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第3話 「逢坂雅との記憶」



あれは確か、小学4年生ぐらいの頃だったか。



ちょうど、和希と出会う前の事だ。


俺のクラスに、1人の転校生がやってきた。


「えー、今日は転校生を紹介します。入ってきて」

担任教師が教室に入るよう促した。


入ってきた少女を教卓の隣に立たせる。


「じゃあ自己紹介してくれる?」


「…………」


教師の指示に従い、彼女は自己紹介を始める。


が、弱々しすぎる声でまったく聞こえなかった。


かなり緊張している様子で、クラスはざわつき始めた。


「あー、じゃあ先生が代わりに言うから。逢坂雅さんです。みんな仲良くしてあげてください」


結局、教師が黒板に名前を書き、簡単に話してから逢坂を席につかせた。


まあ最初は緊張するものだし、誰だって急に人前で話せって言われてできるものじゃない。


俺は軽く聞き流していた。


クラスに転校生が来た時の行動は単純だ。


クラスの女子を筆頭に転校生に対しての質問攻め。


「ねえ、逢坂さんってどこから来たの?」


「すごい可愛い!もしかして子役とかやってる!?」


「なんで自己紹介の時あんな声小さかったの?」


一方的に迫るクラスの女子生徒達。


戸惑うのは当然だろうが、この時の逢坂は少し変だった。


普通はいくらか返事を返すところだろうが、彼女はずっと俯いたまま、一行に口を開こうとしなかった。


質問を完全に無視してるようにも見えた。


そんな塩対応をされれば、好奇心旺盛で新しいものに目がない女子達もだんだん嫌気が差し、少しずつ彼女の周りからいなくなっていった。


耳が聞こえない訳でもないのに、何も聞いてないような反応をする彼女は、転校早々クラスで腫れ物のような扱いをされるようになってしまった。


そして、転校から1週間が過ぎた頃、週に1度行われる、校内の大掃除の時間がやってきた。


最初に自分達の教室を掃除するのだが、生徒達がそれぞれの役割の下で掃除をしている中、逢坂は教室の角で佇んでいた。


「おい見ろよ。逢坂のやつ、何もやってないぜ」


「ほんとだ。みんな頑張ってるのに……」


「まじで邪魔だよなぁ」


「あー、掃除だりぃー。代わってくんねえかなー」


生徒達は、逢坂に聞こえるようにそんな会話をする。


それでも彼女は、教室の角で縮こまることを止めなかった。


体は少し震えているように見えた。


どうして何もしないのだろう。


聞こえてるはずなのに、言われるがままで何も反応しない。


軽い気持ちで見ていた彼女がだんだん気になっていく。


他の生徒達と違い、俺には何もしない彼女に対する憤りは感じなかった。


逆に、どうして転校してから何も喋らないのか。その理由を考えていた。


緊張しているのか。それにしては度が過ぎる。


自分から行動できない?


これは、いわゆるコミュニケーション障害と言うやつなのだろうか。あがり症だっりとか、社会不安障害なんかともいうけど、人の前に立つと、ついさっきまで考えていたことが頭から抜けてしまう。普段とれるはずの行動ができなくなってしまう。


まあ自己紹介の時は、一応喋ってはいたし、やれって言われたことには動くことができるっぽい。


極度のコミュ障と仮定して、自己判断で行動することが苦手なんだとすると合点がいく。


……が、本当にそんなことあるのか?


俺の考えすぎか。


手を止めて真剣に考えていると、クラスの男子生徒から声がかかる。


「おい橋田、何ぼけっとしてんの?」


「あ、ああ悪い。ちょっとな」


「そっか。てかさ橋田、今日はアレ持ってきたか?」


アレという言葉を聞いて、俺はすぐに理解した。


「ああ、一応持ってきたぞ」


俺は自身の机の引き出しから、トランプの入ったケースを出した。


中身を取り出すと、片面は何も書かれてない真っ白なトランプが出てきた。


「おお!これだよこれ!これで罰ゲームトランプ作ろうぜ!」


罰ゲームトランプ───自分達で考えた罰ゲームの内容をトランプに書き込んで、それを引いたら罰ゲームを執行して遊ぶもの。


どうせ子供の考える罰ゲームだ。


パンツ一丁になるとか、嘘の告白をするとかそんなくだらないことだろうけど。


俺は自分の手に持つ片面白紙のトランプと逢坂を交互に見て、1つの考えに至った。


「そうだ。……試してみるか」


俺は机にトランプを広げ、マジックペンで何かを書き出す。


「ちょっと男子!まだ大掃除終わってないんだけど。逢坂さんだって掃除してくれないし……」


それを見ていた女子生徒の1人が怒鳴ってくる。


ついでにまた逢坂の嫌味を言っていた。


「それは俺らが掃除しろって言わないからじゃねえの?」


「はあ?そんなの自分でわかるでしょ。なのに何もしないんだよ?」


「ちょっと自分から動くのが苦手なだけかもしれねーぞ?」


俺がそう言い返すと、女子生徒は疑問符を浮かべた。


俺は3枚のトランプに文字を書いて、佇む逢坂の元に向かった。


「なあ逢坂」


「……」


やはり反応はない。


俺は持っていた3枚のトランプを逢坂に見せる。


「こんなかから一つ選べ。何も言わなくていいから。選んだら、書いてある指示に絶対従えよ」


ババ抜き感覚で、俺は3枚のトランプのうちの一枚を引くように言った。


彼女は少しだけ反応し、視線を上げた。


「ほら、早く引けって」


俺は更にトランプを逢坂に近づける。


そして彼女は、ゆっくりとトランプに手をかけ1枚を引いた。


彼女が引いたトランプに書いた内容は、『クリーナーを使って窓を拭く』だった。


「指示は絶対だからな。ちゃんと窓拭けよ」


ただ言うだけじゃだめだ。


そう思った俺は、トランプというツールを使い、自分の選んだ行動をさせようとしたのだ。


そして彼女は、固く閉じていた口をついに開いた。


「……でも、道具が……」


クリーナーも雑巾も、全部他の生徒が使っていた。


その中に、掃除だりぃーとか言っていた生徒もいる。


「そんなもん、借りればいいだけじゃん」


と、言ったが、彼女はそれが出来ないのだと気づいた。


それに、さっきから嫌味ばかり言っていた連中がいるから尚更だろう。


俺は窓拭きをする1人の男子生徒に声をかけた。


「おい、ちょっと逢坂に窓拭き掃除代わってやってくれよ」


「は?何言ってんの。これは俺の仕事だっつーの。なんであんな奴に」


「お前さっき掃除だりぃーって言ってたじゃんか。じゃあ代わったっていいよな?」


「そ、それは……」


結局、この男子生徒は逢坂に嫌味が言いたかっただけ。


まったく反応しない逢坂が面白くなかったからというくだらない理由だろう。


「それにお前、全然窓がキレイになってねえぞ、この下手くそ」


その雑な仕事ぶりを見ていた他の生徒も俺に便乗した。


「そうよ。さっきから見てたけどすっごい雑だった!」


「やっぱお前に窓拭きは似合わねえわ。ゴミ捨てでもしとけって。はは!」


「そうね!じゃあゴミ捨てて来て」


男子生徒は決まりの悪い顔をしながら、窓の側を離れた。


「わ、わーったよ!ゴミ捨てくりゃいいんだろ!うるせえな……」


そんな悪態を吐きながら、男子生徒はゴミ箱をもって教室を出ていった。


窓は無人となり、掃除用具は散乱していた。


ぽかんと見ていた逢坂に、俺はクリーナーと雑巾を渡した。


「ほれ、早く窓拭きやってくれよ?お前が選んだんだからな」


恐る恐る、掃除用具を両手で受け取り、逢坂は窓拭きを始めた。


ゆっくりとした動きだが、雑に拭いて更に見栄えが悪かった窓がみるみる綺麗になっていく。


「へえ、やればできるじゃんか」


黙々と窓を拭き続ける逢坂を見て、俺は自然と笑みが零れた。


「ホントだ!逢坂さん窓拭き上手い!」


「すごいじゃん!これからは逢坂さんが窓拭き担当だね!」


そんな賛辞が他の生徒達からも聞こえてくる。


こころなしか、逢坂も少し嬉しそうだった。


どうやら、俺の予想は当たっていたみたいだ。


きっかけさえあれば、ちゃんと行動できる。


ちょっと、いや……かなり、コミュ障なだけだ。



これから少しずつ治していけばいいだろう。


他人事ながらそう思った。



それから俺は、時々逢坂にトランプを引かせるようになった。


掃除の時はもちろん、昼食の時はどこのグループで食べるかトランプで選ばせたりもした。


そんなことを繰り返しているうちに、次第に彼女の周りには何人かの女子生徒が集まるようになった。


口数が少ないし、声が小さいことには変わりなかったが、それでも最初よりは話せるようになっていた。


俺がトランプを使うこともなくなり、そして6年せいになって、逢坂とはクラスが離れた。


それから逢坂とは会う機会がなかったが、彼女の悪い噂は聞かなかったので、しっかりやっていけているのだろうと安心した。


6年になって、和希と出会い、一緒に遊ぶようになってからは、逢坂のことはすっかり忘れていた。



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