PHASE.5
推理と関係あったりなかったり。成瀬が軽く推測を話してくれていますので、参考にしてみて下さい。
「事情を話せ。できるだけ詳しくな」
すっかり陽は暮れ、暦の上では夏なのだが、正直疑いたくなってくるほど気温の下がった午後六時。店を出て二人になった帰り道、成瀬が口を開いた。
「どこまで解っているの?」
あたしが鎌を掛けると、
「あんたが俺を呼んだ理由は、小説じゃなくて送り主不明の三千円についてだろ」
ご名答。やっぱ気付いていたか。このあたしが協力を要請するんだ、これくらいの洞察力がなくては困る。
「乙女の会話を盗み聞きするなんて最低だね」
「あんたが最初から話してくれたら、こんなことしなくて済んだんだが」
ごもっとも。
あたしは足を止めた。それにつられるように、成瀬も足を止める。
「あたしはあのお金の送り主を突き止めたい。力を貸して」
成瀬はしばらく無表情のまま、あたしを正面から見ていたが、
「やれやれ」
そう言うと、ふう、と軽く息を吐き、表情を和らげた。
「あんたはまた俺を厄介ごとに巻き込むのか」
本来ならあたしが謝るところ。成瀬が真剣に言っているなら、あたしは謝っていただろう。そして、もう一度真剣にお願いしていた。しかし、成瀬は優しい表情で薄く笑っている。その様子はまるで、気まぐれな妹のわがままを優しく許す兄のよう。
「何よ。文句あるの?」
あたしは少し落ち着かない気持ちでこう言い返した。子ども扱いすんな。
「大いにあるな。等価交換って知っているか?持ちつ持たれつでもいい」
「うるさいな。今回の件が解決したらまとめて返すよ。利子もつけてね」
本当に嫌なやつだな、こいつは。
「返さなくていいから、もう面倒ごとに巻き込まないでくれ」
「あたしが巻き込まなくても、あんたは別なところで巻き込まれるよ、奇跡的にね」
「嫌な奇跡だな。そもそも俺は奇跡という言葉が嫌いだ」
「そんなの知らないよ。じゃあ運命」
「それも嫌いだ」
「あたしはそういうあんたが嫌いだ」
久しぶりに会話したが、こいつは変わっていなかった。前回と一緒だ。少しは素直に感謝させろ。最後の最後であんたが嫌味を言うから、あたしはお礼が言えないじゃないか。もしかしてわざとやっているのか?もしそうだとしたら、あたしはお礼参りしてやるからな。
ふう、疲れるな。こいつと話していると普段かかない汗をかいている気がする。ペースを乱されているような気がする。
「先に決めておこう。何がいい?あたしができる範囲で言うこと聞くよ」
こいつの場合、またなし崩し的にお礼できずに終わってしまう気がする。借りばかり作るのは、あたしの信条じゃない。それに、こいつとは対等に付き合いたい。
「じゃあ真鯒で」
「はあ?」
まだ言ってんのか。そんなに食べたかったのか?それとも一目ぼれでもしたか?
「切り身じゃなくて、一匹尾頭付きでよろしく。なるべく鮮度のいいやつを、うちまで配達してくれ」
「解ったよ。それだけでいいの?」
「あんたは知らないかもしれないが、なかなか手に入らないぞ」
「あたしを誰だと思ってんの?あたしは日向コンツェルンのスーパー美少女お嬢様なんだから」
忘れたとは言わせないぞ。
「そうだったな」
そう呟くと、成瀬はまた淡く微笑んだ。何だ、こいつは。何で笑うんだ?あたしは面倒ごとを押し付けているんだぞ。嫌じゃないのか?それとも少し話さなかった間に、悟りを啓いて仙人にでもなったのか?
とにかく、そう簡単に微笑まないでもらいたい。あんたの笑顔はあたしの心を不安定にさせる。なぜって?あたしに聞くな。一番不思議に思っているのはあたしだ。
あたしはそんな気持ちを振り払い、かばんに手を突っ込んで例の本を取り出した。
「これ、一応あんたに貸しておくから」
お姉さんになんか聞かれたとき、知りません、じゃさすがにまずいからね。
「一応読んどいて」
あたしの言葉に返事をせず、成瀬は本を受け取るとそれを凝視して、
「これ、自費出版か?」
「さあね」
「ふーん」
と興味なさそうな返事をして、かばんにしまった。
「とりあえずどこか入ろう。立ち話じゃつらいくらい長い」
あたしと成瀬は近くのファミリーレストランに入ることにした。
ふう、疲れた。これからまたしばらくこいつと顔を合わせなくてはならないらしい。あたしから依頼をした手前、あまり言えたことじゃないが、こりゃ大変だぞ。いろいろな意味でね。
「そいつは無理だな」
あたしがお姉さんの顔族構成とその影の部分、加えて父親の養育費、送り主不明の三千円について話し終えた直後、成瀬はこう言った。
「いきなり否定しないでよ。やる気なくなる」
「そんなこと知るか。無理なものは無理」
解っているよ。何度も言うなって。でもあたしはお姉さんを安心させたいんだよ。このあたしが、素直に頭を下げたんだから少しは協力しろ!
「なぜ警察がストーカー逮捕に積極的じゃないと思う?それは特定しにくいからだ。盗聴器あるいはストーキング、もしくはそれに似た行動を相手がしていなかったら捕まえるのは絶望的だ。こっちは相手が解りやすい行動に出るのを待たなければ何もできないんだ」
言われなくても解っているよ。いつ行動起こすか解らない連中に付き合えるほど警察は暇じゃないってことでしょ。だからあたしたちがやろうって言っているんでしょうが。
「でもストーカーじゃない可能性もあるでしょ」
「どういうことだ?」
「そのままの意味よ。ストーカーの捜査は基本的にあたしがやるから、あんたは別の可能性を考えて」
また迷惑をかけているんだ。今回は前にみたいに危険な目に合わせるわけにはいかない。必要なのは男という記号。男がいると思わせるだけで、実力行使を躊躇うかも知れない。本当にケンカすることになったらあたしが行く。実際あたしのほうが成瀬より強いだろう。
「あんたがやることは三千円の送り主を突き止めることで、ストーカーを捕まえることじゃないってこと」
「なるほど。俺はもっぱら頭脳労働にいそしめ、ということか」
そういうこと。あたしは成瀬の言葉に頷く。
「だから別にゆっくりやっていいよ。試験勉強の合間にでもやってよ。お姉さんの店にはあたしが通って、情報持ってくるから」
「なるほど。俺は完全に受身でいいというわけか。期限もなしで」
「うん」
「そりゃ気楽でいいな。だが、」
成瀬は逆説で言葉を切ると、ポケットから携帯電話を取り出し、あたしに見せた。
「あ」
そのディスプレイにはよく知る名字が映し出されていた。
「俺にはあまり自由がないらしい」
成瀬の携帯は、電話の呼び出し画面になっていて、その画面には『岩崎』という文字が、十三桁の数字の上に映し出されていた。
「あんた、もしかして門限とか決められてる?岩崎さんに」
「そんなわけないだろう」
「じゃあ帰るコールをするとか」
「一緒に住んでないんだから、不要に決まっている」
そりゃそうだ。成瀬の言うことは全面的に正しい。しかし、あの人ならやりかねないと思ってしまうあたり、さすがは岩崎さんと言ったところだろう。
成瀬は大きくため息をつくと、やれやれ、といった感じで携帯を折りたたんだ。
「出ないの?」
岩崎さんのことだから、すごく怒ると思うよ。明日きっといろいろ言われるって。
「ここ何日か、一度も電話に出てないから大丈夫だ」
なるほど、常習犯か。それで、一体何が大丈夫なんだ?もう慣れた、としか聞こえないぞ。
しばらくして電話が切れると、成瀬はすぐさま電源を落とした。慣れた手つきだな。
そのまま携帯とかばんにしまうと、今度はさっき渡した本を取り出した。そして、表紙を開く。今読むのか?と思っていると、
「それで、あんたはどう考えている?ストーカーじゃなかったら一体誰だと思う?」
おいおい。読みながら会議をしようというのか?さすがに無理ないか?
「本は急がなくていいよ」
「今日中にできるだけのことはしておきたい。あんただって、あいつを巻き込むのは本意じゃないだろ?」
確かに。これ以上無関係の人を巻き込みたくない。岩崎さんならきっと喜んで手伝ってくれると思うが、やはりそれに甘えるのはよくないと思う。
「あんたの考えを聞かせてくれ」
ぱらぱらと本を捲り続ける成瀬に向かって、あたしは頷いた。
「ストーカー以外の可能性だっけ?やっぱりお姉さんの知り合いだと思う」
住所を知っているわけだしね。まあ口座番号を知っているのとどっちが近しいか比べると、微妙なところだが、住所しか知らないほうが若干遠い気がするね。だから、父親よりは少し遠い位置にいる親戚じゃないか?
「だが、彼女に思い当たる人物はいなかったんだろ?」
確かにね。でも、
「あの人、結構人の好意に鈍いから」
そういう人いるよね。人からどう見られているか、しっかり把握できていないというか、自分のことをよく解っていないというか。
「つまりあんたは、好意からの三千円だと考えているわけだ」
あたしは、妙な質問に少し驚いた。そこが問題なの?あたしは当然だと思ってたんだけど。
「どういうこと?」
「嫌がらせという可能性もあるだろう」
いや、それはどうだろうか。
「嫌がらせでお金を送るってある?相手を喜ばせちゃうじゃん」
「そうとも限らない。実際彼女は不快感を覚えている」
まあ、そうだけどさあ。それって結果論でしょ?お姉さんが誰かと勘違いして、ありがたく使っちゃったらどうすんのよ。それに、
「嫌がらせならもっと別の手段を使えばいいじゃない。住所知ってんだから、もっと効果的なことできるでしょ」
「それだと嫌がらせである事が容易に解ってしまう。何が目的か解らないという恐怖もある。それに、警察に連絡もしにくい」
くっ。もっともらしいことばかり言いやがって。あたしの意見を否定するのが目的なのか?
「じゃああんたはどう思っているのよ」
「あんたと大して変わらない」
何だよ、それ!さっきの否定は何の意味があったんだよ!嫌がらせか?嫌がらせなのか?
「一番可能性が高いのは、おそらく事情を知っている人物。動機は同情か好意だろうな」
自分で言ったことについてはどう思っているんだよ。
「嫌がらせの可能性は?」
「ほぼ皆無だろ。嫌いなやつに金を送る阿呆がどこにいるんだよ」
こ、このヤロー!
「だいたい嫌がらせっていうのは、相手に自分の悪意が伝わらなければ意味も効果もない。嫌がらせかどうか解らない嫌がらせなんて、嫌がらせじゃない」
「あんた、あたしにケンカ売ってんだろ!やっぱまた面倒ごとに巻き込んだこと、根に持っているな!あたしのこと嫌いだろ!」
そうとしか思えん。あたしへの反論を自ら完全に否定しやがって、あたしが無能だと言いたいのか?
「ただの確認だ。そうケンカ腰になるな」
そんな嘘誰が信じるか!まあいい。あたしだってケンカしたいわけじゃない。さっさと話を進めよう。時間がもったいない。
「あんたの言いたいことは解った。要するに援助金みたいなことでしょ」
そこまではあたしも理解できるし、異論はない。だけど、気になることが二つ。
「何でこの金額なの?同情にしても好意にしても、額が小さすぎない?それに四月から金額を上げたのはなぜ?」
月二・三千円ってどれだけ安いんだよ。今時、どれだけ節約しても携帯の料金だってその三倍はいくぞ。それこそ子供の小遣いだ。
「考えられる可能性は三つある」
あたしの問いかけに成瀬が応じる。返答のスピードから言って、すでに考えていたに違いない。
「一つ目。送り主は相当生活に窮していて、この金額が限界だった」
成瀬は続けて指を二本立てる。
「二つ目。送り主はある程度財力はあるが、この金額で十分と考えている」
いい人なのか、そうでないのかよく解らなくなってきたな。
「そして最後。送り主は他者から二千円あるいは三千円を送るように命じられた」
なるほどね。一応妥当な見解のような気がする。今のところ、別パターンが思い浮かばないから、とりあえず上記三つについて考察することにしよう。
まず一つ目。これは間違いなくいい人だ。疑問の余地はないだろう。そこまでしてお金を送るということは相当近しい人、あるいは相当お姉さんを大切に思っている人だろう。すると、範囲は限られてきそうだな。
そして二つ目。こいつに関しては情報が曖昧だ。
「この金額で十分って、何に対して十分なのかな?」
「例えば彼女に対して犯した罪の程度とか」
つまり送り主はお姉さんに何かしらよくないことをした。その罪に対する償いがこの現金書留であり、自らが犯した罪から考えて二千円あるいは三千円が妥当な金額だと考えているというわけか。
「それだとお姉さんに心当たりがありそうだけど」
「彼女は好意に対して鈍いところがあるんだろ?例えば店の物を壊してしまった。彼女は許してくれたのだが、送り主は納得ができず、弁償している。これならありえなくはないだろう」
うっ。自分で言ったことだけに否定できない。確かにお姉さんならありうる。きっと直接弁償するといったら、絶対に受け取ってくれないだろう。
じゃあ最後に三つ目。こいつが一番よく解らない。
「成瀬は三つ目についてどんな状況を想定したの?」
「そうだな。例えば上司や親から言われたとか?」
まあないとは言い切れないけど。成瀬としても、あまり現実的な状況だと思っていないらしい。疑問に疑問で答えるなよ。
さて。この三つについてどれが一番妥当だろうか。ここから考察していこうかと思っていると、軽快にページを捲っていた成瀬の指がはたと止まった。どうかしたのか?あたしがいぶかしんでいると、
「彼女は名前なんていったっけ?」
「は?」
いきなり何だ。てかさっき教えたばかりだろう。本当に興味ないことは右耳から左耳だな。
「小林紫織だよ」
優しいあたしは再びフルネームで教えてあげたのだが、聞いた成瀬は考え込むように黙ってしまった。何だ、これは。
「両親の名前は?」
今度はそっちか。えっと、何だっけな?あ、そうだ。
「知らない」
考えるまでもなかったな。聞いてないんだから知らないに決まっている。
それより何だ。ずいぶんいきなりな質問だな。その意図するところを教えてくれ。
「何か解ったの?」
「さあな」
言えよ。さあなって否定でも肯定でもないぞ。返事になっていない。
「だが、何か閃いた」
あたしは、おっ?と思った。むう、やるな。あたしはこれから考えようと思っていたのだが。さっぱり解らないが、とりあえず突破口が見えてきたかもしれない。
「つまり、お姉さんの両親の名前が重要なの?」
「ああ」
なるほど。
「解った。じゃあ今度聞いておくよ」
とは言ったものの、さてどうやって調べよう?まあ、お姉さんに聞くしかないんだけど、聞き方を間違えると怪しまれてしまう。あたしが成瀬を巻き込んで、例の現金書留について調べていることを、お姉さんはきっとよく思わないだろう。それほど勘が鋭いイメージはないんだけど、女は総じて勘が鋭い生き物なのだ。慎重にいかないと。それとも、いっそ全部言ってしまおうか。思い切り熱っぽく語ったら解ってくれるかもしれない。まあそれはそれで面倒だな。
あたしは結構真剣に計画を立てていたので、全く気がつかなかったのだが、
「・・・・・・・・・」
さっきまでずっと本から顔を上げなかった成瀬が、わずかに目を見開いて、あたしを見ていた。
「ど、どうかした?」
珍しい成瀬の表情に、あたしは少し驚いてしまった。あたし、何かした?気付かぬうちに粗相でもしてしまったのか?すると成瀬は、
「いや、聞かないのか?」
「何を?」
何やら話がかみ合っていないな。聞くって何を?
「俺がどんなことを閃いたのか、聞かないのか?」
あー、そういうことか。
「聞いたほうがいいの?」
「いや、聞かないでもらいたい」
じゃあ問題ないじゃないか。何を言うんだ。あまり見たことない表情をしていてからびっくりしたじゃないか。
「だが、絶対に聞かれると思った」
確かに聞きたいけど、必要ないんでしょ?それにあんたが言いたくないなら、無理に聞かないよ。
「全部解ったら教えてくれるんでしょ?」
「ああ。もちろんだ」
「じゃあ聞かないよ」
ていうか、あたしにも意地があるんだ。解らないからってすぐさま人に答えを聞くほど、あたしは自分を過小評価していない。あたしだってきっと解る。むしろ教えてくれるな。自分で正解にたどり着いてみせる。伊達に自分のことをスーパー美少女お嬢様と呼んでないよ。
「うちの部長だったら間違いなくしつこく聞いていた」
「あー、岩崎さんだったらそうしそうだね」
あの人、好奇心旺盛だしね。しかしあんたは口を開けば岩崎さんのことだな。別に気にしないけど、あまり岩崎さんと比べないで欲しいね。全然気にしてないけどね。
と、若干いらっとしたあたしだったが、そんな感情は次の瞬間、全て吹き飛んだ。成瀬がまた淡く微笑んでいた。あたしは思わず息を呑んだ。
「あいつにもあんたくらい配慮があると助かるんだが」
そういう意味深な発言は控えてもらいたいね。あたしもうら若き乙女なんだ。変な事が頭をよぎってしまう。
あたしは思わず成瀬から視線をはずしてしまった。すると、成瀬は開いていた本をパタンと閉じ、一口コーヒーをすすった。
「あんた、今何組だっけ?」
「え?あー、一組だけど」
いきなり世間話を始めやがった。
「結構遠いな。道理であまり会わないわけだ」
何でこんな話をし始めたのか、理解できなかったが、
「成瀬は何組だっけ?」
「五組」
「岩崎さんと同じクラス?」
「ああ。残念なことにな」
とりあえず話を合わせてみた。
「TCCはどう?お客は来てる?」
「最近はないな」
「あー、やっぱり」
「俺としては来ないほうがありがたいから別に構わん。来たら来たでかなり面倒だ」
「あはは・・・。耳が痛いわ」
「あんたの事件は特に大変だった。何せ最近まで続いていたからな」
「何それ?どういうこと?」
「この前阪中がきっかけでいろいろあってな」
「それってあたしのせいなの?」
「そうに決まっている」
「すごく納得いかなんだけど」
「そういえばまだあんたTCCに在籍していることになっているぞ」
「え?そうなの?」
「うちは今部員が五人になっている」
「五人?あたし入れても四人じゃない?」
「最近一人入ったんだ」
「へえ。どんな人?あたし知ってる?」
「ちょっと前に流行った占い研だったやつだ」
「あー、あの女の子?確か一年じゃなかった?」
「そうだ」
「へえ。後輩ができたわけだ」
と、結局何で成瀬が世間話を始めたのか解らなかったが、途中からそんなことを考えるのを止めてしまった。普通に会話を楽しんでいた。
話を終えて店を出たとき、時刻はすでに午後九時を回っていて、辺りは暗闇に包まれていた。
「じゃあ解ったら教えてくれ」
「うん、解った」
とりあえず、成瀬はしばらく参加できないらしい。きっと岩崎さんに拘束されてしまっているのだろう。まあ実際本気になれば逃げ出すことも可能だろうけど、成瀬が逃げ出さないのはやはりまんざらでもないってことなのではないのか。
「じゃあまた今度」
成瀬は何の躊躇いもなく、あたしに向かって別れの挨拶をすると、家のほうに足を向けた。普通は、送っていこうか?とか言うんじゃないのか?まあ期待していたわけではないからいいけど。
というわけで、あたしたちはここで別れてそれぞれの帰路へ着いた。