42話 蝕んでいた小さな心
どれだけの危機 どれだけの恐怖
ただの人であればここまで遭遇しないのだろうか
それとも
遭遇しなければただの人であり続けるのだろうか
どちらにしろ 対価と代償は変わらない
「いやぁおまたせいたしましたな!」
「待っておったぞ」
椅子に座りながら咲ちゃん達が話をしていると、ここへ連れてきた貴族の男とその護衛、キャリーカートで食事を運んできたメイド達が食卓へと姿を現す。
「おかねもちのおじさん!」
「おかねのおじさん」
「はっはっは!おかねもち、といざ言われますとどうも気恥ずかしいですな」
「もう!失礼を言ってはいけません!この子達はもう!」
もしかしたら今日だけで金色の髪に白き毛が混じりかねない気苦労に聖女は悪戦苦闘しているが、貴族の男もまた王と同じく笑い飛ばす。
「なに、賑やかでよいではないか。確かに其方はお金持ち、だものな!」
「王にまで認められるとは、お褒めの言葉と受け取らせていただきますぞ?」
「そうしてくれたまえ、ふははは!」
「はっはっは!」
咲ちゃんとぬしちゃんのようにずいぶんと気心の知れているような仲睦まじさに臣下だけではない縁がそこにあるようだ。
咲ちゃん達とは向かいとなる空いた席へとドッシリと座るのを確認して、王は話す。
「顔を見て対話をすることがこれほどに楽しいものだったとはな。これもコザクラサキ並びに余の友である豪商、噂とはいえ一早く行動に移した其方には感謝しかない」
王の言葉に豪商と呼ばれる貴族の男は深く頭を下げた。
知将、闘将の次は将ではなく商人ときた。この3人が王の頭となり右腕となり働いているのだろう。
王が話し終える頃には食卓の間に相応しい料理の数々が並んでいた。
艶やかな皿の上には高級レストランでよく見たアンティークのような銀色のボウルが被せられており、ぬしちゃんはクローシェと呼ばれる蓋の中に何があるかが気になって伸ばした手を聖女に掴まれて妨害されていた。
メイド達は咲ちゃんとぬしちゃんの後ろへと回り込み、サイズの大きい涎掛けを首へと着けてくれており1つの洋服のようだ。
「前もって準備ができず順序よく運ばせることはできないが、この方が其方たちも食べやすかろう。さあ遠慮せずに食べたまえ」
メイド達が丁寧にクローシェを持ち上げて行くたびに食卓の宝石箱が開かれていくようだ。
「うわぁ・・・!たべものいっぱい!」
「おお」
「なんて豪華な食事・・・!」
果物、野菜、名前のよく分からない物まで何もかも。その小さな腕では奥まで届かず、どれから手を付ければ良いかもわからない程に選び放題だ。
特に目にとどまったのは、肉だ。
修道院や王国の外、教会でも出なかった美味しそうな肉。
咲ちゃんが最後に食べた大好きなハンバーグの味を思い出し目を爛々と輝かせた。
だが・・・同時に喉から込み上げるような、違和感。なんだろう?
とにかく、食べる前にするべきことがある。
3人が両の手を合わせ、一言。
「いただきます!」
「いただきますなんだ」
「頂かせていただきます」
いつもの挨拶だ。
「ふむ?もちろん構わないが、それはニホン・・・という国の文化かからかね?神への信仰とも見えなくはないが」
「はい。調理した者への感謝の言葉という意味が込められているらしく、今では教会にいる者はその風習に習っているのです」
「それはなによりですな!国は違えどその風習は良い物。料理に携わった者達の努力も報われるであろう」
「信仰とは違うということか。これも手掛かりになるやもしれぬ、覚えておこう」
「ありがとうございます・・・」
咲ちゃんの手が届くように用意されていた小皿にわけている聖女が王へと返答をすると豪商が分厚くも柔らかい肉を綺麗に切り分けながらに会話に乗って来る。
子供達がフォークを用いて食べ始めている中、聖女の頭の中は子供達の今後で埋め尽くされていた。
国の頂点との対話どころか食事などと、これこそ咲ちゃんの力で成し得た奇跡だろう。
それも日本の捜索にも王自らの言葉から協力してくれるという寛大な配慮には涙が出そうなほどに嬉しくもある。
問題があるとすれば、ぬしちゃんの闇の力を伏せたのが裏目とでてしまった事だ。
王の提案通りにいけば、このままでは身近ではあるが2人が離されてしまう。
何故かはわからない。だが2人が離れると知った時、背筋に怖気が走ったのだ。
咲ちゃんとぬしちゃんは・・・離してはいけない。
厚かましくはあるが・・・話すのなら、今しか無い。子供が1人から2人に増えるくらいなら、と。
「その・・・さしでまがしい事ではあるのですが・・・」
聖女は王へと話そうと口を開いた、その時。
「ぅ・・・ぉええ・・・!」
「む」
咲ちゃんが、吐いた。
「さ、サキちゃん!?どうしたの!?」
「わがんぅ・・・ぅえぇ」
「ふぁぃう」
白いテーブル、小皿が嘔吐物で穢されていき・・・
「手を止めよっっ!!!!毒やもしれぬ!!!!」
爆音が鳴る。
大鎧の男、闘将が恐ろしいまでの肺活量を駆使し叫びに王と豪商の男が血相を変える。
「なに!?おのれ二度までもっ・・・!!皆食べたものを出せ!!」
「りょ、料理長を呼ぶのだ!魔法による毒見は済ませてなかったのか!?どうなっておるのだ!?」
この国の最高権力者たちの言葉に怯んだメイド達が即座に動き始めるが・・・それを聖女が言葉で止める。
「お、お待ちください!これは、違うと思います・・・」
「どういうことかね・・・!?」
「ぬしちゃんも、同じく切り分けた物を食べていますので・・・」
「おにくなんだ」
「なんと・・・!」
咲ちゃんとぬしちゃんが真っ先に欲しがったのは、肉だ。
それもぬしちゃんは誰よりもバクバクと肉汁で小皿と机を散らばしながら食べている。
もし毒であれば、同じくぬしちゃんも吐き出しているはず・・・そういうことだ。
「これは、驚いた・・・ああ・・・心臓が止まるかと思ったわい」
「そうであったか・・・。もしや口に合わなかった」
「い、いえ、私も驚いているのです。粗相を犯し大変申し訳ありません・・・!」
「いや、大恩ある者に合わぬと知らず与えた余の失態だ。気にするでない」
慌てて立ち上がった豪商はハンカチで自身の汗を拭き、自らの失敗だと動揺する王、突然吐き出した咲ちゃんに戸惑う聖女、嘔吐物の処理をするメイド達、手に持つ武器を構え食卓の間を守護する闘将と兵士たち。
大騒ぎとなった食卓の間で咲ちゃんは呟いた。
「おにぐ・・・たべれない、の・・・」
「え・・・!?そんな・・・」
自身を喰らおうと襲い掛かる化け物。そして度重なる獣の死体に切り落とされる首に胴体、降り注ぐ血しぶきの嵐。
それらの体験は知らず知らずの内に白髪の少女の心を蝕んでいき、トラウマとなってしまった。
咲ちゃんは・・・肉を食べれなくなっていたのだ。
「そうなのか」
すると今度はなんだと言わんばかりの事態に陥った。
「ぬしちゃん!?何をしているの!」
ぬしちゃんがテーブルの上へと土足で乗りあがり乱雑にフォークで食べ物を串刺しにして食べていくではないか。
子供達の起こす珍事態にどう手を施せばいいかがわからず王すら戸惑う始末だ。
「咲ちゃんをこまらせる、おにくをたべるんだ」
「わかりましたから!こ、こら!降りなさい!」
宣言通りにぬしちゃんはテーブルに並ぶ肉という肉を平らげていく。
捕まえようと伸ばした聖女の腕など道徳などトイレの紙の如く気にしないぬしちゃんには届かない。果てには豪商の切り分けていた肉すらも食べるという始末にメイド達も参戦せざるを得なかった。
「ぶ・・・ぐっふふ」
だが、とある男のおかげで収束することになる。
「ぐふっ、ぐはははははっ!!なんと豪快!!」
大槍の構えを納め、空いた手で白銀の腹を抱えて大笑いをあげるは闘将と言われた男だ。
「友が為!肉を喰らうは黒髪の女児なり!!王の為とあっても拙者ですらできぬその腹!!見事!!」
もしかしたらだが、本当に波長が合うのだろう。
そんな彼の言葉で聖女は思いに至る。
咲ちゃんを守るために肉を全て食べてしまおうというのだ。
「・・・なるほど。闘将よ、其方の言で理解に至った」
「ほ、ほう?・・・にしても、ちと大胆過ぎではありますがな」
浮かせた腰を降ろした王は元の落ち着きを取り戻す。
「準備がなっていなかったようだ。唐突ですまないが予定の部屋へと子供達を案内しておくれ。食事を改めて持っていかせよう」
「承りました。うーむ、教会の食事とやらを教えてもらえぬかね?それに合わせようではないか!」
「お手数おかけして大変申し訳ありません・・・!」
思わぬ助けに事に至らずには済んだようだ。相当ショックだったのか落ち込んでいる咲ちゃんを落ち着かせる必要がある。
「ぬ、ぬしちゃん。もう大丈夫、大丈夫ですよ」
「うん」
けぷっ というゲップと共に、随分と満足そうにお腹が膨れたぬしちゃんは若干重く感じながら降ろし、咲ちゃんとぬしちゃんは客室へと運ばれていった。
------------
場内にある一室。
この部屋は後々咲ちゃんが住まう予定となる場所だそうで、今は必要な家具以外の物は一切無いがそれでも品を感じさせる装飾が施されている。
もっとも咲ちゃんの目が惹かれてしまったのは室内だと言うのにレースとフリルの屋根が付いており、幼稚園の絵本で読んだお姫様が使うベッドのようだ。
そのベッドに、今は自分が横になっている。
普段であればそれだけで心が躍るが・・・今はとてもそんな気になれない。
「だいじょうぶなのか」
大きな布団の上で横にならずに座っているぬしちゃんが、咲ちゃんにとって心の支えであった。
「ぬしちゃん・・・咲ね、おにくたべれなくなっちゃった・・・」
「おにく」
「おかあさんのハンバーグも・・・もう、たべれないの、かな・・・」
また涙が込み上げてきてしまった。
お母さんのシチューも大好きだが、咲ちゃんはハンバーグも大好きだ。
だが、食卓に並んだ肉を見た時に感じた喉から込み上げる吐き気を文字通り味わう事になるのかと思うと、小さな胸の内に冷たい空気が入っていくような気持ちとなってしまうのだ。
このまま、食べれない物が増えてったらどうしよう・・・。
頭の中でそうグルグルと回ってしまい、不安で圧し潰されそうになる。
それがたまらなく悲しい。
「ハンバーグ」
「うん・・・おかあさんのハンバーグね・・・すっごく、おいしいの」
「おお」
食べる事となると無表情なのに感情豊かな親友が今はちょっと羨ましく思ってしまう。
「ハンバーグおいしそうなんだ」
「うん・・・」
沈黙。
テレビどころかラジオもスマホ、携帯ゲームすらも無い部屋はとても静かだ。
そういえばそうだ。この国には電気や重電を使うような物が全然ない。アメリカとか、外国でもあるはずなのにどうしてだろう?
ぬしちゃんが紙を使っておもちゃを作ってくれたり、身体を使って遊んだりしてたから気にしなかったけれど、考えるとちょっと不思議だ。
本当に・・・童謡のような世界に来てしまったようだ。
ぬしちゃん。
「・・・あれ?」
止まったかと思われた会話に、咲ちゃんは1つ気になる事が見つかった。
さっき、おかしなことを言っていた気がしたのだ。
「ぬしちゃん、ハンバーグ・・・しってるの?」
「ううん。おにくなのか」
「え・・・!」
ハンバーグを知らない。
家族がいないとは聞いたけれど、幼稚園ではお昼ご飯の時間があるはずだ。
「ぬしちゃんはようちえんで、どんなごはんをたべてたの?」
「ううん。ごはんをたべてなかったんだ」
「えええ・・・!?」
「おにく、さっきはじめてたべたんだ」
「そ、そうなの?ほんとに?」
「うん。すっごくおいしかったんだ」
信じられない。
・・・そんなことがあるのだろうか?
いじめられていたのだろうか?
でも、そんな話は聞いた事が無い。
咲ちゃんは気になって仕方なくなり、驚きでいつの間にか涙が止まってしまっていた。
「ぬしちゃんは、えっと、ようちえんよりまえね!」
「うん」
「なにをたべてたの?」
そう聞くと、ぬしちゃんが上を向いて何かを考え・・・呟いた。
「からあげ」
「からあげ・・・?あれ?」
唐揚げ。野菜だろうか?
「ぬしちゃん、からあげってどんなからあげ?」
「む」
時間が止まったように親友は硬直する。
一体どうしたかと心配になるが、答えは返ってきた。
「からあげ・・・おいしいのか」
「え?ええ・・・?」
咲ちゃんの頭の中はもう唐揚げとぬしちゃんでいっぱいだ。
なんというか、形の合わないパズルのピースを無理矢理ねじ込んでいるような、そんな感じ。
「をことぬし、おにくがすきになったんだ」
「・・・ぬしちゃん?」
「咲ちゃんがたべれるようになるまで、いっぱいたべるんだ」
親友の事でわからない事が増えてしまったような気がするが、自分を想うその言葉に頭のモヤモヤが少し晴れたような気分だ。
「えっと・・・ぬしちゃんは、おにくたんとうだね!」
「おにくたんとう。むふふ」
今まで食べた事の無いはずのぬしちゃんに、少し贅沢な文句を言ってしまったかもしれない。
「おにくをおなかにいれてやっつけるんだ」
仁王立ちのままポンっとお腹を叩き、音を鳴らすちっこい力士がおかしくて咲ちゃんはつい笑ってしまった。
その吸引力の変わらない唯一つの掃除機が不安を吸い取ってくれるだろう。
「そうじきだね!」
「ぶぉーんなんだ」
「あはは!へんなのー!」
ベッドの上でばふばふと揺らしながら子供達は子兎のように跳ね回ってはしゃいでいた。
ぬしちゃんと一緒だったら、苦手が増えても大丈夫かもしれない。さっきだって守ってくれてたのだから。
泣いてたって気が付けば元気にしてくれるのだから。
もし、2人が離れてしまったらどうなってしまうのだろうか?
少女達は・・・まだ知らない。
読んでくれてありがとうございます
ツイッターでもよろしくお願いします
@vWHC15PjmQLD8Xs





