58話 3人と1人
のんびりと時間を過ごす者
世話しなく時間を過ごす者
人の数だけ千差万別だ
たまには考えに耽るのだっていいじゃないか
どうせ後悔するのは後にだってできるのだから
「ぬしちゃん!次何してあそぶ?」
「かくれんぼなんだ」
「かくれんぼ!メイドのおねえさんもいっしょにあそぼ!」
「わ、私もでしょうか!?」
城門に囲まれた庭でぐるぐると2人で走り回る2人の子供。歩くことも大変なドレスは身に付けておらず、いつもの幼稚園で来ていた洋服のままに自由に遊びまわっていた。
玉座の間での対話から3日が立ち、今は昼。
遊びまわる子供達の周りには長髪を纏めた使用人の女性が1人様子を見ており、衛兵もちらほらと巡回している。
「中で待ってろっつっても、堅苦しくていらんねーよな」
「そうかも。あ、でもあの柔らかい椅子にはまた座りたいかも」
「確か・・・1つ金貨10数枚と聞いた事がある」
「うっそ!?やば、ごめんやっぱ座りたくないかも・・・」
「っは!また座ったら壊しちまうかもな!」
庭の花壇の近くに純白の長椅子が置いてあり、そこに剣士と風使いが座り、長椅子の横を背にした弓使いが地べたに片膝を上げながら身体を休めていた。
王との対話を終えた後に寸法を測り終え、3日経った今日に武装一式届くとの事だった。
一度中へと案内されていたが、外の方が落ち着くのだ。
「・・・戦争って、実感わいた事ねぇんだよな」
「あたしも。大変ってことはわかるけどね」
子供達のいない教会を眺めたり、今は空き家となった前の家を見物したりと、どこを出歩いても帝国との大きな戦争が起きると騒ぐもの達が目に入り、城から出回った御触れがあちこちに散乱しており混乱状態だ。
王国、正確には王城の夜襲の翌日に玉座に届いた帝国からの宣戦布告。
市民街や役場に広まった御触れには10日後、王国と帝国の中央にある森に囲まれた平野で帝国との大きな戦争を起こすというものだった。
「この宣戦布告よ、夜に襲ってきた奴らと絶対関係あるだろ」
「大方間違いない・・・仮に、暗殺が上手くいけば大打撃だな」
実のところ彼らと教会の者、一部の協力者を除いて伝わった情報は暗殺者の存在、王がぬしちゃんに救われたこと、それと手の怪我、それだけだ。
「金長の言ってた事がほんとならよ、あれ帝国絡みしかねーよな」
金長と聞き、一瞬疑問符を浮かべた風使いだが・・・身近に金髪の長髪の美人さんが1人いることが頭に浮かび隣にいる男の性格を思い出した。
「あんたそれ言い方・・・怒鳴られもんね」
「呼び方なんざ俺の好きでいいんだよ」
「あーあ、黒いの白いのいってたのにねー」
「うっせぇ!あいつらはいいんだよ!」
怒鳴りだす剣士に巡回していた衛兵達に注目を浴びるが、あいつか、とすぐに視線は外される。
「ってかさ・・・ぬしちゃんいなかったら、王国終わってた・・・よね、たぶん」
少し声を抑えて話す風使いに声を返す者はいない。
安全を考慮して2人を引き離しても、いつの間にか問題の渦中に咲ちゃんとぬしちゃんは巻き込まれ・・・またも命の危機に脅かされる。
自信ありげに語っていた巻きひげのおっさんも、そうなる切っ掛けとなった太った中年のおっさんも面目丸つぶれだ。結局だめだった。
もう一度遊びまわる少女達を見てみれば、かくれんぼの最中。
ぬしちゃんが花壇の裏に横になって隠れていた使用人をお尻で下敷きにするようにあっさり発見し、剣士達からは丸見えの木陰に隠れる咲ちゃんがそれを笑って見ていた。
2人と一緒になって遊んでいる使用人。
彼女もまた黒髪の少女に救われたと話しており、城に仕えている1人でありながら幼い2人を自ら率先して働いてるというのだ。
「いつの間にか俺らも人で囲まれてるもんな」
「サキとぬしのおかげだな・・・」
「きっとそれ、あたしらだけじゃないよね」
触れれば火傷となる火の霰が縁となって今を結ぶ。
危険の先に2人の少女が繋いでくれた命は数多く、彼ら大きくその恩恵に授かれたのだ。
だが・・・だからこそだ。
「戦争だからって、2人ともお城にいて・・・ほんとに大丈夫なのかな」
「わかんねぇよ・・・言いたかねぇけど」
王は白髪の少女だけでなく黒髪の少女も王国へと客人へと招き入れた。
恩こそあれ、それだけではない事は確定事項だ。
「・・・闘将は王の護衛に戻ったのを見て思ったことがある」
「なになに?」
「王の護衛の役代わりがぬしとなった・・・という考えはおかしいか?」
「へ?」
弓使いの言いだした不思議な言葉に風使いは気になってしまう。
「それって・・・どういう理屈?」
「役っつーと、舞台か?王に闘将、サキにはぬし、ってことじゃねぇの」
「えーーっと・・・?」
仮にここが舞台劇だと例えて剣士が訳す。
王には最強とも言われる護衛がいるのだからいいとして、咲ちゃんを守るのは ぬしちゃんの役どころ、つまり騎士様だ。
役に舞台という2人の男の話に風使いが辿り着いた答え。
「ぬしちゃんがいなくても、咲ちゃんだけは・・・助かってる?」
・・・
「「「へ?」」」
空想の話であり根本的に可笑しく奇妙な話をしている事に彼らは今更ながら気づき、3人そろって頭をひねって話し合う。
「風っ子?何言ってんだお前」
「あたしらがサキちゃん達に会ったのって、ぬしちゃんがコタコタ欲しかったからだよね」
「そうだな。・・・それが無ければ出会いもしなかったろうな」
弓使いがコタコタの包みを持っている、だけで貰えると勘違いをしたアホの巻き添えで咲ちゃん達と出会ったのだ。
それが無ければ今頃ただの他人であり、借金から逃げる毎日を送っていただろう。
「修道院でもみんな必死で庇って逃がそうとしてたみたいだし、今回はサキちゃんは狙われてなかったよね」
「そりゃ物騒な奴がサキについたんだから、そりゃそうだろ」
今では教会に務めるシスター達ではあるが、手が無いわけじゃ無かっただろう。残酷だが犠牲を払って子供だけを逃がすとか。
最近では王の目を治した恩恵が王国最強の盾が護衛となるのだから敵はいなくなるのだ。
城内で倒れていた衛兵達は5人だけであり奇跡的に生きていた。
白髪の少女の力によって腕の切断などの大怪我も立ちどころに治った今では白髪の少女の存在が如何に重大かその身で味わう事となった。
暗殺者が聞いて呆れる無様な手腕ではあるが・・・それは黒髪の少女とそれに繋がる者達がいたからこそ最低限に収まったのだ。
「森でも襲われたみたいだが・・・フードの男が出回っていたようだな」
「結局見つかってねぇけど、でけぇモンスターを一瞬でぶっっ倒したらしいぜ?」
咲ちゃんから聞いた話にはなるが、ぬしちゃんがいたから頑張って森の中を一緒に歩いていたらしく、フードの男は子供の足跡を見つけて追いかけたとシスター達から聞いたのだ。
では、ぬしちゃんがいなければ?
「サキちゃんしかいなくても、誰かが助けて、もし死んでも、サキちゃんは・・・大丈夫??」
強襲、強襲、化け物、化け物、暗殺と何度も何度も騒動に巻き込まれていながら咲ちゃんはほぼ無傷。魔力の使い過ぎで倒れたくらいか。
役代わりという仮定を踏まえると、ぬしちゃんは誰かの代わりであって、本来誰かが負うはずだった怪我をぬしちゃんが負っていることとなる。
結論。
咲ちゃんは問答無用で助かるが、ぬしちゃんがいなければ救われていたはずの誰かが怪我をし、最悪死んでいるのだ。
例えば・・・人質に捕らわれていたというシスターは殺されていて、ふとももに矢が刺さるのが別のシスターだった、とか。
黒髪の少女のいない説の誕生である。
「ごめん、なんか怖くなってきた・・・」
「・・・どんな話だよ」
「この話は・・・無いな、無い」
そんなことはあり得ない。馬鹿な話だ。
目の前で遊びまわっているぷにぷにほっぺの鉄仮面がいるではないか。
誰かの犠牲を、不幸を吸い込み厄を払う。食いしん坊でお寝坊の彫像とも仏像とも取れる微動だにしないぷにぷにほっぺの面をした5歳の女の子。
あどけない口調のままに死を語る、遺跡へと向かって旅立つ朝を剣士は思い出す。
「神様でもあるめぇ・・・んなわけねーよ」
「だよねー」
そんなわけがないのだ。
話題を変えるように落ち着いたような表情に改め、風使いが話しだした。
「ところで、さ・・・昨日から先生元気ないんだよね」
「先生って・・・サキ達の、じゃねぇの?なんでお前が」
「最近奇跡の良い使い方ーとか聞いたりしてたし、結構凄いんだよ?」
凄いと聞いて剣士は両腕を前方へとゆっくり伸ばし、自身の胸板を円を描いて包むような動作、それはそう。
「凄いって、あれか?胸か!?」
「死ね」
「・・・空気を読め」
意外と豊満らしい情報はこの場に相応しくなかったようであり、不評であり、下衆い。だから嫌われるんだよ、お前。
「冗談だっつの!書室つったか?頭痛くなりそうなとこに1人でいるしな。どうしたんだあいつ?」
「ったくあんたは・・・。ぬしちゃんもお城に来ちゃったから寂しいと思うんだよね」
「・・・城に来れば会えるだろう。問題ではない」
「そのうち機嫌治んだろ」
「ええ・・・?そうかな・・・」
足を延ばして重ねる風使いの表情は少し不安げであり、その姿を見た剣士は頭を掻きながら、仕方ないといった顔のまま立ち上がる。
「あー・・・わーったよ。今から聞いてくら」
「え!?今!?大丈夫!?」
「あ?なんか中で話してんだろ?ついでだついで。鎧もまだ来ねぇし」
「いや、そこじゃなくて」
「あんだよ?」
「え・・・っと」
兵士相手に胸倉掴むような悪漢が徘徊するのがちょっと怖い。
「喧嘩になるかって?手ぇ出すかって?」
「あ、わかる?」
「っふ・・・」
「笑ってんじゃねーぞ?あ?弓折んぞ!?」
自覚はあるが、それでも腹が立った剣士は遠慮無い歩幅で歩き、城へと向かった。
「意地でも1人で行ってくるぁ!!」
「えぇ・・・?」
なんの意地かはさておいて、子供のお使い程度の心情と不安を抱えたままに、2人は城へと向かう剣士を止めなかった。
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卓上に並ぶのは王国の英知の欠片。それが縦へ、縦へと時間と共に積み重なっていく。
王国の書室、本を開き1枚1枚めくっては これでもないとまた1冊本を重ねていく。
読書の邪魔になる金色の長髪を後ろへと束ねて結び、凛とした美しい顔立ちが良く目立つ。
教会で聖女と持て囃されている彼女は、特例中の特例で日本についての記述が無いかを探していたのだ。
子供達、主に咲ちゃんの近辺の状態を事細かに聞き取っては紙にまとめてそれに近い物や事柄、歴史をも辿って探していたのだ。
しっかりと改めて聞きなおしてみれば、少女達の住まう日本という国は・・・魔境だ。
コンクリートと呼ばれる混ぜ合わせた石材のようなもので造られた建造物、線を繋いで電気を通わせる柱、四輪の馬を使わない荷車、飛行機と呼ばれる飛翔する鉄の箱舟。
2足歩行の人語を離す獣たちが住まう夢の国があると聞いた時には嘘では無いかと疑いはしたが、紫鉱の遺跡と似た遺跡があることと、娯楽施設の優位性を剣士達から教わり疑いは晴れる事となった。
そして修道院で聞いた、電気を使った多種多様の日用品の数々。
食料などを冷やす箱や、逆に熱して焼き上げる箱、ホコリなどを吸い込む棒状のホウキもあれば、手を使わずとも衣類を洗う道具。
便利で奇怪、奇抜な発想から生まれたであろう知識と物を持ちながら、魔法を知らない。存在しないと教わっているのだ。
魔法を夢のようだったと語る少女の現実こそ夢のようだ。特に家具用品など日々汗水流して働く女性達にとって喉から手が出る程魅力的な物ばかり。
1つ道具を動かすだけで仕事が丸々1つ無くなる画期的であり理想形だ。
そして、そもそもの考え方が誤っていたことに気付く。
魔法を知らないのではなく、知る必要が無かった。
そんな便利なものがあれば、魔法なんて必要無いではないか。
「ぜんっぜん・・・出てきません」
開けど開けど王国の表の歴史、魔法とはなんたるか、模擬演武の採点書、調理集。
昨日から時間の許す限りに本を開いてはいるが日本の情報など抜け落ちた記憶のように微塵も影を見せず、余計な知識ばかり頭に入り込んでいくだけだった。
少なくとも、教会で出していた食事が大変貧相なものであることがわかり、城内の食卓で並んだものと比べれば残飯のようなゴミを美味しいと食べてくれていた天使達に泣きそうに懺悔をする始末。
「どうですかな、王国の誇る書の数々を!・・・その顔を見るに、芳しくなさそうですがな」
当然ではあるが、本来部外者である教会の者が国の知恵見ることができるのはあり得ない事であり、本ばかりの広い室内に聖女だけがいるわけではない。
扉の外には衛兵、内には使用人、そして重そうなお腹を高貴な服で着飾った豪商と呼ばれる男も一緒になって書物を読んでいるのだ。
「はい・・・ここまで良い計らいを受けた身でありながら、申し訳ございません」
「よいよい!吾輩もニホンという国に興味が増しましですからな。その手伝いとなるなら安いものですぞ」
若干疲れの溜まった彼女の瞳がキョトンとし、それを汲んだ中年男は続け様に話しを続ける。
「サキという少女、子供の戯言とは吾輩には思えんよ。話を聞けばポンポンと退廃的な物の数々がひょいひょいと出てくるのは正に脅威」
「退廃的・・・ですか?」
「うむ」
どこが不健全か?
洗濯機、掃除機などと機械と呼ばれる電気などを燃料として働く、それこそ魔法のような道具ばかりだ。
「人というのはですな、吾輩の腹のようにだらしないものなのですぞ」
「・・・悲しいものです」
「はっはっは!信仰に努める者らしいご意見ですな。だからこそ、退廃的なのですな」
本に目を通しながら笑う豪商が言っている意味がわからない彼女であったが、その判断は早まった物であると知る。
「魔法や魔法石を扱えない者達、銭を大枚叩いても欲しい便利な家具がどこの市民も持っておったら・・・人はおらんのだ」
「人がいない、ですか?」
「そうだとも。使用人はゴッソリ減るでしょうな。面倒な仕事もぜーんぶ他の者に任せておる吾輩が言うのだ。皆激太りですぞ?」
「・・・あ」
そのでっぷりと贅を拵えた腹が目に入る。
確かに不健全で退廃的な腹。というより不健康。働く必要が減るのだから、そりゃぷよる。
「おやおや?何を想像されましたかな?」
「す、すみません。決して、決して豪商様のことでは、ですね」
「誰といっとらんが?女子をからかうのは楽しいものですな!」
「もう・・・やめてください!」
「はっはっは!」
ブツブツと最悪、最低と目の前の男に呟いていた風使いが頭をよぎり、男とは本来なんたるかが理解に及んでしまった。
この立場を利用した余裕そう話しぶりは少し、少しではあるが妙に腹が立つ。腹だけに。
「元気がでたようで何より何より!商いの都の捜索、頼みましたぞ」
「商いの都・・・それがニホンと?」
「このくだらない戦争、それが終結すれば吾輩も全力で持って捜索の協力をさせていただきますぞ。あの子供達は王国の未来の懸け橋とも言えるのですからな」
やはり、王の臣下という権力者の考え方は違っていた。それとも、彼が商いを営む者だからか?
日本という国を見つけ、子供達を返した・・・その後を見据えてこの男は動いていることが解ったのだ。
子供達を家へと帰した未来・・・教会の者はどうなるのか?
考えが頭の中で渦巻き、いつの間にか本のページに伸ばしていた手が止まっていた。
いつの間にか近くにいた豪商は椅子から立ち上がっており、自身の読んでいた本を片付けては宝石の仕込まれた杖を握っている。
「吾輩には信仰というものがわからぬ。だが、その悲し気な顔には覚えがあるものよ」
「え?」
聖女の頬を伝って流れる涙。なぜ?顔に手を当てるまで彼女はわからなかった。
「子を持つ吾輩にはわかるが、金色の修道女よ。お前には子を持ったことがないのであろう?」
「どういう、意味ですか・・・?」
回りくどくて何が言いたいのかが彼女には解らない。
「はっはっは!仲間と話せばよいものよ!吾輩は調べものが済んだでな!」
「・・・そうですか」
「書室は好きに使ってよい、さらばだ!」
結局答えてくれずに裸踊りをする太陽のような笑い声で使用人に開かれた扉の先へと去っていく。
「・・・なんなんですか、あの人」
言うだけ言ってよくわからない悲しみが小さな苛立ちで掻き消されてしまった。
憎たらしい中年オヤジが何を読んでいたのかが気になり、彼女は席を立ち、豪商の仕舞ったであろう本棚を見て・・・思い出した。
「・・・お母さん。・・・叔母様」
王国と帝国の領土を取り合う戦争。
武器と棺桶は飛ぶように売れど、終わってしまえば命を散らした分ゴッソリ減ってしまうだろう。
確かに、商いを牛耳る男にしてみればくだらないだろう。実際そうだ。本当にくだらない。
戦争を行われるのは・・・森の中にある修道院の近くの平野だ。
豪商の読んでいたのは兵士達の部隊案をまとめた、市場でも出回っているような基礎中の基礎の書物。
「話している暇なんて、ないはずですよね・・・」
声を掛けてきた理由が垣間見え、不思議と苛立ちは自然と収まっていた。
読んでくれてありがとうございます
弾3章完です
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