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PHASE.9

小説解決編です。ちょいとミスしましたが、解けないことはないと思うので、頑張って下さい。

 放課後、あたしは今日もここに来ていた。しかし全く落ち着かない。原因は成瀬だ。あいつ、一体何が言いたかったのだろうか。他愛のない会話だったのだが、あいつが言うと妙に気になる。くそう、もっと他に考えなきゃいけないことがあるのに、全然集中できないじゃないか。あー、むしゃくしゃするな。


 今日はなかなか繁盛していて、お姉さんは忙しそうに動き回っている。この様子じゃ、お姉さんと話ができるのはしばらく後になりそうだな。あたしはかばんから例の本を取り出した。暇だし、一応内容を確認しておこう。そういえば、エピローグの部分を確認していなかった。うーん、推理には関係ないと思うけど、読んでおくか。





 三人の容疑者の取調べは粘り強く行われた。しかし、芳しい結果は得られず、最終的に証拠不十分として三人は不起訴、この事件は不注意による事故として処理されることが決定した。フローラの弟ヴァールハイトとその妻リュミエールはその後も殺人だと、警察に訴え続けたのだが、結局認められず、警察はこの事件から速やかに撤退していった。


 ブレーブの手元には出すはずだった婚姻届とその中に入っていたフローラの婚約指輪だけが残り、ブレーブの手元に残るはずだった愛娘リーラは、ブレーブに対しても敵対心を持ったヴァールハイトとリュミエールによって裁判を起こされて無理矢理親権を奪い取られ、引き取られてしまった。二人の思い出の品は全て燃えてしまい、残ったものは婚約指輪だけ。自分のものは棺の中にいれ、フローラが常に身につけていた指輪は彼女の形見として自らの手元に保管することにした。いつか、愛する愛娘に送るために。


 事故から二年、ほとぼりが冷めると、両親と復縁したブレーブは、当初のとおりアヴニールと結婚。アヴニールの実家の力もあり、見事に家は財政を立て直し、ブレーブはジョージのあとを継いだ。さらにアヴニールの実家が行っていた機械産業の工場の工場長も任され、底をつきかけていた財力はどんどん満たされていった。家庭のほうでも、結婚から六年後、娘クロリスをもうけ、ブレーブは失くしたものを取り戻していった。


 再び幸せを取りもどしたブレーブは、もう一人の我が子にもその幸せの一部を分け与え始めた。ブレーブはリーラに贈り物を始めた。そしてヴァールハイトたちには心ばかりの生活費を送った。全てはリーラの幸せのために。これはフローラの願いでもあった。フローラはブレーブとリーラの幸せを願っていた。ブレーブは再び幸せを取り戻した。次はリーラの番である。ブレーブはできることをした。とにかくリーラが幸せになってくれるよう毎日願った。


 月日は流れ、事故から十余年が経過していた。その日もブレーブはリーラの幸せを願い、贈り物を箱詰めしていた。するとクロリスがカルセオラリヤの花を一輪ブレーブの元に持ってきた。


「僕にくれるのかい?」


 尋ねると、クロリスは首を振った。そして、


「私も贈り物する」


 ブレーブは驚きを隠せなかった。


「リーラのことを知っているのかい?」

「うん。私のお姉さん」


 このセリフを聞いた瞬間、ブレーブの目から涙があふれ出た。忘れていた。クロリスはリーラの妹だった。ブレーブは今までクロリスに黙っていたことを嘆いた。


「誰に聞いたの?」

「知らないおじさん」


 同時にクロリスに教えてくれたそのおじさんに感謝した。


「クロリスも毎回贈り物するかい?」

「うん」


 それから毎月の償いの儀にはクロリスも参加するようになり、二人はこの儀式を欠かさずに続けていった。おそらく一生続けるであろう。リーラが許してくれるその日まで。



 


 あたしはパタンと本を閉じ、一口紅茶をすすった。うむ、いつもどおりおいしいのだけど、なぜか満足できない。落ち着きもしない。全く嫌な気分だ。


「どうしたの?何か落ち着かないみたいだけど」


 そら見ろ。お姉さんに筒抜けじゃないか。何か感づかれたらどうするんだ。これもあいつのせいだ。


「何か不安なことでもあるの?」

「不安というか、気になることがたくさん」


 すると何を考えたのか、お姉さんは嫌な感じでにやっと笑った。


「もしかして成瀬君のこと?」

「うん、まあ」


 成瀬のことでもあるし、お姉さんのことでもある。それにしても何で解ってしまったのだろうか?


「え?本当に?」

「まあね」


 この人はエスパーなのか?と、電波なことを考えてしまったが、答えは何てことはなかった。


「ゆかりちゃんにもようやく春が来たのねえ」


 ただの勘違いだった。何だ、びっくりしたじゃないか。あたしはため息をついた。


「そんな浮ついた話じゃないよ」


 どちらかというと、かなーり現実的な話だ。


「なーんだー」


 お姉さんはがっかりした様子。まああたしとしてもがっかりだよ。お姉さんがエスパーだったらよかったのに。


「じゃあどんな話なの?成瀬君が関係しているのは間違いないんでしょ?」


 残念ながらお姉さんには話せないんだよね。誰よりも当事者なのに。


「ナイショ」


 とあたしが誤魔化すと、


「えー」


 と言い、かわいく頬を膨らませたが、適当に流してくれた。


「成瀬君で思い出したんだけど、」


 今度は何だ?と、どぎまぎしていると、


「推理小説の進み具合はどう?成瀬君、何か言ってなかった?」


 何だ、その話か。あたしは見えざる手で胸をなでおろした。ふう。


 それにしても成瀬といい、お姉さんといい、そんなにこの小説が気になるのか?あたしは大して興味を持てないのだが。まあ百歩譲って面白いとは思うけど、何度も読む気にはなれない。あたしはこういった重い話の作品は好きではないのだ。


「私もまた考えてみたんだけど、やっぱり解らなかったよ」


 さて、どうしようかね。別にここであたしが解答を教えてあげても構わない気がする。成瀬と同じ答えだったし、間違えてはいないはずだ。たぶん問題ないでしょ。あたしも教えてあげたい。あたしのプライドがそう言っている。


「教えてあげようか?」

「え?ゆかりちゃん解ったの?」

「うん」

「すごいじゃん!ね、教えて?」


 これだよ、これ!何かが復活した。あたしのアイデンティティーが舞い戻ってきた気がした。やっぱりこうでなくては。しかし、本番はこれからだ。しっかりやらないと。


「結構長い話になると思うけど、お店どうする?」


 あたしは閉めた後でって言おうと思ったんだけど、お姉さんは少しも考えずに、


「今閉めちゃおう!」


 うーん、いいのかね。あたしがここに来ると、かなりの高確率で閉店時間前に店を占めてしまっているような気がする。今度からはもっと高価な注文をしよう。夕飯もここで食べようかな。




 閉店作業を終えたあたしたちは、今日もお姉さんの自宅のほうに戻って、話を始めた。


「この話は事故として処理されたけど、きちんと説明できていないポイントがあるの。それをしっかり説明できるような仮説を立てればいいわけ」

「そのポイントっていうのは?」


 ポイントは大きく分けて三つある。それを今から一つずつ考察していこう。


「まず一つ目。何であの方法を選択したのか?」


 あの方法とは、睡眠薬を飲ませ、油を火にかけたまま放置するという方法のことである。確かに火事になって、フローラは死んだ。しかし確実な方法だと言えるだろうか。


「その場で直接火をつければ確実だよね?でもそれをしなかったのはなぜか」

「でも油って一定時間火にかけていると発火するんでしょ。確実なんじゃないの?それにアリバイを作るには時限装置っぽくていいと思うけど」


 そこはそうだね。でも、


「時限装置としては発火の時間が不確定すぎる。それに睡眠薬のほうも確実じゃないよ」


 あれは薬物の一種。人によって効き目が違ってくる。どのくらいの量を飲ませれば、どのくらい眠っているかっていうのは完全に把握することはできない。加えて睡眠薬には依存性もあるし、耐性もある。フローラが普段から服用していれば、また計算はずれてくる。不自然な睡眠をして目覚めたあと、油が火にかけられたまま放置されていれば、どんなに鈍い人でも命が狙われていると気付くだろう。そして、その前に誰か来ていたならその人物が明らかに怪しい。失敗したときのリスクが高い。


「他に取ることができる手段があれば別の手段を使うよね」

「うーん。そうかもしれないね」


 うなりつつだが、お姉さんは納得してくれた様子。よし、じゃあ次行こうか。


「じゃあ二つ目。何で指輪と婚姻届はブレーブが持っていたのか」


 家を跡形もなく燃やし尽くした火事。家にあったら婚姻届はもちろん、指輪だって原形を留めないだろう。もちろん可能性はある。だが、ブレーブが持っていたという解釈のほうが幾分現実的である。


「婚姻届は出しに行ったんじゃないの?」


 ま、ないとは言えないけどね。でも、


「それなら婚姻届を持って家を出た、っていう描写が必要だと思わない?いろいろ困難があったけど、それを乗り越えてようやく結婚するに至った二人なんだから、婚姻届を提出することって重要なイベントだよね」


 持って出た描写かあるいは今日出しに行くみたいな会話が必要だろう。


『帰ってきたら、僕たちは正式な夫婦だ』


 みたいなくさいセリフがあってもおかしくはない。


「まあ百歩譲って作者が素人ゆえにその重要さに気がつかなかったとする。でも指輪は?婚姻届を出す上で指輪は必要ないよね」

「確かに」


 お姉さんは深く頷く。よし、順調だな。これで二つ目終了だ。


「最後三つ目。ブレーブはなぜ事故を受け入れて、再婚に踏み切れたのか」


 ブレーブは事件直後、殺人だと推測して、その後確信までした。しかし、事故として処理した警察に対して何も文句を言わず、しかも、殺人を犯した犯人だと推測した両親と復縁し、再婚までしている。それはおかしくないか?


「それは、結局証拠が見つからなかったから?」

「確かに証拠は見つからなかったね。でも一度疑った両親に対してそう素直に従えるかな」

「うーん」


 この三つのポイントによって、あたしは一つの結論を導き出した。事故はありえない。かと言って、殺人という線も怪しくなってきた。じゃあ残る選択肢は何でしょう?


「この三つのポイントをうまく説明できるように考察をすると、答えは一つに絞られてくる」


 あたしは、一つためを作ると、その答えを口にした。


「答えは、フローラの自作自演。つまりフローラは自殺によって命を落とした」


 これ以外に不可解なポイントを説明できる答えはない。自殺なら全てを説明できる。


「最初に言った睡眠薬。あれは単純に怖かったから」


 鏡を見ながら喉に包丁刺せる人はいないよね?それと一緒でじわじわ広がる火をじっと見ていられる訳がない。だが、睡眠薬を飲めば恐怖はなくなる。


 そして二つ目。これも自殺という結果なら解釈するのは簡単だ。


「やっとの思いで作成した婚姻届。二人にとって特別なものであるのは間違いないよね?でも今から火事を起こす家に置いといては当然燃えてしまう。きっとフローラはそれが忍びなかった。たぶん指輪も同じ理由だと思う。もしかしたら愛する我が子に取っておこうと思ったのかもしれないよね」


 全て予想でしか語れないけど、出て行くブレーブのかばんか何かに忍ばせたのではないだろうか。


「三つ目は完全に想像だけど、ブレーブには遺書があったんじゃないかな。婚姻届と共にブレーブのかばんに忍ばせておいたんじゃないかな」


 内容は、私のことは忘れてくれ、とか、自殺であることは言わないでくれ、とかあるいは、アヴニールと結婚して幸せになってくれ、とか書いてあったかもしれない。


 他の誰でもない、愛するフローラの願いだ。ブレーブは自分の思いを押し殺してでも、フローラの自殺は黙っておこうと考えていたかもしれない。この事故で自分たちはよくない噂にまみれることになったが、自分のために命を投げたフローラの痛みに比べれば大したことはない。


 想像するに、きっとフローラはこれ以上ないほど幸せだったのではないか。世界で一番愛する人と一緒になることができて、愛する子供をもうけた。様々な困難はあったが、最終的に一軒家を買って、三人で住むことができたのだ。本当に幸せだったのだろう。しかし、ブレーブはどうだろうか。自分と結婚することで、親に勘当されてしまった。跡継ぎとして手に入れるはずだった多くのものを全て失ってしまった。ブレーブが気にするなと言っても気にしてしまう。親に嫌われる幸せなどあるだろうか。その元凶は自分なのだ。そんなことを思っているうちに、フローラは自殺を考え始めたのではないか。


「ま、自己満足だよね。フローラが幸せだったように、間違いなくブレーブも幸せだったよね。でも、それがフローラに伝わっていなかったんだね」


 愛し合う二人にもすれ違いが合ったのだ。やはり言葉にしないと伝わらないものがあるってことだね。愛し合う二人だからこそ、きっと口にしなくてはいけなかったのだろう。思い合う二人がすれ違ってしまうのは恋愛小説の王道だけど、やはりあたしは好きになれないよ。切な過ぎるよ。


 あたしが物語の余韻に浸っていると、お姉さんが、


「それなら何で火事にしたの?他の手段でもよかったんじゃないの?」


 言葉の雰囲気から、お姉さんはあたしの推理が気に入らないわけじゃないようだ。おそらくあたしと同じ気持ちなのだ。こんな悲しい自殺を認めることができないのだ。


「これもあたしの想像だけど、家を壊してしまいたかったんじゃないかな」


 ブレーブに帰る家があっては、実家に帰らないかもしれない。両親と仲直りしてもらわなくては意味がないのだ。他には、


「ちょっとしたいたずら心もあったかもね」

「どういうこと?」

「フローラはブレーブのために自殺をした。でも結果的にジョージとアテナ、アヴニールのためにもなってしまった。自己犠牲をしたフローラとしては面白くないよね。ちょっとは三人にも痛い目見てもらいたいって思っても仕方がないと思わない?」


 首吊りや飛び降りでは最初から自殺で片付けられてしまう。でも火事なら当然警察も動く。そしたら彼らは確実に疑われる。彼らが容疑者として扱われているのを見て、もしかしたらフローラはざまあ見ろって思っているかもね。


 でも冤罪で捕まる可能性もあるから、やっぱり遺書は用意していたと思う。そこまで冤罪を擦り付けて捕まえるほど、彼らのことを恨んでいるとは思えない。そんな人だったら自己犠牲の自殺なんかしないよね。


「なるほど!」


 お姉さんはしばらく考えていたのだが、納得の声をあげた。


「どうかな、納得できた?」

「うん。ありがとう、ゆかりちゃん」


 お姉さんは本をパラパラと捲った。


「うん、自殺かあ。そう考えると、フローラのセリフ一つ一つが深く見えてくるね。迷惑かけてごめんなさいって言うのは、火事のことを言っていたのかなあ」


 全ては物語。そして想像だ。でも、


「じゃあ愛しているって言うのが最期の会話になったのもフローラが意識して言っていたのね。私のことは気にしないで、でもリーラのことは・・・ってところでもうすでに自殺を意識していたのかもしれないね」


 お姉さんは嬉しそうだった。この解答によって、お姉さんはより一層この本が好きになった様子。あたしはいい仕事ができたようだ。このあとも、ずっとこの本の話で盛り上がった。





もしかしたらまた後日編集するかもしれません。申し訳ありませんでした。

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