5話 襲撃
運命は巡り巡る 良きも悪しきも
月が降り、日が昇り始める。
2人のシスターが朝の水汲みに近くで流れる川へ向かう。子供たちが修道院へ来る前より、警戒からか向かう時間は遅い。人数も2人に増えた。
先日の祈りの儀の結果には2つの意味で驚いた。
祈りの儀とは対象の本質を見抜く事である。
魔力とはその者の精神力から生まれるものであり、才能にも大きく左右される。
当然、ただの確認であり、行わずとも自身で発見し身に着ける事もできるが、今の世では教会や学院など心得のある場所に寄り、己の本質を見極めるのが常識である。
簡単に言ってしまえば、現在と今後にどんな魔法が使えるかがわかるのだ。
しかし、悪しき者が行えば、結果は目に見える。光は寄り付かず、悪という本質が見抜くことができる。それが周知されたがため、野盗など下賤な連中が祈りの儀を頼むことなどない。
咲ちゃんには光、奇跡と呼ばれる修道院の者達と同じ魔法を扱える素質があった。それも強大な。
その光そのものであるかの如く才能は、ハッキリ言ってしまえば国宝級と言われてもおかしくない。
ぬしちゃんは底の知れない闇の力があることがわかったが、真名がわからないため魔法は扱えない。
が、使えなくてよかったのかもしれない。
この2人に共通しているのは都の教会などで祈りの儀を行わなくてよかったところだ。
どちらも良くも悪くも、ただでは返してくれないだろう。
「いなくならない内にせっかくですから」と院長がただの好意で始めただけであったが、この修道院で行ってよかったのかもしれない。
先日のことを話しながら、2人のシスターは川へ近くまで来た。
梯子を使い囲いを越え、森を少し進めば川。
その川には珍しく先客がいた。
人影、数は多い。10人はいるのかもしれない。
シスター達は挨拶をしようと声をかけ・・・その武装に気づき、ヒッと声を上げてしまうが、もう遅い。
その先客達は獣の皮をなめした物を身に付け、武装をした清潔感の欠片もない、見るからに悪漢そのものなのだから。
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バンッ!!
院の扉が勢いよく開かれる。開けたのは水汲みに向かったシスターの内1人。息は荒い。
何事か院長とシスター達が集まってくる。
「どうしたの?」
咲ちゃんも手伝いで早くに起きていたようだ。
ぬしちゃんはまだ眠っているらしく、2階の部屋にいるらしい。
「たぁ、大変!男!さ、山賊がきたわぁ!!」
「ど、どういうことです?もう1人は?いたでしょう!?」
「わたしをか、かばって・・・」
うぅ、と逃げてきたシスターが泣き崩れる。以前ベアウルフを最初に発見した、水汲みを主に担当していたシスターが、捕まったかもしくは・・・。
皆心配で仕方がなかったが考えるのをやめた。川とここは近い。すぐに見つかってしまうだろう。
「さんぞくさんってだれ?」
「サキちゃん達を連れて急いで逃げる準備を!」
「はいぃ!」
この修道院の教示に従い本来なら修道院にあるものを差し出し降伏、最悪死を覚悟するつもりではあったが、今は状況が違う。子供を巻き込む事などあってはならない。
「私はぬしちゃんを起こしてきます!」
院長はそう告げ2階のぬしちゃんのいる部屋まで駆け上がっていく。
修道院内はバタバタしだし、咲ちゃんもその様子を見てどんどん不安になっていく。
遅かった。
「オラァァッ!!!」
ガンッッ!!!
準備が間に合う事ももなく、罵声を上げながら扉を蹴破る音がした。
奴らが来てしまった。
シスター達は悲鳴を上げ咲ちゃんも連れ祭壇の近くへ逃げ込む。
入ってきた悪漢は、4人。外で控えているのだろうか?聞いた話より数は少ない。
裏口もない、窓も小さいこの修道院から、逃げ道はなくなってしまった。
咲ちゃんは、怯えて震えてしまう。シスター達は自分たちの影で咲ちゃんを隠す。
最初に声を上げたのは年長のシスターだ。
「な、なんですかあなたたちは。ここには食料以外なにもありませんよっ!」
「あぁ!?うっせんだよババァ!!物騒な罠仕掛けやがって!ただじゃおかねぇぞ!!」
「わ、罠?兎や猪狩りなど、わたしたちは、行っておりませんよ?」
「とぼけんじゃねえ!!あの囲いんとこに入ろうとした連中がぶっ倒れちまったんだよ!」
何故か激昂している悪漢たちの暴言にシスター達は心当たりがまったく無かった。八つ当たりもいいところだ。
そもそもこの修道院は肉を食べることは禁じられており獣用の罠など使うことなどありえないのに。
だが男たちが怒りに満ち満ちている事はわかる。
会話すらままならないままに悪漢達は問答無用と弓を構え始める。交渉など端からするつもりはないようだ。
「落とし前は付けてもらうぜ!!撃てや!!」
弓を構えた悪漢達の姿を見て4人のシスター達は急ぎ咲ちゃんをかばう様に前に出て、両手を前に突き出し、唱える。
「「聖なる壁よ、守りたまえ!」」
4本の狂気の矢が放たれる。
が、届かない。透き通る琥珀色をした壁が現れ阻まれたのだ。
悪漢達は苛立ちを隠せない。
「うざってもん使いやがってぇ!」
シスター達の使った魔法は『守護の奇跡』と言われる魔法であり、その名の通り外敵からの攻撃から身を守るための魔法である。
矢や剣などをぶつかったものを跳ね返す力があり一見すれば強力に見えるが欠点も多い。
「切りかかれ!!」
「「おおぉぉぉ!!!!」」
攻める手段を持たない彼女達に現状を好転させる事はできない。
魔法というのは精神力から生まれるものであり、使うたびにその精神が擦り減っていくのだ。魔力が尽きてしまうと意識を失い回復するまで目覚める事ができなくなる。
シスター達は使いこなしている方ではあるが、この壁は人数が少ないとかなり脆く、複数人で一斉に発動させられて初めて強固な壁となるのだ。
使用者は地面に杭を打たれたかのように重くなり、余程の力が無いと動きもままならない。
すでに逃げ道を絶たれた時点で絶望的であり、死への時間稼ぎでしかなくなってしまった。
名も知らぬ男たちの剣が透き通る琥珀色の壁に何度も叩きつけられる。まだ持つが、ヒビが少しずつ見えてくる。
咲ちゃんはただ、眺めていた。シスターと悪漢達の攻防を。
というよりは、防戦一方で後が無い。
怖さのあまり足は震え、緊張で涙が出てくる。
ご飯を作ってくれた、菜園で育て方を教えてくれた、一緒に遊んでくれたシスター達が今、必死の形相で自分を守ってくれている。
その内の1人がこちらを顔だけ向けて、大丈夫だよ、と汗を流しながら笑顔を向けてくる。
そんな余裕などないのに。
夜の森で化け物に襲われた時と同じだ。
どうしよう どうしよう どうしよう
恐怖と困惑で祭壇の方までずり下がりぶつかる。
その時、ぶつかった振動で何かが揺れる音がして振り向き、それを見た。
ぬしちゃんの作った折り鶴が祭壇に飾ってあったのを見て思い出したのだ。
魔法が無かろうとぬしちゃんならあの悪漢に立ち向かっていくんじゃないか?
たしか、祈りの儀で自分には魔法の素質があることを院長が教えてくれた。
折り鶴を見て少し勇気が沸き、少女は息の荒くなってきたシスター達の元へ駆けた。
守護の奇跡で現れた壁は今にも壊れそうだ。それでも、前に走る、
「で、でちゃだめ!!」
「なんだこのガキ!」
全員かもしれない。シスター達が叫び、悪漢も叫ぶ。
体の震えが止まらない。教わってもいないのに自分が使えるかもわかっていない。
白がかった幼い女の子がシスターと悪漢の間に向かう様に駆け、シスター達の真似をし小さな両手を前に出す。
『みんなを、まもって!!』
咲ちゃんの体が一瞬輝いた直後、何かがぶつかり押し出されるような音が修道院内で響く。
「ぐぇ!?」「ぎゃゅ!!?」
間抜けな声を上げ、悪漢たちは強い力にぶっ叩かれたかのように入口のほうに向かって弾かれる。椅子に叩きつけられた者もいた。
咲ちゃんの前に、琥珀色ではあるが、中の姿が見えにくいほどに密度の濃い壁が飛び出てきたのだ。
金属で造られた壁にでも向かって体当たりでもしたかのような感覚に悪漢達は混乱する。。
壁を解いたシスター達もその見事なまでの奇跡を目の当たりにし目を疑う。
「サ、サキちゃん、あなた、すごいじゃないの!」
「咲も・・・咲もてつだう!」
その幼い顔には涙の跡も残っているが、強い意志が宿ったかのように見えた。
「こ、この!」
たかが子供のちんけな魔法とでも思ったのか、悪漢の1人が立ち直りながら剣を叩きつけた。
ガギンッと音が響き、その安物の剣がへし折れる。
矢も飛んでくるが、咲ちゃんの展開する壁には傷1つついていない。
悪漢達に動揺が起きる。
比喩でありながら比喩ではない、城壁並みの硬度を持った魔法の壁に打ち負ける。
完成された『守護の奇跡』がそこにあった。
入り口が抑えられているため一時凌ぎでしかないが、光明が見えた。
「サキちゃん!疲れたらおばちゃんにすぐ言うのよ?」
「絶対無理しちゃだめよ!まだわたしたちもがんばれるわ!」
「うん!がんばる・・・!」
しかし、好転したかに思えた状況が悪化しだす。
「ぃたぃ!離しな、さい!」
咲ちゃんの壁に驚いて気づかなかったが、吹き飛ばされた悪漢の内1人が外へ逃げ誰かを連れてきたのだ。
その聞き覚えのある女性の声は水汲みに向かったシスターだ。
生きてはいたが、両手を縛られ人質となっている。
「おい!さっさとその魔法を解かねえと」
「サキちゃん!だめよ!!わたしはいいっ、ぐ!?」
ナイフの柄を使い人質の腹に叩きこまれた。黙ってろ、である。そして首元に刃を向けられる。解かないと、殺すぞ、だ。
「ひぅ・・・」
非道な行いをしてくる悪漢達を前に咲ちゃんは怯えていた。何故平気で人を傷つけることができるのか
頑張って勇気を振り絞って前に出たのに。魔法が使えたのに。どうすればいいか分からなく、頭の中がごちゃごちゃだ。
まるで日曜日の朝に見ていたアニメや特撮のようだ。こんな悪党が本当にいたのか、と。
人質を取られたヒーローやヒロインの気持ちが最悪な形でわかってしまった。
咲ちゃんの心が折れそうになった、その時。
「いけません!!ああ!やめなさいっ!!」
院長らしい叫び声と同時に、2階の手すりから悪漢達に向かって小さな影が飛び出してきた。
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ずー ぴー
小部屋のベッドの中からぬしちゃんの寝息が聞こえてくる。
この修道院に来てからというもの、発見の毎日でぬしちゃんの生活は充実していた。
ここに来て初めて食事をして、とても美味しい事を知った。モニモニと噛むと味が出てくるのだ。他にも、ベッドの布団にもぐって眠ると最高に気持ちいい。今ではお気に入りである。
幼稚園と違って咲ちゃんともずっといられるし、ここに来てから咲ちゃん以外と話すことも多く、なかなか楽しい。
ガチャ!と扉の開き、院長が急ぎ足で眠っているぬしちゃんに寄ってくる。
「ぬしちゃん!ぬしちゃん!起きてください!」
「・・・むぅ」
「問題が起きました、今すぐ支度をします」
「もんだい」
起こされたぬしちゃんは目をこする。寝むそうなぬしちゃんを気にせず院長は急いで服を渡し着替えさせる。院長が昔に使っていた子供用のシスター服で、今は咲ちゃんとぬしちゃんがお下がりとして使っている。
「くまさん、またきたのか」
「いえ、悪い人たちがここに来ているかもしれません。この修道院は危険なので、あなたたちだけでも逃がして見せます」
「・・・わるいひと」
院長は部屋の中で必要な物だけを集め準備をする。
ぬしちゃんもシスターからもらった肩掛けカバンを持ち出す。子供でも使える小さなカバンの中には何が入っているかはわからないが異様に軽い。
2人の準備が終わり小部屋から出ようと扉に近づき、扉の向こうから声が聞こえた。
それは、男の声。何を叫んでいるかは聞き取りにくい。
院長は冷や汗を流す。早すぎる。入口を塞がれては逃げ場がない。最悪だ。
「ぬしちゃん・・・よく聞きなさい、悪い人たちがもう中に入ってしまったようです」
「さきちゃん」
「はい、下にいる者がサキちゃんとあなたを逃がすために・・・なんとかします」
「そうなのか」
交渉ができる相手ならいいが、シスターの中に経験がある者がいる。1人が戻ってこない現状、信用などできない。
「静かに扉からでます。絶対に、音は出さないように」
「わかったんだ」
「もしサキちゃんと2人になっても私たちの事は、気にしないでくださいね」
ぬしちゃんの頭を撫でながら院長は話す。その手は汗で少し湿っており震えていた。
音を立てないように扉をゆっくりと開ける。が、隙間が空いた途端、騒がしい音と声で溢れていた。
皆が無事がか確認するために伏せながら下層を覗き見る。
ぬしちゃんもそれを真似した。伏せるというより芋虫のような動きだ。
「なんだこ、このガキゃ!!」
そこには、見事なまでの守護の奇跡を扱う咲ちゃんがみんなを守っていた。
祈りの儀の通り、咲ちゃんには秘めた力を持っていたのだ。
「さきちゃんすごいんだ、まほうをつかってる」
院長は自身の不甲斐なさを悔やむ。時間を稼いでる内に行動を決めねば危うい。
このままでは咲ちゃん達の精神力が無くなるのが目に見える。
しかし、1人の男がシスターの髪を掴みながら外から入ってくる。
人質だ。その行いに唇を噛み締める。
「む、おばちゃんがあぶない」
「だめよ、いま出てはだめ!」
ぬしちゃんが今にも飛び出そうとして小声で急いで止める。この武装をした男連中を相手に幼い女の子に何ができるのか。ただでさえ咲ちゃんを危険にさらしているのに、これ以上は心臓がもたない。
「なんとかしてほしい」
「っ!それは・・・」
子供に大口叩いておいて、何も思いつかない。
下では人質を使い5歳の女の子を相手に脅迫しだす男・・・悪党がいた。
「おばちゃんがつかまってるから、さきちゃんをこまらせている」
ぬしちゃんが立ち上がり手すりの上に登りだした。何をしだすのか?
院長は止めようと手を伸ばすが、その動きは妙に俊敏で空を切る。
「をことぬし、なんとかをやってくるんだ」
手すりから驚異的な跳躍力でぬしちゃんが飛び出した。
「いけません!!ああ!やめなさいっ!!」
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人質を取っていた悪漢は楽しんでいた。
城壁のような守護の奇跡に驚かされたものの人質を連れだしただけで、こんなもんだ。頭の言う通り殺さないで正解であった。
さっきまで余裕そうに仲良しごっこをしてすぐ慌てだす。
「おい!さっさとその魔法を解かねえと」
「サキちゃん!だめよ!!わたしはいいっ、ぐ!?」
最近散々な目にあって苛立っていたが女連中が怯えた姿を見て気分も良くなった。これだからやめられない。捕まえたこの女と同じで守ってばっかで何もできない連中が無駄に足掻こうと何も変わらない。
刃物を突きつけたら黙って言う事を聞けばいいのだ。
ん?
女どもの目線がおかしい。上を見ているような気がしたのだ。何故こっちを見ない?ビビッていればいいのに。
「馬鹿にしてんのごっ!?な!?」
頭を何か小さな動物にでも蹴られたかと思い急いで上を向き、
ボウッ!!と何か爆発した音が聞こえ、人質をとっていた男は意識を失った。
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剣を折られてしまった悪漢は突如1番後ろで倒れだした仲間に気づき、罵声を浴びせる。
「な、なにしてやがんだ!?」
悪漢達に混乱が起きる。
何かが飛んできたらしく、人質をとっていた仲間にぶつかったようで倒れだしたのだ。
同時に、上から大声。
「この愚か者共!こっちを見なさい!!」
急ぎ修道院を眺めれば2階があることに気づき、女を1人見つけた。
あの女か!
弓を構えようと背中に手をかけようとした、が。
タタタタタタッと何かが連続して地面を叩きつける、音が移動するように聞こえてくる。
足音にしては間隔が短すぎる。
などと考えていた男に白い何かが椅子の向こうから回転しながら飛んできた。それに気づいた時には、遅い。
額にカサッと紙のような肌触りのあと、
ボウッ!!と闇の爆発を最後に、男も意識を失った。
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「おおおおお、おい、おい!!?」
突然2人になってしまった男たちは何が起きたか理解ができず、祭壇から離れる。
やたら間隔の狭い足音が鳴ったり止まったりしていて何かがいるのはわかる。
だが姿が見えない。どこだ?
未知の警戒している内に、人質が女共のほうへ逃げ出し始めた。
やっちまった。頭に殺される!
いっそ先に女の方を殺そうと弓を構える。最初からやっておけばよかった。
「うぉ!?」
矢を番えた瞬間、椅子の向こうから何かがこちらに飛んでくる。間一髪で男は避けた。
これかにやられたのか?構えた矢を落っことすも横っ飛びで回避する。
もう1人の仲間は何がいるか気づく。
「お、おい!!もう1人ガキがいる!ちっこいぞ!!!」
タタタタタタッと何かが移動している音がする。
ちっこい、もう1人?まさか。
男は近くにあった椅子を思い切り蹴飛ばした。
椅子の影に隠れていたのだろう。小さい何かが横に飛び出してくる。その身軽さは小動物、いや猿なのかもしれない。
そこには女達と似た白い修道服を着た黒髪の子供がいた。こいつか!
「みつかっちゃったんだ」
「な、なんだてめぇは!」
「をことぬしは をことぬしなんだ」
「お?ん?を?」
なんだ、なんだ?いや、今はどうでもよかった。というよりこんなのが2人をやったのか?さっきの壁を出した子供のこともある。
こいつも妙な事をしているのかもしれない。
「ぬしちゃん!!そのひとたちわるいひとだからきをつけて!!」
「やっぱりわるいひと」
やっぱりだ。このガキどもはつるんでいる。他の女達は「戻ってきなさい!!」などとギャーギャー騒いでいる。
「おいガキ、こいつらに何しやがった?殺したんじゃねえだろうな」
「・・・よくわからない。あたると、たおれてくれた」
何したか自覚が無いなのかこのガキは!
ぬしちゃんと呼ばれた銅像面は白い物を肩からぶら下げているカバンから取り出した。
その左手には、4方向に尖ったように飛び出て星のような形をした紙細工を掴んでいる。
倒れた仲間の近くを見てみれば1つずつ似たような物が落ちている。
うっそだろ? こんなので? わけがわからん。
もう1人の仲間が弓を構えて矢を番えた。
「死んどけ!!」
矢が放たれる。正確で早く、そこまで距離もない。ただの子供なら当たって当然であった。
つまり、ただの子供ではない事が確定した。
あろうことか、横に全力疾走しだし、後ろにあった椅子に矢が刺さる。あまりの急加速で目で追いかけるのがやっとだ。
「うそだろ!?」
気がつけばもう壁際まで走り抜けた子供が次の矢を番えようとした男に直進してくる。その動きは子供らしい成っていない走りを倍速化でもしたかの様に、疾い。
猪か
加勢しに向かうが、相手が早すぎる。
弓から剣に構えなおそうとした仲間の目の前まで走りながら頭に紙細工を投げ、闇と爆発音の前に崩れ落ちる。子供のお遊戯、と流せない正確な投擲。
背中にゾワリと寒いものが走る。休む間もなくその子供は直角にこちらに向いて急加速でまたタタタタタタッと足音を鳴らしながら突っ込んでくる。
「おああああああ!!!」
剣を縦に振り下ろし迎え撃つ。
動きを読まれたのか、気分が変わったのか、今度は反対方向に体を向け全力疾走しだし、男の剣は外れる。
何をしだしたかと思えば、紙細工を取り出す。ただ、出し忘れたから離れただけであった。目の前で悠長にカバンの中をゴソゴソしだす。
「な、なめてんのかこのガキ!!」
悪態もつきたくなる。壁を一度張り直したのか2階にいた若い女も逃げ出した人質も祭壇で合流しており、
「はやくこっちに来なさい!!」「がんばって!!」
「何をしてるの!戻ってくるのよ!!」「そいつの持っている物にあたっちゃだめよ!!」
うるさい。
3人倒れた途端これだ、腹立たしい。戻ってガキに負けたとあったら俺が頭に殺される。
取り出す紙細工が決まったようだ。満足気なのが腹立たしい。
右手にはよく回りそうなリング状の、左手にには簡単に作れそうな縦に長い三角形の紙細工を構える。
だが、こいつもこいつらも仲間も揃って馬鹿ばかりだ。
してやられたが、紙と分かっているなら当たる前に切ってしまえばいいのだ。
冴えた自分ににやけてくる。
そして、子供はリング状に作られた円形の紙細工を投げてきた。
そのリングはフワリとゆっくりと浮遊しながらこちら向かってが、遅すぎる。妙な力があってもやはりガキか。
男は軽く剣をその紙細工に振り下ろし、
キィンッ
まるで鋼同士がぶつかったような静かな音を出し、飛んでくる紙細工に剣が弾かれた。
「うおぉ!??」
あり得ない!?弾かれる拍子に男の腕が上に持っていかれていく。
うわ!うわ!?と男は慌てだす。ぶつかったと思われたリング状の紙細工が、衝撃など無かったかの如くブレずに飛んでくるのだ。
直撃。
しかし、何も起こらない。
ただ紙がぶつかった感触がしたが、それだけ。
まったく拍子抜けもいいところだ。
まさか、リングに気を取られてる内にもう1つの紙細工が高速に飛んできた事に気づかぬまま倒れるなどと、思いもしていなかったのだから。
4度目の闇の爆発が起き、剣を弾かれた男も、地に倒れた。