第4話 「選択」
思い出した。
そうだ。確かにあの時の面影がある。
「まさか、逢坂さんが……あの時の子だったなんて」
衝撃的な出会いではなかったが、今まで忘れていたのが嘘みたいだ。
こんな可愛い子を忘れていたなんて。
「……あの時、橋田くんが助けてくれたから……だから、お礼が、したくて……」
「助けたって……大袈裟だろ」
あれは助けたことになるのだろうか。
ただ、自分で行動できなさそうだったから、オブラートな感じで催促しただけのつもりだったが。
「い、いえ……そんなこと、ないですっ」
参ったな。
どうしたものか。
俺がすっかり忘れていたことを、今まで彼女はずっと思いをひきずってきたってことだし。
なんかこのままお礼をされるのも申し訳ない気が。
……てか、告白かと思ってここに来た俺が恥ずかしい。
ただの勘違い妄想野郎じゃねえか。
「……やっぱりお礼とかいいよ。ずっと忘れてたし。逢坂さんも、だいぶ喋れるようになったみたいだから、もうあの時のことは忘れちゃってよ」
別にいい思い出って訳でもないし、あがり症も少しは治ってるみたいだから、もう俺がしゃしゃり出ることはない。
いつまでも引きづって欲しくないてのもあるけど、やっぱり俺が恥ずかしくて死にそうだから。
こんな子が俺に告白なんか……ありえないだろ。
まじで俺の馬鹿、キモすぎ。ただのモブの癖にっ!
俺は逃げるように教室を出ようとした。
が、扉に手が届かない。
「……ま、待ってくださいっ」
「な……っ!?」
逢坂が俺の制服の裾を掴んでいた。
いつの間にっ。
俺は驚いて、力を抜いてしまった。
しかし、彼女が裾を引っ張る力は変わらなかったため、彼女の方に倒れ込んだ。
「うわっ!?」
反射で閉じていた目を開けると、そこには衝撃の景色が広がっていた。
俺が逢坂を押し倒す形で倒れていたのだ。
まじかよ……。
こんなギャルゲみたいなイベント、まじで起こるのかよ。
やべぇ、めっちゃ顔近い。それに、なんかいい匂いがする。
すげぇ。これ、夢じゃないよな?
いや、そんなこと考えてる場合じゃない。
「わ、悪い!」
我に返った俺はすぐに彼女の上から退いた。
彼女は顔をリンゴのように赤くしていた。
まじで何やってんだよ俺はっ!!最低じゃねえか!
「ご、ごめん。逢坂さん、大丈夫?」
「………」
また喋れなくなってしまったみたいだ。
しかし、目立った外傷はなさそうだし、多分大丈夫だろう。
それより俺は早くこの場を退散したい。
「えっと、まじでごめん。でも、逢坂さんはもう治ってるみたいだし、逢坂さんと関わることないだろうから、ほんとに忘れてほしい」
俺がそう言うと、逢坂はゆっくりと立ち上がった。
怪我はなさそうで良かった。
「……治ってなんか、ない、です……」
「え……?」
「確かに……前みたいに、全然動けなくなることは、なくなったけど……まだ、顔を合わせると緊張して、話せなくなるんです……」
さっきもそんなことを言っていた。
まだ治ってないのか。
「で、でも、今俺と話せてるじゃんか。それに、ちゃんと自分から動けるようになったんだろ?」
彼女は首を横に振る。
……あれ?
「……逃げるのが、上手くなっただけ、です……橋田くんと、会った時から、なにも、変わってません……」
そうなのか……小6になってから彼女の悪い噂を聞かなくなったのは、逃げていたからなのか。
「橋田くん、には……お礼、しなきゃと思って……」
今、俺と話しているのも、相当辛いのだろう。
よく見たら、足が震えている。
こんなにまでなって、俺にお礼をするために手紙を送り、ここに呼び出したのか。
なんて……律儀なんだ。
こんな覚悟を無下にする訳にはいかないか。
「そっか……。まあ、それですっきりしてくれるんなら。それで?お礼って言っても、何をするんだ?」
できればちゃっちゃと済ませてここから立ち去りたいところだ。
俺の精神が持たない。
「あ、あの……この中から、一つ選んで、くださいっ」
逢坂は持っていた3枚のトランプを俺に突き出した。
「えっと、これってどういう……?」
なんか小学生の時と立場逆転したようにしか見えない。
俺になんかさせようっていうのか?
「は、橋田くんが選んだカードに、書いてあることを、私が、やります……」
ああ、そういう事か。
なるほど………え、何だそれっ!?
「いやいや、え、どういうこと?」
「わ、私、人前に立つと、頭の中が、真っ白になって……だから、予め、自分で書いたことを、誰かに選んで貰えたらなっ、て……」
そういうことか。
前もって行動を決めておけば、その場で考えなくてもいい。
予め何か書いておいたんだろう。
そこは俺の受け売りなのかな?
「そ、それじゃあ一枚、引かせてもらいます」
「ど、どう、ぞ……」
俺はトランプにゆっくりと手をかける。
その時、急に空気が重くなるのを感じた。
そういえば、このトランプにはお礼の内容が書かれてるってことだよな?
も、もしかしたらこの3枚の中に、むふふなお礼が混ざっていたり?
いやいや、馬鹿か俺は!
さっき思い知って死にたくなったばかりだろ。
考えるな。無だ。無になるんだ。
3択だぞ。
人の行動には無限の選択肢があると言うが、この場ではたったの3択だ。
考える余地なんてない。
いや、しかし……。
気になってしまう。考えずに選ぶなんて到底無理な話だった。
なんだよこの緊張感は。
この空気に耐えられず、俺は1度手を引っ込めてしまった。
「な、なあ。最初にカードの内容見るのって、だめ?」
やっぱりなんの情報もないままだと緊張でとうにかなりそうだ。
逢坂、あの時よく俺のトランプを引けたな。
実は結構肝が座ってんじゃねえのか!?
俺の提案に、逢坂は首を縦に振って、カードの内容を見せてくれた。
見せてくれるんだ……。
1つ目は───クッキーを作って食べてもらう。
なるほど、これは結構無難な内容だな。女の子の手作りクッキー……ちょっといいかも。
2つ目は───謝礼金を払う。
おいおい。クッキーとの差!極端すぎるだろ。これだけは絶対引きたくないな。いや、引いてはいけない。
女の子からお金を貰うとか、男として、人として終わってる。
そして3つ目は……っと。
3枚目の内容を読む。
そして、俺は驚愕の表情を浮かべた。
───な、ななななななんだ、これはっ!??
そこに書かれていたのは、
「な、なあ逢坂さん……この、『橋田くんの言うことを何でも聞く』ってのは……?」
そう質問すると、逢坂は顔を真っ赤にして、それをトランプで隠そうとした。
うわ、なにそれなんか可愛い。
いや、そうじゃないだろ!
何でも聞くって……もしかして、俺が妄想していた、むふふなこともっ!??
「───じゃあ逢坂。早速俺のアレをアレしてくれるか?」
逢坂は顔を真っ赤に染め上げ、恥じらいながらも、俺のアレをアレする─────。
って、何考えてんだ俺はぁぁああ!!
不覚にも想像してしまった。
俺は逢坂にとんでもない命令を出す光景を。
最低だ、俺は……。
これは絶対に引いてはいけない。
もし、理性を保てなくなって、口を滑らしたらとんでもないことになってしまう。
となると、これは実質一択だ。
と、俺が一つに絞った時には、逢坂はカードを元の状態に戻してしまっていた。
「え、なんで戻しちゃうの!?俺はクッキーが良かったのに!」
「……え、選んで、くださいっ」
えぇ……。
見せるだけ見せて、後は運ってか?
やべぇ、よそ見してたから、どれがクッキーかわからなくなっちまった。
どうする?どれを選ぶ?
くそっ、見る前より緊張してるじゃねえか。
カードに近づける俺の手には汗が滲み、おまけにぶるぶると震えていた。
無限の選択肢が3択になり、3択だったのが、更に一択となってしまった。
ここからはもう運任せだ。
悩んでたって正解は引けない。
───覚悟を、決めるしかない。
ええい!もうどうとでもなれ!!
俺は真ん中のカードに指をかけ、一気に引いた。
そして、引いたカードを恐る恐る覗き込む。
「……なっ、これは……っ!」
投稿初日でブックマークつけてくださった方、本当に嬉しいです!ありがとうございます!自分、文章下手くそなので、不可解な点があればいつでも指摘してください。