PHASE.8
話もだんだん終わりに近づいてきました。おそらく小説に関してはゴールが見えているかもしれません。
翌日の昼休み。あたしは廊下に立ち尽くしていた。ここは五組の前。目的は成瀬を呼び出すこと。さて、どうしたもんかね。呼び出すことについて迷っているわけではないんだけど、問題は呼び出す方法だ。一応面識はあるのだから、普通に呼び出せばいいのだが、このクラスには岩崎さんがいる。彼女に見つかると結構面倒なことになってしまうだろう。理由を追求されると困るんだ。本当のことを言ってしまうと、きっと彼女は手伝ってくれるだろう。しかしそれはこっちの本意ではない。彼女に迷惑をかけるわけにはいかない。とは言え、彼女を納得させるだけの嘘を用意していない。とにかく慎重に行こう。
あたしはそっと中を覗く。もしかすると、あたしは結構怪しかったかもしれないが、そんなことはどうでもいい。ドアに隠れて中を確認する。えーっと岩崎さんはどこかな?おや、いない?いないぞ!よし、これで難関突破だ。さて、これで安心して成瀬を呼び出せるぞ。っと、肝心の成瀬はどこだ?やや!あの野郎、女子に囲まれてやがる。と言っても三人だが、それにしても驚きだ。あの野郎、友達?何それおいしいの?みたいな顔しているくせに、普通によろしくやっているじゃないか。邪魔しちゃ悪い。今度にしよう。
何て思うかよ。あたしは、たった今教室に戻ってきた女子を捕まえた。
「ねえ、ちょっと」
「え?な、な、な」
おや?驚かせてしまったかな?いや、いくら何でもそんなに怯えた目をしなくてもいいじゃないか。とにかく用事を済まそう。
「あのさ、成瀬呼んでくれない?」
あたしがそういうと、その女子はかくかくと首を上下に振った。了承ということでいいのかな?そして、
「なな、成瀬君!」
素っ頓狂な声を上げて成瀬を呼んだ。どうやらあたしは人選ミスをしてしまったらしい。
「あの、呼んでます」
と言って、彼女はあたしを示した。あたしは申し訳ない思いから苦笑い。成瀬はため息。まあ連絡手段がないのだから仕方ない。とにかく可及的速やかに用事を終えよう。あたしはクラス中の注目を浴びてこっちにやってきた成瀬にまず一言。
「ごめん。迷惑かけたわ」
「気にするな。あいつはいつもあんな感じだ」
そっか。そりゃよかった。それで、
「今時間ある?話したいことがあるんだけど」
成瀬は黙って頷き、
「場所を変えよう」
と言って階段のほうへ移動した。あたしも追いかけようとして、ふと教室の中を見た。すると、成瀬と話していた三人と目が合った。
「もしかして、取り込んでた?」
あたしは前を行く成瀬に話しかけた。
「いや。大した話をしていたわけじゃない」
成瀬は歩を進めながら答えた。本当か?先ほど目が合った女子のうち二人は結構パンチの効いたいい目をしていたぞ。あたしの頭に一つ予感めいた考えが浮かんだ。
「もしかしてさっき話してたのって、部室荒らしの関係者?」
「そうだ。知り合いか?」
いや、知らないよ。でも、彼女たちの目を見れば何となく解る。岩崎さんもたまにあんな目をするからね。
「あんた、女友達とかいたんだ」
「友達じゃない。ただのクラスメートだ」
ただのクラスメートねえ。ま、間違っちゃいないと思うけど。
「たぶん向こうはそう思っていないと思うよ」
あたしはいい意味で言ったのだが、
「そうかもしれないが、しょうがないだろ。同じクラスにいればみんなクラスメートだ」
成瀬はよくない意味で捉えたようだ。こいつは好意に鈍感だな。お姉さんより重症だ。こいつは友達いるのか?下手すると、岩崎さんもただのクラスメートっていう可能性があるぞ。うん?そう考えると・・・、
「あたしは?」
あたしはクラスが違うからクラスメートじゃないぞ。まさか、同学年の女子か?
「あんたは俺たちの切り札だ」
「は?」
どういう意味だ?理解できんぞ。俺たちって誰だよ。切り札って?
あたしが頭に疑問符を浮かべていると、目的地に着いた。どこに行くのかと思ったら、中庭か。
「それで、何の用だ?」
ベンチに腰掛けた成瀬は、かばんからお弁当を取り出しながら言った。こいつ、この場で食べるのか?
何かいろいろ言いたいことはあるが、とにかくあたしは用を早く済ませたい。仕方ない。切り札の追及はまた今度にするか。
「お姉さんのこと、いろいろ解ったから一応話しておくよ」
成瀬の表情に変化はない。しかし、まとう空気が変わったような気がした。
「嫌なセリフだ。実に聞きたくないな」
「一度了承したんだ。嫌でも協力してもらうよ。男に二言はないでしょ」
「そんな誰が言ったか知らないような言葉、何の役にも立たないぞ」
面倒なやつだな。あたしは早く済ませたいんだよ。素直に聞け。
「ちょっと長くなるから、最後までちゃんと聞いてよ」
あたしは成瀬の言葉を無視して、本題に入った。内容は昨日の話だ。あたしが話を始めると、成瀬は箸の持つ手を止めて一言も声を発さず、終始無言で聞いていた。まさか寝ていたなんてことはないだろう。その証拠に、話が終わると、
「なるほど。一応内容は理解できた」
成瀬は納得の声を上げた。
「それで、あんたはどうしたいんだ?」
「あたしはお姉さんと小春ちゃんを会わせてあげたい」
あたしはお姉さんの話を聞いて、お姉さんは会いたがっているように見えた。だからあたしはお姉さんの背中を押してあげたい。会う勇気をあげたいと思った。
「彼女は会いたくないと言っているのにか?」
「それはきっと本心じゃない」
「あんたの勘違いかもしれないぞ」
その可能性はある。でも、あたしの考えは揺るがない。
「それでも、会わせてあげたい」
成瀬は再び考え込んだ。
「例の三千円の件はどうするんだ?」
「それもやるよ」
別に忘れてたわけじゃないぞ。ものには優先順位があるんだ。しかもそれは時によって揺らぐ。暫定的なものなんだ。今は二人を会わせてあげることが一番。だと思う、たぶん。
「じゃあ俺は何をすればいい?」
「あんたは三千円について考えといてよ」
「つまりこの件について、俺は関わらなくていいってことだな」
「そうだよ」
いちいち確認しなくてもいいよ。あんたにこれ以上迷惑はかけないから。
「名前は解ったし、だいたいの親族関係も解ったでしょ。それとも、他に何か必要?」
「そうだな、しいて言うなら、その事件の資料だな」
「え?何で?」
「好意や同情からの援助金だとしたら、間違いなくこの事件が関係している」
そういえばそうだな。養育費もこれに関係しているといえばそうだし。
「解った。調べておくよ」
「できるだけ詳しいものがいい。それこそ警察の事件調書くらい、な」
簡単に言うな。あたしだってできないことがあるんだぞ。でも、まあこれくらいならできるけど。でもお父様に知られると結構厄介なんだよな。うーん、仕方ない。あたしからお願いしているわけだし。
「解ったよ。いつまでにやればいい?」
「そっちの都合に任せるよ。できれば土日までによろしく」
土曜は明日だぞ。今日中にやれというのか?むちゃくちゃだな。
いつの間にか食べ終わったお弁当をしまうと、成瀬はかばんから例の本を取り出した。
「これ返しておく」
「うん」
「ところで、あんたはこの本解けたのか?」
いきなり何を言い出すんだ?正直今はそれどころじゃないんだけど。
「まあできたけど」
「それじゃあ答え合わせしておこうか?」
は?何言っているんだ?必要ないだろう。
「何で?今やる必要あるの?」
正直今話し合うような内容じゃないぞ。それ以上にいろいろやることがあるだろ、お互いに。
しかし、成瀬は、
「まあいいじゃないか。一言で終わる。あんたの見解を教えてくれ」
と言って引かなかった。これに関しては全く意味不明だ。探偵ごっこが好きだったのか?それとも解けたことが嬉しかったのか?変なやつだ。だが、成瀬の言うとおり一言で終わる。これ以上押し問答するよりはさっさと言ってしまったほうがいいだろう。時間もないし。
「あたしは――――だと思ったんだけど」
すると、
「俺も同意見だ」
そうかい。あたしがせっかく成瀬の言うとおりにしたのに、その一言で終わってしまった。一体何だっていうんだ?理解不能だぞ。
直後チャイムが鳴り響き、あたしと成瀬は解散することになった。聞きたいことはいろいろあったが、それはまた後日ということになった。何かいろいろ納得いかない。意味深なことばかり言うから、気持ち悪いじゃないか。
次回、小説の解決編です。