62.5 猫と鼠
いがみ合うも悟り合うも やはり異性より同姓のほうが理解が深い
口調も立場も正確も 全てを違えても根だけは変わらないものだ
だからって 猫と鼠が雌であったところでわかり合う事はない
教育が無い限り
夜の市民街を疾風のように駆け抜ける。
「うぁあああああ・・・!!」
瞳から涙を流し、泣き叫びながら走る姿は颯爽とは言い難いが、その走力は並みの人間では到底追いつけない程に速い。
剣士の発言に傷心した風使いの彼女は自暴自棄となった心のままに市民街から露店路、商店街を駆け抜けてしまっていた。
流石に走り過ぎ、体力の限界で息切れをする頃には周囲は商店街の一角へと辿り着いており、闇雲に動いて疲れた身体を休めるために適当な店の壁に背を付けへたり込む。
道歩く人々は疲れた様子で地べたに座る彼女へと一度は目を引くが、それだけで何事もなかったように通りすがっていく。
今は誰とも顔を合わせたくない。
その一心で涙目のままに走り抜けて・・・彼女に追いついてきたのは後悔の念だけだ。
隠してたからそれがなんだ、と。言い返せばいいのに。そのつもりで頼んだ武器なのだから。
だというのに・・・いざ話そうとすると緊張して喉に詰め物でもされたように言葉が詰まってしまい話せなかった。
「何、やってんだろ。あたし・・・」
「ほんっと、こんなとこで何やってんだいあんた?」
「・・・へ?」
独り言へのまさかの快活そうな女性の声が応答し、俯いていた顔を急いで見上げれば、元百傷の虎の女戦士が顔面すれすれで上から覗き込んでおり、背後を振り向いたら猫を発見した鼠のように驚いて風使いの彼女は立ち上がる。
「どぁぇ!?ちょ、なになになんで?」
「はーぁ?なんでもなんもないわよー。なんか貧乏そうな面でも拝んでからかおうと思ったら風ちゃんじゃないの」
「風ちゃんじゃないし!・・・何その恰好?」
風ちゃんと呼んでくる褐色肌に派手な橙色の波打つ長髪は少なくとも他では見たことが無い奇抜さがあり見間違えようがないが、気になるのは着ている服だ。
身軽に身軽を重ね着したような民族衣装のように露出の多いものではなく、灰色のシャツに丈の長い黒いズボンに足には包帯のようなものをフットラップ代わりに身に付けて・・・なんというか、普通の恰好だ。
しかも自慢の三日月斧すら持っておらず、武器と思わしきものは手の甲の金具しか思い当たらない。
「これ?ウチの普段着ー!ニヒヒ!惚れたかい?」
「ないわよ。あたしは女だし惚れるわけないでしょ?」
「えーー?ウチ結構いける口だけどー?」
「は・・・?」
女豹と呼ばれる彼女の腕が風使いの頭の横を通り抜け、壁に手を押し当て鼻先がぶつかりそうになるほど顔を近づけられてしまった。
風使いはワタワタと急いで転がり込むように伸びた腕の隙間へと逃げ出し難を逃れる。
「ぎゃぁああ!!そんな趣味ないないないわよ!?」
「うひゃひゃひゃ!!若い子いじるって面白いったらないわー!」
黙っていれば男が鼻の下を伸ばしそうな魅力があるというのにこの女。酒の飲みすぎで酔いつぶれたオヤジのようなゲラゲラと下卑たきったない笑いが全てを汚し尽くしてしまっている。
その人を小馬鹿にする挑発的な言動が誰かさんと重なり見えてイラッとした風使いはつい呟いてしまった。
「・・・猫ちゃん」
魔法の呪文のような呟きに効果は覿面。短気なとこまでそっくりだ。
「猫つったかおめー!!?ツラ貸しな!!」
「ああああごめんなさいごめんなさい!!」
それでも、猫の顎に咥えられた子猫のように首根っこを掴まれ引きずられていく事は一度も無かったが。
何事かと通り過ぎようとしていた住人達の哀れな者を見る目で見送られながら、女性2人は商店街の闇へと消えていく。
女豹にひっ捕らえられてしまった彼女が連れてこられた場所は閉じられた大きな扉の前に露店の建てられた店であり、大きな物でも楽に運べそうな扉の先には風使いも心当たりが大いにあった。
「ここ、鍛冶場?」
「いいから裏についてきな。逃げたら・・・噛みつくわよー?」
「ひぁ!?いきます!いきますって!」
この時点ですでに気づいたが、如何に剣士の彼が加減をして自身と接してくれていた事がわかってしまった。少なくともこんな脅して恐怖で動かすような扱いはしていなかった。
女豹へとついて行き鍛冶屋の裏へと続く細道を通り抜けた先は人行きがほとんど無い店がポツンと1つ、暗がりの松明のように寂しく立っていた。
「ここ、来たことないかも?」
「この辺りはウチらの拠点みたいなもんさね。黙ってあの店についてきな」
「は、はい・・・」
さっきの一言が頭にきたのか元々こんな人だったのかは一度一緒に戦った仲だけでは判別付かない。
・・・一緒になって酔っぱらったような気もするが、思い出せない。
店の前の看板は少し擦れてはいるが、ここも酒飲みのできる店のようだ。
外装を眺める間もなく扉を開けられ取り付けられた鈴が鳴る。
「あらー!いらっしゃい!」
「やっほー!奥の部屋空いてるー?」
「奥ね、はいはい!お冷やはいくつー?」
「2つよろー!」
中へと入らず扉の近くで中にいる女性との話し声だけを聞いてみるとかなりの常連、というより家族のようにやり取りが暖かい。
「なーにボサッと外で突っ立ってるんだい!とっとと中入んな!」
「はいぃ!」
自分には暖かくない。
ビクビクと怯えながら風使いは言われるがまま中へと入らざるを得なくなってしまった。
「お邪魔しまーす・・・」
「はーい!いらっしゃい!」
中へ入って見てみれば、中はかなり綺麗に掃除をされていてカウンター後ろに並ぶ酒瓶が小洒落た飾りのように彩っている。
客席だけであれば余裕を持って10人座れるくらいであり、客らしい姿が4人いるだけでカウンター奥の洗い場にいる店主さんも含めたら5人と繁盛しているようには見えない。
だが客層は女性だけであり、落ち着いて静かに飲むにはいい穴場だと風使いは確信する。
どの客とも初対面だというのにウィンクをされたり熱い眼差しを向けられたりと奇妙ではあるが、ガタイのいい男達から凄まれるよりはずっとマシだ。
橙色の揺れる長髪について行くと席には座らず、店内の奥にある扉をへと遠慮無しに入り込んでいき慣れない店では彼女について行くしかない。
「この部屋・・・」
床には頭は犬、熊のようにでかい毛皮の絨毯が敷かれておりベアウルフと呼ばれるモンスターを象った物だ。壁には鹿や狼などの体躯の大きな動物の頭、棚の上や中には小動物そのものだったり足を取った趣向品の数々。
名前も知らないまだ見ぬモンスターの彫像に囲まれたこの部屋は狩人の戦勝記念碑の塊のような場所だ。
部屋のど真ん中には丸い机をグルリと弧を描くように繋がった椅子が設置されておりどちらも背が低く、先導していた女性が横になって背もたれに足を掛けてもまだ幅を残すほどに中々広い。
「ウチらの趣味だよ。てきとーに座んな」
「・・・わかった」
女豹と対面するように向かいに座るが毛のモコモコな肌触りが柔らかく足を好きに伸ばせてリラックスができるのは中々好印象だ。
生首同然の獣たちに睨まれるのが平気であれば。
「貴方の部屋なの?」
「半分ねー。ウチの相方の婆さんがやってるお店でさ。お世話したりされたりってね」
「あのデカい人?」
「そーそー。戦う鍛冶屋で結構人気。ウチの武器も今直してもらってるのさ」
「へー・・・あれ」
ふと、玉座の間で仲間と並んだ時が頭に思い浮かんだ。
「そういえばさ、あなたたちって何かお城から貰ったの?」
「はへ?あー!お金がっぽり貰ったね!あの馬鹿に感謝感謝!」
「あの馬鹿って・・・」
腕を枕に横になって全身を椅子に預けたまま女豹は下卑た笑いをしながら楽しげに大口を開いて話す。片膝を上げただらし無い体勢が随分と板についている。
「あんたんとこのバカ牛よ。おかげでアホ兵士もあいつもぶん殴れてさいっこう!大義名分様様さね!うひゃひゃひゃ!」
「・・・そう」
今は会いたくない男の言葉が蘇り風使いの彼女はまた顔に影を宿す。
「へぇー?」
仕掛けた罠に獲物が掛かった時、そんな顔だ。ニマニマと性格の悪そうな褐色女の表情に気づいた時にはもう遅い。
「なーに?夫婦喧嘩しちゃったのー?よちよちしてあげましょーかぁー?」
「は、はぁ!?違うし!?そんなんじゃないし!?」
「ほんとかなー???」
「ぅぅ・・・」
実に性悪。風使いは直感的に目の前の女豹が苦手な相手だと思い知る。
その時、扉にノックがかかり開かれた。
「お冷やですー!」
「はいよー!あんがとねー!」
「あ、ありがとうございます・・・」
お盆にグラスに入った水を2つ運んできたのはこの店の店主。背は低く歳は50か60くらいの年配女性だ。目尻が垂れているように老けてはいるが気の優しそうな顔つきは愛嬌がある。
その店主は風使いを見ると驚いた表情へと変わるがすぐに答えを教えてくれる。
「あなたは、もしかしてあの教会にいた黒い髪の小さな子と一緒の人かい?」
「ぬしちゃんのこと?」
「やっぱり!ああ!やっと会えたよ!あの子は来てないのかい?」
「えっと・・・あれ?」
興奮気味に風使いへと近寄りその顔を見て心当たりを探してみれば薄ぼんやりと記憶が蘇ってくる。
「あ!前にぬしちゃんが助けた!?」
「ご明察ー!やっぱあんたが一緒にいたんだね」
「そうね」
ぬしちゃんがこの国に来てから勝手に解決したスリ事件の被害者だ。
盗られて倒して取って返して、あの時の出来事自体は鮮明に覚えていたが、相手のことをなどすっかり忘れてしまっていた。
「あの時は本当に助かったのよ。しっかりお礼もできなくて・・・今はお城にいるんだねぇ」
咲ちゃんとぬしちゃんがいない今、剣士達が教会へと向かう理由はほとんど無く、それで鉢合わせることがなかったのだろう。
「何か食べたいのがあったらおばちゃんに教えてね!」
「はい!」
「はいよー」
ぬしちゃんに会えず少し寂しげにも見えるが、お冷やを2つ置いた店主のおばちゃんはそのまま部屋へと出て行った。
てっきり目の前に座る彼女は咲ちゃんのついででぬしちゃんの相手をしているのだと風使いは踏んでいたが、それは大きな間違いなのかもしれない。
「何悩んでんだかわかんないからさ、ウチに話して見なよ。辛気臭い顔も少しは吹っ飛ぶかもね?」
「・・・笑わない?」
「笑わない笑わない!」
手玉を上に下にまた上に、ボールになった気持ちは実に居心地が悪い。
ならいっその事と風使いは諦め半分でなり行きを説明し始めた。
「あぁっひゃひゃひゃひゃ!!どっちもこっちもばかばっかさね!」
「笑うなっつってんの!こっちは凹んでんのよ!!」
「ほい!ぶふっ笑ってないぶふふっ!」
「むきゃぁーーー!!」
女性の嬌声と奇声はこの部屋に飾られた獣達ですら逃げ出しそうだ。
仰け反るほど大笑いする目の前の女が憎しと風使いはささやかな抵抗にと睨むが、目の隈の無くなっている今はそこまで怖くない。
「まーまぁ・・・ぶふふ。あいつも大概だけどあんたも相当ってね」
「そりゃさ、あたしだって隠してたのも悪いけど・・・」
口から気持ちを吐き出す事で多少気が落ち着いたか、文句を言うくらいには打ち解けていた。
「そーさね、あんたが悪い」
「・・・わかってるし」
「わかってないない。ウチだったら手・・・挙げてるかもね」
上体を起こして野生の虎のようなギラギラとした眼光を風使いへと浴びせながら握り拳を見せつける。
体躯のは細いというのに極限まで引き締まったその筋力で殴られれば歯を数本失うことを覚悟するべきだろう。
「仲間ってのはまず誰が、何ができるか判断するとこから始まるんだよ。ウチみたいなのが10人いてもただの山賊集団だわね」
円形の背の低い机の上には酒にツマミに合いそうな魚を焼いたものや惣菜を炒めたものが並んでおり、手に取り口に運んでは話を続ける。
「ちょいと聞くけど、手を抜いてたわけ?」
「違う」
「仲間を信用してないからかい?」
「違う・・・」
「そうかい」
焼き魚を豪快に喰いちぎっては骨を吐き捨て女豹は答えへと行き着いた。
「どんな汚い過去か聴く気はないけどね、実は出来るのに出来ませんでしたーって嘘ついてたら怒鳴られて当たり前さ」
「で、でもあいつ、先生に向かって言い方が乱暴過ぎだし」
「論点変わるねー。近くにいるくせになーんにも分かってないんだね」
ニヤニヤと口元だけを笑わせて話す女豹が、何故かはわからないが・・・剣士のことがよくわかってますと言わんばかりの表情が憎たらしく見えてくる。
「さっき話してた金髪のねーちゃんが羨んでたってやつ、マジかもね。あの牛は馬鹿は馬鹿でも馬鹿正直なんさ」
「え?」
「直感で人の核心に平気で触れるから問題が起こるのさ。どうせ思いつきで動いてばっかだから頭は悪いのに回転は人一倍あるんじゃないかい?」
言われてみればと思い返せば・・・確かにそんな所があるかもしれない。
王国の城門前で巻き込まれた戦闘のように型のハマった指示は弓使いの方が優秀だ。だが紫鉱の遺跡では突発的指示、規格外の事態や力に関しては妙な働きを見せていた。
特に咲ちゃんとぬしちゃんの力の扱いは子供達以上に理解が早く、何かを使う事にかけては一級かもしれない。
「ま、人望無いのは見てわかるけどー。短期は損気ってね」
本当にそれさえ無ければ。そう何度思ったか。
「・・・どうして、そこまでわかるのよ?」
関係無いことだとは分かっていたが、それでも口が止まらなかった。
剣士のことを知ったふうに話す目の前の女性にイラつきを隠せず風使いは聞き出した。
「ウチと似てるしね!そりゃわかるさー!」
「ほんとにそれだけ・・・?」
「安心しな。あんたと違ってあんな馬鹿と色つける気無いさね」
「そ、そういう意味じゃ無いし!?」
そっぽを向いて頬を膨らまし不貞腐れた女の子が面白く、悪戯っ子のようなニヤケ顔の女豹はお冷やをゴクリと飲み干した。
「何が言いたいかって、あれさ。大事な相手なら話したく無い事も話さないとねってことよ」
机の皿に乗ってるツマミを風使いの手に取りやすい位置へとズラしたのは、彼女の温情の現れだろう。
「腹いっぱい食べて、満足して、まずはそっから。あんたの仲間にその辛い過去ごと話してやんな。子供らのためにも全力でいくんだね」
「・・・ありがと」
アクの強い強烈な姉がいれば、こんな感じなのだろうか。皿の上に用意された小魚へと手を伸ばしてモジモジしながら風使いはやっと食べ出した。
しかし、口へと入れてから気づいたが彼女は持ち合わせの金銭を持っていない事に気づく。
「ごめん、お金無い!」
「は?んな小さいこと気にしないよ。家みたいなもんだし」
「そ、そっか・・・よかった」
気は強いが気前も良い。安堵から食事へと続けて手をつけたが、女豹は、でも、と付け加えてやっぱり手が止まる。
「その気があるってんなら1ついいかい」
椅子から飛び上がるように立ち上がり風使いの横へと座っては耳元で囁いた。
「体で払うってのはどうだい」
「・・・ぶぇ」
商店街での言葉を思い出せ、急いで、ハヤク。
「あ、えーあれ、冗談じゃ、じゃ?」
細く筋骨たくましい右腕が肩へと手を回され腰へと女豹の手が触れる。触れた肌が、吐く吐息が、むっちゃコワくて舌が回らない。
「いける口って言ったろ?」
「へぁいや、ちょっとほら、お店だし!?」
「あぁー、教えてなかったけどさー」
褐色の目立つ片足で股下を抑えられ、顎へと手を回され、幼さの残る可愛げな顔が一気に青ざめた。
のこのこと猫に言われるがままについてきた鼠が悪いのだ。
「ここはねぇー・・・そういう部屋なのさ。覚悟しな!!」
「ぎゃぁあああやぁあああがえるぅうう!!!!」
通りで客に女しかいねぇ。男にすら熱い視線を浴びた事など無いのに同性からなど気づけるわけが無いではないか。
ここはそういう部屋であり、そういうお店。
女性客ばかりなのはそういう事で・・・人通りが少ないのもそういうわけである。
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