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PHASE.10

次回三千円の解決編です。

 翌日、あたしは立ち尽くしていた。場所は成瀬の住んでいるマンションの前。何だ、あいつ。こんないいところに住んでいるのか?確か一人暮らしっていう話だったが、あたしは場所を間違えたのか?


 エントランスに入ると、オートロックを開錠するためのテンキーがある。最近は個人情報とかの問題でエントランスに表札がない。厄介だな。万が一間違えて覚えていたらどう責任とってくれるんだ。


 あたしは、誰に対しての愚痴か解らないセリフをぶつぶつ呟きながら、覚えていた部屋番号を打ち込む。しばらく待つと向こうから反応があった。緊張の一瞬だ。


「はい」

「あー、あたしだけど」


 と名前を言わずに名乗ったのだが、相手は、


「ああ、あんたか。上がってくれ」


 と普通に返事をくれた。どうやら当たっていたようだ。ふう。いや、まあちょっと考えたら普通のことなんだけどね。



 エレベーターで上に上がり、成瀬の部屋を訪れたあたしはまたしても絶句していた。何だ、この部屋は。普通に四人家族で暮らせるだろ!一人暮らしで、しかも高校生が3LDK に住むな!全国の一般人に謝れ!


「何で一人暮らしなのにこんなでかい部屋に住んでんの?」

「さあな。そればかりは用意した親に聞いてくれ」


 おいおい。望んだわけでもないのにこんないい部屋に住んでいるのか?こいつの実家は何をやっているんだ。実はこいつもいいとこの坊ちゃんなのか?さすがのあたしだって頼みこまないとここまで広い部屋用意してもらえないぞ。


「あんた昼飯は?」

「まだだけど」


 あたしは辺りをキョロキョロしながら部屋に上がった。考えてみれば失礼だったし、スーパー美少女お嬢様としてあるまじき行動だった。それにしてもきれいな部屋だな。侍従でもいるんじゃないか?とてもじゃないけど、男子高校生の一人暮らしとは思えない。


「ちょうどいい。今から何か作るところだ。食べたいものはあるか?」


 振り返ると、成瀬はエプロンを着用していた。つまり成瀬が作ってくれるわけだ。


「何でもいいよ。昼にふさわしいものをお願い」

「了解」


 そう言うと成瀬はキッチンに入った。あたしはリビングで待機。あ、そういえば。


「昨日、お姉さんに小説の話しちゃったから」


 報告する必要があったかいまいち不明だったが、一応言っておいたほうがいいだろう。仮にも体裁上そっちがメインなのだ。まあ、こいつがそんなこと気にするとは思えないけど。


「そうか」


 案の定、成瀬の反応は淡白だった。


「反応はどうだった?」


「よかったと思うよ。嬉しそうだったし」


 昨日のお姉さんはいつにも増して楽しそうだった。そのせいで昨日はなかなか帰らせてもらえなかったけど、まあ許容範囲だ。


「そりゃよかった」


 確かによかったけど、あんたがそう言うと思わなかったね。そんなに気にしていたのか?



 しばらく待ち、食事が出来上がるとそろって昼食タイムとなった。


 むう。相変わらずいい腕しているな。味だけでなく、見栄えにもこだわっている辺り、本格的と言えよう。そこで思わず一言。


「あんた、料理人になりたいわけ?」


 正直男子高校生の自炊の域を超えているぞ。今の時点でこのレベルでは、将来板前かシェフだろう。全くイメージできないけど。


「別にそんな先のこと考えて料理しているわけじゃない。節約のことを考えると、どうしても弁当が必要だ。ならば少し真面目に料理をしてみようと思っただけだ」


 本当にそれだけか?それにしちゃあずいぶん本格的な料理をするな。少し真面目にって本気で言っているのか?しかし、こんな広い部屋に一人で暮らしていて節約なんて言葉が出てくると思わなかったね。この様子じゃ、仕送りも結構な金額もらってそうだが、おそらくほとんど使われていないだろうな。

 


 あたしたちは適当に会話を紡ぎながら食事を進めた。大半は下らない世間話だったが、それなりに楽しめた。


「例の資料は手に入ったか?」


 食器の片づけが終わると、成瀬は開口一番こんなことを言った。当然だ。間違って忘れてきていたら、あたしは昼食を取りにここに来たことになってしまう。あたしはそんなイージーなミスはしない。


「当時はちょっとした話題になったみたい。結構大きな事故だったみたいよ」


 あたしは資料を手渡しながら言った。


 車が倉庫に突っ込み炎上。舞い上がる小麦粉に引火して、粉塵爆発。それだけで十分大きな事件だったのだが、加えて、倉庫を保有する会社、唯一の被害者が全国紙の一面を飾る大事件になった大きな要因だった。


 成瀬はコーヒーを片手に資料を眺めている。その目は真剣そのものだった。この事件はすでに二十年経過している。今となっては過去の事件だ。殺人だったとしても時効が成立している。なのになぜそんな事件にこの男がそこまで真剣になるのか、このときのあたしはまだ理解できていなかった。


「なるほど、ずいぶん複雑な事件だな」


 ふと成瀬が呟いた。そのとおりだ。お姉さんの話では出てこなかったところに、とても複雑な経緯があった。


 事件の場所は樋口製菓の保有するとある工場。被害者は樋口美花。樋口製菓の専務樋口勇人の妻だ。単なる不幸な事故かと思われたが、事故後の捜査で美花と、勇人の両親丈二・知恵は不仲だったということが解った。また美花の乗っていた乗用車に整備不良があったことも判明した。ブレーキの故障とオイル漏れ。どちらも故意にやられたものだったらしい。その乗用車は、後に勇人の妻となる豊口未来の実家豊口自動車が製造整備を担当していたというのだから、事態は急変。殺人説が急浮上してきたってわけ。


 しかし、全体的に不明瞭な点が多く、殺人と決定付ける証拠も見つからなかったため、当初のとおり事故として処理されるに至った。


 あたしも目を通したが、かなり曖昧な情報ばかりで、理解できないところが多かった。確かに殺人の可能性が高かった。しかし、なぜのこの方法が取られたのか、納得のいく解釈がなされていない。またその日、なぜ美花が工場に向かったのかも解っていない。ま、結局のところ無罪が証明されたわけじゃなく、単純に証拠不十分だったのだ。


 しばらく無言で資料に目を通していた成瀬だったが、おもむろに資料を置き、コーヒーを一口すすると、口を開いた。


「あの店の閉店は何時だ?」

「え?えーっと……」 実は知らないな。いつも閉店時間前に、お姉さんが勝手に閉めちゃうから。って、ちょっと待て。ということは、


「あんた、今日行く気?」

「ああ」


 成瀬は簡単に言ってのけた。てことはつまり、


「解ったの?三千円の送り主が」

「ああ、おそらくな」


 それは本当か?あたしはさっぱりだぞ。


「それで、自信はあるの?」

「さあな。ちなみに証拠はない」


 ちなみにじゃないよ。証拠はないって?それでお姉さんを納得させることができるのか?まさか、本当に『間違えました、ごめんなさい』とでも言うつもりか?


「心配するな。おそらくあっている。それにこれは小説と違う。しかるべき人に聞けば、正解が解るんだ。本当に知りたかったら、そっちに任せればいい」


 正解が解るだと?しかるべき人って誰だよ。こいつ、始めから当てるつもりないんじゃないだろうか。いや、こいつはそんな無責任なやつじゃない。と思う。


「俺の仕事は三千円の送り主を特定すること。そのほかのことは知らないぞ。俺は今日行くつもりだが、あんたはどうだ?」


 解ったんだったら早いほうがいいのは間違いない。まあいい。成瀬を信じて依頼をしたんだ。最後まで信じてやる。毒を食らわば皿までも、だ。


「いいよ。解った、あたしも今日行く。間違ってたら承知しないから」

「悪いが、責任は取らない。俺は卑怯者だからな」


 あたしたちは、成瀬の家を出発した。



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