47話 二度目の食卓
何もかもが初めてで 足の踏み場が見つからず
それは空のように空虚な足場であり 自信の足跡こそが足場となるという
前方は想像でしか道筋を表すことはできないが
後方は自身の足跡でいっぱいであり どれも形は様々だ
忘れた頃に振り向けば 違う道筋が見え 歩みを改める事もあるかもしれない
人それを 経験と呼ぶ
窓ガラスから見える紅い空は赤みがどっと増して、群青色へと塗り替わりを見せている。
「これより食卓の間にて会食となります」
メイドの話ではこれから食事となるようだ。
午前中はメイドの1人がご飯を運んでくれたのだが、今日は一緒に誰かと食べるらしい。
「ひといっぱいだね」
「はい。私並びに、サキ様にご不便が無いよう身の回りのお世話をさせていただく者達です」
メイドが1、2、3・・・4人。
お母さんでもないのにずっと後ろについて歩かれるのはなんともおかしな感じだ。
「拙者もおります!!ご安心を!!」
「う、うん」
闘将という強そうな肩書の大鎧。
外に出た時にいた兵士達はいないが、この多分男1人だけでもすごい圧力だ。
強いて文句を言うならば・・・すっごい歩きにくい。
花を逆さにしたように膨らんだスカートの先を足で踏んでしまいそうで前にほとんど進めないのだ。
自分が数歩動けば周りも合わせて動くのだけはダンスみたいで少し楽しいが、それも最初だけ。
憧れのドレスがこんなにも動きにくいとは思わなかった。だから着る人がいないのか・・・そんな冷めた自分が胸の内に表れている事は周りには内緒だ。
「ごはんのおへや、とおいいね」
「大変申し訳ございません、あと少しでございます。お体をお預けしてよいのでしたら、私共がお運びなさいますか?」
「だ、だいじょうぶ!」
「かしこまりました」
あと少しなら根性だ。
咲ちゃんは猫背になりかけていた姿勢を戻し、ゆっくりと歩みを目的地へと向かっていった。
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食卓の間へと辿り着くと、背後にいたメイドの1人がすぐに扉を丁寧に開けてくれる。
「ありがとう、ございます!」
「お礼など、気にせずに」
ドレスが足を引っ張る今はとっても大助かりだ。何度もお礼の言葉を浴びせてるが、流石は本物のメイドさんだ。こういうのをクール・・・ちょっと違う気がする。
「やあやあよく来た!はっはっは!」
「こんばんは!咲きたよ!」
「元気が良いですな!ささ、椅子に掛けなされ」
「うん!」
食卓の間の白く長いテーブルの挟んだ先に豪商と呼ばれる貴族の男が立ったままこちらに話かけてくる。
中へと入って来たメイドの1人が近くにあった椅子を少し後ろに引き、もう1人の両手が自身を持ち上げ椅子へと乗せてくれる。
そうする頃には部屋全体を見渡せる位置へと白銀の大鎧が立っていた。
ご飯はまだ並んでいないが、豪商は立ったままだ。
「おじさまは、すわらないの?」
「吾輩は気にせず!王より先に座るなど失礼ですからな!」
「え!?」
とりあえず偉いおじさんとあった時の呼び方で話してみるがどうやら失礼らしい。降りようとふわふわした下半身を降ろそうとするが、止められる。
「サキ様は特別よ!何せまだ子供、お気になさらず」
「そ、そうかな・・・」
これが大人のテーブルマナーか。これまたちょっと違う気もするが、王様のいる国ではどうしているかが気になって仕方ない。
「王のご到着です」
兵士の一言で顔を向ければそこには王の姿。照らし合わせでもしてるかのように全員が一斉に頭を下げたので、椅子に座りながらも咲ちゃんも彼らに習って頭を下げた。
今では杖を使わずに歩いている王の堂々たる歩きはこの食卓の間においてもブレが無い。まさに王様だ。
咲ちゃんの時と同じようにメイドが王の座る椅子を引き、沈むようにゆっくりと座り、豪商もやっと腰を落ち着かせる。
「さて、コザクラサキよ。昨日は配慮が足りずすまなかったな」
「う、ううん!咲だいじょうぶ、だよ!」
「緊張せずともよい。これから共にこの城で過ごす友とでも見ておくれ」
にこやかにこちらへと話かけてくる王へ、昨日の先生を参考に返してみるが少しぎこちない。
「では、食事を運びたまえ。味は厳重にな」
テーブルの上に並ぶのは先日とは違い数は少ないが、それでも教会と比べると多い。
クローシェに隠された皿の上が露わとなる
食卓の間、2日目の食事が始まった。
「すごいおいしい!」
「それは何より」
フォークを伸ばしては口元に料理を運ぶたびに舌に広がる味が美味しくて飲み込むのが勿体ない。朝と夜でどうしてこうも違うのかがわからない。
「王との食事ともあれば味にハズレはないですからな!」
「まるで食事目当てで余と食べておるようではないか!」
「それは痛いところを!はっはっは!」
「これ!ふははは!」
これは怒っている・・・わけでは全然ないらしい。
男同士の話というのは楽しそうなもので、言い合うような話し方なのにどこか信用を感じさせる。
「おうさまとおじさまは、なかよしなの?」
小さな口の中で食べていた果物をしっかりと飲み込んでから咲ちゃんは2人に聞いてみた。
「我が父と偉大なる先代の王は旧知の友でしてな。自然と吾輩達にもご縁があったというものですな。いやはや幸運幸運!」
「この縁には余も助かっておる。公とならない場所では随分と失礼を言うがな」
「これは手厳しい!ちと、形振り変えた方がよいですかな?」
「抜かせ。そう言い始めてから10年となるではないか?」
そしてまた2人で笑いだす。
咲ちゃんの歳では一回り、ぬしちゃんとの関係だと5回り、付き合いだけならもっとぐるぐると回るだろう。
・・・10年。
ちょっと前まで幼稚園で将来の夢を発表する時があり、その時は幼稚園の先生になる事で頭がいっぱいで・・・それだけだった。
そんなことをすっかりと忘れてしまっていたくらいに、生活が激変してしまった。
もう幼稚園に全然いけていないのに、先生になどなれるだろうか?このまま悪い子になってしまうのだろうか。
ふと、頭に過る。
ぬしちゃんの将来の夢ってなんだろう。
折り紙屋さんと言っているお友達がいたけれど、お父さんからはそんなお店は無いと教わっている。あればいいのに。
10年、20年先の自分達はどうなっているのだろう。
目の前の2人のようにぬしちゃんとずっと仲良しでいられるのだろうか。
もしかして、このまま・・・家に・・・
「サキ様、どうかなさいましたか?」
「ふぇ・・・?」
手に握っていた金属なのに軽いフォークが止まってしまっていた事を気にかけたのだろう。心配そうにメイドの1人が声をかけてくれる。
「もし口に合わないものがあればおしえてくだされ。すぐに取り返させていただきますぞ!」
「う、ううん!だいじょうぶ!おいしいよ!」
向かいに座る豪商にも心配させまいと、どうにか元気を取り戻す。
・・・メイド。あ、そうだ。
「メイドのおねえさんにまほうをかけてもらわなくちゃ!」
「何?どんな魔法かね」
「えっとね!げんきになるおまじないなんだって!」
「ふむふむ?」
咲ちゃんの素っ頓狂な発言に王と豪商は悩ましい顔つきとなるがそれには気づかない。
ここには本物のメイドがいるのだ。
「あの、大変お言葉ですが、私共は魔法を扱う術を持ちません・・・」
「だいじょうぶだよ!おまじないなの!やりかたおしえるね!」
流石に子供の無茶ぶりには答えられないといったメイド達ではあるが、咲ちゃんは大丈夫といいながらフォークをお皿に置いて背丈を合わせるためか椅子の上に立ちあがる。
魔法をかけるように料理に手をゆるゆるとかざし・・・呪文を唱えた。
「おいしくなぁれ♪おいしくなぁれ♪」
歌いながら刻み良くリズムに合わせて身体を揺らし、手の平を猫の手のようにし頭の近くまでゆらゆらと持っていき、
「萌え萌えキュンキュンだよ♪」
にゃんにゃん♪と付け加え、呪文が唱え終える。
・・・。
「何か、変わったのかね?」
「うん!これでおいしくなるんだよ!」
奇妙な術式を終えたが、魔力の反応は感じられない。人知を超えた奇跡の力を持つ者とはいえ、子供なのだ。きっとままごとのような物だろう。
メイド達も子供のやる事とクスクスと静かに笑いだす。
「こうするとね!りょうりのおねだんがふえるんだよ!」
「なんと!?どのような店かね?」
だが、金が絡んだ途端に豪商が料理でなく、話のネタに食いついた。
周囲の者達とは違い、この男は物珍しそうに目を見開き次の言葉を待っていた。
「めいどかふぇっていうんだよ!」
「めいどかふぇ、とな?聞いた事がありませぬな」
「えっとね!そのおみせだと、おきゃくさまにごしゅじんさまになれるんだよ」
「それは権力で無い者でもと?」
「うん!かわいいメイドさんがごはんをつくってくれたりしてくれるんだよ!だれでもはいれるの!」
豪商は脂肪の目立つ顎へと指をかけ、少女の言葉から想像を巡らせる。
「ふむ・・・読めましたな。めいど、というのは召使いの事で、下々の者でも貴族の待遇を金銭で体験できる店・・・という事ができると?」
正直言って、豪商の言葉が難しいためなんとなくでしかない。
「そうだよ!ふつうのごはんもおまじないだけでたかくだせる、っておとうさんいってた!」
「それは良い!・・・ニホンにはそんな店が・・・吾輩にも勉強できることがあると・・・」
どこに通じる物があったかは定かではないが、商売を主な生業としていた男の満足気な顔から意味のある会話だったのだろう。
「余には・・・飲み込めぬ話ではあるのだが、その顔を見るに心当たりが?」
「いやいや違いますぞ。新たな商売の種を見つけましてな!これは繁盛しますぞ!」
「ほほう?今しがた出た、めいどかふぇーという店か」
「いやいや、めいどかーふぇと聞こえましたぞ?」
「何?ふむ・・・めいどかーふぇか」
何故こうも語れるかとメイドだけでなく、咲ちゃんですら不思議そうに男2人を眺めていた。
「後のニホン捜索の為にも機会を作り、早めに話を設けるとしよう」
「ありがたい!いやはや!サキ様のお父様にも会ってみたいものですな」
「ほんと!?」
「うむ!吾輩もこの腕を掛けて捜索する意気込みですぞ!もっと聞かせてくださらぬか!?」
「うん!いいよ!」
やる気を見せてくれる王と豪商の姿に喜び、咲ちゃんはおまじないの効果が本当だったことを知った。
カフェのメイドさんに後になって聞いたのだ。
これで男はイチコロだと。
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白髪の少女と豪商との食事に会話は弾み、やはり食卓の間へと招いて正解だったと王はメイドと兵を引き連れ通路を歩いていた。
商いの国。
王の日本という国の第一印象がそれだ。話を聞けば聞くほどに豪商の瞳が輝くのを見て王はピンときた。
日本という国の多くがコンクリートという石のように丈夫な建物が立ち並び、デパートと呼ばれるあらゆる露店の並ぶ商業施設には驚かされた。
そして少女の話す遊園地という国という定義を崩しかねない存在には耳を疑うほどだが、理に適っている、と豪語する臣下にはそうは聞こえなかったのだろう。
子供とはいえ、驚愕するほどの奇跡を扱う少女であり、貴族の娘らしく教養が高く、嘘とは思えない自信がそこにはあった。
たった一度食事を一緒にしただけで、豪商はすでに日本の虜となっている。話し合いなどせずとも戦争が終われば自ら捜索に力を貸すだろう。
・・・ふと、もう1人の少女の事を考える。
黒髪の対となるように同じ服を着た少女の事だ。豪商からの話から厄介な闇の力を操ると聞いたのだ。
幼稚園なる育児施設の服とは聞いたが・・・あまりに野性的。
先日に起きた食卓の間の騒動で全てが物語っていた。
玉座で聞いた幾度と友を救ってきた話は本当だろう。城内に慣れていない聖女と呼ばれるシスターと白髪の少女の反応こそが普通であり、黒髪の少女は常識が無い以上にネジが外れていた。
嗚咽する友人を慰めるわけでもなく、周りに助けを乞う事もせずに、何をした?
食事の並ぶ机の上へと土足で乗り上げ、友を泣かす肉を喰らいに喰らったその意味は?
手綱を引く術が無ければ、幾万の敵を相手だとしても平気で突っ込むだろう。それが黒髪の少女の言う、守る、ということか。
そんな者に何者をも屠る力を与えてしまったらどうなるか・・・?
今はまだ噂の段階ではあるが、隠し通す事は難しいだろう。
思い悩み通路を歩いていると王室まであと僅か。
「王よ。お待ちしておりました」
「待ったとは、ふははは!客室に腰でもかけておれば良いものを・・・」
「失態を犯した身の上で、それはできません」
「余も食事を終えたところ。客間にて話そうではないか」
「ありがとうございます」
奥から対面するように歩いてきたのは知将と呼ばれる男であった。
王は信頼置ける臣下を連れて王室ではなく、いつもの堂々たる振る舞いで客間へと足を運んだ。
少女の事で思考を巡らせるのはまたでいいだろう。
そう、考えながら。
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