76話 肩書
愛称とは
名前や苗字を縮めてみたり 頭文字を取ってつけたりと
名付ける分には中々面白く 短絡的であるものだ
だが 愛称とは勝手気ままで意外と融通が利かないもので
困る人も多いのではないか
例えるなら
慣れない首輪を振り払おうともがく動物のような
そんな感じ
黒き衣を纏った者が横なぎに投げた短剣が喉元や局部に狙いを定めて飛来する。
鎧通しと言われる細く鋭い剣先は如何に鋼の鎧に身を包めど意味をなさず、衛兵はこれを剣でどうにか弾く。
「鎧に頼るな!!奴らの剣は隙間を通すぞ!!」
「了解です!」
隊を10人ずつ二つに分け、衛兵長含めた彼等が向かった先は誉高い知将の邸宅。
だが、訪れた先で兵の2人が凶刃の手に掛かり地に伏せ、数年にも及ぶ名誉が偽りのものであったと知らされたのだ。
絶望と失望に打ち拉がれる事なく武器を振るえるのは、やられたくないという生存欲と、衛兵長の指示の元で動く事で気を紛らわすことができたからだろう。
敵は7。
1人は反撃によって手負いとなったが、不意を突かれ既に兵士の2人がやられている。
人数は勝っているが、鎧を着込んだ相手を想定した殺意剥き出しの刃に油断はできない。
邸宅の庭とそこまでに連なる路上に4人ずつ円陣を組み、槍と盾での牽制。
「貴様ら!!子供はどこにっ・・・ぐ!!?」
全身黒装束で目元しか窺い知ることのできない相手の口元が動くが、獣のような唸り、口笛による合図のようなもので答えを返す。
相対しているはずの1人が投擲した短剣が左右を守る仲間に向かって放たれ、盾や武器で弾くも気付けば目の前に迫ってくるのだ。
手を振りかぶったと思えばただの空手。
視界の斜め下から向かってくる刃物に気づかず腕をやられた者もいる。
反撃しようにも俊敏な身のこなしで距離を取られては鋼の武器は意味を成さない。
「説得の余地無し!!生存を最優先に動け!!」
「了解、です!!」「了解!」「了解しました!!」
王国兵士の鎧を着込むこともせずの不意打ち。
大胆で効果的。
誤魔化すよりも、仕留めることによる時間稼ぎ。
兵士の力量も見知っての行動。
狡猾な戦い方は道徳性の欠片もない。
子供の安否どころの騒ぎで終わらない最悪の事態を想像し、兵士達は焦燥に陥るのも時間の問題だ。
瞬間、一陣の風をも貫く線を見た。
「ぐぅっぁ!??」
鈍い音と共に倒れたのは、暗殺者の1人。
「っ!?どこからぁっっあぐ・・・!!??」
正に矢継ぎ早とばかりにまた1人狙撃され、囲んでいたはずの暗殺者達に大きな間隔が開き一部が孤立する。
「掛かれぃ!!」
「でやぁあああっ!!」
これは好機と衛兵達が畳みかける。
身軽といえど、流石に数には敵わず暗殺者は捌ききれずに兵士の攻撃をもろに受けて、さらに1人。
射抜かれた暗殺者達の矢先を辿り、見えたのは家屋の屋根に立つ1つの影。
夜闇のように青黒い鎧を纏った男が深い海のように青々とした弓を構えていたのだ。
知らぬ者であれば暗殺者の仲間と間違いかねない風貌をここにいる兵士は誰もが知っている。
「安心しろ!!三色の蒼鷹による狙撃だ!!ひっ捕らえろぉ!!」
「「「おぉおおおお!!!」」」
囲むように分散する兵士から逃れようと暗殺者たちは逃れようとするが足元に一本の矢が突き刺さる。
「・・・ぐ、くそっ!!」
地に突き立てられた矢を避けた先に矢がまた刺さる。
背後に引けば足の隙間を狙われ矢を撃ち込まれる。
外れたのではない。
わざわざ射抜けばいいものを、ギリギリで外してくるのだ。
動いたら、殺すぞと。
それだけの距離、それだけのことができるほど技量のあまりに布で覆われた口元がついに悲痛に歪ませたのだ。
引いた水が大きな波となるように一気に形勢が逆転され、暗殺者たちは波に体が呑まれる以外の道を失うしかなかった。
衛兵に成り済ますことなく姿を見せた暗殺者は敢えなく縄につく。自害の可能性も考慮して口枷を嵌められ口にすることもままならない。
「助かりました!度重なるご協力に感謝します!!」
衛兵5人が知将の邸宅に強行する中、残った衛兵長含めた3人が弓使いへと敬礼し感謝を述べる。
彼がいなければ全滅とまではいかないが、無駄に時間と犠牲を払っていただろう。
「構わん。結界が破れるのが見えたがどういうことだ?何が起きている」
王国の兵士ではないが、2度に渡る貢献と信頼には報いるべきと衛兵長は語り出す。
「事情は定かでないのですが・・・サキ様が結界を破り、使用人の1人が連れ出したのです」
「何・・・サキが!?サキは無事か!?」
「先ほど保護の確認が取れた、のですが・・・問題が」
歯切れの悪い衛兵長に察したのか、弓使いは衛兵達の突入した邸宅へと顔を向け答えを問う。
「ここは?いや・・・もう1人の子はどうした?」
ぬしちゃんの名前を出したのは、弓使いの直感だ。
「知将様の邸宅に保護されたと聞き、足を運んだ矢先にこの有様で・・・」
邸宅の捜索を始めて間も無いというのに扉から飛び出すように衛兵が出てきて直感は確信へと変貌を遂げる。
「衛兵長!!何も、ありません!!」
「何も?どういうことだ」
「家具などを残して書物などの類が無いのです!」
弓使いは腕を組み、考え込むように目を伏せる。
「ぬしが拐かされた・・・それでいいか?」
「恐れながら・・・」
衛兵長の言葉に、組んでいた腕をゆっくりと解く。
震える拳をどうにか抑え、再度弓をその手に取った。
「他に怪しい場所がないか教えろ」
だが、氷山の一角にでも触れてしまったかのように声が低い男の声に衛兵達は唾を飲む。
「ぬしに何かあれば、次は・・・何をするかわからんぞ」
「了解、しました!!」
誰が、何をするのか?
喉元に突き立てられる刃のように鋭く冷たい声に、王の誘いを跳ね除けた男の覚悟を衛兵達は思いだす。
子供達に何かがあれば、結界の外から狙撃をするような男が王国の敵に回るやもしれないのだ。
ーーーーーーーーーーーー
ガチャガチャと鋼の擦れる音がやかましい鎧の一団が駆け抜ける。
人数は11人と多いのだから仕方がないが、それだけではない。
「おめぇらもっと早く走れや!!ぬしになんかあったらしょうちしねぇぞおらぁあっ!!?」
「「「りょ、了解!!」」」
赤い金呼ばれる合金で作られた一際目立つ大剣携えた剣士が先陣切って走り抜けていた。
豪商の屋敷へと辿り着いた剣士は捜索の協力を半ば強引に割り込んでは物騒な形相で先頭を走る様は贔屓目に見て悪漢共の頭領だ。
だが、その鍛えられた肉体と体力は並大抵でなく、重量のあるはずの鎧と武装を持ちながらも息も切らさない男の姿には感嘆すべきものがあった。
「もう1つんとこに本当にぬしがいるんだよなぁ!?おい!?」
「それも、定かでは」
「ああっ!?ハッキリ言えや!!テメェのタマを潰すぞっ!!」
「はっはい!!わかりませんです!!」
「わからねぇってなんだお前!?ぶっ殺されてぇのか!!」
「すみません申し訳ありません!!?」
鎧よりも赤い鎧の男の声が実にやかましく鬱陶しい。
走りながらも横にいるからと受け身となってしまっている衛兵があまりに哀れで駆けながらもヒソヒソと話し声が尽きない。
「あの人ずっと怒ってるんですか・・・?」
「おい新人、口を慎め・・・!遺跡に出た化け物を何匹も両断したような方だぞ!?」
「いっ・・・!?あの人が、ですか」
「三色の紅牛と聞いて・・・」
「何?俺は赤牛と」
たった一言。
「誰だ牛つった野郎は!?言ったやつあとで覚悟しろや!!?」
「「「すみませんっ!!?」」」
うしではダメらしい。
衛兵達は今後の教訓として知恵を得る。
「リーダー!!こっちだ!!」
ギャーギャーとうるさい目印がいてくれて良かったというべきか。
「トンガリ!?何やってんだ!?」
「トンガリではない!おい、風っ子はどうした?」
「あ?合ってねぇけど?」
「何をやっとるか・・・!」
剣士同様に衛兵を連れた弓使いと合流することができる。
剣士に続いて駆けていた衛兵が前に出てビシリと敬礼する。
「報告!豪商様の屋敷にぬし様がおらず、怪しい者の姿もございません!」
「何!?こちらには潜伏していたと思われる暗殺者共がいた!ぬし様の姿はおらず、一体どこに・・・」
「ち、知将様が!?そんな馬鹿な話が、そんな」
「残念ながら事実だ・・・」
知将と豪商の屋敷に子供の姿がない。
衛兵達の話を耳に入れた剣士が叫ぶ。
「おい!俺ら2人は西門に向かう!!お前らは国中走り回って探してろ!!
「了解しました!」
一目散に西門へと続く道へと駆け出し、弓使いも腑に落ちない様子で後に続く。
「おい、西門だと?どういう根拠だ」
「誘拐すんならサキの方が楽に決まってる!っつーのにあいつらは爆弾抱えて運んでったんだよ!!」
「爆弾を、運ぶ?・・・ぬしのことか?」
「ああそーだよ!帝国っつーか、多分あの巻きひげ野郎はそう考えてんだろうなっ!!」
剣士が例に挙げて話すのも珍しいが、駆けながら弓使いはその意図を捉えて考える。
「その爆弾は変わり種でな、国じゃあ起爆ができないわけよ。トンガリ!お前ならそんな爆弾どこに落とす!?」
「意味が・・・おい、待て、まさか!?」
弓使いは目を見開き剣士へと走りながらも大きく詰め寄った。
「戦場に連れてかれたのか!?ぬしが兵器だと?ふざけているのか!!?」
「お、おい!馬鹿落ち着け!!」
激情のあまり冷静さの掛けた弓使いに腕を引っ捕まえられたのだ。
思わぬ足止めに剣士もたじろいでしまう。
「馬鹿はお前だ!言葉を選べ!!」
「悪かったって!そういやわかるかと思って言っただけだっての!!」
「うるさい!!む、いや・・・」
突然の鎮火。
剣士とはまた違う、鉄火の如し怒りを秘めるが火花とは一瞬で散るものだ。
「・・・少し、イラついていた」
「サキ達っつーか、ぬしが絡むと怖ぇぞ・・・お前」
「す、すまん・・・何というか、ガラの悪さに当たりやすいというやつか」
「ああ!?てめぇが言葉を選びやがれや!!」
「安心しろ、褒めている」
「ど・こ・がだよっ!!」
元の調子に戻ったか、弓使いは落ち着きを取り戻し続けて話す。
「そうだとするなら合点のいかない事がある」
「あんだよ!?」
「ぬしを狙ったのが帝国の連中だとして、なぜ戦場に連れ出したか考えたか?」
「・・・ん!?」
言われてみればと剣士は目の焦点を上へと向けて考え出す。
考えこそあったが、勢いに感けて突っ走っていた自分がいたような・・・そんな気になったのだ。
情報をまとめるべきと判断して剣士は聞き得た事を弓使いへと改めて伝え始める。
「ぬしを連れ出したのは巻きひげ野郎の指示って聞いたからそいつが・・・」
「知将が・・・黒幕だとして、なぜ戦場に連れて行く必要がある?王国側なら無駄な戦力投入、まさかぬしがサキのいる王国の敵に回ると思うか?」
帝国の間者が王国の為に戦力を投入するだろうか?
まあ、騙されてしまって、と付けばどうとでも話は捻じ曲げられるわけだが、帝国に寝返るような事は無いと踏んで考察するしかない。
「・・・意味ねぇな。どういうこった?じゃあ、ぬしは王国ん中にいるってことか?」
「可能性は無くはないが・・・足を止めてすまない。走って話そう」
「お、おう!」
考えと同時に止めていた足を2人はまた駆け足となり走り始める。
「なんか思いつくことあるか!?俺はもう頭ん中ごっちゃごちゃしてわけわかんねぇよ!」
「情報がまだ足りない気がする。戦場に送られたとするならば・・・そうだな」
気がかりなのは二点。
1つは黒髪の少女、をことぬしという少女についてだ。
ぬしちゃんの力は間近で見たことのある剣士達ですら全容が明らかになっていない。
つまりは未知の力。
もう1つ。
「サキを連れ出したという使用人が気がかりだ」
「ああ、それな。そいつがぬしの捜索に一役買ったって話らしいぜ。衛兵連中にはまだ内緒だけどな」
「・・・大体だが、読めてきたな」
「どう読めたって?」
2つは白髪の少女、小桜咲という少女についてだ。
咲ちゃんの力は至って単純で強力無比。だが、奇跡の力は味方がいてこそ輝く力であり、咲ちゃん自身は無力な子供でしかないわけだ。
つまりは既知の力・・・の、はずだった。
「サキが王城の結界を破った話は聞いたか?」
「は?結界って、俺をぶっ飛ばしやがったアレか!?マジかよ」
「本来であれば、サキとその使用人は城の中で捕まる計画のはずだった・・・ところがだ」
「サキ達が、出ちまった!?」
そうだと言わんばかりに駆けながらも弓使いは頷いた。
現状で咲ちゃんと共にいるのは使用人と手引きをした衛兵と聖女の二人ではあるが、それは城から抜け出す事ができたからの結果に過ぎない。
もし、城内で『保護』をされたとしたら?
西門へと向かって走る自分たちはいないのではないか?
「帝国連中の計画が今、サキの力で崩れている・・・そう考えられないか?」
「っは!そういうことかよっ!」
想定内と規格外を分けて計算したはずが、あまりに片方が大人しくて測り違えたことに気づかず決行したと知った剣士は鼻で笑い飛ばす。
そんな打算的な輩には、子供とは大人が想像もつかない行動をすると言うことを思い知らせてやる必要ができたからだ。
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