3話 森の中の修道院
修道院で先に目覚めた咲ちゃんは森にやってくる前の事を話します
修道院の中にある食堂にて3人が1つのテーブルを囲って事情を知るべく話し込んでいた。
「ニホン?ニホンってどこの国だ?聞いたことがないぞ」
「に・ほ・ん!にっぽんなの!咲たちはそこからきたの!」
「・・・どこか違う土地から飛ばされたのでしょうか?」
「いろいろなところを旅してますけど、帝国とかにある大きな地図とかでもそんな国は載ってなかったですよ」
「ええ!!そんなことないもん!くるまとかひこうきとかすーぱーもほんとにあるんだもん!」
「王国や帝国などで使われている専門用語でしょうか?」
「い、いや、えっーーっと?・・・まいったな」
1人は白がかった綺麗な髪色、茶色い瞳、古いためシワが多少ついているが綺麗なシスター服を着ている5歳の女の子。
少女の向かいに座るのは茶髪にカーキ色の瞳をした好青年。
フードを被っていた男だ。
その隣には修道院の院長が座っており、院長というわりに周囲のシスターよりも若い女性であった。
ここは咲ちゃんたちの住んでいた場所どころか日本ですらない、らしい。
「ようちえん?がどんな場所かは分かったけれど、くるまってのは馬車のことだよな?」
「ちがうの!おっきくてはやくて、おうまさんははしってないよ?」
「うっそだろ?うーん、俺が知らないだけなのかね」
周りにあるものと聞かれ、咲ちゃんはわかっていることを答えたものの、まったく話がかみ合わないのだ。咲ちゃんはうーんと悩みだすが、相手も同じである。
「ひこうき、というのは魔法の力で浮かした物ではないでしょうか?」
「ええぇ!?おにいさんたちまほうがつかえるの!?みたいみたいみたい!!」
「お、おい」
魔法と聞いて突然興奮した咲ちゃんはテーブルから飛び出すかのように前のめりに跳ねだす。このまま椅子から落っこちそうな勢いだ。
興奮しだした女の子を2人は優しく落ち着かせるが、1つ疑問も生まれた。
「見せるのはいいけど、サキちゃんは魔法を見た事がないのか?」
「えっとね、えほんでよんだことはあるよ!」
でも・・・、とすこし落ち込んだように付け加えて
「まほうなんてないんだよっておとうさんがいってたの」
「ええ?それじゃあ君たちは魔法を使わずどんな生活をしていたんだい?」
「咲のおうちはね、でんきをつかってるんだよ!ごはんとかおふろも、ぜんぶでんきをつかってるの」
「・・・?」
その話を聞き、青年と院長は考え込んだ。
それを見た咲ちゃんは不思議そうな顔をする。どうしてわからないんだろう?そんな様子である。
そう、咲ちゃんの言うことが本当にわからないのだ。
この世界には大気中に漂う魔力を使う技術がある。生活には無くてはならないものとなっており、雷や火、風、水を操るためにも魔法技術が必要不可欠なのだ。
しかし、魔法を使わずに雷を扱う技術は今この世界には無い。
発電機のような物はある。それを動かすには大気中にある魔力を利用するため、結局は魔法による知識がないと扱えない。
魔法が存在しないのに電気を扱える環境なありえないのだ。
青年は咲ちゃんの顔を見つめた。子供の嘘、勘違いや見間違いならそもそもこの話は終わってるのだが、モンスターに追われて怖い思いをしてまで嘘をつくなど到底思えない。
そんなものとは全く違う違和感を青年は感じていた。
身なりのいい子供たちがここまで来られた経緯がまったく足取りがわからない。
住む場所も周囲の建造物にも心当たりがない。
ましてや、その胸につけたネームの文字すらわからない。
魔法の存在をまるでおとぎ話のような扱いをする割に、何を動力にしてるかわからないが電気は使うのである。
この子達が切り取られた世界から・・・やってきたような、違和感。
「ねえ!」
そう考え込んでいた青年に咲ちゃんは少し興奮したように話す。集中しすぎて声が聴きとれていなかったようだ。
「おにいさんまほうつかえるんでしょ!?咲みたい!みたい!」
女の子たちはいわば遭難状態であり、それを救出しただけである。
いくら考えても答えが見つからない以上、青年にできることはここにはほとんどないはずであったが、どうにも放っておけない気に駆られてしまう。
もともと挨拶だけを済ませたらこのまま王国へと向かうつもりだった青年は、1つ思いついた。
「院長さん、他の都に行った後もこの子たちの事を聞いて回ってみようと思います。ここまで特徴があれば何かわかるかもしれない」
「本当によろしいのですか?私たちを助けてくれただけでも徒労だったでしょうに・・・」
「いや、ここまで来たらとことんやってやりますよ!よーしサキちゃん、そこまで見たいなら魔法をみせてやる!」
「いゃったぁ!」
ぬしちゃんはまだ眠っていて挨拶ができていないのは残念だが、ここを出る前に咲ちゃんだけでも元気付けようと提案した途端、咲ちゃんは笑顔になる。院長もその申し出に安堵したようだ。
これでいいのだ、と青年は満足げな顔になる。子供をここに残すのは問題を解決した今でも不安に思うが、仮に連れて行ったところでこの子達の住居があまりに不明すぎる。どれだけ長い旅をつづけるか想像がつかない。
「じゃあ院長さん、この子に魔法を見せてから俺はそのまま王国に戻ります。それまではこの子達のことを任せます」
「わかりました。王国にある教会がありますので最悪そちらに移動することも考えています」
「こっちも修道院での事を先に教会に伝えておくよ」
院長は「では、こちらを」と言い木製の札を青年に渡す。その札には杖を掲げた神官の姿が描かれており、院長名前も彫られていた。これをもっていけば信憑性も増すのだろう。
咲ちゃんを連れ外に出ようとした青年は思い出したかのように院長に振り返る。
「そうだった、囲いの入り口からは出入りしない方がいいかもしれない」
院長は首をかしげる。朝早くに彼が大木を片付けてくれて、子供を襲ったモンスターの躯は弔ったのだ。何か他に問題があったか思い当たらないが青年は話を続ける。
「変な話かもしれないですがぬしちゃんの投げた小石にモンスターが怯えていたんです。確証はないけれど、まだその辺に転がってるかもしれない」
「もしかして、夜に窓から見えたあの白い輝きと関係が?」
「それもわからないけれど、もしかしたらこの子達には何か不思議な力があるのかもしれない」
「咲たちのこと?」
「ああ!そうだ」
ごく稀であるが未知の力を秘めた才能を持った者がおり、魔法も本来はなかったものだと祖母から聞いたことのある院長は考えた。恐らくその内に魔法の存在を広めた賢人がいたのだろう。
「わかりました、助けてくださった恩もあります。囲いから梯子を使って出入りすることにします」
「ありがとうございます!そんじゃサキちゃん外に出るぞ」
「うん!」
「あなたの行く先に幸ありますように」
「何かがわかったらまた来ます!」
「サキちゃん、魔法を見せてもらったら食堂に戻ってきてくださいね」
「はーい!」
咲ちゃんと青年は外へ、院長はぬしちゃんを寝かせている2階へと向かった。
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外に出た2人は囲いの中ににいた。囲いの中にはなかなか広く、修道院の左側には菜園、右側には蔵がある。菜園にいたシスター達にも事情を説明すると、入り口にある小石や子供たちの事も快く承諾してくれた。
シスター達から蔵に古びた予備の案山子があるとのことなのでそれを借り地面に差し込む。数分もせず準備は終わる。
「よーし立ったぞ」
「まほう!まほう!」
魔法と聞いてここまで目を輝かせる子供は今となっては少ない。青年は少し楽しくなってきて自然と笑顔になってくる。もし妹か弟がいればこんな感じなのか?青年はそう考えてしまう。
準備は整った。念のために咲ちゃんに破片が飛ばないように少し離れてもらった。
「今からサキちゃんに本当の電気ってのを見せてあげよう!ちょっと手加減するけどな」
調子に乗ったかのように見えたが、それも一瞬。両手をパンっ!と勢いよく合わせたかと思えば足元が輝き始める。
それを見た咲ちゃんは思い出す。その地面に描かれた円形の線と文字は、日曜日の朝に放送される人気アニメに出てくる魔法陣にそっくりであった。違うのはそれがアニメではなく現実に起きていることに咲ちゃんは目が離せなかった。
その魔法陣は光のような輝きを持ったまま荒々しくバチバチと音を出す。そして男は両腕をバッと前に突き出す。先ほどの調子に乗っていたような様子はなく、集中力の塊のような顔つきの青年がそこにいた。
そして、青年の両手から何かが放たれた。それは電気などと生易しいものではなく、轟々しく猛々しい雷。咲ちゃんはその光景から目が離せなかった。
鳥のような鳴き声を出しながら雷は、案山子に直撃。
手加減とはなんだったのか?果たして音のことか、力加減のことなのか。
そこには無残にも焼け焦げた元案山子の姿。
青年の顔には、やっちまったとでも言いたげな顔をしていた。口で言うほど加減ができていなかったようだ。破片は女の子の方には飛んでいかなかったが、これでは怯えてしまうのではないか?そう思い振り向いた。
「かぁああっこいいい!!すごいすごいすごい!!」
その雷と同じくらいの感情の爆発、それを体現させた5歳児がそこにいた。
家族から魔法はないと言われたが、あるじゃないか!
アニメで見ていて憧れていた物が、あるじゃないか!!
目には星でも入れているのか。キラキラして満面の笑み。体全体を使って使ってその場で跳ねている。
女の子の絶賛を浴び照れ臭くなったのか、青年は頭をかいてごまかす。
「そ、そうか?そこまで褒められることじゃないぞ」
「咲にもつかえる?つかえる!?」
「そうだなー、サキちゃんもがんばればいろんな魔法が使えるようになるかもな」
そう言いながら咲ちゃんの頭を青年は撫でながら話す。ここまで喜ばれるとは思ってなかったため青年は驚いたが、その様子を見て咲ちゃんが本当に魔法の存在を知らない事を確認できた。
「まるでゆうしゃさまみたい!」
「勇者。俺が?」
「うん!どんなことがあってもみんなをたすけてくれるんだよ!ゆうしゃさまだよ!」
この子は俺に言ったのか?子供の言うことではないか。
青年はキョトンとした顔になる。
しかし、次第に落ち込んだように暗い顔になっていく。
「俺は・・・そんなすごい人じゃないよ」
「そんなことないもん!かっこいいけんももってるし、咲たちをたすけてくれたもん!ゆうしゃさまだよ!」
大昔にいた英雄の中には勇者と呼ばれた者がいたであろうが、どの都に行ってもそれらしい者の話は聞かないし、そんな話など真面目に聞くような者すらいない。口に出したところで散々笑われてしまったのだ。
青年の旅の目的はその英雄になりえる仲間を探す事なのだ。
この世界は物資の流通など王国と帝国を中心に動いてるのだが、この2つの国は仲が悪く何度も戦争を起こしている。
今までは小さな争いで済んでいたが、最近の噂では武器の類などが品薄になってきていると聞く。もしかしたら大規模な戦争が始まる準備をしているのかもしれないのだ。
内政がどうなっているのか青年にとって知ったことではなかったが、このまま戦争が続いてしまえば死傷者が増えるばかりだ。自分を育ててくれた家族も・・・巻き込まれてしまった。
当然戦争を止めるなど自分1人では無理である。せめて仲間を揃え王国か帝国のどちらかに属するつもりでいるのだが・・・。
笑われ、馬鹿にされ、悩んでいる中、周りではなく自分を勇者だと言う女の子がいる。
勘違いしている子供の戯言かもしれない。が、青年は初めて励まされたのだ。
太陽のようにニコやかな笑顔で事情を何も知らない咲ちゃんに。
「・・・俺でも、なれるかな」
「なってるもん!ゆうしゃさまだよ!」
勇者と呼ばれた男の胸の奥で何かが生まれた。それが勇気なのかただの自惚れなのかわからない。
たった一度、偶然助けただけの小さな女の子から言われた言葉に不思議と嫌な気がしなかった。
「もっと、もっとがんばってみるよ。ありがとうな」
青年は咲ちゃんに目を合わせ話す。
先ほどのような落ち込んだ様子はない。霧が晴れたかのような凛々しい表情をしている。
その迷いの消えた瞳に見つめられ、さっきまでの元気はどこに行ったのか。咲ちゃんは恥ずかしそうにモジモジしだす。
「サキちゃんが困った時に、かっこよく駆け付けられるようになってみせるよ」
「う、うん!」
青年は荷物をまとめ咲ちゃん手を振られながら「また会おうな」と顔を赤らめた女の子に告げ王国へと向かう。
その足取りは軽く、青年の行く先は明るく輝いているようだった。
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修道院の一室。助けてくれた青年のような時々現れる客人のために用意された小部屋だが、今は倒れた子供を休める場所となっている。
そこへ修道院の院長である女性が向かっていった。無事に眠りから覚めた女の子の話によると、ぬしという名前らしい。
見たままなら同じ5歳くらいの女の子ではある。
受けていた傷は相当なものではあったが、早くに癒しの奇跡を使えた事で大事には至らず幸いであった。咲ちゃんと比べて疲労も多かったようなのでまだ睡眠しているが、咲ちゃんと同じようにもう動けるはず。
考えをまとめている内にぬしちゃんを寝かせていた部屋の前へたどり着き、念のため音を立てないようにゆっくりとドアを開ける。
院長がベッドへと顔を向けると、下半身は布団の中に入ったまま上半身を起こしていたぬしちゃんがいた。
「おはようございます。お体はもう痛みませんか?」
院長はベッドに近づき目線を合わせるようにしゃがむ。
・・・・・・・・
顔はこちらに向けるものの、ぼーっとしたような表情のままで返事はない。
困惑しているのか、寝起きで寝ぼけているのか。院長は笑顔のまま、構わず話をつづけた。
「サキちゃんからお話は聞いています。夜の森だけでも怖かったでしょうに・・・」
「さきちゃん」
名前で反応があった。表情はまったくかわらないが、心なしか明るい・・・感じがする。
「はい、勇敢な旅の人が助けてくださったのです。サキちゃんのお怪我も治しましたのでもう安心してください」
「そうなのか」
「その旅の人がぬしちゃんが頑張ったおかげで間に合ったと言ってましたよ。よくがんばりましたね」
「がんばった」
「えっと・・・着ていたお洋服は汚れていたので今お洗濯してますから気にしないでくださいね」
「うん」
・・・・・・・・
会話が止まる。正確にはぬしちゃんが端的にただ返事を返しているだけなので会話ですらないのだが。
院長は真剣な顔つきになる。もともとこんなのであることをしらない院長は後遺症でも残ったのか不安になったのだ。
しかし、ぬしちゃんの方から妙な事を聞かれる。
「・・・をことぬし、かみがほしいんだ」
「かみ?紙のことでしょうか」
一人称を をことぬしと呼ぶぬしちゃんから予想外な事を聞かれ、いきなりどうしたのか?と思いはしたが個室の棚に用意してあった紙を数枚出してみて見せてみる。「それなんだ」と指を指したのでお気に召したようだ。手紙でも書きたいのかと判断した院長はお盆を裏返しにし筆と一緒に渡してあげた。
すると受け取るや否や、ぬしちゃんは膝の上に乗せたお盆を机替わりに紙を折り始める。
その手先は大人ですら驚くほど器用に、素早く、綺麗に動く。その芸術的な手さばきに目が離すことができないほどだ。少なくとも紙細工のようなものを作っていることはわかった。
2枚の紙を使い3分もかからない内に造られたそれは、折った2枚の紙が差し込んでいるかのように中心で重なり、4方向の尖った部分が飛び出ており星のようにも見えた。
ぬしちゃんが紙で作ったのは手裏剣である。
「これで、たたかう」
「え?」
院長が星だと思ったそれは、どうやら武器のつもりらしい。投げれば綺麗に回転しそうで以外と飛びそうな見た目ではあるが、結局は紙である。
あまりに小さい体の女の子が紙を武器に戦うなど、一見せずともあまりにも頼りない。
が、
「さきちゃんが、またあぶなくなったら、がんばってまもるんだ」
昨日の夜のことを思い返す。
修道院間近にまでベアウルフなるモンスターが来ていたことはその恐ろしい大きな鳴き声が聴こえていたので知ってはいた。
青年から夜には外に出るなとも釘は刺されていたが、そんなのは建前で、正直シスターたちも含めてあまりに怖くて外の様子なども見ることができなかった。
後に青年が幼い子供たちを連れてきたときには、自身を心底恨んだものだ。
しかし、この子は倒れている友達を守るためにボロボロになっても立ち向かっていたと聞き、あまりに自分が情けない事を知り、涙を流してしまった、昨日のことを。
院長はぬしちゃんの瞳を見つめる。ぼーっとしたようなその顔が愛おしく思えた。
「ぬしちゃんは、とても強いです。絶対に守れます。神に誓って」
「がんばる」
一見ちっぽけに見える武器を握り布団に座っている女の子は、どんな相手にだって負けず立ち向かえる強い心を持っているだろう。
院長は心からの賛辞を贈った。