64話 愛し夜
身近に愛しき存在を感じたことが一度でもあるだろうか
友 親 伴侶とその前の人だとか そんな人
愛とは千差万別で 憎たらしくて嫌っていたとしても
生涯忘れることが無いほど根強いものならば 愛と言えるのだろう
当然 認めたくはないものだが
一般的に人の言う愛とは 自身に無いものを求める傾向にあるからして
親が子を 男が女を またはその逆を求めるのは必然なのだろうか?
蒼く暗い夜空に雲が覆い、雨が降り、晴れたようだ。
弓使い、そう呼ばれる男の昔話はよく知らない者であれば淡々とした口振りに聞こえるだろう。
「その2人組には見覚えも聞き覚えもありますね」
「俺も随分あの2人に毒されてはいるが、今は・・・まあ、感謝している」
横でじっくりと聞かされた聖女と呼ばれる彼女は言葉の節々に情や熱が入っていることに気づかぬほど薄情ではない。
「戦争に出てらしたのですね」
「古傷もあったが・・・サキの奇跡のおこぼれを貰ってな。今は綺麗なものだ」
「あら。首元のマスクも御関係が?」
「そうだが・・・強大な力を浴びても癖までは治らないらしいな」
「習慣は恐ろしい、ですか?」
「違いない」
古傷のあったであろう顎下をなぞる指に目線を移すが確かな綺麗に痕は無く、星の見えない夜空のような群青色の髪と端正な顔立ちがよく映える。
隣に座る男のことで彼女が1つわかったことは、周りくどく遠回しな物言いばかりをする口よりも、鋭く研いだ矢じりのような茶色の瞳の方が饒舌だということだ。
城門での暗殺者集団を前にした時は冷徹なまでに鋭い目。日常で見せる油断を見せない目。悲しげに瞑る目。楽しげに緩む目。
鷹の眼を持つと言われてはいるが、子供が窮地にあると知ったら屋根伝いに窓から不法侵入するような無謀なこともする男。
「気になるか?」
「え?」
いつの間にか魔法石の燭台に照らされ僅かに光る弓使いの瞳に目移りしていたことに聖女は言われるまで気付いていなかった。
弓使いの指を指している無くなった傷痕を想像していたわけではないが・・・。
「少しだけ、気になります」
「少しだけ、どうした?」
「わかりません」
「どうすればいい」
「知りません」
「・・・ふん」
それは何故か、どうしてか、自身の純白の修道服に包まれた胸元に手を当てても彼女にはわからない。
目線を指摘された途端、目を合わせづらくなってしまう感覚に慣れなくてつい顔を背けてしまうのだ。
そんな様子の彼女の意図が弓使いには読めず、少し考え込んでからまた口を開く。
「羨むという気持ちはまだ理解はできないが・・・心配になる事はある」
「心配、ですか?」
「ぬしが夜に飛び出したあの日に気づいた。もしかしたら、もう少し前かもしれん」
深く息を吐き、弓使いは天井を仰ぎ見る。
「大切な誰かが身近にいない、目の前にいない。たったそれだけで・・・胸が騒めいて落ち着かん」
「それは私もです」
「いや、違うな。これからの話になるだろうが・・・教会の者にはわからないな」
聖女は背けていた顔を不思議なものでも見たように弓使いへと向けると、端正な顔立ちを不満そうに僅かに歪めた弓使いの表情が視界に入る。
「ニホンの捜索に出払う俺達と違って・・・あんた達は何時でもサキとぬしに会えるだろう。俺達はその間2人に会えないわけだ」
「・・・!」
攻める力と意思を持つ剣士、風使い、弓使いは子供達の為にニホン捜索に王国の外へと旅立てる。奇跡を扱えるだけの彼女はそれが堪らなく羨ましく感じていた。
だが、そんなのはお相子だと言わんばかりの発言に聖女は少し驚き、口元へ手を当てる。
「それを・・・羨ましいというのでは?」
「・・・」
理解できてるじゃないか。さっき羨む気持ちがわからないと言っていたじゃないか。
自分の言葉の矛盾を言い当てられ目を背けて彼女に目線を合わせなくなった男が堪らなく面白く、ついに聖女の口からクスクスと笑みが溢れてしまい、それが余計に気に食わないのか弓使いは腕を組んでムスッと不貞腐れだした。
「うるさい・・・笑うんじゃない」
「うふふ!ごめんなさい。文句ばかり言っていた私が情けなくて・・・」
凛とした美しい顔には申し訳なさ気に眉を少し曲げてはいるが、作りものではない本物の笑顔が戻っていた。
「お心遣い、ありがとうございます。少しだけ、元気が出ました」
過去を話さずとも、最初からそれを言ってくれればよかったのにと。
弓使いの少し不器用だが、確かな温もりのある話に聖女は感謝の意を示す。
「・・・それなら構わん」
話は終えたとばかりに弓使いは椅子から立ち上がり、聖女も合わせてゆっくりと立ち上がり燭台を元の場所に戻した後に2人は教会の扉へと歩いていく。
女は男に追いつくように、男は女に合わせるように。少しだけぎこちないが、互いに歩幅を合わせて歩く。
外へと続く扉が開かれ、月明かりが出迎えた2人の後ろ姿は、闇に溶け込むような夜空に支えられる月のような・・・そんな姿であった。
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魔法石の輝きに満遍なく照らされた廊下はとても明るく見通しがいい。
「こわいひとじゃなかったね!」
「そうなのか」
お腹も話もいっぱいにご機嫌そうに笑顔で話す白髪の少女の咲ちゃんと、話など途中からそっちのけで食卓を食い荒らして満足そうにゲップをする黒髪の少女のぬしちゃんが手を繋いでぶらぶらと振り回しては廊下を歩いていく。
「メイドのおねえさんもおはなしすればよかったのに!」
「ええ!?そんな、恐れ多いことできないですよ・・・!」
「おそれおおい」
「あのお方はすごい偉い人で私なんかじゃ、とー、とてもとても会話だなんて!」
ワタワタと束ねた髪が解けそうな勢いに両手も頭も慌てて横に振って否定をし、できませんできませんとヘンテコな呪文を唱えるのは咲ちゃん達のお付きの使用人の1人だ。
「咲もさいしょ、こわかったけど、おはなしできたよ!」
「をことぬしもなんだ」
「ぬしちゃんおにくばっかりだったでしょ!」
「おにく、咲ちゃんのぶんもいっぱいたべたんだ」
「いっぱい!」
「いっぱいである」
確かに知将と呼ばれる男との卓上での会話は・・・親しみを持てるようなものではなかったが、咲ちゃん達の家を探すことに協力してくれているようなことを言っていたので、そこから話は弾んでいった。
「お2人方は、とっても勇気があるんですね」
「咲は、えと、ぬしちゃんがいたら!すっごくがんばれるの!」
「がんばれるのか」
「うん!」
1人であったら・・・いや、それ以外に誰かがいてもダメ。
咲ちゃんはぬしちゃんがいるから一生懸命になれるのだ。
「まだ小さいのに、すごいなぁ・・・」
「え?」
自室へ向かって歩いていた足を止め、咲ちゃん達が振り返ると使用人は優しげで遠いものでも見ているような表情を向けられていた。
咲ちゃん達の身長に合わせるように屈むとうっすらとほっぺのそばかすが見える。
「サキ様、ぬし様!ぎゅっと抱きしめても、いいですか?」
「えと、んと、いいよ!」
「ぎゅっとなんだ」
咲ちゃん達は快くお願いに承諾し自ら歩み寄っていき、床へと両膝を付けた使用人に抱きしめられる。
しっかりご飯を食べているか不安に思うくらいにその腕は細っこく、首元からちょびっとだけ汗の匂いがした。
「妹も大きくなってたら・・・こんなだったのかな」
温もりこそ女性特有の柔らかな感触こそあるが、今まで抱きしめられた中でも異質であった。
お母さんとも、教会のみんなとも違って弱々しく、寂しさに包まれたような・・・そんな感触だ。
「だいじょうぶ・・・?」
「ないてるんだ」
幼い2人の頭に滴が1つ、1つと流れて落ちる。
子供を護衛していた兵士もこれには対応に困りただ見守っていた。
子息ですらないのに王より渾身的に敬意を払えと命じられた5歳の子供相手にどこまでの行動が許されているか判別できかねている、というのが正解か。
頬に流れた涙を自身の制服の袖でそっと拭っては泣き止み咲ちゃん達へと笑いかけた。
「す、すみません・・・!少し元気を貰っちゃいました!」
「げんき?」
「はい!サキ様とぬし様のために頑張る元気です!」
「おもちかえりなのか」
「お持ち帰りです!」
にんまりと笑う笑顔は決して華やかとは言えない素朴な顔立ちではあるが、だからこその愛嬌が宿っているように見える。
妹がいるらしいが、自分たちより小さいのだろうか?
「咲たちみたいにおっきくなるといいね!」
「ぐんぐんのびるんだ」
もしかしたら赤ちゃんなのかもしれない。兄弟姉妹は突然やって来るものだとお母さんから教わったのだ。
そう考えた咲ちゃんに同調したのか、小さな身体をもっと小さくしゃがんで見せて、合わせた両手をうねらせゆーっくりと上へと突き出した。
「おはなみたい!にゅーーって!」
「おおきくなるんだ」
「・・・そうですね!大っきくなります!」
突如城の廊下で行われた植物の成長を体現させたぬしちゃんの珍妙な踊りに誘われて、咲ちゃんとメイドと子供たちに呼ばれる使用人も同じくしゃがんでは両手を合わせてニョキニョキと上へ上へと伸び伸びと昇っていく。
「「にょきにょきーー!」」「なんだ」
「「にょきにょきーー!」」「なんだ」
場所を選ばず止めどきを失ったニョキニョキダンスは、見守っていた兵士や他の使用人すらも巻き込んで感染していき楽しげに混沌は広まってゆくのであった。
ーーーーーーーーーーーー
時はどんどんと過ぎていき、どこのお店も店仕舞い、酒飲む場所か宿しか開かれる場所はない。
出歩いている者といえば決められた鎧を身につけ国内を巡回する衛兵か飲んだくれくらが相場を占めていることだろう。
国内の緊張感の高まりと最近の騒動が原因か、衛兵たちの行動は前にも増して厳重で警備を怠るような気構えを持つような者はいない。
「ま、じ、で・・・いねぇ」
体力の限界。
赤い鎧を鳴らしに揺らして、走りに回り、行く道進んで振り返ってはまた戻る。
行く人立つ人訪ねて聞いては探ねいて・・・とにかく疲れた剣士は体を休める場所を探し求めていた。
泣き喚きながら全速力で駆け抜けていく女性という具体的な情報の消息が絶ったのは商店街近辺。
店に聞いても見つからず、やがては閉まり頼みの衛兵にも聞き歩いて今に至る。
「・・・?」
息を整え落ち着いた彼の耳に甲高い声が届いてくる。走り疲れたために耳鳴りでも聞こえてきたのかと関心のないまま通り過ぎようとしていた。
「助けてぇぇええ・・・!!」
ハッキリと聞こえた。聞き違いではない。
情けないよく聞いた声に気づいた瞬間、疲れた身体の事など気にもせず剣士は声の主を探して道ゆく道へとまた駆けていく。
「おい!?どこだぁ!!?」
衛兵の目など気にも止めずに走り出したが、店と店の間から風使いが飛び出してきた。
「いたぁぁあああ!!!」
「お前探したっぁっ!??」
そのままの吹き荒れる風のような速度のまま剣士の胴体へと抱きついてきたが、その姿に剣士は泡を食う。
鎧が硬いーとか、油で汚いーとか、そういう問題は別として、問題は彼女の服が無理やり剥がされたかのように乱れていたのだ。
腰に巻いてるベルトも辛うじて巻かれているだけで穴に通されておらず、乙女の防波堤ごと今にもずり落ちそうだ。
「おまっ!?なんちゅー格好!?」
「は、早く!どっかに!!」
「逃がさないよぉっ!!」
風使いの逃げる原因であり、弧を描くように俊敏な身のこなしで元凶が彼らの前へと現れ蛇を前にした蜥蜴のような阿鼻叫喚な有様だ。
「ぎゃあああっ!!変態!!こっち来るなバカぁああ!!!」
「往生際が悪いんだよ!!恩を感じてんならとっとと出すもん出しなっ!!」
「ねーわよそんなの!!落ち込んでる奴の心につけ込んで体目当てなんでしょーが!!」
「それ以外に何があんだい!?ホイホイ釣れる奴が悪いのさ!」
「最っっっ低!!ばーかばぁぁぁかっ!!」
「なんだぃ気が強いじゃないか!そっちの方が食いがいがあるねぃ・・・ニヒヒヒ!」
どっから、どこまで、どう聞いても。
女性の貞操を狙う不貞な輩の会話にしか聞こえず衛兵達が急いで駆けつけては来る・・・のだが、それが赤い鎧の男を間に挟んだ女同士の会話だと確認が取った者から順に判断に困り足を止め始めていく。
「あーー・・・状況読めねーんだけどよ」
「どきなぁ!赤い木偶の坊!!あんたにゃそのかわい子ちゃんは不釣り合いだよ!」
「・・・んだと?」
ラフな格好をしたスラリと引き締まった体が艶めかしい褐色肌の女性。意地の悪いニヤニヤとした表情をした女豹と呼ばれる女性の挑発に剣士は眉をひくつかせる。
「聞いたよー?小さい事に目くじら立ててる小さい男がいるってさぁ。体はデカい癖に器が小さいってのはあんたしか思いつかなくなっちまったよ!」
「ち、ちが」
「違わないね!」
剣士の背後に隠れた風使いの否定に女豹は認めない。喋らせない。
「背中を預ける相手にゃ正しい判断さ。でもねぇ・・・女を泣かせるガキみたいな物言いには呆れを通り越して欠伸がでるほどさね!」
「・・・」
「だんまりかい?いつものお馬鹿な大声は挙げないんでちゅかー?」
飯事のような加減の入った口喧嘩ではない。毛を逆撫でるような敵意に満ちた攻撃に剣士は返さず、背にいる風使いは肩身を狭くし体を縮こまらせる。
「あんたにゃ相応しくないってことさね」
「・・・うるせーよ」
「はいー?きこえなー」
剣士は一歩前へと足を踏み出し、握り拳を上から振り下ろし女豹へ向けて力強く掲げ出す。
「さっきから耳障りなんだよっ!!んなこたぁ仲間から教わったばかりだってのにウザってぇっ!!!」
熱を帯びた怒号と気迫には物理的なものだと錯覚してしまうほどの圧力があり、衛兵どころか相対していた女豹ですら息を呑んでしまう迫力がそこにはあった。
「言い方気にしようが芯は変えらんねぇ。サキ達と会ってからよぉぉくわからされたもんだ。何度もこいつらに迷惑掛けてるってことも!」
自身の影に隠れていた風使いの背へと右腕をを伸ばしては強引に横へと押し出し怯えた顔が明るみに出てきてしまう。
「ちょ、な?へ!?」
突然身体に触れられ驚いた拍子に手に持つ杖を落としてしまい、木製の乾いた落下音と同時に・・・剣士は大声で叫ぶ。
「そんな馬鹿な俺はっ・・俺にはこいつが必要なんだよ!!てめぇにも誰にも渡さねぇ!逃がさねぇ!俺の女に手付けてんじゃねぇよっ!!」
赤き籠手に包まれた太く逞しい腕に無遠慮に力強く抱き寄せられ・・・風使いは赤面し言葉を失った。
俗に言う、ナニイッテンノ、コイツである。
一般でもないかもしれない。
「・・・よく言った・・・」
「はへ?」
衛兵達を巨体で押し除け女豹の首根っこを何者かが掴みだし、その男は剣士へと向かって言い放つ。
「・・・どこで、油を売っていると・・・!!」
「あっいっっだだだだだだだばば!!???」
剣士と風使いに現れたのは色黒のその巨体から熊男と呼ばれるこの商店街で鍛冶屋を営んでいる男であり、見たまんまの馬鹿力で女豹の首裏をつねっては痛めつけていた。
「・・・連れが、迷惑を掛けた・・・」
「いや・・・いいけどよ」
熊男ただ指で首元をつねるという些細な動作には力の入ったような動作は見えない。
「いだぁいだぃごめんざざいぃぃ!!」
先ほどまで粋がっていた様が別人のように涙目になって許しを乞う無様な失態には・・・見覚えはまぁまぁある。主に身内がらみで。
褐色の男女の力関係が目に取れてしまう一幕であった。
毒気の抜かれた様子で剣士は熊男へと疑問をぶつける。
「あんたらって、ただの仲間か?どういう関係よ」
「だだ・・・こ、この石っころはただの」
その問いに熊男は女豹の尻を引っ叩いて酷く痛そうな叱咤の音を轟かせ返答の意を示す。いくら身軽だろうと掴まれてしまえば暴れようが体格差でまったく敵わない。
「あだぁあああっ!!!???」
「・・・赤牛よ、お前と同じだ・・・」
熊男の平手による尻への強打に大きく怯み、身悶えした女豹を荷物のように抱え上げ熊男は周囲の目もくれず立ち去って行く。
熊さんに捕らえられた哀れな猫さんが商店街の闇へと運ばれていくのであった。
「あ、あの、あのぉさ?手を、さ」
「・・・ぅぉ」
感情のままに、思うがままに一直線に動いた剣士は今になっても彼女を離していなかったことに気づいたが、それだけではない。
「やるじゃねーか兄ちゃん!」「アツいねぇいいよぉ!!」「今夜はどうするんだい!?」「戦争近いってのにいい身分だじゃねーか!」「嬢ちゃん幸せにねー!」
店仕舞いの時間帯とはいえ、ここは商店街。夜に開く店だってそこそこあるわけで。最初の騒ぎこそ火種となったが、なにより剣士の声はデカくてうるさく嫌でも耳に入ってしまう。
衛兵だけではない。痴情のもつれかと興味本位でやってきた野次馬根性溢れた酔っ払いや店の住人、帰路へと向かう冒険家のお方々が抱き合う若い男女2人を囲んでいたのだ。
「み、見せもんじゃねえぇばっきゃろおぉぉぉ!!!!」
「い、いやさ、離しなさいよ、ばか」
渦の中心にいることに気づこうと俺の女だと手放さないまま叫ぶその怒号は、気迫も迫力も無くただ周囲の野次馬連中を笑いの種に水を撒くだけに過ぎなかった。
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