46話 日の輝き 伸ばすは影
光があるから闇があり
姿があるから影がある
では今の王国はどの程度の輝きを放っているか?
それは影に蠢く者達にしかわからない
「お嬢様!!お引き取り願います!!拙者はただいま武器を振るえぬ身であります!!」
「むふふ、つかまえちゃうんだ」
「お慈悲を!!拙者とサキ殿に何卒お慈悲を!!」
「ちょっとちゃんと守りなさいよあんた!!」
「ふぇぇえ・・・!」
白髪の白百合のお姫様を抱きかかえ走る緑の疾風。彫像のように変わらないちっこい鉄仮面と相対する白銀の鉄球。今ではシスターと使用人達がアタフタしながら周りの様子を眺めている。
王国の砦とも言える男が子供の相手をしているという珍光景だ。
果たしてその大鎧は実は薄っぺらいのか、はたまた中身に何も入っていないか。そう疑ってしまう重心移動と横っ飛びだけを駆使し、咲ちゃんへ向かうぬしちゃんは妨害せしめているのだ。
その間に風使いは王城前で広がる庭をヒョイヒョイと駆けていき、回り込もうと高速の足さばきで駆けだした黒髪の少女の動きを見定め、行く道を闘将が阻む・・・足だけで。
「噂は噂・・・想像と違ったな」
「堅っ苦しい感じしてたけどよ、結構話せるかもな!」
ぬしちゃんのトンチとはいえ、彼は一切両の手に持っている大槍と魔法の盾を微動だにさせずに白銀の大鎧に包まれた全身ごと移動させているのだ。
大真面目な大声で懇願はしている様は余裕が無さそうだが、遠目で見る限りとてもそうは見えない。
平たく言ってしまえば、気遣いができ、しっかりと子供の相手をしてくれる大人だと言う一点、それだけで好印象だ。
「はっはっは!何やら楽しそうですな!」
庭で起きた鬼ごっこに興味を示したか、数人もの足音と共に楽し気なものを見る男の声が傍観を決め込んだ剣士達の背後から聞こえてくる。
「て、てめぇは」
「先日、教会に来ていた・・・」
「うむ!これから用事があったものでな!出てみれば面白い事をしておるではないか」
貴族の服など詳しくない彼らだが、先日と変わらない服装を見るに外出着か数枚持ち合わせているのだろう。その成金のような外見は忘れようがない。
「護衛と聞いてもしやと思いましたがな、おかげでたったいま1つ用が済んで何より何より」
「用、とは・・・?」
こいつのせいで白髪の少女、咲ちゃんが連れていかれた。苦いものでも口に入れたような顔をした剣士は無視を決め込み、豪商に応対した弓使いの表情も若干訝し気だ。
「ほれ、例の物を」
「っは!」
豪商と呼ばれる男が太い指先をパチンッと器用に鳴らし、荷物を運んでいた兵士の1人が小さな布袋を取り出した。
それは受け取った弓使いの手の平に丁度収まる程度の物だ。
形が崩れると同時に金属の擦れる音を聞き、まさかと思った弓使いは中を見て、驚いた表情で豪商へと顔を向ける。
「こ、この金貨は・・・一体?」
「なぁに!吾輩も鬼ではない事を証明せねばと、ちと思ってな」
中身は・・・金貨。それも20枚もだ。無駄遣いさえしなければ1年は持つだろう。
「ま、待てよ。なんであんたがこんな事すんだ・・・?」
無視できない額に剣士が疑わしく思い、豪商へとやっと身体を向けた。
「そうですなぁ。吾輩の息子がお前達の話を喜んでおってな。気になって下の者に聞いてみれば・・・受けたという報酬を聞いてゾっとしましてな」
「うっ・・・」
咲ちゃんとぬしちゃんに申し訳なくて彼らは話さなかったことだ。
「あれだけの偉業を銀貨数枚程度に済ますなどと、下々の者の考えにはついていけんわい・・・」
依頼は依頼であり、害獣駆除なのだ。普通に考えれば、余計な事をして得た歴史など報酬に含まれておらず、得たのはクレイジーラットのしっぽの分と名声のみ。
名声のおかげで多少人並みに生活こそできてはいるが、あんな報酬ではコタコタの山など買ってあげることもできなかったのだ。
結局、そんな事はしっかりハッキリ覚えているぬしちゃんにコタコタを10本重ねて山・・・に見えるようにして誤魔化している。
見事に騙されてるアホな親友を見ていた咲ちゃんの微妙そうな顔は記憶に新しい。
「遺跡に足を運んだ兵士の話を聞いて驚いたよ。鼠の死骸、巨大な蛇の数と言ったらな!はっはっは!」
「それで、この金貨と?」
弓使いは重みのある布袋の封を閉め、豪商へと問い直すが・・・その顔は豪快な笑い声と似つかわしくない哀れむ目で庭を眺めていた。
「それも・・・であるが、あそこに走る黒髪の少女には申し訳がなくての」
「そんなら、金貨より」
「また・・・怪我でも負わせるつもりなのかね?」
「っ・・・!」
巻きひげの男の言葉がちらついてしまい、剣士は気が悪そうに目を背けるが、豪商はまた脂肪を揺らし笑い飛ばした。
「はっはっは!吾輩からの情けよ!その金銭でお前たちの武装も整えるがよい。なに、コザクラサキには闘将がついておる!」
この金貨を使って黒髪の少女を守ってやれ。
雲のように掴めない男だ。
悪意は無さそうだが、裏でもあるかとどうしても勘ぐってしまう。
「・・・ありがたく使わせて頂きます」
「ありがとう、ございます」
しかし、この男にしてみれば端金。受け取らない理由も無ければ、知将のように口だけで帰す真似もしない。
その辺の貴族では無い事と改め、畏まった物言い剣士と弓使いが頭を下げ、礼を述べる。
「というのも、これより物価が大きく変わるであろうからな。そうなる前に商店にでも足を運ぶがよいですぞ」
続けて豪商は話す。
「何やら不穏な空気を感じましてな・・・。これより、王国の戦支度に参るところよ」
物価の変動。
王国の財を握ると言われる豪商による、武器の買い占めだ。
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日が落ち始める。辺りはまだ明るいが少しずつ赤みを増す時刻となっていた。
子供達を風使いとシスターに任せ、装備の当てができたという剣士と弓使いはすでに王城から離れていた。
「もうかえっちゃうの・・・?」
「サキちゃんごめんねー・・・」
お姫様のような姿に変貌している咲ちゃんは去ろうとする彼女達に涙を浮かべて引き留めており、散々走り回って若干汗ばんでいる風使いの手が白髪の頭を撫でる。
咲ちゃんは幼稚園のバスを乘る時に残っている友達がいた事を思い出す。
その子達と同じように寂しい気持ちになってしまっているかもしれない。
「また明日も、よろしいでしょうか?」
「はい!!拙者がお伝えいたします!!」
「サキちゃん泣かせないでよ?」
「お任せあれ!!」
子供に混ざった成果もあったか、この風使いと細身のシスターは闘将と対等に話すくらいには打ち解けていた。
「ばいばいなのか」
「・・・うん」
ぬしちゃんと咲ちゃんはお互いの小さな手と手を重ねて別れを惜しんでいる。
「ぬしちゃんは・・・さみしい?」
惜しんでいるのは・・・自分だけでは?
白髪の少女はふと疑問に感じてしまい、親友へと聞いてみた。
「ようちえんなんだ」
「ようちえん?」
「うん。咲ちゃんがバスにのってばいばいである」
「あ、そっか」
前まではこれが普通だったはずだ。そう考えれば立場が逆となった、ということだろうか。
ぬしちゃんは、寂しい事に慣れているから・・・。
「でもぬしちゃん、ぜんぜんないてない!」
「そうなのか」
「そうなの!」
そんなことは無いか。幼稚園にいた時ですらぬしちゃんの涙どころか笑顔も見たことが無い。ちょっとずるい。
「サキ殿は先日の夜!泣いておられてました!!」
「ち、ちがうもん!」
「もう泣かせてんじゃないのよ!」
「これは失礼しました!!」
鉄球からのデリカシーの無い告げ口に少女の意味の無い否定と女性のツッコミが入り、シスターは困り顔だ。
「咲ちゃんないてたのか」
「ないてないよ!・・・ちょっとだけさみしかっただけだもん」
頑張って嘘をついてみるが、相変わらずぼーっとした顔のまま咲ちゃんを見つめている。
「おはなしおしまい!ぬしちゃんまたあそぼ!」
「うん、またくるんだ」
恥ずかしくなってしまい、強引に話を終わらせるが離した手の温もりが勿体なく感じてしまい、ちょっとだけ後悔が顔に出てしまう。
「大丈夫よサキちゃん。おばちゃんたち、また明日くるわ」
「そうそう!いつでも来れるんだから、安心して!」
「ばいばいなんだ」
「うん・・・またね!」
その言葉を最後に、3人は城門の先へと立ち去っていく。
門が閉まるその時までお互いに手を振り続けていた。
「いつでもあえるのか」
「え?」
風使いとシスターの2人と手を繋いで歩いているぬしちゃんが緑の方に問い直す。たったさっき咲ちゃんへと伝えた言葉だ。
「そうよ。明日になったらまた会えるんだから!なーに?寂しいの?」
「うん、咲ちゃんがないちゃうんだ」
「そっかー・・・あたしも寂しいかな。まだ一日目なのにね」
寂しいという彼女の服は夕空に照らされて少し暗い。遠くを見ている目にはまだ昨日の涙が残ってしまっているようだ。
「あなたもまだ若いんだから。ちょっとくらい甘えてもいいのよ?」
「そんな歳じゃないってば!」
「そんなこと言って昨日泣いてたじゃないの」
「う、うっさいなー!はい寂しかったですー!」
黒髪の少女を間にクスクスと笑いからかう細身のシスターに風使いは不貞腐れたのか口を突き出し正直に文句を言っている。
ぬしちゃんは2人を見ていると・・・まるでお/k------------------a/000000000000000000000000000000000000000‥…
「ふぁぃう」
なんだろう?
「どしたの、ぬしちゃん・・・?」
シスターと風使いのお姉さんと手を繋いでいた。
何かが思い出せない。
「やっぱり寂しいんじゃないの?」
「そうなのか」
「あっはは!それとぼけてるの?」
少し硬いけれど温かいシスターの手が小刻みに小さく震えていた。また笑っている。
「をことぬし、あしたになったら咲ちゃんのところにいくんだ」
明日になったら遊びに行っていいらしい。
「じゃあ今日は早く寝ないとね!お昼まで寝てたら全然遊べないんだから」
「おお、あたまいいのか」
「それで頭いいとか言われても微妙なんだけど・・・」
おねんねして、明日になったら遊びに行こう。
明日になったら。
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そこは四角く、角ばった場所。暗闇に映るは輝く石の灯のみ。それも微かな光であり値の張りそうな巻き布に遮られ、月明りすらも通さない・・・暗闇。
「後は言葉のみ」
暗闇の中、何かで包み込んだような声を発する者がいた。闇に溶け込む黒き衣で灯が無ければ見つける事はできない。
彼の輝く2つの眼こそが数少ない彼の輝き。
「今夜、手筈通りに」
見通す事の難しい闇に潜む、もう1つの影。
「伝令は離れに」
1つの闇が、もう1つへと溶け込んだ。
その者は告げる。操り、動かす為に。
踊る影は手であり足であり、時として頭が離れる事も辞さない。
「我らが帝国が為に」
微かな灯が消え失せる。
王国の闇、暗黒こそが彼の者であり・・・彼の者の心中である。





