第2話 「差出人は」
午後の日程を全て終え、ついに放課後になった。
結局、ラブレターのことで授業の内容なんてまったく入ってこなかった。
そりゃ意識するだろ。このクラスに……このクラスでなくとも、この学校にいる誰かが俺にラブレターを送ってきたんだ。
いや、まさか、ラブレターじゃなかったり?
俺の早とちりなんてこともあるかもしれない。
よく考えてみれば、俺にラブレターなんか送ってくる子がいるとは思えない。
誰かの悪戯か?
はたまた罰ゲームとか。
そういう対象になるようなことをした覚えはないが。
「ああもう、どうする……」
他の生徒達が下校したり、部活に行ったりしている中、俺は机に向かったまま、頭を抱えていた。
「どうしたんナオ。頭でも痛いのか?」
そんな俺を和希が心配そうな顔をしながら声をかけてきた。
「あ、ああいや、何でもない」
いくら和希でも、ラブレターのことはちょっと言いたくないな。
どうせからかわれるし。
「───実は俺、ラブレター貰ったんだ!」
「は?お前、冗談キツイぜ。昼休みにあんな話したから妄想のしすぎで幻覚見えてんじゃねえの?」
そうやって鼻で笑う和希が目に浮かぶ。
「何でもねえんならいいけどよ。あ、そういえば今日部活ねえからさ。久しぶりにカラオケとか行かね?歌いたいアニソンあんだよ」
「あー、いや、今日はちょっと用事あって……」
ベタベタな言い訳をする俺を、和希はジト目で見てくる。
「ほーう、お前が用事、ねぇ……」
「な、なんだよ。誰だって用事ぐらいあるだろ」
「ふーん……ま、何かは聞かないでおいてやるよ。せいぜいその用事とやらを頑張りな」
和希はなんだか悪戯な笑みを浮かべ、手を振りながら教室を出ていった。
なんかちょっと勘づかれた気もするが、邪魔者はいなくなった。
とにかく、このまま手紙を無視して帰るという選択肢は俺にはなかった。
行ってみるしか、ないよな。
吉と出るか凶と出るか、あまり悪い結果にならないことを願いながら、俺は鞄を持って教室を出た。
校舎2階の空き教室の扉の前で俺は立ち止まった。
ここは普段、特別補講や追試の際にしか使われず、たまにカップルが休み時間に利用してるなんて話も聞いたことがある。
一体何をしているかは想像に固くない。
俺もこの教室に入るのは初めてで、少し緊張する。
いや、緊張の理由は教室のことじゃないな。
さて、覚悟を決めて行きますか。
俺は意を決し、扉に手をかけゆっくりと開ける。
「さあ!来るなら来い!」
扉を全て開けた瞬間、俺は気が動転し、そう叫びながら一気に教室に入った。
恐怖と緊張で閉じていた瞼を徐々に開けていく。
そこに広がるのは───机だけが並ぶ空っぽの教室だった。
俺は溜息をつき、そして小さく笑った。
「はぁ……まあ、悪戯だわな。……帰ろ」
緊張が解け、軽くなった足取りで、俺は再び教室の扉を開けようとする。
と、その時だった。
「ま、待ってくだ……いだっ」
俺を呼び止める甲高い声と共に、何かがぶつかる音が、俺の入った扉の反対側にあった教卓から聞こえた。
「な、なんだっ!?」
俺は扉から手を離し、それが聞こえた方に視線を向ける。
すると、教卓の裏から、一人の少女がゆっくりと出てきた。
金髪に近い、薄い栗色の髪の少女は頭を痛そうに手で押さえていた。
この子、どこかで………。
てか、この子がもしかしてラブレターの……っ?
「えっと、君がこの手紙をくれたのか?」
ポケットの中から手紙を出して彼女に確認させるように見せた。
「は、はい……」
彼女はこくりと小さく頷いた。
まじか……っ。
本当にこの子が。
てか、めっちゃ可愛いなおい。
マジで夢でも見てるのか?
しかし、俺は彼女のことを知らない。
一体誰なんだ?
「な、なあ、君は誰なんだ?俺達、面識ないよな?」
「え、えっと……私は、2年の、逢坂雅って言います……」
たどたどしい口調で名乗る。
逢坂雅───どっかで聞いたことのある名前だ。
(───隠れ人気の子ならいけるかもよ)
(───隣のクラスの逢坂雅だよ)
和希がそんなことを言っていたのを思い出し、俺は目を丸くして驚いた。
「えっ、君が、逢坂雅、さん?」
「は、はい。そう、です……」
俺は驚いた。
隠れ人気とは言ったものだ。めちゃくちゃ可愛いじゃねえか。
しかも、まったく喋らないと噂の逢坂が、小さな声でだが、ちゃんと喋ってる!?
「あ、あれ?逢坂さんって、普段全然喋らないって噂があるんだけど」
俺がそう言うと、逢坂は顔を真っ赤に染め、それを手で覆う。
「そ、それは……わ、私、人前に立つと、緊張して、どうしたらいいかわからなくなって……」
その言葉を聞いて、今までそんな噂が立っていたのにも、さっき教卓に隠れていたのにも納得がいった。
「そうだったのか……でも、今話せてるじゃんか」
「ま、まだそんなに、近くない、から……でも、ずっと緊張して、ます……」
目から下を教卓に隠しながら逢坂はそう言った。
「そ、そっか。それじゃあ、何でこんな手紙俺に送ってきたんだ?」
彼女の性格上、悪戯や罰ゲームの線は消えたが、状況的に告白、とも思えない。
一体何のために俺をこんな空き教室に呼び出したんだ?
「わ、私……橋田くんに、ずっと、お礼が言いたくて……」
「え、お礼?」
お礼を言われるようなことをした覚えがないんだが。
そもそも初対面だろ。
こんな可愛い子と関わってたら、どんな些細なことでも覚えてるはずだ。
「覚えて、ません、よね……小学生の時のこと……」
「は?小学生!?」
また随分と遡ったな。
そんなん覚えてる訳ないだろ。
よっぽど衝撃的な出会いとかじゃないと。
「俺、逢坂さんに何かしたっけ?ごめん、やっぱり思い出せなくて」
俺が申し訳なさそうにそう言うと、逢坂は鞄の中から何かを取り出して、俺に見せてきた。
「それは……」
彼女が手に持つのは、文字の書かれた3枚のカードだった。
このカード……というより、この状況。見覚えがある。
───そうだっ!これはあの時のっ!!