遺跡
「こんな埃っぽくて暗くてカビ臭い所を好まれるなんて、やっぱりイライアス様も男の子なのですね」
「うん。ほら、シェルビーお願い」
「うっ」
この間より酷い揺れだったから、思わず紋章を落としちゃった。
王子たる者、多少の事で心を乱すなどあってはならない。
そう教えを守って僕は我慢して何度か繰り返した。
「シェ、シェルビビビビ。一度でいいから腕の揺れを止めてよ。そうじゃないと、お祖母様からもらった紋章が上手く填まらないよ」
「イライアス様すみません。もう限界なのです」
フラフラと座り込みそして丸くなってしまった。
「!!」
たったこれだけの事に何日も足止めされて、そして後はこの紋章を合わせてみるだけなのに。
「うー~っ!!」
ガシュ、ガツガツ。
癇癪を起こして、何度も足で瓦礫の欠片を踏み潰す僕。
すると、ボコリと床に穴が空きそこからニュルリと耳の付いた丸い物が出てきて、思わず「ヒャア」と声が漏れちやった(恥)。
落ち込んでいる筈のシェルビーは、僕の声に素早く反応して背に庇い剣を抜いたんだ。
「何やつ」
ふよふよ浮いていた丸い生き物は「プニ」っと鳴いて逃げ去ってしまった。
「お怪我はありませんか?」
「ない。それより、誰に頼まれたの? アーヴァイン兄様? まさか、エセルバート兄様じゃないよね?」
「あちゃぁ、バレてしまいましたか。白状しますから、どうかお許し下さいイライアス様」
「うむ」
「第二王子のルーシャン様です。イライアス様に遺跡を触らせないようにしろと命令を受けました」
僕の怒りの衝動は、更に高まった気がする。
「シェルビー」
壁画の前で僕が万歳の形を取ると、諦めたようにシッカリと高く上げてくれた。
それで、やっと紋章を嵌め込む事が出来たけど、うーん、なんだかモヤモヤする。
帰ったら、ルーシャン兄様に抗議するんだからと破壊衝動を抱え続けた。
あぁ、だけど……ルーシャン兄様の言う事は……正しかったのかもしれない。
本物かと見紛う程の聖霊と魔人が、気高く神々しく描かれた壁画は、ドーンと中から叩いたように弾けて、土埃をさせながら跡形も無く崩れてしまったんだ。
困ったぞ。
僕もシェルビーも、大変な事を起したと後悔する中、壊れた壁画の前には、抜け出た不思議な獣のような四つ足が姿を現していた。
それは、動かずにこちらを凝視しているみたい。
「我を呼ぶ者よ。汝の名を問おう。そして、速やかに契約を結ぶがいい」
高圧的な物言いをする獣。
しかし、溢れ出る神々しさに、シェルビーですら動くことが叶わない。
それなら、僕が王子だから責任を取らなくちゃいけない。でも、契約って、いったいどんな事?
四番目のお飾り王子だけど、軽々しく内容も確かめずに契約を交わす事は出来ないよ。それに、大きくて恐いから、質問しても許してくれるかな?
「どうした? 聞こえておらぬのか? もしくは、言葉が通じぬか?」
苛立たしげに前傾姿勢をとられると、脅されているようにしか見えない。
でもでも、ここで僕が頑張らないと、いつまでも兄様達に子供扱いされちゃう。
意を決して質問した。
「契約の内容を教えて下さい」
「ふはははははっ。さすが我を呼ぶだけのことはある。増す増す気に入ったぞ」
大音量に遺跡全体が震えたように思えて、本当は僕の足はすくんでいる。
「契約を結べば、力を貸さない事もない」
「僕には、力は必要ありません」
「侮るな! 我には叡知もあるぞ」
何故かそれが、四つ足の獣の必死な叫びに聞こえて、僕を必ず助けてくれるのなら約束してもいいと契約したよ。
儀式は簡単で、お互い名乗り合いそれから、獣の前に立たされた。
口から古語を打ち出すと、それが僕の額に入りそれと同時に様々な記憶が流れ込んできて、あまりの事に暫く意識を失ってしまっていた。
獣は『亜獣ティスディル』とシェルビーに名乗り、美しくも格好の良い青年に変身をして、僕が目覚めるのを待っていてくれたんだ。
人の姿になったティスディルに、あの堅物のシェルビーは乙女のようにモジモジとしてしまっていて……。
何だかやりにくいぞ。
■
「やっと掃除と洗濯が終わった」
私は、外出する為にカーディガンを羽織りに部屋に戻ったわ。
すると、一昨日形を整えたばかりの丸い置物の上に、更に丸い頭のような物がのっかっていて、雪だるまみたいになっているのが目についたの。
「わあ、可愛い」
手にとって腕に抱けば、触り心地はツルリとしていてとっても気持ちがいい。
「プニーッ」
「キャッ」
置物だと思った丸い物は、急に鳴いたんだよ。
ビックリして手を放したら背中に生えていた8枚の羽でパタパタと私の周りを翔んだの。
小さなまあるい目の顔に、頭上には白い雲の形をした綿がついてそれから、耳なのかなあ? それとも手なのかなあ……が付いているの。
とにかく、丸くて安心する形。
「あなたは何処から来たの?」
「プニー?」
ぷにゅりと私の頬に顔をつけてきたわ。
「可愛い」
丸い物からは、果物みたいな甘くて爽やかな匂いがした。
だから、初めは果物の妖精だと思ったの。
「これからは仲良くしてね。私は、マルロよ。あなたは……んー、ファニ……」
グイグイすり寄ってくる、この可愛い丸い物に押されて、名前をつける途中で床に思わず座っちゃったの。
それなのに、可愛い丸い物の額が光って、私の腕には花の飾りが付いた腕輪が巻かれたのよ。
「プゥウ」
「なあにこれは、凄く綺麗ね」
「プニプニ」
「もしかして贈り物? ありがとうファニちゃん」
すると突然、可愛らしい丸い形が針のように尖ったんだよ。
「えっ、なになに? ファニちゃんどうしたの?」
コワゴワと変な動きをするから、ちょっとだけ怖くなって「ファ……ニ……」そこまで言ったらシュルリと元に戻って「ちゃ……」と続けたらまた針山になってしまった。
まさか、座っちゃったから途中になってしまって……。
「ファニ」
「プニプニ」
嬉しそうに頬に寄ってきたわ。
「ああ、短い名前になっちゃったぁ……」
ガッカリする私の周りを『ファニ』は嬉しそうにパタパタ翔んでいたわ。