お隣りさん
湖の前で、日が傾くまで僕は待ってみたが、楽しそうな家族連れや恋人達も帰ってしまい、『Swamp land』は急に寂しくなってしまったのだ。
「平民には、僕の忙しさがわからないんだ。折角、こうして来てやったのに……」
ポツンと取り残された夕暮れ時の景色は、美しいモノではなく、なんて心を哀しくさせるものかとこの時初めて知ったのだ。
何もかもがすっかり冷えてしまい、足取り重くティスディル達が控えている茂みに向かった。
「そのような顔をしてどうしたのだ?」
シェルビーがウットリ見詰めていたティスディルは、寝そべっていた姿勢から起き上がって僕に言った。
「別に……。寒くなったから帰るのだ」
僕はガッカリなんてしていないぞ。
夕日が何だか淋しかっただけなんだから。
「今日と約束した訳ではあるまい。それに、待つなど力の無い者のすることだ。違うと思うなら自ら行動するが良かろう」
「僕は、別に待ってなどいない」
意地を張った訳でもないのに、碧い瞳が乾いたせいで、潤んでしまって止まらなくなりそうで……それを耐える為に唇を噛んだんだ。
「どうして来ない……待っているのに……」
『十三才にもなった男で王子なのに、その意地らしい姿は何なのだ!』
シェルビーがため息をつき、ティスディルまでつい優しい言葉をかけてしまう始末。
「イライアス王子、また来てあの子を探しましょう」
「そうだぞ。こちらから行けば良いのだ」
「ん」
純粋培養された末王子の素直さに、大人二人はほだされてしまうのだった。
■
「マルロ、今日は隣りの工房に手伝いに行ってやりなさい」
「えっ、今日?」
「ああ、メトカーフ達は不器用だろう。それで、儲からなくて困っているとマルロも知っているだろう?」
「うん。それは前からずっとそうだし、時々は私も手伝っているよ? それが、何で今日なの?」
「今日だけじゃなく、暫くの間手伝ってやりなさい」
「えー、明日からでもいい? 今日はどうしても湖に行きたいの」
「マルロ、父さんと約束したね?」
確かに、ファニを家に置いてもらう為に言い付けは守るって約束したけど……。
「お願いお父さん。明日から手伝いに行くから、今日は好きにさせて?」
「駄目だ」
「パパァ」
「うーん……」
子供の時みたいに呼んでおねだりすると、大抵はきいてくれるんだよ。
「可愛いけど、駄目ったら駄目」
父さんは、指で耳を塞いでしまったまま出掛けちゃったわ。
「もー、狡いんだからあ!」
パタパタと二階から羽音がする。
「プニ」
「あ、ファニどうしたらいいかなあ」
「ブニー?」
「そうだよね、ファニだって困るよね。急にそんな事言われても……」
でも、約束は約束だから、仕方なくお隣りに行ったわ。
お隣りは『まほろば工房』と言って土から色々な物を作って売っているのよ。
「こんにちは、メトカーフさん」
「おうおう、良く来たねマルロ」
まほろば工房の主のメトカーフさんは、顎髭を撫で付けるのが癖なんだよ。
長い屋根の下には、ところ狭しと土で捏ねた器や瓶等が並べられているの。
きっと乾燥させているんだね。
「お手伝いに来ました」
「おうおうそうかい。いつもありがとうよ。それじゃあ、レジナを手伝ってくれるかね」
「うん、台所ね」
「そうじゃあ」
駆け出そうとしたら呼び止められて、滑りそうになっちゃったわ。
「その、デカイ帽子はどうしたんじゃ?」
「あのね、驚かないでね。帽子じゃなくて『緑の妖精』なの」
「プニ」
「おうおう可愛いなあ。海鳥の子供じゃな」
「可愛いでしょう? ファニとはお友達なの」
「おうおうそうかい。友達かい」
メトカーフさんは、勝手に納得して土釜の温度を見に行っちゃった。
「こんにちはレジナさん。お手伝いに来ました」
「あらや~だ、マルロちゃん来てくれたのね」
レジナさんは、メトカーフさんの奥さんで、他に親戚の子供のナップと三人でこの工房を続けているの。
「あらや~だ、随分と大きなお帽子を被っているのね。重たくないの?」
メトカーフさんと同じように紹介したけど、やっぱり小鳥さんにされちゃった。
「ブニー」
ファニは不機嫌そうだったけど、お外の広い敷地に遊びに出ちゃった。
今日は、普段手の届かないところを掃除したりしておしまい。
結局この日は、夕食をご馳走になってから帰ったんだ。
■
王宮では、王や王妃とは別の棟に王子達は暮らすんだ。
でも、僕のところはみな仲が良くて、僕のいる棟に集まっちゃうんだ。
「お帰りなさいませ。イライアス様」
「爺、僕は思っていたより嫌な奴かな?」
帰って一番賢い侍従長のハンクリーに尋ねてみた。
爺は、目尻にシワを寄せてこの上なく優しい顔をした。
「イライアス様程純粋な方を爺は知りませんよ。ですから、皆さまイライアス様が大好きなのでございますよ」
「本当は純粋じゃない僕でも好き?」
つい正直に言ってしまった。
そうしたら爺は、更に優しい眼差しをして答えてくれたんだ。
「失礼致しました。爺は、イライアス様のどこまでも素直なところが大好きでございます」
「ありがとう爺。僕も爺が大好き」
『そのあどけない笑顔に何人の者が、貴方様の為ならこの命……と思っている事か。ご存知ないでしょうな』
ハンクリーは、慈愛の満ちた目で僕をいつまでも見ていたぞ。
「可愛いイライアが帰って来たって聞いたわ」
「父様は心配したぞ」
母様と父様が腕を組んで中央の階段から降りてきた。
「お帰りイライア」
「結構、不良だなイライア」
エセルバート兄様とアーヴァイン兄様が右手の回廊から連れだって現れたようだ。
「何処に行っていたの? みんなを心配させて悪い子だ」
左側の控え室から出て来たのはルーシャン兄様だ。
そんなところで何をしていたのかな?
「まあ、身体が冷えているわ」
母様が僕を抱き締めて心配顔だ。
「大丈夫です。爺が温かい飲み物を用意してくれます」
「元気がないな」
僕の頬を突つくのはルーシャン兄様。
「よし、今夜は父様が楽しい話しを聴かせてやろう」
「父様、僕はもう十三です」
「「「父上……」」」
兄様達に呆れられて諦めてくれたみたい。
王族達の仲睦まじい様子を見届けてから、シェルビー達は下がっていった。
■
「マルロをまほろば工房に手伝いにやらせたから、お前達は『Swamp land』を見張ってくれ」
「レオ様、それ私情」
「うるさい! それなら、何処の誰かわかったのか?」
「「……」」
「我々は、この国の治安を任されているんだぞ。それなのに何処の誰とも知れない者が侵入している等有ってはならない事だ」
「物は言いようだな」
「でも、俺はマルロちゃんが心配ですよ」
「まあな。あんなに可愛いんじゃな」
「お前達! 娘はやらんぞ」
ハンドラ達の友好的な気持ちを計れないレイツだった。