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PHASE.6

確かに岩崎さんと友達になったら楽しいかもしれません。

 翌日、あたしは久しぶりに学食に来ていた。今日は一人である。先日、しゃべりすぎてお弁当を食べ切れなかったことが尾を引いているらしいみゆきは、すでに教室でお弁当と格闘中だったので、誘わずに来た。ま、たまにはこういう日もあっていいだろう。みゆきには放課後付き合ってもらうとしよう。今日は結構目的を持っていくので、少し作戦を立てなくてはいけないな。さすがに成瀬におんぶに抱っこでは格好悪いので、あたしも少しは考えたいし、この昼休みはその時間に当てよう。


 と、思っていたのだが、


「あれ?珍しいですね」


 誰かに話しかけられた。あたしは首をめぐらせる。するとそこには、


「お久しぶりですね、日向さん」


 とてもかわいらしい女子生徒がいた。


「今日は学食ですか?」

「うん。たまにはね」

「そうですか。もしよろしければ、ご一緒してもいいですか?」


 丁寧な言葉遣いで尋ねてくる。あたしが無言で頷くと、彼女は隣の席に腰掛けた。しかし、変わった人だよね。普通、同学年相手にここまで丁寧な言葉使いしないだろ。そんな言葉使いをしていると、どこぞのお嬢様に見えなくもない。外見もそんな雰囲気がある。


 しかし、何て言うのかね。最近全く会っていなかったにもかかわらず、昨日成瀬に会って、今日は彼女ですか。


 あたしの目の前にいるのは、あたしが尊敬できる数少ない人物のうちの一人、そして半年ほど前ほんの数日だけ所属していたお悩み相談委員会通称TCCの長、岩崎さんである。


「お一人ですか?」

「うん。ちょっと考え事したくてね」

「え?もしかして私、邪魔しちゃいましたか?」


 おっと、まずいまずい。たとえ本当だとしても、そんなこと言っちゃまずいだろ、あたし。それから、そんなに申し訳なさそうな顔しないでくれよ。あたしら、友達だよね?うちの会社の社員だって、そんなに恐縮した態度取らないぞ。


「いやいや!大丈夫だよ、大したことじゃないから。授業中にでも考えるよ」

「そうですか」


 そういうと、今にも立ち上がりそうだったのだが、再び腰を落ち着けて持参してきたお弁当の包みを解いた。ふう。


「そういう岩崎さんは?一人?」

「はい」

「成瀬は?」

「それが行方不明なんですよ。昼休みになった瞬間いなくなってしまって」


 何してんのかね、あいつは。まさかあたしのせいじゃないよな?


 岩崎さんは一人合掌すると、お弁当を食べ始めた。


「今日の成瀬さん、ちょっとおかしいんですよね」


 岩崎さんは、思春期になった弟を心配する姉のような雰囲気で口を開いた。


「何か考え事をしているみたいなんですよ。昨日何かあったんですかね?」


 それは聞かないでもらいたいね。あたしの口からは何も言えないよ。


「電話にも出てくれませんでしたし。まあそれはここ最近ずっとなんですけど」


 やっぱり岩崎さんが構いすぎなんじゃないかと思う。成瀬は猫みたいなやつだから、そういうのに嫌気がさしたんじゃないの?などと若干上から目線だったのがいけなかったのだろう、岩崎さんはこんなことを言い出した。


「まあきっと女性絡みだろうと思うのですが。成瀬さんが私に隠し事をするのは後ろめたいからです。となると、可能性はそこしかありません。まったく、あの天然ナンパヤローは本当に仕様がないですね。生かしておけません。証拠を確保したら、ただじゃ済ましませんよ。月のない夜は背後に気をつけるよう言っておきましょう」


 おいおい、すごい勘だね。全然関係ない理由だけど、なぜか当たってしまっているよ。成瀬、すまない。あんたの犠牲は無駄にしない。安心しろ、あんたの骨はあたしが拾ってやる。って、こりゃもしかしてあたしもやばいのではないか?何か岩崎さん言葉使い悪くなっているし、今思えば相当不吉なこと言っているじゃないか。


 しかし、彼女の表情を見れば一発で冗談だと解る。目の前にいる彼女は困り顔をしている。うむ、口ではこんなこと言っていても、やはり不安なのだろう。いろいろな意味でね。彼女がこんな顔をするのは、成瀬絡みのときだけだろう。そんなことを考えて、あたしは思わず苦笑。


「最近はどう?TCCの活動は」


 あたしは岩崎さんに話を振った。それは追求を避けるためではなく、単純に彼女の話が聞きたかったからだ。


「最近ですか?相変わらずですよ、閑古鳥です。泉さんのところにはちょくちょく相談者が来ていますが、我々に対する依頼はありませんね」


 知らない名前が登場したな。昨日成瀬が言っていた元占い研の女の子だろうか。


「泉さんという人が新たに加入したんですが、彼女は占い研だったんですよ。ですから、占い研時代のお客さんが未だに来るんですよね」


「そういえばあの部室荒らしの事件って、岩崎さんたちが解決したんでしょ?やっぱりすごいね、TCCは」


 あたしが思い出したように発言すると、


「ご存知でしたか」


 と言って、彼女は苦笑い。あれ?あたし変なこと言ったかな?


「まあ確かに我々が解決したと言えばそうなのですが、」


 岩崎さんは言葉を濁している。どういうことかといぶかしんでいると、


「ほとんど成瀬さんが一人で解決しまして」


 なるほど、そういうことか。


「成瀬さんは否定しますが、あの事件を解決する事ができたのは間違いなく成瀬さんのお力なのです」


 成瀬もそうだが、岩崎さんもとても優秀な人だ。将来あたしの秘書になってもらいたいくらい。だからだろう。自分の手柄と考えていない名誉を受け取りたくなかった。あたしはそう考えたのだが、


「ですからあまり、TCCが解決、みたいにするのは気が引けまして。日向さんのときのように新聞を発行するのは控えました。まあそれに関しては別の理由もあったのですが」


 だが、あたしの思惑は外れた。


「成瀬さんはもっと自分の手柄を自慢してもいいと思うんです。謙遜しているわけじゃなく、本気で自分は何もしていないと言っているのですから、なおさらです。きっと性格なのでしょう、自分をアピールするのが苦手なんですね。それはある意味成瀬さんらしいと言えるのかもしれませんが、そのせいで本来いるべき地位にいけていないように、私は感じてしまいます」


 岩崎さんは成瀬を尊敬しているのだ。心から成瀬の実力を認めているのだ。しかし、周囲の人間はそれに気付いていない。成瀬本人もそれをアピールしようとしない。その辺りに不満を持っている。岩崎さんが成瀬の性格についていろいろ文句を言うのは、そういった気持ちが原因みたいだ。本当に素直じゃないなあ、この人は。


「何笑っているんですか?」

「え?」


 どうやらあたしは無意識的に微笑んでいたようだ。いやいや、決しておかしくなったわけじゃないぞ。何かに頑張っている人、一生懸命になっている人を見ると応援したくなるよね。温かい気持ちになるよね。


「成瀬は今くらいがちょうどいいんじゃない?あいつがお金や地位を欲しがり始めたら、岩崎さん大変だと思うよ」

「確かにそうですね・・・」


 彼女は箸を止めて、低くうなった。


 あたしが思うに、彼女は確かに優秀なのだが、加えて努力家なのだ。おそらく成瀬の隣にいるにふさわしい女性になるために、かなりの努力をしていると思う。成瀬が上を目指したら、今以上の努力が必要になるだろう。しかし、それを苦に思う彼女ではなかったようだ。


「確かに私は今以上に大変になるかもしれませんが、でも現状に満足されるよりは上を目指してもらったほうが嬉しいです。私はもっと頑張ればいいだけです。努力することは好きですよ」


 さすがだ。どうやらあたしはまだ十分に彼女を認識できていなかったらしい。これでもかなりの洞察力があると思っていたのだが、彼女のほうが一枚も二枚も上手だったようだ。しかし、そんな彼女にも弱点があることをあたしは知っている。


「そうなったら周りが放っておかないと思うよ?」

「む」


 言葉のニュアンスから、あたしが何を言いたいのか理解してくれた様子。周りっていうのはもちろん女子も含める。


「うーん・・・」


 考えていなかったのか、かなり深刻な様子になっている。彼女は努力家だから、きっとそういった面でもいろいろ努力しているはずなのだが、如何せん相手が相手だ。その努力の方向があっているのか、全く自信がない様子。確かにね。あいつ、女子に興味あるのかさえも疑わしいし。


「きっと大丈夫だよ。岩崎さんは十分かわいいから」

「え?な、何ですか!いきなり」


 動揺している。面白いね。きっと他の面で褒めたら、すかさず謙遜の言葉が返ってくると思うのだが、こういう攻めにも弱いらしい。言われ慣れてないのか?岩崎さんくらいの容姿なら、よく言われている気がするんだけど。


 からかうのは止めておこう。何か全て本気にしそうだし、知恵熱でも出されたら困る。


 そのあとは、また世間話になった。岩崎さんはあたしより物知りで、知識の幅も広いので、普通の会話でも本当に面白い。彼女と会話を楽しむには昼休みは短すぎる。ま、満足いくまで話すには、何時間あっても足りないだろう。今日はこのくらいで十分だ。


「さて、そろそろ行きますか」

「そうですね」

「ありがと。岩崎さんが来てくれたおかげで、楽しい昼食になったよ」

「いえ!私のほうこそ楽しかったです。貴重な時間をお邪魔してしまったみたいで、本当に恐縮です」


 それに関して謝るのはあたしのほうだって。


「岩崎さんとはまた話したいな」

「私もです。いつでも部室に来て下さい。日向さんならいつでも歓迎しますよ」

「うん。また行くよ」





 教室に戻ると、あたしは一息ついた。ふう。何か癒されたね。何となく課題に追われる大学生のような生活をしていたから、精神的に参っていたのかもしれない。あの人とはこれからも付き合っていきたいな。


「何笑ってんの?」


 さっき岩崎さんに言われたセリフを、今度はみゆきに言われた。またしても気付かないうちに頬が緩んでいたらしい。いかんいかん。


「みゆき、今日暇?」

「うん。どこか行くの?」

「あたし、今日お姉さんのところに行こうと思ってるんだけど、一緒に行かない?」

「うん、いいよ。私も行きたい」


 こうして今日の予定が決まった。さて、もう少しだけ頑張ってみますかね。



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