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PHASE.3

少し遅れました。

 そして放課後。早速あたしたちは喫茶店に向かった。


「結構遠いんだね」


 言われてみるとそうだな。いつもは家から通っていたから、そこまで考えなかったけど、確かに学校から行くと遠いかも。


 若干の疲労を感じ始めたとき、ようやく目的地に到着した。


「こんにちは!」

「あら。ゆかりちゃん、いらっしゃい」


 出迎えてくれたお姉さんはいつものように笑顔だった。


「こ、こんにちは」


 人見知りのみゆきは少し緊張している。


「こんにちは。ゆかりちゃんのお友達?」

「うん。クラスメートの阪中みゆき。こっち、小林紫織さん」


 あたしがお互いを紹介すると、


「よろしくね。阪中さん」

「はい。よろしくお願いします」


 挨拶もそこそこにカウンター席に座ると、いつものように紅茶を注文した。


「それで、犯人解った?」


 あちゃ。いきなりその話ですか。


「まだ一回読んだだけで、犯人探しはこれからなんだ。もうちょっと待って」

「そっか。うん、解った。慌てなくてもいいよ。ゆっくり考えてね」


 とは言っても、あまり長く待たせるのも忍びないし、如何せんお姉さんはとても楽しみに待っている様子だし。今日聞かれるとは思っていたけど、まさかいきなり言われると思わなかったよ。これじゃあたしを待っていたのか、小説を待っていたのか解らないよ。


 まあいいか。今日はみゆきに紹介するのが目的だったわけだし、適当におしゃべりして帰るとしよう。


「注文決まった?」


 あたしは、メニューを眺めて固まっていたみゆきに声をかける。


「ううん、まだ・・・。私、喫茶店とか入ったことないから、ちょっと迷っちゃって」


 この娘はつくづく真面目だな。何でも好きなものを頼めばいいじゃないか。何ならあたしがお金出してあげるから、何でも好きなものを頼んで欲しい。それに、今時こういうちゃんとした喫茶店に入ったことある若者は少ないと思うよ。チェーン展開している店ならいざ知らず。


「日向さんは、いつも何注文しているの?」

「あたしはオリジナル紅茶」

「へー。じゃあ私もそれで」


 ということで、二人して紅茶を注文。


「これは昨日と同じやつ?」


 するとお姉さんはいつもの笑顔で、


「ううん。全然違うよ」


 おー。全然違う、ときましたか。たぶんおいしいとは思うけど、ちょいと怖いね。


「どういうこと?」


 事情を知らないみゆきは当然の疑問を口にする。


「お姉さんは紅茶を調合するのが好きなんだよ」

「ちょ、ちょうごう?」


 おや、みゆきの顔が若干引きつっている。


「ゆかりちゃん、その言い方やめてよ。イメージ悪いでしょ!」


 いやいや、あたしの表現は間違ってないと思うよ。ブレンドなんて言葉じゃ生易しいって。とは言え、一応フォローは入れておくか。


「大丈夫だよ。たぶんおいしいから。一応知識も持っているし、そんな変な味にはなってないと思うよ」

「そ、そうなんだ」


 まあ最初のころはひどかったけどね。家庭教師時代は大変だったよ。知識もないのに、適当に茶葉を混ぜまくって。しかも自分で飲まずにうちに持ってくるんだもん。あたしは完全に毒見要員だったよ。本格的に喫茶店手伝うようになってからはちゃんと勉強し始めたようだけど。


「それで、今回はどうなの?出来栄えは」

「とってもおいしいわよ」


 と言って、お姉さんは出来上がった紅茶をあたしとみゆきの正面に置いた。この場合どう判断したらいいのだろうか。こう言い切るからには、本当においしいのか。はたまた実は味見をしていなくて、見栄えでそう言っているのか。嘘をつくような人ではないのだが、意外に人をからかうのが好きな人なんだ。当然味見していると思うけど、あたしには以前の記憶が半ばトラウマのように頭にこびりついている。野心作だった場合、結構危険な香りもする。


「どうしたの?飲まないの?」


 みゆきに声をかけられて、あたしは思考の旅から帰還する。


「ああ、うん。飲む、飲むよ」


 みゆき、先に飲んでくれ。あたしはあとから逝く。


「でも、あたし猫舌なんだ。みゆきは飲んでていいよ。お姉さん、ケーキある?」

「そっか。じゃあお先に」


 あたしの言葉を一ミリも疑わずに、みゆきはカップに口をつけた。ごめん、みゆき。騙すようなマネをして。だけど、人を簡単に信じるあんたが悪い。ここは世間の厳しさを知るべきだ。心苦しいがあたしは心を鬼にするよ。みゆきのためだもん。安心してくれ、あんたの最期はあたしが見届けてあげる。


 あたしは、みゆきのため、という言い訳の常套句的存在を大義名分にして、みゆきに毒見をさせた。みゆきは躊躇うことなく、一口紅茶を含んだ。そして、飲み込んで一言。


「あ、おいしい」

「本当?よかったわ」


 お姉さんはいつもの笑顔のまま、普通に返事をした。


「本当においしいの?」


 あたしがみゆきに確認を取ると、


「うん、おいしいよ。ケーキに合いそう」


 へえ。あたしは匂いを嗅いでみる。うん、いい香りだ。そして、一口含む。


「あ、おいしい」


 みゆきと全く同じ反応になってしまった。お姉さんのほうを見ると、相変わらずの笑顔。その様子はどこか誇らしげだった。むう、やられたな。本当においしいのだが、あたしはどこか納得がいかなかった。なーんだ、普通においしいじゃないか。


 あたしはもう一口飲む。うん、やはりうまい。


「日向さん、熱くないの?」

「え?ああ・・・・・・」


 忘れてた。えーっと・・・。


「あ、あっつーい!」


 何だか、あからさまに棒読みになってしまったな。ま、いいか。どうせもうバレているだろうし。


「大丈夫?ほら、先にケーキ食べれば?」


 いつの間にか目の間に出てきていたケーキを勧めてきた。みゆき、あんたはどこまで純粋なんだ。騙してごめん。



 こうしてあたしたちはケーキを食べながら少ししゃべった。その間、ちょくちょく客が来ていたため、お姉さんは終始いたわけではないのだが、仕事がないときは会話に参加してくれた。


「昨日の紅茶は違うお茶葉だったの?」

「うん。あたしは昨日のほうが好きだったんだけど」

「そっか。そっちも飲んでみたいな」

「昨日のもあるわよ」


 あるのかよ!じゃあそっちを出して欲しかったな。


「お代わりする?」

「はい」

「うん」


 お姉さんは手際よく作業をこなし、すぐさま新しいのを出してくれた。


 うん。やっぱりあたしはこっちのほうが好きだな。


「あ、こっちもおいしいですね」

「ありがとう。よかったら持って帰って」

「え?いいんですか?」


 えー!そんなのありですか?ずるい!あたしも欲しいよ!っと、そうじゃなくて、


「駄目だよ、お姉さん。ただでさえ赤字経営なんだから」


 一応商品なんだから、簡単にあげちゃだめだって。


「そうなんですか?じゃあ私買います。おいくらですか?」

「いいって。ゆかりちゃん、余計なこと言わないで。大丈夫だから」


 余計って。あたしは一応心配して言ったんだけど。


「阪中さん、心配しないで。ちゃんと黒字出しているから」


 嘘でしょ。現在もあたしたちしかいない。みゆきも同じことを感じたようで、


「や、やっぱり私、ちゃんと買います。おいくらですか?」


 あたりを見渡して、財布を取り出した。


 するとお姉さんは呆れたようにため息をつき、


「確かにお客さんはあまり来てないけど、黒字なのは本当よ」


 はて?どういうことでしょうか?あたしとみゆきは、頭の上に仲良く疑問符を浮かべた。


「実は父さんたちのころからのお得意様が、毎月うちからコーヒーを買って下さっているの。そういうお客様が何名かいるから、店の売り上げがなくてもやっていけるのよ」


 なるほど、合点がいった。


「そのコーヒー、うちが独自にブレンドしたもので、それをとても気に入ってもらって毎月買ってもらっているの」


 その手があったか。そりゃ店に来る客の何倍も利益があるよね。


「それに本当に経営困難になったら奥の手を使うから。ゆかりちゃんは心配しなくていいの」


 はて、奥の手とは?そういえばかなり蓄えがあるとかないとか、この前言っていたな。


「まさか違法な手段が遣っているんじゃ・・・」

「使ってない!」


 そんなに本気になって怒らないでよ。冗談だってば。


「奥の手って何?バイトとかするの?」


 それならうちに来てよ、家庭教師として。相場よりは絶対に出すし、仕事も少ないよ。あたしの話し相手になってくれればそれでいいよ。


「しないよ」


 ちょっと期待したあたしだったが、ばっさり否定された。うーん、またしても振られてしまったな。


 しかし、本当にどういうことだ?あたしとみゆきはまたしても顔を見合わせた。そんなあたしたちを見て、お姉さんは答えを口にした。


「養育費よ」

「あー・・・・・・」


 し、しまったあ。どうやら踏み込んではいけないところに片足を突っ込んでしまったらしい。


「私のお母さん、小さいころに亡くなっているのよ。そのとき、実の父は、私とお母さんを捨てて、どっかの社長令嬢と結婚したの。それで私は、今の父さんたち、実の母の弟夫妻に引き取られたってわけ」


 あー、こりゃ結構ダークは家族関係ですな。相手は社長令嬢か。何となく申し訳ない気分になるのは気のせいだろう。しかし、男ってやつは最低の生き物だな。自分の子供が可愛くないのか?ま、自分の子供って言っても、自分がお腹を痛めて生むわけじゃないし、その辺は女性と違うよね。どこの物語でも妊娠したって言うと、たいてい男は嫌な顔するしな。『生むのか?』って当たり前だろ!誰のせいで妊娠したと思っているんだ!女だって一人じゃ子供作れないんだよ、聖母マリアじゃあるまいし。いつだって社会の中心には女がいるんだよ。女をなめるなよ!女ってだけでお茶くみだと思うな!女は男より努力しないといけないから(納得いかないけど)、同じ地位にいた場合女のほうが優秀なんだよ。ちなみにあたしは結婚したって、次期総裁の座を譲るつもりはない。たいていの男よりはあたしのほうが優秀だという自信がある。結婚しただけで世界を牛耳れると思ったら大間違いなんだよ。総裁になりたかったらあたしを負かしてみろってんだ。あたしは女だからって男に屈服するつもりはないよ。あたしは女である前に日向ゆかりなんだ。スーパー美少女お嬢様なんだよ!


 おっと、いけないいけない。個人的な怒りが思わず出てしまった。話を戻すとして、ようやくお姉さんの言っている事が解ってきたぞ。つまり、


「お姉さんは、その養育費に手をつけていないってわけだ」

「そう。だって必要ないもん。世話になりたくないし」


 この人も意外に強情だな。いや、芯が通っているというのか。それだけ父親をよく思っていないということだろう。しかし、捨てたり付き返したりしていないってことは、そこに至るほど嫌いってわけじゃないのか?それとも、お姉さんが人間的によくできているってことかな。あたしだったら破産するほど使いまくってやるんだけど。


「じゃあそのお金どうするの?もったいないじゃん」

「んー、確かにね。寄付するとか?月の土地を買うとか」


 あー、あくまで自分のために使う気はないんだ。


「とりあえず今は考えてないわ。やっぱり私としては許したくないし、世話になるもの嫌。私の父親は今の父さんだけだから」


 確かに。今更父親面されても、って思うよね。


「ま、そっちに関しては何も悩んでいないんだけど・・・」


 と言い、お姉さんは顔を曇らせた。何だ何だ?


「あの人以外にもお金が送られてきていて・・・。それが誰からだか解らないのよ」


 へえ。その流れだと、親戚からっぽいけど。


「使ってもいいと思うけど、やっぱりちょっと怖いし。金額も普通じゃないっていうか」


 ほう。そんなに大変な額なのか。


「いくら?」

「毎月三千円」


 あたしは当然聞き間違いだと思った。今、三千円って言った?


「三千万とか三千ドルじゃなくて?」

「うん、三千円。ちょっと前までは二千円だった」


 確かにおかしな金額だな。そいつはまるで、


「まるで、子供のお小遣いですね」


 今まで黙って聞いていたみゆきがぼそっと呟いた。まさにその通りだ。その金額では一体何の資金か解らないぞ。お姉さんにお小遣いでもあげているつもりか?ちなみに言っておくけど、お姉さんはとっくに成人を迎えている大人である。


「目的も用途もよく解らないから、一応取っといてあるんだけど」


 と、お姉さんはカウンターの奥に行き、一つの封筒を持ってきた。


「うちのお金と混ざらないように、別にしてあるんだけど」


 ふーん、しっかりしているな。じゃなくて、ちょっと待て!


「てことは何?振込みじゃなくて書留で来ているってこと?」

「そうなのよ。だから余計に気持ち悪くって」


 書留で送ってきている?なぜだ?お姉さんの父親は振込みなのだ。親類縁者なら、同じように振り込めばいい。そのほうが安全だし、確実だし、スピーディーだ。わざわざ書留にする理由がない。では親類縁者じゃないのか?そうなると、住所を知られていることになる。確かに気持ち悪い。もしかしたら見張られているかもしれない。


「それっていつから来ているんですか?」

「ちょうど去年の四月くらいかな」


 じゃあ結構最近のことなのか。


「何か心当たりないの?」

「心当たりってどんな?」


 うっ。ごもっともな返答だ。どんな状況に陥ったら、こんな事が起こるだろうか。


「人助けをしたとか?」

「月二・三千円書留で送ってくるような人助けって何?」


 またしてもごもっともな返答だ。そうだなあ。例えば、


「雪の振る日に傘を貸してあげたとか」

「それは笠地蔵でしょ」

「子供たちにいじめられていた亀を助けた」

「それは浦島太郎」

「えー。じゃあ悪者を演じて青鬼と人間を仲良くさせた」

「それは泣いた赤鬼。青鬼が悪者を演じたほうよ」


 あちゃあ、初歩的なミスを。


「えっと、じゃあ・・・」

「もう冗談は終わりにして」


 あー、怒られてしまった。


「名前とか住所に心当たりはないんですか?」


 ああ、その手があったか。でも、そういうのってたいてい名前書いてないよね。


「書いてなかったわ」


 やっぱりね。


「もういいわ。まだ何も起こってないし、少しでも怪しいと思ったら警察に連絡するから。だからこの話はおしまい」


 何か起こってからでは遅いって。真面目な話、ストーカーという線が一番ありうる気がする。うーん、大丈夫かなあ。お姉さん、今は一人暮らしだし。隣でみゆきも心配そうにしている。警察に連絡すると言っても、連中は実害出るまで動いてくれないし、あまり信用できないような気がする。


「大丈夫よ、きっと。とにかくこの話は終わりだから。それで、二人とも紅茶のおかわりはいかが?」


 お姉さんがこんな調子じゃあまりしつこく言ってもしょうがないか。とは言え、完全に放っておくわけにもいかない。・・・・・・少し考えてみるか。小説のことといい、今回のことといい、何か本格的に探偵みたいになってきてしまったな。まあいいか。とりあえず今は、


「おかわり下さーい!」

「はーい。阪中さんは?」

「はい。いただきます」

「お姉さん、あたしおなか減った」

「そう。じゃあ何か食べる?」


 とりあえず今は、この時間を楽しむことにしよう。



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