63話 夜通し過去話
昔々とどのくらい
個人差色々あるけれど
尺の長さは関係ないぞと
建前だけはと気遣って
語るは透かし 聞くは悩む
夜は長い
卓上に並ぶ豪華な食事にフォークにスプーンが伸ばされる。教会や市民街の店で出される食事とは飛び抜けて丁寧で繊細に調理された料理にはほっぺがこぼれ落ちるような深い味わいにどんどんと食が進んでいく。
メイド、と子供達から呼ばれる髪を束ねた使用人から前掛けを付けられた咲ちゃんとぬしちゃんの前に出された料理はそれぞれ違っている。
咲ちゃんの前に並ぶのは肉の類の代わりに卵を使われた気遣いの成った料理であり、色取り取りな野菜と柔らかなパンやパスタのような食べ物が用意されている。
どれも色鮮やかで質が良く、日本では食べたことのないドレッシングがかけられており口に運んで噛むたび野菜の甘味とドレッシングの薄い辛味が広がっていく。
ホテルのバイキングで並んでいるようなサラダのようでありどれも咲ちゃん好みの味わいだ。
汁物は溢さないようにスプーンを受けにして口元に運んだり手付きはゆっくりではあるが、パスタもフォークで巻いて同じように食べており子供ながらも周りへの配慮のできた口運びをしているのだ。
「なるほど。貴族の娘というのは事実のようですね」
「ちがうよ!えと、ふつうだもん・・・」
「ということは、大変裕福な土地なのですね」
「ゆうふく?」
「お父上が御貴族の方で貴女はその娘。幸運の星の元に産まれたのですよ」
咲ちゃん達の向かいに席を取り同じく食事を取るのは巻きひげが特徴的な知将と呼ばれている男が話しているがちょっと言い方が難しくて意味を考える事に咲ちゃんの小さな頭の中で難儀していた。
この城に来てから全く話した事の無い相手であり、頭の良い人、としか印象が残っていない。
「・・・全く、横に居られるおことぬしという娘とは違いますね」
「ぬしちゃんはね!んと・・・えとね」
「擁護できないとは、どんな教育を受けたのか伺いたいものです」
ぬしちゃんの前には牛や鶏などの家畜の肉を焼いた物で塩やスパイスなどで彩られ食べやすいように一口サイズにすでに刻まれて食べやすい為、手に持つフォークに容赦無くお肉が刺し貫かれるせいか皿にまでぶつかってガチャガチャと騒がしい。
ズレる皿の位置、乱暴な食い付きに飛び散りかねない汁の処理等、その度にメイドに調整され小声で窘められている。
だが、小さな口に肉が放り込まれるたびにぷにぷにの鉄仮面が観音様のように緩む姿を見るに、反省の色は周囲に漂う大気に等しい。
さながら咲ちゃんが礼節弁えた淑女であれば、ぬしちゃんは凶器を構えたストリートギャングだ。
いざ言われて見てみれば親友の食べ方を自分がしてしまえばお母さんや幼稚園の先生に怒られかねない。
だが・・・それは仕方のない事。
「ぬしちゃんはね、おかあさんもおとうさんもいないの・・・」
「孤児ですか・・・なるほど。いつ頃からなのですか?」
いつ頃と言われても当事者でない咲ちゃんが分かるわけでもなく知将の顔は一ヶ所だけ荒れ果てた食卓で食べる黒髪の少女へと向けられる。
「わからないんだ」
「それはないでしょう。一体お名前は誰が付けたのですか?」
「おなまえ」
「そのような珍妙な名前を自分で付けたことがないのでしたら、誰かがいるのではないですか?」
弓使いとは違う温かみの無い冷たさを感じ取った咲ちゃんはムッとした顔で知将を見るが、誰が付けたかという発想が今までに無く気になって会話の成り行きを食事をしながら眺めていた。
「ちゃいろのおじさんが、をことぬしでいいっていってたんだ」
「それはどんな方なのですか?ご職業とか」
「ごしょくぎょう」
「お仕事のことです。見た感じの特徴とかですね」
「なきむしさんで、あったかいんだ」
「・・・そのような感情的なものでは当てになりませんね」
茶色のおじさん。
その言葉で咲ちゃんは頭の中でピンと来た。
「ぬしちゃん!そのひと、くろいおようふく?」
「うん、くろくてくろなんだ」
「まっくろ!」
そうだ。
幼稚園でぬしちゃんを幽霊だと勘違いした先生たちが呼んだ人だ。
でも、それだとおかしい。
「そのひとはぬしちゃんのなまえをつけたひとじゃないよ!よんだひとだよ!」
「そうなのか」
「そうなの!」
その男が来る前からぬしちゃんは自分でをことぬしと呼んでいるのだ。恐らく名前を付けた人では無くて名前を知っているだけ、名付けた人では無い。
そのおかげもあったか、知将が攻め方を変えてぬしちゃんへと質問を続ける。
「心当たりがあるのですか。・・・では、1番最初、初めに名前を呼んだ方はどなたです?」
「え?」
「お言葉ですが学の無いご様子。名付けられたのでは無く、誰かが呼んだものを自分の名前だと錯覚、間違えておられるのでは?」
知将の言葉に咲ちゃんが驚いてしまい、周囲にいるメイド達も何事かと不思議そうに食卓を眺め出していた。
失礼は失礼ではあるが・・・最近にぬしちゃんの行動ぶりからちょっとおバカさんなことが多いせいか、知将の考えには真実味を帯びたものとなってしまった。
をことぬしは をことぬし。
をことぬしと呼ばれたから をことぬし。
・・・めっちゃあり得る。
「ようちえんのおとこのこなんだ」
「ほんと!?咲とおなじひまわり?」
前掛けで隠れていた自身のネームをぬしちゃんに見えるように見せつける。向日葵を象ったネームの中心には”こざくら さき“と書かれている。
お肉の汁とよだれ塗れのきちゃない顔を向けてはジーっとネームを見つめて、ぬしちゃんは答えた。
「うん、ひまわりさんなんだ」
「わわ!だれだろ!?」
思い当たる組の友達を咲ちゃんは思い出してはぬしちゃんとの接点を頭の中で探し始める。
「おなまえ、わからないんだ」
「ええ!?おぼえてないの?」
「うん、いなくなっちゃったんだ」
「おひっこし?」
「おひっこしなのか」
白髪の小さな頭が混乱が極まり目が点となる。
「ふぇ」
「ふぁぃう」
咲ちゃん達が幼稚園で過ごしていた2年間で引越したお友達はいるが、それはひまわり組ではない。
親友の謎が深まっただけで・・・まるで進展が見えない。
「まぁ、名前は重要ではなかったですね。コザクラサキ様と・・・をことぬし様に聞きたい事がございまして、よろしいですか?」
「え?」
気づけば知将の手を付けていた皿の上は綺麗になっており、既に食事が終えられていた。
食べやすいように細かく調理されてはいるが、それでもまだ子供食への配慮が少ない。お子様ランチのように元から量を少なく用意されてるわけではなく、ひと口の量が圧倒的に違う。
「2人の通っていた幼稚園、育児施設でしょうね。そこがどんな場所かを聞きたかったのです。食事を取りながらで構いません」
「えと、うん!」
「ようちえんなんだ」
知将は席を外す気は無いらしく使用人達の片付けた机の上に両肘を机の上に乗せて手を重ねては頭の良さそうな仕草で咲ちゃん達がを見ていた。
もしかしたら何かが分かるかもと咲ちゃんは乗り気で知将へと幼稚園でのことを話していった。
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細い塔に挟まれた両開きの大きな扉を開くと身廊と側廊が前方へと伸びており十字に分かれた交差部まで伸びている。縦長い金属製の燭台もあるがその先端にある魔法石に光は灯されていない。
交差部には背もたれの付いた長椅子が複数用意されてあり、両隣にある袖廊の幅は狭いがそこだけ背もたれの付いていない座り心地の良い長椅子がある。怪我人が訪れる事が多いために設けた診療場所にもなっておりその際は袖廊にある椅子に寝かせて対処しているのだ。懺悔室もあり綺麗には掃除をされてはいるものの、活用することが少ないのか
袖廊に寄らずにまっすぐ進めば大きな祭壇があり右手に白、左手に赤の大きな宝玉を乗せた女神像が建てられておりその背後から天井近くまで大きく青い円の描かれたステンドグラスはこの教会自体が三神を象った物だと言うことが表されている。
暗がりの教会ではステンドグラスや窓から差し込む月明かりが異様な雰囲気を醸し出されており顔に影の生まれた女神像は昼とは打って変わって不気味でしか無い。
「燭台を1つ借りるぞ」
「どうぞ」
教会には修道女達はおらずたった2人。
弓使いが魔法石の輝きを灯した燭台を長椅子の近くへとずらしては座り、横へと聖女を誘導する。
最初は年配の神官が残っていたが聖女と呼ばれる彼女の表情が暗がりの女神像と重なり見えて察したか快く席を外してくれていた。
2人以外の存在がまるで無い、そう認識させられるほどに酷く静かだ。
「あの馬鹿が言ったことは本当か?」
静寂を破ったのは弓使い。
「近いのかも、しれません」
「そうか・・・」
聖女の答えに返事をするが、弓使いは背もたれに背を預けて頭を手の甲を当て考え込んでいる。
多少、剣士の言っていた自身達を羨んでいるという話が外れていたケースも考えてはいたが、間違ってはいなかった。
「それは報酬の話か?教会の者に話がいかないのは確かに不相応だとは」
「違います。私の方からお心だけと断ったのです」
「では・・・なぜ?」
報酬でないのであれば、何故か?
「あなたの言うお馬鹿さんはそこも気づいていたようですね」
「何か言いかけていたな。余計な気遣いが祟ったわけだが・・・」
「あの子には、ご迷惑をお掛けしました」
「気にするな。元はと言えば奴の気がかりの起こした問題だ」
弓使いは姿勢を変え両膝に両肘を当て体を休めて前屈みになるような姿勢のままに覗き込むように聖女へと顔を向ける。
ここからが本題だと言わんばかりの目線に覚悟をして、聖女は内心を告げる。
「祈ることしか、できなかったんです」
寂しげに、切なげな表情のまま、露わになっている顔だけが闇に溶け込んでいく。
過去を語る彼女の口を挟まずに弓使いは静かに聞いていた。
物心のついた頃には親はおらず孤児であったこと。
村の労働力として雑な扱いを受けた挙句、寒村となった拍子に真っ先に追い出されてしまったこと。
空腹と疲労で倒れた所を森の中の修道院の女性に救われたこと。
家族同然の修道女達を慕いながら生活する毎日。
最も愛する義理の母と祖母が病によって亡くなってしまい、最も若い彼女が院長となったのが約1年前。
そして、近隣にはいなかったはずのモンスターの出現。その討伐を請け負った冒険者。
突如現れた傷だらけの2人の子供。
山賊の襲撃・・・。
過去を話し終えた凛とした美しい彼女の顔、瞳は教会の女神像へと向けられていた。
「神様、この役立たずはどこにいるんですか」
聖女、などと。
男であれば見惚れてしまうような顔が憎み、恨みで歪んでいた。
「私だけじゃない、苦しんだ者が多い中、こいつは何をしていたのですか?子供達が傷を負う中、こいつは何をしてくれたと?魔法を授けるだけただの道具に祈っていたのですか!?」
神が憎しと歪んだ瞳が力無く閉じ、涙で溢れてしまっていた。
「私は・・・そんな醜いわたしが嫌いなのです!!」
剣や魔法を手にしたからとそれを上回る存在には敵うわけがない。
力が及ばない時にだけ都合よく祈っては、問題が起きれば都合よく恨むのだ。
自身を奮い立たせたのは、傷を負っても立ち向かう勇敢で無謀な子供と、後先など考えず全力で魔力を使い果たした臆病で賢い子供、その2人。
自身から動いていない。動かされただけであり、自身の力だけではない。
結局、手に持ったのは武器とも言えない燭台に椅子、おもちゃの剣ですら無い物であり、それを無我夢中で振り回すだけのお粗末なものだ。
「だから・・・私はあなた達が、羨ましい。攻めることのできる力を持つ人達が」
「・・・それは」
「あなた達はいずれニホンの捜索で各地を旅することでしょう。その間、私はただ子供達とただ安全な場所で吉報を待つだけでしょう!」
髪を振り乱して教会内に彼女の声だけが大きく響き渡る。
側から見ればただの八つ当たりかもしれない。
「祈って、願ってばかりの過去が憎らしいっ・・・!わたしだって、己の武器を振るえるほど!強くありたいのです!!」
両手に目を当て聖女は泣き崩れる。躾のなっていない子供のようにワガママで、牙を砥ぐ努力をせずいるかもわからない神に祈っていた自分が大嫌いで。
弓使いは静かに席を立ち女神像の前へと歩み寄り、見上げてみる。
そのまま目を瞑り、物言わぬ石像に何年も祈る毎日を想像してみたが・・・、すぐに諦め、女神像から顔を背ける。
「想像できん」
「ただ、祈るだけの・・・くだらないことですよ」
「1日、2日となら想像ができたが、その先は無理だな」
何を言い出すのかと不思議に思い、目元を赤くして涙目のままに弓使いへと聖女は顔を向ける。
「それを・・・身近な者しかいない森の中で10年以上。俺には・・・絶対にできん奇業だ」
街にも暮らさず、かと言えば野性的に過ごすどころか己を縛るような生活を送る。
好きであればまだ救いはあるが、憎いはずの神への信仰を親の為に祈る。
それを、毎日?冗談じゃない。
弓使いはそれを成し遂げた聖女にゾッとするほどに畏怖したのだ。
「城門で見せた奇跡の力には助けられた」
「気休めは・・・」
「連れの風魔法では長時間は無理だ。奴の付け焼き刃以下の奇跡の力を見たことあるか?紙切れでも投げつけた方が盾に成りかねんぞ」
それには聖女は失礼とは思いつつも言い返すことができない。
城門に運ばれた罪無き衛兵の怪我を治す時の彼女はなんというか、小回りが効き薬剤の心得のある衛生士というイメージが圧倒的に強い。
いざ癒しの奇跡を使ってみたら・・・あれでは擦り傷切り傷程度しか完治できないだろう。
「小手先と違いの分からん大気を操る力だけで仲間を助けることができている。刃物の件は驚いたが、サキ達の為と考えての行動であるのならあいつの心構えは本物だな」
風使いと呼ばれる女性を代表にした遠回しな物言いに涙こそまだ晴れないが、実直な彼らしい優しさに心に安堵の息がかかる。
「どんな者であっても、ダメなところがあって良いところもある、ですか」
「・・・そうだ」
「私に、足りないものはなんでしょうか・・・」
涙を服の袖口で拭い、弓使いへと改めて向き直すと、顎に指を当て考え込み、先ほどまで自身の座っていた席へと戻り座りだす。
「1人だけ言いたくもない過去を話すのも割りに合わないだろう」
「え?」
腕を組み椅子に座りながら天井を眺める男の横顔には身に付けた装備の色も相まって哀愁を漂わせていた。
「5年前の話になる・・・俺が衛兵を辞めた、切っ掛けだ」
読んでくれてありがとうございます
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