69話 思い出結び
脱走や家出の経験のある者に問いたい
親を困らせたいだとか 家にいたくないからとか 色々あるけれど
外に出るとしたら 何時に出るかを考えた事はあるのかと
イメージとしては深夜 一目の少ない中で行うのが一般に思われがちだが
「遊びに行ってくる」「夜遅くなる」「友達の家に泊まる」とだけ告げて
そのまま帰らない方が効果的ではないだろうか
それすら許されない状況だというなら
環境に問題があることに気付けるだろう 軟禁だとか
そのどれらも問題でなく 不自由ない生活に問いたい
脱走や家出に浪漫を感じた事はあるだろうか
咲ちゃんを抱き抱えて廊下を慌ただしく走り抜ける彼女は思考の渦に呑まれていた。
子供とはいえそれでも20キロくらいはあるものだ。それを抱えて走るのは相当な労力であり、疲れる。
それでも走れるのはここ数日で子供達の遊び相手でもみくちゃにされ慣れた事と、咲ちゃんがしっかりと抱きついてきてくれるおかげだろう。
「メイドのおねえさんどこいぐの!?」
「とにかく!外に・・・!」
驚くあまりに涙も、まだ残ってはいるが、止まってしまっった咲ちゃんは自身を抱えて走り出したメイドさんへと声を掛ける。
このままでは疑いを晴らせぬままに捕まるどころか、連れて行かれたぬしちゃんもどんな扱いを受けてしまうかもわからない。
ピィィィィ!!
走り抜ける彼女へ向かって背後から甲高い笛の音が城内に響き渡り冷ややかな汗が逃げる彼女の背を伝う。
その笛の音は悪意に狩られる弱き立場の者であれば福音ではあるが、悪意に誤魔化されてしまえば途端に悪魔の囁きとなってしまうのだ。
突き当たりを曲がって階段へと向かっていた彼女だが、階段先から警笛を聞き付けたか衛兵の姿が下から登ってきてしまい、兜越しの衛兵と目が合った。
「おい?」
「あっ・・・!?」
咲ちゃんを抱えたまま慌てて反射的に階段を通り過ぎて行く彼女を訝しげに見ている衛兵に遅れて声が飛び込んだ。
「あの女がサキ様を拐かし逃げた!!階段を抑えておけ!奴に逃げ場はない!!」
「りょ、了解!」
ここは城内。
戦時とはいえ、それでも衛兵の数は多いのだ。
衛兵の声が背中越しにかすかに届いた声に彼女の渦巻いていた思考のが白紙へと塗り替わる塗り変わっていく。
まさか、自分がこんな目に合うだなんて。
なんで、こんな事に?
追われる者は皆そう思ったのだろうか?
城には階段が2箇所ありどちらも城の入り口から両脇に少し進んだ先にある。
この2つの階段を通り過ぎてしまうと円を回るように通路を一周しなければならず、不幸にも逃げるチャンスを失ったわけだ。
このまま走り続けては元の場所に戻るだけ。
2階には臣下達や立ち入り禁止の部屋ばかり。
「何かあったか?」
「すみませんっ通ります!」
「な、何?」
警笛が聞こえたか一室ごとに立ち塞がっていた衛兵が走り向かってくる使用人が気になって声をかけてはくるが一言謝罪して通り過ぎる。
警笛にのみ聞き付けた衛兵の目には、問題から咲ちゃんと共に逃げているとでも見てくれているのだろうがそれも長くは持たない。
このまま走り抜けても無意味に捕まるだけ。
どうするか?
とにかく、考える時間が欲しい。
その一心で向かった先にも衛兵がいる。事情を話す時間も無い。
警笛を聞いたのか扉の真前ではなく廊下の中心にいてくれたのは不幸中の幸いだ。
「おいさっきの警笛は何事だ?」
「わかりません!サキ様の逃げる場所を求めてここに訪れました!!」
「逃げる?だが、ここは」
半分は嘘だが残りは本当だ。逃げているのだから。
衛兵の疑問の意図も聞かずに、メイドさんは開けた片手で乱雑に首元から下に隠していた何かを取り出し始める。
「きんぴか・・・かぎ?」
咲ちゃんが見たのは金色に輝く鍵に細い紐で結んだだけの首飾り。
キラキラとした金色をしたメッキではなく、鈍く沈むような本当の金で作られた鍵。
鍵に結ばれた安っぽい茶色い紐を強引に引きちぎり、扉の鍵穴へと差し込み回しガチャリと良い音が小さく聞こえた。
「その部屋は亡き王女様の・・・なぜあなたが!?王しか持たれていないはず」
「ご、御許可は頂いております!」
「許可、ですか・・・」
誰に、とは言わない。
止めようとした衛兵の視線が金の鍵へと目が行き扱いに困ったか動きが止まる。
扉は開かれ、中へと咲ちゃんを抱えたままメイドさんは逃げ込むことに成功し、鍵は内側から閉められた。
ーーーーーーーーーーーー
ここは亡き王女の自室。
咲ちゃん達から『メイド』と呼ばれるずっと前、豪商というこの国一の財を持つ男の気まぐれから拾われた少女だった自分に投げかけられた言葉は今でも忘れていない。
お友達になりましょ!
不注意で皿を割ってしまった罰として庭の掃除をしていた私に向かって放たれた言葉。
王女という立場を見て竦んだ年下の使用人をただからかっているだけだと思っていたが、それはただの思い込み。
お互い歳の近しい者がおらず、方や皿を滑らせるのは初めてでないドジでわるい使用人に、方や部屋からこっそり抜け出したわるいお姫様。
歳の近しいそんな私達が親友と呼べる関係となるのは一瞬だった。
立場や周囲の目こそあれ、咲ちゃんとぬしちゃんのように仲良く遊んでいたのも、ずっとずっと前の話。
青と白を基調とした城内とは空気も違う、薄い桃色をした寝床も棚も、机も照明も、窓も窓掛けも。
時が止まったように、朽ちる花を惜しんで押し花にしたような、王の悲しき心が惜しみ無くこの部屋には詰め込まれている。
・・・10年も前だというのに、部屋の中は変わっていない。
「おひめさまみたいなおへや・・・」
「はぁっ・・・ふぅ・・・そう、です」
亡き王女、お姫様の事を憂いた王はこの部屋の”保管”をしていたおかげで鍵穴も取り替えられておらず、お忍びで遊ぶ為にと頂いた合鍵を使うことができたが・・・。
「ぬしちゃん、わるいひとに・・・つれてかれちゃったの?」
「・・・っ」
咲ちゃんを寝床の上へと降ろして地べたへ崩れるように倒れた彼女へと幼い言葉がよく突き刺さる。
息が苦しいのは一気に走ったからだけではない。
咲ちゃんは頭が良い。
しっかり説明もできていないはずなのに、その察しの良さは親の躾も教養が良かったのだろう。
どうにか不安にさせまいとはぐらかしてはいたが、現実を突きつけられてはもう無理だろう。
「私が、もっとしっかり・・・してたら。申し訳ございませんっ・・・!!」
目尻を赤くした咲ちゃんに、頭を下げて謝ることしかできなかった。
謝ってすむ問題ではない。
そう理解しているはずの頭を地面に擦れるほどに頭を下げた。
「さ、咲がわるいひとじゃないって、いってあげる!」
「それでは・・・恐らく、だめです・・・」
「えっと、えっと・・・」
察しはいいが、やっぱり優しい5歳の子供だ。発想がフワリとしていて根付いたような考え方ではない。
万が一でも成功したところで、ぬしちゃんが別邸へと連れてかれたという話も疑わしい事には変わりない。
でも、どうして?何故ぬしちゃんを?
知将が帝国の間者だとして、目的が全くわからない。
攫うにしても、咲ちゃんとぬしちゃんの2人を一緒に連れて行けばここまで疑う事なく不自然に思う自分はいなかった。
2人の安全を考慮して信頼する使用人以外に告げずに保護をする。
そっちの方が簡単じゃないか?
「この騒動が、目的・・・どうして」
「ふぇ」
この騒ぎが間違いでなく、騒ぎ自体が仕組まれたものだとしたら・・・人質はあり得ない。
2人を割いて・・・何がしたいの?
ゴンッゴンッゴンッ!!!
「ひぅ・・・!」
「ひっ!?」
そこまで思い至ったところで追われる事態には変わりなく、扉が荒々しく叩かれ驚き、引き攣ったような声が喉から絞りでる。
「お前に逃げ場はないぞ!!サキ様を拐かす裏切り者め!!」
考えを纏める時間も息注ぐ時間は終わった。
だが、意味もなくここに逃げ込んだわけではない。
「姫様・・・お力を、お貸しください!」
あの日、王女王国の王女・・・お姫様と出会ったあの日。
衛兵達の目を盗んでどうやって庭に訪れたのか。
逃げ場を失った非力な彼女がただ一つ、他の者と違う。
思い出を賭けに、ここに来たのだ。
ーーーーーーーーーーーー
衛兵達は扉の前で難儀していた。
王女の部屋の入室を何故許したか、鍵を何故持っていたのか、咲ちゃんの安否だとか、扉をどうするかとか。
室外で見張っていた衛兵は鍵を持っておらず、入室をしようにも王は戦時における拠点に赴かれているわけだ。
とはいえ、結局は袋の鼠。
鍵さえ開けばこちらのものと城内に残っている臣下たちに話を通せば王室から拝借してくれるだろうと1人が場を離れ、3人の衛兵が扉の前へで待機をしているのだった。
「へいしのおじさん!」
扉越しに聞こえてくる幼い声に衛兵はすぐ様声を投げかける。
「さ、サキ様!?ご無事ですか!」
「うん!だいじょうぶだよ」
「縛られたりはしておられませんか!?」
「え?えっと、うん」
衛兵たちは顔を見合わせ静かに頷き合う。
何をしているかは定かでないが、咲ちゃんに何もせず野放しにしていたのは彼らにとって幸運であった。無事も確認が取れる上に、このまま鍵を開けて貰えばいいのだから。
「サキ様。ここの扉を開けていただけますか?ノブの上に鍵がございます」
子供にも解るようにと1人優しく扉へと声を掛け、その後ろの2人は剣を構え出す。
扉が開かれたら1人は子供を確保し、2人で拘束に掛かる。
「だめ!あけたらメイドのおねえさん、つかまっちゃうもん!」
だが、開けてくれない。
騙されている可能性を考慮してか、唸るほどに悩んだ末に衛兵は話し続ける。
「・・・いや、捕まえないから安心をしてくれ」
「ほんと・・・?」
「ああ、本当だ」
衛兵は咲ちゃんへと嘘を吐くことに抵抗を感じながらも説得を試みる。
中にいる帝国の間者の盾にされる前に保護できるのなら嘘の一つや二つ安いものだと判断したからだ。
「つかまえないなら、あけないね!」
「え?」
「メイドのおねえさんわるいひとじゃないもん!」
捕まえる必要がないなら、開ける必要もない。
捕まえにここに来たのだから、そうでないなら来る必要はない。
トンチとかそうじゃないです、咲様。
「それは・・・ここは入ってはいけない部屋でして」
「メイドのおねえさん、カギもってたよ!」
「それは恐らく、盗まれたものなのです」
「でも、ネックレスにして、だいじにしてたよ!」
「む・・・ねっくれす、ですか?」
衛兵は扉から顔を遠ざけ背後にいる2人へと小声で話しかける。
「・・・ねっくれすが何かわかるか?」
「いや・・・?装飾品か何かでは」
「確か、ここに入る時に首元から首飾りのように、こう紐で?」
衛兵の1人が構えた剣をそのままに、開いた左手で首回りに輪を描くようになぞり、首飾りの事だと気づいた。
「なるほど」
日本独特の物言いかどうかはさておいて、咲ちゃんと話を合わせるためにまた扉の方へと衛兵は顔を向ける。
「サキ様、ネックレス、は王の所持されていたものでして、お返しいただきたいのです」
返事は無い。
「サキ様?サキ様!!」
幾度も声を掛けるが返事が返って来ず、束縛されたかと衛兵たちに緊張が走る。
「・・・強行する、待ってられない」
「ここは王女の私室だぞ?・・・いいのか?」
亡くなったとはいえ王女の私室に蹴破って入るなど、王を足蹴にすると同義。
扉には金の装飾が施されており傷をつけるだけでもクビが飛ぶやもしれない。クビで済むのだろうか?
「サキ様の損失と比べれば自分など、安いものです」
扉の前で咲ちゃんと話をしていた衛兵は、自身の首元をトントンと拳で2度叩き他の衛兵も無言のままに同意する。
王の暗殺を目論む者達の手に掛かり、致命傷を負って気を失い目が覚ました時には傷の一片も消え失せ生還を果たした衛兵は少なくない。
それが白髪の少女の奇跡の力であるならば、たかが一兵の損失など軽い物に過ぎない。
「サキ様!!扉から離れてください!!」
聞こえるか否かは定かでない今は秒針の一進ですら惜しいと判断した衛兵は扉の破壊、自身の盾と重心を利用した強行を選択した。
打ちかましが行われるごとに金の装飾が施された木製の扉がミシミシと悲鳴をあげる。
あと少し。
最後に力任せの蹴りがヒビの入った扉に炸裂し、強引に開かれ・・・
「なんだと!?」
咲ちゃんと使用人の姿が無い。
桃色に包まれた部屋に相応しくない衛兵3人がなだれ込む。
「窓か・・・!!」
王女の自室の構造知る者がいるとすれば鍵を持つ王と、王に付き従って室内の清掃を行う使用人、亡くなった王女本人。
開かれた窓には長い窓掛けや寝床の敷布が結びに結ばれ長い綱となって吊るされていた。
「外に出る!急ぐぞ!!」
「了解!!」
室内の情報が足りてなかった衛兵達は、鍵を持つ使用人にいっぱい食わされてしまったのだ。
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