表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/14

PHASE.12

翌日の話。次回最終話。

 そして翌日。あたしはお姉さんのお願いどおり、またしてもここに来ていた。


「この辺はだいたいでいいから。今日もお客さんあまり来ないと思うし。ただ、常連さんには気をつけてね。結構味にうるさいから」

「気をつけてってどうすればいいのよ」


 ただし、今日はいつもとは違うぞ。ただいるだけではないのだ。なぜならあたしは今、カウンターの内側にいる。なぜって?お姉さんに頼まれたからに決まっている。


「まあ適当に謝ってくれればいいよ」


 それで店に来なくなっちゃったらどうするんだ。お姉さんの口調が嫌に軽くて逆にあたしは緊張している。うーむ。サイフォンを扱うのは当然初めてだ。


 ちなみにここにいるのはあたしだけではない。もう一人、スペシャルゲストがいる。


「成瀬君は料理できるのよね?今日だけ、ランチやってますって看板出しちゃったから、適当に注文受けてね」


 そう、成瀬だ。なぜこんなことになっているかというと、なんと、今日はあたしと成瀬がこの店を任されるからだ。ま、お姉さんははずせない用事があるのだ、仕方ないね。


「何で俺がこんなことを・・・」


 ごちゃごちゃ言うな。ここまで来たんだ、腹を括れ。あんた、男だろ。


「文句言うならお姉さんに言って。それに、今日のことは無関係じゃないでしょ」

「俺は責任取らないと言ったはずだ」

「だから、文句はお姉さんに言って」


 全く女々しい野郎だ。正直あんたの愚痴を聞いている暇ないんだよ。あたしはサイフォンの相手で忙しいんだから。てか、今日教えてもらって、うまく淹れられるのか?あたしは無理だと思う。だから、客から見えないところにはコーヒーメーカーが置いてある。これは内緒の話である。

 


 そうして、あたしにとって初めてのアルバイトは始まった。正直久しぶりに緊張したね。最初は四苦八苦したが、慣れたらずいぶん楽しめた。本格的にここで働こうかと思ったよ。しかし、今日に限って忙しかった。皆さん、気軽にランチできる場所を探しているのかな。などと思うほど、成瀬の料理は好評だった。もしかしたら成瀬はスカウトされるかもしれない。


 しかし、お姉さんはずっとしかめっ面で、何か考え事をしている様子だった。それもそうだろう。お姉さんにとって、今日は特別な日だ。一世一代と言っても過言ではないだろう。もし、今日あたしがオーケー出さなかったらお姉さんは店を開けなかったかもしれない。お姉さんは緊張していた。


 そして、ついにそのときが来た。


 店に新規の客が来た。その客は親子連れ。父親と娘だ。その二人はカウンターの前まで来て、注文するより先に、


「樋口勇人です」

「樋口小春です」


 と名乗った。つまるところ、お姉さんは会うことにしたのだ。そのためにあたしと成瀬はここに呼ばれたというわけだ。


「お待ちしてました」


 親子のそれとはかけ離れた会話だ。しかししょうがないだろう。二人は今まで親子ではなかったのだから。その曖昧な関係を変えるために今日会ったのだ。さて、その決意はどちらに傾くだろうか。


 お姉さんは二人を一番奥のテーブルへ案内する。視覚的にも聴覚的にもあたしたちは介入できない位置だ。これから語られる話はどんな話になるのだろうか。願わくば、誰にとっても幸せな話でありますように。




 それからが長かった。客が減ったら『コーヒーのおかわりはいかがですか?』とか言って乱入しようかと思っていたのに、一向に客は減らなかった。そして、ようやく客足が途絶えた午後六時ごろ。三人はカウンターに姿を現した。


「今日はわざわざありがとうございました」


 相変わらず硬い挨拶だ。ま、しょうがないのかな。家族とは言え、さすがにそう簡単に打ち解けることはできないだろう。今まで心を許していなかったのだからなおさらだ。理解していても、あたしは少し寂しかった。しかし、


「小春ちゃん、今いくつだっけ?」

「十三歳です」

「そっか。今までお年玉上げなくてごめんね」

「いえ。とんでもないです」

「だから、今日まとめてあげる」

「え?」


 お姉さんは金庫から封筒を取り出した。あ、その封筒って。


「はい。お年玉」


 小春ちゃんはずいぶん分厚いその封筒を受け取ると、その中身を取り出した。封筒の中からは、


「・・・・・・・・・!」


 大量の千円札が出てきた。もちろん何枚あるか、数えることはできないが、あたしはそこに何枚の千円札があるか想像できた。おそらく、三十三枚。三万三千円のお年玉だ。中学二年生にしてはちょっと多いかな。でも、別に問題ないでしょ。だって、元はと言えば彼女のお金なのだから。


「また会おうね」

「はい!」


 お姉さんは笑顔だった。どうやら完全に今までと変わりなしではなかったようだ。この変化が悪い変化であるはずがない。


 お姉さんは、小春ちゃんから視線を移動させ、樋口勇人を見た。


「いずれまた会いましょう」

「ああ」

「今度は母の話を聞かせて下さい」


 この言葉に、樋口勇人は目を見開いた。だが、それも一瞬のことだった。


「ああ。もちろんだ」


 樋口勇人は大きく頷いた。その目に涙がにじんでいるように見えたが、きっと気のせいだろう。こんな嬉しい瞬間に涙を流すはずがない。だって涙は悲しいときと悔しいときに流すものだ。


 そして二人は帰って行った。その後姿を見送るお姉さんの顔は、どこかすっきりしているように見えた。


「よかったね」


 あたしは思わず声をかけていた。


「うん?何が?」


 そう来たか。役者だね、お姉さんも。


「何でもないよ。それで、お金はどうするの?」


「いらないって言ったんだけどね。お母さんとの約束だから、使ってくれって言われちゃって。だから少しずつ使うことにするよ」

「そっか。で、小春ちゃんのほうは?」

「あっちはちゃんと断っておいたわ。さすがに妹にお金をもらうわけには行かないからね」


 なるほど。妹ですか。


「何変な顔しているのよ」


 変な顔とか言わないでよ。かわいく微笑んだんだよ!


「それで、次はいつ会うの?」


 あたしの質問にお姉さんは苦笑。うん?あたし、何か変なこと言った?


「しばらく海外赴任するみたい。何でも海外展開を考えているみたいで、社長自ら出かけるみたいよ。単身赴任みたいだけど」

「それはいつまで?」

「さあ。でも一年や二年の話じゃないみたい」

「・・・・・・・・・・・・・・・」


 成瀬の言ったとおりだな。何でこのタイミングで再び面会の話を持ちかけてきたのか。その答えがこれってわけだ。せっかくまた会えたのに、しばらく疎遠になってしまうのか。


 でもお姉さんは前を向いた。これまで目を背けていた問題と再び向かい合ったのだ。これが変化のきっかけにならない訳がない。


「じゃあこれからは小春ちゃんと二人で会えるんだ!」


 あたしは明るく言った。今日はいい日のはず。悲しんで暗くなるのはおかしいでしょ?


「そうだね。そう考えると、悪くないかも」


 お姉さんも笑ってくれた。いつもとは少し違う、子供っぽい無邪気な笑顔で。


「とにかくこの問題は全部片付いたわ。ありがと。ゆかりちゃんには感謝しているわ」

「どうしたしまして」


 一応こう言わせてもらったけど、あたし役に立てたかな?それよりもっと感謝しなきゃいけない相手が他にいるでしょ。


「成瀬君もありがとう。全部あなたの言うとおりだったわ。さすが、ゆかりちゃんの見込んだ人ね」


 なーんかおかしなこと言ってないか?


「俺は何もしていませんよ。今回のことでお礼を言うなら、この小説の作者に言って下さい」


 この男は一体どこまで・・・。


「そ、そうだね・・・」


 ほら見ろ。お姉さんも引いてしまっているじゃないか。だいたいあんたは自分のしたことを軽んじてみている節がある!少し考えれば解ることじゃないか。確かに、あの小説がなければ事件の真相にもたどり着けなかったし、お姉さんたちに進展はなかったよ。でも、あの小説があっただけではどうしようもなかったのは事実だろ。あんたが小説と事件の繋がりに気付いて、お姉さんに教えてあげたから、今日三人は会えたんでしょ。こいつ、本当に解っていないのか?正直信じられないレベルまできているぞ。謙遜しているだけじゃないのか?謙遜にしても度を越えているぞ。


 しかし、これ以上言っても仕方ないことも、あたしは知っている。前回のことで学んでいるよ。こいつはこういうやつなんだ。何度言ったって変わらないと思うよ。お姉さんも、何となく理解しているようで、もう繰り返しお礼を言ったりしなかった。


「さて。じゃあお店閉めちゃおうか?」

「えー!」


 今日もですか?最近いつもじゃん。平気なのか?この店は。


「今日は二人ともありがとね。慣れないことやって疲れたでしょ?お礼に私がご馳走しちゃうから」


 いやー、それはありがたいんですけど、何というか、とにかく店は平気なのかと問いたいね。成瀬もどこか困ったようにしている。ため息を吐く仕草がいつもと違う。


 ま、いいか。あたしにとっても今日はいい日だ。お姉さんも上機嫌だし、断る理由はほとんどない。あたしは奮って参加することにしよう。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ