43.5話 酒のつまみ
酒に逃げるが悪いと誰が決めたか
別に金だしゃ良いじゅない
明日死に別れるかもしれないし
飲んで救われる人だっているかもしれない
ただの言い訳だって?
タダ飲みじゃなければいいわけ
でしょ?
宿屋の夜は一言で言うならば、騒がしい。
というのも、宿屋というよりは仮の宿泊施設が2階に用意をされているだけで、騒がしいのは飲食のできる1階。
昼は子連れで来る者も少なからずいるが、安く、早く、何より酒も飲める、お勘定にも融通が利くというそんな店。
飲む金銭も持ち合わせていないのに借金を抱えた3人組が屯できるような・・・まあ、ゴロツキのような輩も好んでやってくるという。案内板に依頼書の貼り付けも可能なのだから尚更だ。
ただ、それも少し前の話。
ここ最近になってちっこい必殺処刑人の登場により1階ではに品の悪い者がいない。
まあ品の良い輩という呼び方もおかしな話だが、少なくとも道徳のズレているような者が圧倒的に少なくなっていた。
「やっほぉー!お酒2つぅー!」
「あいよー」
入口である蝶番を押し開き、ドカドカと遠慮のない足音を立て2人の客が訪れる。
教会にも足を運んでいた男女、元百傷の虎と呼ばれていた女豹と無骨な鎧の熊男の2人組だ。
「ああああああ!!あのクル髭ム・カ・つ・くったらねぇよなおぃおぃ!!おるぇだってな!おれだってな!!」
「こら!飲みすぎです!瓶を振り回すんじゃありません!」
「そーよりぃだー。顔も体も真ぁっ赤じゃん・・・あ、鎧だったっはは・・・サキぢゃんいない」
「あなたもあーもう!こんなに散らかして子供ですか!」
「すまん・・・手伝おう」
店の中はいつものように騒がしい。いつもの事だ。それが許される店なのだから。
だが今日の客はこの半月でめっきり姿を見せなくなっていたはずの連中。
「はーあ?なーんで赤牛がいんのさ?」
「お騒がせしてすみません・・・、あら?」
「はーい聖女さま!珍しいねぇこんな場所に」
「・・・どうも・・・」
教会の赤青緑の3色、いや、黄色も混じって4色だ。
顔を真っ赤にしてでかい声で文句の唸りを上げている剣士。目元の隈がすっかり消え失せ小可愛くなった風使い。
それら酔っ払い2名の保護者となっている弓使いと聖女と呼ばれる女性・・・ということは。
「ああ!!ちびっこ2人もいるの!?いるのかい!?」
「飲む前に・・・騒ぐな・・・」
「わーってるわよぃ!」
玩具で遊ぶ猫のような仕草で飲んだくれ共の使っているテーブル周りっと見回し、黄色い帽子を付けた少女を発見した。
「ぬっしちゃん発見!」
「をことぬしなんだ」
「なんだー!それ口癖かい?」
黄色か青色のどっちかの隣に座っていたのだろう。両脇の空いた長椅子の上でモグモグと並んでいる食べ物をバクバクと口に入れてはほっぺを膨らましている。
騒ぐ酔っぱらい2人を風景にお構いなしに食い進める胆力は戦士の彼女達からしても褒め称えたいくらいだ。
「あーれ?サキちゃんいない?便所?」
途端、寝起きに冷や水を差したように酔っ払い2人が硬直しだした。
「うぁあああああサキぃいいい!!!」
「サキちゃぁあああん!!!」
酔っ払い、及び勘違いの馬鹿2人が女豹に抱き着つくがために飛び掛かってきたのだ。
「な、こっちくんじゃないよ!?ぎゃ、どこ触ってんだいごらっ!!うぎゃひ!?」
おもちゃを探していた猫がおもちゃとなった。剛力を持つ男とすばしっこい女のコンビに纏わりつかれては相手にならない。
助かったとばかりに安堵の息を漏らす弓使いと聖女が目に入り文句を1つ。
「「こちょこちょちょちょこちょ」」
「あひゃひゃひゃっ見てねェデあちょぶははおい油付くぇはっはははひゃ!!??」
言えてない。あられもない女性の奇声が店内を笑いで盛り上げていく。
猫のように身軽、豹のように素早く、三日月斧を軽々と振り回し虎の如く一撃をお見舞いする彼女の武装はほとんど地肌の見える軽装だ。
何故がくすぐり出した酔っ払いの馬鹿2人を相手にするには用意が足りていなかった。
「・・・因果応報・・・少し、違う・・・?」
「そうなのか」
お前も白髪の少女にやってた事だろう。
そう言いたげな熊男は無骨な籠手を外し手ぬぐいで拭いた後、彼らのテーブルに並んでいたパンを小さく千切ってはぬしちゃんに渡すだけで。仲間のはずの彼女を助けることは無かった。
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「うちのザギぢゃんあえないどぉおお・・・!!」
「おう、おう、おう!!」
「うわぁあああんぅ!あのヒゲむがつぐぅう!!」
馬鹿猫一匹の追加が入り、中心を陣取るテーブルに限り魔境となっており近寄る猛者はいない。
「お気遣いになんとお礼を言えばいいか・・・」
「女将、連中がすまない」
「・・・連れが・・・失礼を・・・」
「いいのよ。嫌な事があった時は酒に逃げたいもんなのよ」
抑えるのを諦めた3人は女将の善意により離れのテーブルへとぬしちゃんごと非難していたのだった。
「おやさいのすーぷ、おいしかったんだ」
「こうなると、ぬしちゃんが一番偉いですね」
「酔ったあいつらは手に負えん」
「・・・互いに・・・苦労する・・・」
黒髪の少女を挟んで右に聖女、左に弓使い、三人の向かいに熊男が巨体を椅子の幅を惜しみなく取っていた。
「・・・胸の内を言うならば、私も同じです。1人残すなんて・・・」
水の入った木製のコップの淵を親指で撫でながら話す彼女の表情は悔しさに滲んでいた。
「・・・誰か・・・残る事は?」
「サキちゃんにはメイドが数名、護衛には兵士数人と・・・闘将と呼ばれる方が付くから必要ない、そうおっしゃっておりました」
「・・・んぅ・・・?」
熊男から大きな獣が喉を鳴らすような唸り声をあげるが、これは彼が考えている時に他ならない。
理由にならない理由に考えに納得がいかないが、弓使いが説明に矯正をかける。
「建前だな。近しい者、親しい者を寄せないためだろう」
「・・・どういう・・・」
「良く言えば完全な保護。悪く言えば力の独占だな」
「・・・なんだと・・・!」
熊男の目が大きく見開かれ、獰猛な獣のようなギラリとした目つきに変わる。決して彼らに向けたわけではないその表情は並みの人間ではしり込みしてしまうだろう。
「ぬしが呼ばれてない事は俺も遺憾だが・・・2人を引き離す事は必要やも知れん」
「な、何を言っているの?この子達は2人は一緒にいなければ・・・!」
仲の良い2人を引き離すのは良い事だ。そう取れる弓使いの発言に、彼女は握っていたコップを揺らしてしまい水を少し零してしまった。
「ふきふきなんだ」
「・・あ、ありがとうございます・・・」
テーブルに置いてあった熊男の手ぬぐいを無断で借りてはこぼれた水をぬしちゃんは小さな手でふきふきし始めた。
「何をやっている・・・」
「あ、あなたがおかしなことを言うからでしょう!?もう!自分でできます!」
「そうなのか」
「そうです!」
突然退行化したような聖女の振る舞いに弓使いは呆れた様子に対し、熊男は振る舞いに意外といった顔つきで驚いていた。付き合いが身近か遠いかの違いだ。
「あなたがハッキリ言わないからですよ!理由を言いなさい理由を!私もトンガリといいますよ!」
「・・・俺も、気になるな・・・」
「タカさんなんだ」
「話す。だからそれは、やめてくれ」
この口下手の事は風使いからよーく愚痴を聞かされているが聖女にもそれが今になって理解に及ぶ。
理由を後に言う話し方は聞く姿勢を整っていない相手には悪い印象しか与えない事を今度この男に話さねばならない。
「まずは、俺達はこれからニホンの捜索をしやすくなることだな」
「ぬしちゃんの護衛は、どうするおつもりですか?」
「出会った時は正直思わなかったが、この子は俺達が思う以上にしっかりしている」
まだ少しぎこちないが、弓使いの左手がぬしちゃんの黒髪を優しく撫でる。
「その通りです。ぬしちゃんはやればできる子です」
「できるこなんだ」
「・・・っふ・・・」
相槌を打つ彼女達とそれにほほ笑む熊男はさておいて、弓使いは続けて話す。
「サキを想うのであるなら、今の状況は好都合だ」
「・・・教会に・・・来る連中か・・・?」
熊男の答えは的を得たようで、端正な顔立ちが小さく頷いた。
「連中の気持ちは大いにわかるが、ニホン捜索の邪魔だ。それはサキとぬしの為と言えるか?」
「それは、王国の方々が対応してくれます」
「帝国との戦が近い中でか?」
帝国。
その言葉1つでるだけで、聖女は諦めたように黙ってしまう。
「少なくとも終戦するまでは奴らは動かん。今は自国に有益でなければ少なくとも国外に赴かないであろう」
「流石は、元衛兵ですね。それとも男だからでしょうか?」
横に座る男の説明口調が城内と城外で話した豪商と知将と言葉が重なってしまい、つい嫌味な口調になってしまっていた。
「・・・そう・・・責めるな・・・」
「責めてません」
「おこりんぼなんだ」
「怒ってません!」
平常運転だ。問題ないだろう。
「それと、これは俺の予想だが・・・」
「なんですか?」
淡々と話していた口が淀む。そこまで話したらさっさと言えばいいのにと聖女は諦めはついてはいた。
「サキは・・・共生依存に陥っているのではないか?」
「・・・え?」
その言葉が耳に入った時、聖女はゆっくりとぬしちゃんを見る。
ここからは彼らの話だと、熊男はテーブルに並ぶ残った食事を静かに口に運び始めた。
「まさか、それで引き離すべき・・・と?」
「これは俺の予想だ。少なくとも、ぬしに依存し過ぎではないかと感じている」
「致し方の無い事だと私は思います」
経験があったのだろうか。熊男は持ち込んでいたのか黒髪の少女に向かって美味しそうなコタコタを使い、パンくずに食いつくヒヨコのように容易く呼び寄せていた。
「この子達は親元に戻るまで一緒にいるべきです!」
「それが2人の為になると?」
これから始まるのはただの口論だ。
「あれだけ怖い思いをさせて引き離す方がいい?先ほどからなんです?ふざけているのはあだ名だけにしてください」
「心に闇を気づかせないままに親元に返すつもりか?聖女が聞いて呆れるな」
「好きで言われてるわけではありません。その親元にはいつ帰れるのです?保証も無いのに何時まで引き離せばよろしいのですか?」
「サキの症状が良くなるまでだ。後遺症になっては元も子もないだろう」
「そんな事いってますがサキちゃんは肉類を受け付けない身体にしたのはあなた達のせいなのですよ!?これ以上問題を増やさないでください!」
「その事は認める。だからこそ俺達はサキとぬしに尽くさねばならない。それはお前も同じだろう?」
「当たり前です。そもそもあなたが気にすることではないのではないですか?私達があの子達の様子を見ているのに口出ししないでください」
「なんだと?俺達こそ順序良く朝から次の日の出まで護衛をしている。俺にも口出しする権利がある」
「権利ってなんですか?堅苦しい話ばかりしてわかりにくいのです。普段からマスクなんて着けてるから口下手なのではないですか!?」
「息苦しいから堅苦しいとでも言うつもりか!?お前達こそそんな白い服ばかりで汚れが目立つだろう!効率を考えなろ効率を!」
「なっ!服は関係ないでしょう!?私より年上なのに着眼点がはしたないですね鷹・の・目さん!」
「2歳しか違わないではないか!」
「2歳も!です!」
「うるさい!!お前は子供か!!」
「違います!!私は大人です!!」
例えるなら・・・青と黄、2つの稲妻が走っていた。
最初はともかく今では稚拙で下らない問答を繰り返すばかり。
聖女と周囲からもてはやされる凛とした美しい顔立ちの女性と、紫鉱の遺跡の深部を踏破したという端正な顔立ちをした男性の言い合いは大変物珍しく、おかげで酔っ払い3人も酔いが覚め・・・正直、引くほどだ。
「・・・っふ・・・ふふふ!」
小熊の人形を抱えた熊男の不適な笑いによって2人の言い合いが止まってしまった。
肌黒い強面な顔は何が楽しくて笑っているのかが口喧嘩をしていた2人にはわからない。
「・・・まるで・・・夫婦のようだ・・・っふふ!」
「けっこんなのか」
宛ら、子供の育成方針にすれ違いの起きた男女の痴話喧嘩のような。
「違うっ!!」「違いますっ!!」
ドッと店は笑いに包まれた。女将でさえも腹を抱えている。
宿屋の夜は一言で言うならば、騒がしい。
今夜の酒のつまみが彼らだったというわけだ。





