュニケーションがとれる和希の方が適している。
「期待してるとこ悪いが、俺も特別仲のいい友達はお前だけだよ」
そう。ずっと見てきた俺にはわかる。
和希は確かに誰とでも適度に仲良くできるコミュニケーション能力がある。
しかし、それはあくまでも相手の会話に的確に合わせているだけ。
傍から見ればただ仲のいい友達に見える会話も、和希にとってはただ最善の回答を出し続けているだけ。
自分の意思はほとんど表に出さない。
わかっている。だからこそ……。
「別に和希の友達を紹介してくれとは思ってないって。ただ、そのコミュ力を逢坂さんに教えてやって欲しいんだよ」
俺の要望を聞き、和希は少し困った顔をする。
「教えるって言ってもな……そもそも、お前以外の人とは話さないんだろ?じゃあお前がやるしかないんじゃね?」
「だから、そんな状態をなんとかする方法を考えてるんだって」
俺だって彼女とまともに会話してまだ2日しか経ってないし、俺の前でもがちがちに緊張してる。
予め考えておいたことをカードに書いておかないと、その場でアクションを起こせない状態だ。
治すには、和希のコミュ力が必要だろう。
「とりあえず、俺以外の人と……出来れば同性と会話するところから始めるのがいいと思う」
「なるほどね……それなら、まずは実際にそういう環境をつくらないとな」
誰かと会話する状況を強制的に生み出すのが手っ取り早いってことか。
「具体的にはどうすんの?」
「デートだ」
和希の出した解答に、俺は呆然とした。
「は?デートって……え?」
何がどうなってそうなった?
あの会話からどうしてデートなんて発想に至ったのか、俺には理解できなかった。
「まあ落ち着け。デートするのはナオと逢坂さん、そして俺ともう1人の女ってことだ」
「それは……ダブルデートってことか?」
「ああ、そこで逢坂さんと、俺が連れてくる予定の女の子と二人になる状況をつくるんだ」
まだ少し理解が追いついていないが、和希の思惑はなんとなくわかった。
「なるほど、確かにいい考えかも。でも、もう1人の女子に宛はあるのか?」
「とびっきりの女がいるぜ」
堂々とそんなことを言う和希に、俺は訝しげな視線を送る。
「うわ、和希が相当なプレイボーイに見えるわ」
「人聞きの悪い……俺は結構一途なんだぜ?」
「へー、じゃあ和希の彼女とか?」
ずっと一緒にいるが、そんな素振りは見たことがない。
和希に彼女なんていたのか?
「いんや、彼女じゃねえけども」
「……やっぱりお前、ヤリ……」
「待て待て!それ以上は言うなって!」
「じゃあなんだよ」
「妹だよ。俺の妹を連れてくるから」
焦燥に駆られた顔で弁解する。
和希の妹っていうと、確か中3か。歳も近いし、相手としては最適だ。
てか、妹をとびっきりの女って言うとか……ちょっと引くわ。
「なら最初からそう言えばいいじゃねえか」
「ちょっとしたジョークだっての。俺に彼女いないの知ってるだろうが」
和希の冗談の基準が未だに測れない。
彼女がいないのはなんとなくわかっていたが、和希は女子からの人気もすごいからな。
高校に入ってから告白も何度か受けたって言ってたし。
条件的には真に受けてもおかしくない。
「はいはいわかったよシスコン」
「シスコン言うな。んじゃまあとりあえず日程とかは出来れば逢坂さんに決めてもらいたい。逢坂さんの方にはナオから言っといてくれ」
「あ、ああ。わかった」
しかし、デートか……別に付き合ってる訳でもないのに。
まあ、せっかく和希が協力してくれるんだし、ここは話に乗るしかないか。
──────
時は過ぎ、放課後の空き教室。
俺は逢坂を呼び出し、デートのことを説明した。
「────という訳で、日程とか場所は逢坂さんに決めて欲しいんだけど」
「あ、えっと、その……あ、明日、決めても、いいですか……」
ああ、そうか。その場で決めれないんだったっけか。
「あ、ああ。わかった。んじゃ、明日までに色々決めといてくれ。話はそれだけだ、またね逢坂さん」
俺は教室を出ようとした。
その時。
「ま、待って、くださいっ」
……うん、なんかわかってた。
もうこの呼び止めは何度目だ。
俺が教室を出ようとする前に要件を言って欲しいものだ。
「ん、今度はどうした?」
「えっと……選んで、くださいっ」
彼女はまた3枚の選択肢カードを出した。
まあ、これもなんか察しがついてたわ。
「あーはいはい、選べばいいのね……」
今度はどんな選択肢なんだろうか。
俺は今日も真ん中のカード1枚引いた。
───下の名前で呼び合う───
ほうほう、これはなかなか。
うーん…………ん?はい?
「こ、これって……え、まじで?」
「……だ、だめ、ですか……?」
彼女は赤面しながらもじもじしている。
おいおい。いくらなんでも積極的すぎない?
選択肢カードを経由した逢坂さんはなんか別人みたいだ。
というか、下の名前か……。
和希と姉ちゃん以外で、今まで下の名前で呼ぶことも、呼ばれることもなかったからなぁ。
まあ、断る理由はない。
「じゃ、じゃあ……み、雅……これでいい、か?」
女の子を名前で呼ぶのって、結構恥ずかしいもんだな。
「は、はい……えっと……な、直之、くん……」
俺は鳥肌が立った。
気恥しさはある。が、なんだこれ……名前で呼ばれるって、なんかすげえ!!
「……ま、また明日っ」
恥ずかしさでどうにかなりそうだったのか、顔を真っ赤にしながら雅は逃げるように教室を出ていった。
自分で考えた癖に、本人の方が恥ずかしがってどうすんだよ。
とも思ったが、今回は俺もドキドキした。
異性との名前呼びには相当な精神力が必要だと痛感した。