睫毛が触れた
「いやだと?」
恥ずかしくて距離を取りたかっただけなのに、少年は私に拒絶されたと勘違いしている。
私が顔を手で隠してしまっているから、何度も質問してきて……。
「僕は、嫌われたのか?」
小さな呟きのような質問。
「違うの……」
私は誤解を解きたいけれど、少年はすぐに距離を詰めてくるから、恥ずかしくてなかなか手を外す事が出来なくて困ったわ。
「それなら、何故こちらを見ないのだ?」
「それは……だからあ……」
ああもう! どうすればいいのかわかんないよぉ。
「僕は、嫌われたんだな?」
「ち、違うから……」
何回も否定しているのに、信じてくれない。
パタパタ。
この羽音はファニかな?
「丸い物が実を運んで持って来たぞ。どうするんだ?」
少年が教えてくれたから、やっと顔を上げられたの。
でも……。
こちらを哀しそうに見詰める碧眼に捉えられてしまって……。
「何をされているのですか? 探しましたよ」
ドキーン。
ドキドキ。
お連れの声でお互いに驚いて、胸に手を当てたの。
「驚いたではないか!」
「どうしてですか?」
お二人が問答している間に、やっと解放されて、私はファニから北光を受け取る事が出来たの。
「やや! あれは遺跡から出た魔物ではないですか」
「よせ!」
「プニー?」
「えっ、騎士様どうかしたんですか?」
「あ、いや、それはその……。ところでその魔物はお前のか?」
「えっ? 魔物じゃありません。緑の妖精です。ねぇ~」
誤解されて斬られたら大変! ファニに頬を寄せて無害を証明しておかないと。
ちょっとわざとらしく笑ってみせたの。
「緑の妖精とな?」
「はい。いつの間にか私の部屋に紛れ込んでいたんですよー」
「そうなのか」
騎士様は、どうするのかと少年に伺いをたてているみたいだわ。
「害はなさそうだ。それに見ていてとても好ましい」
「!」
少年の言葉に騎士様は、クワッと口を開けて変な顔をしていたわ。
「帰るぞ」
少年は、勝手にファニを友達にしてしまった私を許してくれたようで、さっきだって世間知らずなだけで、手伝ってくれようとしたんだと思ったら、少年の事がとても知りたくなったの。
「あ、待って! 名前は? あ、私はマルロって言うの。この妖精はファニだよ」
恥ずかしくてぎこちない動きになっちゃった。
「あの、名前を教えてくれる?」
近づいたら、少し下がられて……。
確かに、避けられてたら哀しい気持ちになるなと思ったの。
「イライアだ。訊いてどうするのだ?」
ふわふわなファーに口を埋めながら、ぶっきらぼうに答えられて、少し胸が傷んだけど今度は私の番なんだと勇気を出したわ。
「イライア様?」
「様はいらない」
「じゃあ、イライア。次に会ったら、ジャムを分けてあげるね」
「もう来ないかもしれない」
ツキーン。
「そう……」
それだけ言うのがやっとだったわ。
でも……。
「どうしても渡したいというなら来てやらなくもない」
「ブーッ」
突然ハデに吹き出したお連れの騎士様は、笑いながら何処かに駆けていってしまったの。
「ううっ」
少年は、面白くなさそうに唸っていたの。
「うん渡したい。だってこの北光の実の美味しさを知ってもらいたいんだもの」
やっぱり私なんかが作った物なんて食べないのかな? 少年がガッカリしたように見えたの。
「渡すだけならシェルビーを寄越す」
ツンとしている。
やっぱり要らないよね。
でも、渡すだけって言ったから、もしかしてお友達にはなってくれるのかもしれない。
「あの、あのね。私、イライアとお友達になりたいの。だめ?」
すっごく勇気を出したわ。
そうしたら……。
「お友達……お友達……お友達!」
って呟いていてね、それから深呼吸して返事をしてくれたの。
「そんなに言うならなってやってもいいぞ」
あれあれ? いつの間にかまた距離が近くなっていて、スススーッと顔を近づけられていたんだよ!
でもそれも、お互いの睫毛が触れて気づいたの。
「おのれ! 魔法でも使ったな」
何か怒っていたみたいだけど、私はそれどころじゃなくて、身体の力が抜けて座り込んでしまったわ。
それを湖から見ていた者が居た事も知らずに。