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PHASE.11

解決編です。楽しんで下さい。

「今日は話があって来ました」


 閉店時間となり、客がはけると成瀬は重々しく口を開いた。


「どうしたの?改まっちゃって。あの小説のことなら聞いたわよ」


 今日はそのまま店で話している。きっと昨日みたいにはならないだろうから。


「そのことは聞きました。ですが、今日は別のことです。時間平気ですか?」


 成瀬はいつもどおり、表情を変えずお姉さんの顔をじっと見つめている。


「うん、時間は大丈夫だけど……」


 お姉さんは困惑した表情であたしに視線を向けた。


「あたしからもお願い。話を聞いて」


 お姉さんは頷いた。まだ困惑した様子だが、これでとりあえず話を始められる。


「話を始める前に、まず謝らなければなりません」

「え?謝るって何を?」

「俺は小説の依頼を受けてここに来たわけではありません」


 お姉さんは理解できていない様子で、頭の上に疑問符をたくさん浮かべている。


「どういうこと?ゆかりちゃん」


 仕方ないな。ここまで来て黙っている意味はない。ここでネタバレだ。


「ごめん、騙すような真似して。あたしは成瀬に、例の三千円のことを頼んだの」

「え………?」


 もちろんあたしは騙そうと思っていたわけじゃない。でも結果として騙していたことに変わりはない。きちんと謝罪すべきだ。


「俺からも謝罪します。成り行き上とはいえ、無関係の身でプライバシーを侵害しました」

「あんたは謝らなくていいよ。悪いのはあたし一人だから」


 お姉さんは驚きを隠せない様子で、まだ一言も発していない。


「勝手なことしてごめん。でもさ、あたしは本当に心配だったんだよ。お叱りの言葉は後で聞くから」


 あたしが真剣に言っていることを理解してくれたのか、お姉さんは表情を緩めてくれた。


「もう。言ってくれれば私も手伝ったのに」

「ごめん」


 ちょっと回りくどかったね。でも結果オーライでしょ。


「もう謝らなくていいよ。それで、」


 お姉さんは視線を成瀬に移す。


「送り主は解ったの?」

「俺は話を聞いただけです。ですから断定はできませんし、自信もありません。発言に責任も持ちません」


 成瀬は後ろ向きな前置きをした後で、


「とりあえず自分で妥当だと思える見解にはたどり着きました。ちなみに証拠はありません。全ては俺の推測です。気になったら自分で調べることをお勧めします」

「うん。解った」


 お姉さんは苦笑気味に返事をした。しかし、どうしてこいつは自分のことを信じてやれないのかね。思わずあたしもため息。


 まあいい。とりあえず話を聞こうじゃないか。


「先ほど言ったとおり、過去の話聞かせていただきました。詳しく聞いたのは昨日が初めてだったのですが、俺はどこかで聞いたことがあるように感じました」


 そりゃどういうことだ?よくある話ってことか?それとも、


「あの事故のこと、知っていたの?」


 可能性はある。二十年も前の話だが、過去の事件が新聞やニュースに上がることもしばしばあることだ。


「始めはそれを考えました。しかし、細部を聞いていくうちにその感覚は失せていきました。つまり、似たような話とごっちゃになったのでしょう」


 そんなこともあるだろうよ。確かによくある話だ。しかし、何が言いたいのかよく解らない。その話がどうかしたのか。


 と思っていると、成瀬はあたしに視線を移した。


「あんたはどうだ?聞いたことなかったか?」


 え?いきなり話を振るなよ。そうだな、えっと……。


「まあある気がするけど、うーん……」


 どうだろうか。聞いたことある気がするけど、詳しくは思い出せないな。お姉さんも首をかしげている。うーむ……。すると成瀬が、


「権力を持つ家の長男が貧しい家の娘と恋に落ち、二人は娘を授かる。しかし、男は親に反対されていて、しばらくして女が事故で亡くなる。その後男は両家の娘と結婚。またしても一人娘を授かる」


 ざっくり内容を説明しだした。本当にざっくりだな。いや、ちょっと待てよ。この話、どこかで、しかも最近見たな。何だっけなー?


「あ!」


 あたしとお姉さんは同時に声を上げた。それってもしかして、


「あの本……」


 例の、あたしが推理を頼まれていたあの本と全く同じだ。


「そう。あの『すれ違う想い』とストーリーが瓜二つなんだ」

「どういうこと?」


 お姉さんは再び成瀬に尋ねる。このタイミングでこの話をしたんだ。全く無関係ってわけじゃないだろう。知らないってのもなしだぞ。


「この本が事件に関係しているの?」


 案の定、成瀬はあたしの問いに頷く。やはり。だが、どういうことだ?まさか、


「この本はあの二十年前に起きた事件を元にして書かれた、ノンフィクションだ」

「え!」


 あたしとお姉さんはまたしても同時に驚いてしまった。いや、こりゃ誰でも驚くだろう。どんな超展開だよ。


「ちょっと待ってよ。確かに似ているのは認めるけど、さすがに飛躍させすぎじゃない?この本が出版させたのは昨年だよ。事件は二十年前。何でこのタイミングで出版されんのよ!」

「そんな作品いくつもあるだろう。広く見れば歴史小説のようなものだ。別におかしくはない。それに……本ありますか?」


 お姉さんは後ろの棚から本を取り出し、成瀬に手渡した。


「似ているなんてもんじゃない。登場する人物の関係が全く一緒だ」


 成瀬は本を受け取ると、ぱらぱらとページを捲った。


「根拠はまだあるぞ。登場人物の名前だ」


 成瀬は一枚紙を取り出すと、そこに事件の関係者と本の登場人物の名前を書いた。


「ブレーブは英語。意味は勇ましい・勇敢な。リュミエールは仏語で意味は明かり・光。ヴァールハイトは独語で真・誠。リーラも独語で紫。アヴニールは仏語で未来だ」


 それぞれ対応する人物の名前が一致していた。こんなことが偶然で起こるはずがない。


「まだあるぞ。アテナはギリシャ神話に出てくる女神で、知恵・芸術を司る。フローラは花と春と豊穣を司る女神で、ギリシャ神話ではクロリスに当たる。ジョージは、まあそのまま丈二でいいんじゃないか」


 見事に一致している。こりゃあ、信じざるを得なくなってきたな。本当にこの二つは同じものなのか?もし本当にそうだとすると、一つ仮説ができるな。


 あたしはお姉さんを見た。お姉さんは顔を伏せている。あたしの位置からでは表情は見えないが、かろうじて見える口元は真一文字になっていた。お姉さんも気付いているのだろうか。


「まだ何かあるか?なければそろそろ本題のほうに入りたいんだが」

「仮に!」


 あたしは思わず叫んでしまった。落ち着け、あたしが興奮するところではないはずだ。


「仮に、あんたが言うとおりだとして、何で作者はこんな中途半端なところで作品を終わらせたんだ?ノンフィクションなら最後まで書けるはずでしょ。いや、書くべきだ」


「おそらく作者は事故でないことを知っていたのだろう。それに、事故と書いてしまっては作者の目的が果たされない」


 やはりそうか。あたしの仮説は補強された。


「つまりあんたは、あの二十年前の事故も、自殺だったって言いたいのね」


 お姉さんの身体が若干はねた気がした。


「ああ。あの事故は被害者樋口美花の自作自演だったんだ」


 あたしはため息をついた。こりゃどういう偶然だよ。お姉さんだって、たまたま興味を持った小説に自分が登場するなんて思わなかっただろう。それにしても作者は一体何者だよ。目的って何だ?あたしは成瀬を見る。


「解らないことがあるなら、もう一度この本を読んでみて、自分の推理を思い出せばいい。この本に全て書いてある」

「残念ながら書いてないよ。あたしが知りたいのは作者のことだから」


 自分のことを自ら執筆した小説に書くやつはいないだろう。正規のルートで出版されたものならば、表紙や裏表紙の裏にちょっとした紹介が載っているが、これは載っていない。


「作者は名前しか書いていない。これはわざとそうしたんじゃないの?自分のことを知られないために。その名前だって手がかりにならないかもしれない」


 火朽砂糸だっけ?未だになんて読むのか解らない。


「確かに、作者は自分のことを書いていない。しかし、推測不可能かというとそうでもない。この真相に気付いてもらうために、足跡を残している」


 成瀬は先ほど登場人物の名前を書いた紙を示す。


「何度も言うが、この小説は例の事件を基に書かれたノンフィクションだ。その理由として、登場人物の名前が事実に基づいた名前になっていて、それぞれ対応する人物がいる」


 あたしは紙をじっと見た。確かに対応している。これで無関係だというのは、ちょっと無理があるというくらいに。全員にそれぞれ対応する人物がいる。と思ったが、あれ?これは…………。そこであたしは成瀬が言いたい事に気づいた。


「これだけ事実に基づいた内容をしているにもかかわらず、一人だけ現実に存在しているのに、小説に登場していない人物がいる」


 その人物は誰か。捜査は簡単だ。現実に存在している人物を一人ずつ小説の人物に当てはめればいい。勇人は違う。美花も違う。丈二、知恵、誠二、ひかり、全員違う。お姉さんも違うし、小春ちゃんも違う。豊口未来も違う。残るは一人しかいない。


「小説では、ブレーブは一人息子で兄弟はいない。しかし、現実ではどうだ?樋口勇人に兄弟はいないだろうか」

「樋口才人……」


 そうだ。樋口勇人には弟がいる。現樋口製菓の社長。なぜここまで忠実にしてきた登場人物の中で才人だけが小説に存在していないのか。ブレーブは一人息子であることを明記してまで、才人の存在を消したのか。この会話の流れからして答えは一つしかない。ここに来て火朽砂糸の読み方が解った。


「答えは樋口勇人の実弟樋口才人がこの小説の作者だということだ」


 これで作者の正体が解った。次の問題は、才人はなぜこの小説を書いたのかということ。


「確かこの小説は、客の忘れ物だったよね?」


 あたしはお姉さんに尋ねる。返事はなかったが、あたしはそう聞いた。つまりその客が、

樋口才人だったのだろう。


「樋口才人はこの店に来客し、そしてこの小説を置いていった。もちろんわざとだろう。なぜそんなことをしたのか、答えは一つだ」


 客が忘れ物をしたら店側は、その客が取りに来たときのために、忘れ物を預かっておく。しかし、いつまで経っても取りに来なかったら、それはどうなるのだろうか。店側の対応としては中身を確認して、貴重品だったらおそらくまだしばらく取っておくかもしれないが、そうでなければ捨ててしまう。それが小説だったら、きっと読んでしまうだろう。そしてそれが面白ければのめりこんでしまい、最終的に事件の真相が気になってしまう。容易に想像できる展開だ。つまり、


「この小説はあなたに事件の真相を考えてもらうために書かれたんだ」

「だからなんだって言うの?」


 今までずっとだんまりを決め込んでいたお姉さんが口を開いた。


「樋口才人がこの小説を書いて、それはあの事件のノンフィクションで。この小説を書いた理由は私に読ませたかったから?それで?あなたは何が言いたいの?」


 もしかしたらお姉さんは無意識的に成瀬の言いたいことが解ってしまったのかもしれない。そして、無意識的に拒否しているのかもしれない。


「あなたは小説の結末を聞いてどう思いましたか?このばらばらになった家族に対して、どんな感情を抱きましたか?」

「それがどうしたの?あなたに関係ないでしょ!」


 やはりお姉さんは何かに気付いている。しかし、今まで絶対的に拒否していたこと。そう簡単に受け入れられないみたいだ。少しパニック状態になってしまっている。一方成瀬はいつもどおりに無感情な無表情で、話を続ける。


「確かに関係ありませんでした。俺は例の三千円について、頼まれただけです。ではそっちのほうに話を移行しましょう」


 成瀬は再び本を広げた。


「この小説の中には、樋口才人の存在のほかにもう一つ現実と相違している部分があります」


 成瀬はパラパラとページを捲り、そして手を止める。


「場所はエピローグ。事件の収まった後の話が書いてある部分です。そこの最後、育ったクロリスとブレーブの会話の部分ですが、ブレーブと共にクロリスも、リーラに贈り物をし始めたと書いてあります」


 あたしはその部分を昨日読んだ。クロリスは花を贈り物に選んだのだ。確か、カルセオラリアとかいう名前の花だ。確か花言葉は……。


「ブレーブは樋口勇人のことですから、毎月養育費が送られてきているので、事実どおりです。しかし、クロリスはどうでしょうか?クロリスは、あなたの腹違いの妹樋口小春のことです。樋口小春から毎月贈り物はありますか?」

「あるわけないでしょ。彼女は中学二年生。まだ子供なのよ。私のことを知っているかどうかも怪しいのに、贈り物なんてするわけないでしょ」

「そうかもしれませんが、この小説にはそのフレーズが出てきます。知らないおじさんに教えてもらったとも書いてあります」

「小説が何なのよ!事実私がもらっていないって言っているでしょ!」

「いえ、あなたはもらっています」

「もらってないわよ!父さんたちに仕送りをもらっている以外では樋口勇人からしか……」


 と言いかけて、お姉さんは口を開いたまま言葉を止め、ぐっと唇をかんだ。お姉さんは何か思い当たったようだ。


「そうです。例の送り主不明の三千円が樋口小春からの贈り物です」


 まさしく子供のお小遣いだった。最初に送られてきたのは去年の四月から。きっと中学に上がってお小遣いが増えたのだろう、そこからわずかながら送るようにしたのではないか。そして、今年の四月に進級してお小遣いの金額も上がったら、お姉さんに送る金額も二千円から三千円にあげた。


「だから!さっきから何が言いたいの?小説に書いてあることが事実だったからって何?事実っぽいだけで事実だなんてまだ解らないわよね?送り主も小春ちゃんじゃないかもしれないし、作者も樋口才人じゃないかもしれない。お母さんも自殺じゃないかもしれない。そもそもこの小説がフィクションだったら全部無関係だわ」

「そうですね。確かに証拠はありません。ですが、あなたが樋口勇人に会いに行けば、全て解ります」

「!」


 まさか、こいつ。この話を聞いたときからずっと考えていたのではないだろうか。おい成瀬、そりゃあたしの役目だろ。あんたはやらなくていいって言ったじゃないか。


「俺の推測が外れたならば、樋口勇人がどんな気持ちで会いたいと言っているのか皆目見当もつきません。しかし、俺の推測があったっていたなら、おそらく樋口勇人は今でもあなたと、あなたの実母美花を愛していると思います」


 全ては想像。外れれば妄想と言われても仕方がないことだけど、もしそれが真実ならば。


「樋口才人はどんな気持ちでこの小説を書いたのでしょうか。おそらく才人が真実を知ったのは十年以上前のことでしょう。兄を問い詰めたのか、それとも兄のほうから話を持ちかけてきたのか。俺には解りませんが、それを聞いた才人はきっと兄とその家族の悲しい別れに涙したのではないでしょうか」


 あたしはあの小説の中で、遺書の存在を考えた。その遺書には誰にも言うな、とか、アヴニールと結婚して幸せになってくれ、とか書いてあると想像した。事実の事件でも遺書があり、似たような内容が書いてあったならば、読んだ人間はどう思うだろうか。勇人は間違いなく泣いただろう。しかし、勇人以外でも、二人のことを知っている者ならば、その悲しい別れに涙するのではないか。


「誰にも言わずに最近まで過ごした。もしかしたら忘れていたかもしれません。しかし、あることがきっかけで、その悲しさがぶり返した。そして、やはりこのままでは駄目だと思い、この小説を書いた。そのあることとは何でしょうか」


 お姉さんは答えない。代わりにあたしが口を開く。


「初版発行は去年の今頃。ってことはもうすでに小春ちゃんが書留を送っているね」

「そう。才人は風の噂で、あるいは兄から、もしくは小春本人からそのことを聞いたのだろう。いつまでも娘の幸せを思う兄と、見たこともない姉に慰謝料を送るその娘、そしてすれ違いによって実父を恨むもう一人の娘。才人はこの悲しい関係を清算したいと考えたのではないか」

「黙って!」 


 お姉さんは成瀬の声を遮って叫んだ。その目からは涙がこぼれている。


「樋口勇人は私のお母さんを裏切ったのよ!父さんから最愛の姉を奪ったのよ!私の恨むべき相手なのよ!弟とか娘とか使って私を騙そうとしても無駄だわ!今更許すことなんかできないのよ!」


 お姉さんは声を荒らげる。しかし、あたしの心はどんどん沈んでいった。その声は、助けを求める子供のようにしか聞こえなかった。


「何が言いたいのよ!全ては私の勘違いだって言いたいの?だから恨むのはお門違いだって言いたいの?それで、私は何をすればいいのよ!」

「何をするか選択するのはあなたです。ただ俺の話を聞いて何か感じたのならば、行動を起こすべきでしょう。しかし何度も言いますが、全く証拠はありません。俺の推測がただの妄想だったら、俺のことも恨んでいただいて構いません。しかし、」


 信じる根拠はこの小説だけ。しかも全ては成瀬の解釈。もちろん間違っている可能性も少なからずあるだろう。信じて、それが間違いだったら最悪。しかし本当だったら?


「しかし、本当だったらどうでしょうか。今は違くともあなたと樋口勇人は親子です。腹違いとはいえ樋口小春とは血を分けた姉妹です。この機会を逃すと、もしかしたらもう一生会えないかもしれません。考えても見て下さい。何でこのタイミングで会いたいと言ってきたのでしょうか?まだ夏休みまで時間があります。樋口勇人だって一応取締役です、今は忙しい時期でしょう。なぜあと一ヶ月待てなかったのか」

「私の母親はもういないの!父親も妹もいないのよ!」

「そのとおりです。しかし、亡くしたものが何なのか解っているなら探すことも、もう一度手に入れることも可能です」


 お姉さんはきっと樋口勇人のことを嫌いではないのだ。しかし、小林誠二・ひかり夫妻に育ててもらった手前、好きとも言えない。立場的に板ばさみになり耐えやすいほうを選んでしまったのだ。好きだと認めてしまって、樋口勇人を信じると裏切られたときつらい思いをする。しかし最初から信じなければ、そんな思いはしなくていい。裏切られたときのことを考えて、期待や信頼を破棄してしまうことは誰にでもあることだ。お姉さんはその気持ちに気付いてしまったんだ。もう忘れられない。しかし、まだ踏みとどまることができる。今お姉さんは岐路に立たされてしまったのだ。


「少し話しすぎましたね。今日は帰ります。さっきも言いましたが、決めるのはあなたです。俺はあなたが選んだ答えに文句を言うつもりはありません。指図するつもりもありません。自分が思う最良の選択をして下さい」


 そう言うと、成瀬はおもむろに立ち上がり、店から出て行ってしまった。あいつは本当に自由なやつだな。泣いているお姉さんを一人にできるのか?あたしにはできないね。たとえお姉さんが出て行って欲しいと思っていても、だ。






「大丈夫?」


 しばらくすると、お姉さんは涙を止めた。


「ごめんね。迷惑かけたわ」


 どうやら興奮していた気持ちも収まったようだ。しかし、心の揺らぎはまだ収まっていないだろう。これからどうするのだろうか。


「遅くまで付き合わせちゃったね。今日はもう帰っていいよ」

「え?でも、」

「今日は帰って」


 むう。そう真剣に言われてしまうと、今日は歯向かえないな。うーん、仕方ないか。


「何かあったらまた呼んでね。あたし、力になるから」


 あたしが力強くそう言うと、


「じゃあお願いしちゃおうかな?」


 いきなり来るとは思わなかったね。まあいい。何でもどーんと来いだ!


「何?何でも言って?」

「じゃあ、明日――――くれない?」

「は?」


 あたしは聞き間違えたかと思った。


「それ本気?」

「本気」

「あたしでいいの?」

「うん。ゆかりちゃんならきっとできるよ」


 そう言われても……。あたし、大概のことはできると自負しているけど、やったことないことに関しては自信持てないなあ。


「何でもしてくれるんでしょ?」


 うっ。まあそう言ったけど。まあ仕方ない。いっちょやりますか!


「解ったよ」

「ありがと。お願いね」


 そこであたしたちは別れた。外はもうずいぶん暗くなっていた。

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