36.5話 お菓子の縁
味わってから何日も食べ続けていた お菓子
こんな味のドロドロした物より 他の物を食べたかった
コタコタなんてガキの食い物だと 値段の安いからと食べていた
また明日 そのまた明日も
少なくとも 今の彼にはそんな事を思っていない
『天』『地』『輪』を司る大いなる神。人それを三神と呼ぶ。
神と呼ばれるものは数あれど、教会や修道院で祀られているとするならば、まずこの三神が挙げられるであろう。
一生を全うした者は天へと極楽へと迎えられ
罪を犯したものは地へと地獄へと送られてしまい
そして、魂の輪廻によって生まれ変わるという
古き時代から崇められていたと渡しと呼ばれるの3つの神々。
古き時代、土地争いの戦場が数えきれないほどに起こる世の中で死に美徳と捉える者が多く、信仰深い多くの信者によって支えられていたが、世間一般の評判はとても良いものではない。
静かな最期、より良い一生を過ごせるようにと願いの込められたこの神々は、見方を変えれば死神と揶揄されてしまう事も少なくない。
帝国と王国の小競り合いこそあるが、それも昔ほど大きな規模でもなく、人々は至って平和に毎日を送っているのだ。
負を和らげる神々は、負を厭わない者達から見れば必要が無い。
それ故に悪評ばかりが増えていき、それに耐えきれない信者達が去るという悪循環に陥る。
「ってわけなのよ・・・きつい事言って、悪かったわね」
「あなたの話で理解ができました。王国ではもう、廃れている最中だったのですね」
王国へと帰還し2日目、お昼。
教会の中に設置されている長椅子に深緑のショートボブ、金色のロングの女性が2人座って話込んでいた。
「あたしは才能ってより、そんな神様なんか信じたくなくってこっちに走ったのよ」
先端に小さな魔法石が縛られた杖先を揺らしながら話す風使い。
「あたしだって死ぬような目は何度もあったのよ。死にたくなくて、何度も逃げたし泣いたし最悪で最低よ。そんな時に死の神様なんて縁起なんてあったもんじゃないわ」
風魔法を扱う彼女もまた、死神と揶揄する者の1人であった。
不貞腐れたような顔つきで愚痴る風使いに聖女は目を伏せながら言葉を伝える。
「あなたは、私達とは違い強い心があったのですね」
「そ、そうかな?自分じゃ全然わからないけど」
「ええ。どんなに臆病だと見られても、苦境から抜け出そうとする努力はあなたは惜しみませんでした。それは形の違う勇気と言えるのではないですか?」
「・・・そうかなぁ!」
「そうですよ」
「あはは!ありがと!ちょっと自信ついたかも?」
「そうであれば良かったです」
2人の女性の笑い声が教会の中で静かに響く。
「ところで・・・あなた、赤い殿方の事を好いておいでですか?」
「ぇ・・・ぶぇ!?」
聖女が話に花を添え、話題という花瓶を変えた。
人それを、恋バナという。
「や、や、そ、そんなんじゃないし!?」
「だってあなた、私があの方に酷く話た直後に怒り始めたでしょう。そうとしか見えませんよ?」
「違うし!話入り込めそうかなーって思っただけよ!」
「あら必死だこと。ふふふ・・・!」
「ちーがーうーしー!!」
座りながらその綺麗な顔でからかってくる口を塞ごうと両手を伸ばした風使いを聖女はひらりと回避する。
「最悪で最低な毎日を1番に変えたのは、彼ですか?」
「・・・!!あー!あー!聞こえない!あんたこそなんか無いの!?」
杖を置き、髪を両手でクシャクシャにしながら立ち上がる風使いから話を振られた女性は声色を切なげにし答える。
「私は同じ年頃の相手が身近に1人もいませんでしたから。まして男性などと・・・少し羨ましいですね」
「そ・・・そうなのね。悪い事聞いちゃった、かな」
バツが悪そうについクシャクシャにしてしまった髪を風使いは整える。
「ところで、あのお方とはどこまで進んでいるんです?本でしかそういったお話を聞いたことがなくてですねほら 指輪とか証とか浪漫が気になっててですね はい!」
「あんた実はちょっと性格悪いでしょ!ねーわよばーか!」
前言撤回。
というのも、男性との交流など幼き時の父、通りがかった商人やフードの男、襲い掛かって来た賊、そんな人達としか関わりの無い彼女にとってはそういった恋バナはハチミツのように甘い物でしかない。
同時に似たような年代の風使いと話すのが楽しいのか、抑圧された乙女心にテンションが高い。
「あーもう!あたしサキちゃん達見てくる!」
「では私もご一緒しましょう」
「ちょっともう話せる事ないってば!」
「何を言っているのです?さ、行きましょう」
「ムキャーー!!むかつく!!」
クスクスとからかうように笑う聖女と対象的に、赤くした顔のまま猿のように悲惨な声をあげる風使いが教会外へと出て行った。
「・・・静かになさいと、叱るべきかねぇ・・・?」
周りに人がいないわけでもないというのに、と掃除をしていたシスター達は笑みの入った呆れ顔でコッソリとお年頃の女性2人を見送った。
教会の外を出ると広い草花が広がる敷地内へと出る。右手には子供が遊びまわっても幅が足りる程に広い庭と、教会の裏手に周れば多数に並ぶお墓があり、信者が減っている今でもこちらは広まるばかりだ。
教会はどこを見ても掃除が行き届いており、清潔感でいっぱいではあるが・・・これには理由がある。
その凛とした美しさから聖女と呼ばれている女性は森の中にあった修道院の元院長であるが、この教会へと来た時にはその綺麗な顔立ちが驚きのあまりに歪んだそうだ。
教会内のどこを見ても汚れが目立っており、人の数も神官を含めて片手で足りる程にしか人数がおらず、自身のいた修道院よりも酷いという事態に陥っていたのだ。
だが神官たちはそれでも、努力と信仰心を頼りにやりくりしていたらしく、フードを身に付けた茶髪の男からの励ましの言葉も受け捨てるつもりが無かったのが幸いであった。
国は一体何をしているのか?それほど命を奪い合う戦争が大切だとでも言いたいのだろうか?
そう胸の内に抑えながら、修道院からやってきたシスター達が文字通り一掃したのが今の教会だ。
何よりも・・・咲ちゃんとぬしちゃんへと信仰を変えるため決心した彼女達がそんな現状を許すわけがなかったのだ。
「さて、サキちゃんとぬしちゃんはどこかなー?」
「たしかトンガリ達が見てるはずだから・・・」
走りまわっても足りない程に広いとはいえ庭にいる事は確実なので見つけるのは簡単であった。
赤と青の大人に紛れて黄色い帽子が2つが見える。
「あの帽子、すごい見つけやすいよね」
「ええ、暗がりでもよく目立ちますのでよく考えられた制服と言えるでしょう」
黄色とは暗がりの中で最も発見しやすい色であり、彼らは2人の少女と生活していく内にようやく気づけたことであった。
「でも、夜狙われたとしたら不味いよね・・・あれ」
「そうなる前に対処するのがあなた達の仕事です。任せましたよ?」
「当然よ!」
そう話しつつ、2人は何かをしている4人へと歩み寄っていく。
「なーにしてんの?」
「おお、風っ子か!ぬしなんだけどよ、こいつすげーぞ!?」
やたらと興奮気味な剣士の発言に首を傾げる。
また何かわかったのだろうか?
「ぬしちゃんね!ちからもちなんだよ!」
「むきむきなんだ」
そうしてほっそい腕で力こぶを作ろうとジャスチャーをする子供達の姿に女性2人に笑みがこぼれる。
「教会の者達に荷物運びを任されていたのだが・・・ぬし、持てるか?」
「うん」
男達の影に隠れて気づかなかったが、よく見れば大人1人が抱え込められるぐらい大きい木箱が横に見えていた。
中身は取り寄せていた小麦が何袋もつめられており、本来は道具を使うか、剣士の彼のような筋力に自信のある男に任せるのが道理だろう。
弓使いは1袋ずつ両手を伸ばす黒髪の少女へと渡していくが・・・
「・・・うっそでしょ」
「ぬしちゃんすごいじゃない!」
10キロはありそうな麦の袋を3つ重ねて持ったところで驚愕の声があがる。
よくよく思えば咲ちゃんですら20キロ手前はあるはずなのだ。それ以上の重量をこうも無表情のまま持たれては愚痴っていた者のなんと情けないことか。
まあ、ぬしちゃんが異常と判断すれば慰めにはなる・・・過去に荷物運びで文句を言っていた1人の女性は過去を忘れた。
「すげぇだろ!?こいつぜってぇ将来すげぇ戦士になれるぜ?」
「暗闇をも見通せる目を持つのだから弓を教えるべきだ。不意を突けば危険も少ない」
「剣なら俺が教えてやる!前も防ぎ方をしっかり教えてやりゃよかったぜ」
「ぬしの投擲技術は王国の兵士など相手にならんほどだ。家が見つかるまでとなるが、訓練するのも良いかもしれん」
「そうなのか」
などと先ほども男同士で盛り上がっていたのだろう。風使いと聖女は男臭い会話に目を細めて会話に入る。
「筋肉鍛えてどうすんのよ。咲ちゃんと一緒に裁縫とか料理の仕方とか教えた方がいいんじゃないの?咲ちゃん達が家に着いた時に変な事教えてたらまずいっしょ」
「ただでさえ脅威的な力を持っているのです。将来立派な女性となるように炊事などを教えるべきでしょう」
こっちはこっちで生活を準拠とした将来性を描いている。5歳の子供が家に帰った時にやたらと刃物の扱いに慣れていたら親は慌てるだろう。
「あ?何言ってんだ。ぬしが強くなりゃサキをもっと守れるだろーが。炊事なんざ普通に生きてりゃ勝手に覚えるだろ?んで俺らがぬしを守りゃ完璧よ」
「何かがあるたびにまた飛び出して酷い怪我を負うやもしれない。鍛えるべきは戦闘の知識と技量だ。咲と一緒に逃げ方や避け方も教えなければ親元に辿り着いた後も重宝するだろう」
「んぐっ・・・そうかもだけど」
「私も、そうですね。鍛えるべきですね」
異様に説得力のある男達の発言に納得させられてしまう。彼らは前線になど出させるつもりなど毛頭無く、最悪の状況を想定しての発言だったのだ。
「ぬしちゃんは咲のナイトさまだね!」
「ナイト?」
「きしさまのことだよ!咲をまもってくれてかっこいい!」
「そうなのか」
麦袋を弓使いへと渡すぬしちゃんに向けて咲ちゃんは言った。言われてみればと彼らは考え込み始める。
「へえ、騎士ねぇ。案外似合ってるかもな!」
「サキちゃんを守る騎士様ってこと?いいじゃん!」
「でしたら、サキちゃんはお姫様となりますね」
「咲おひめさまなの!?」
「おひめさまなんだ」
結構好評なようだ。その変わらない鉄仮面があれば兜は必要ないかもしれない。
「まあ、刃物は元より剣のような金属製は大きくなるまで無理だろう」
「え、どして?こんだけ持てるなら鉄くらい余裕っしょ」
そのための話だったのでは?と不思議な物でも見るような風使いに弓使いは答えるように提案する。
「試してみたい事がある。駆けっこだ」
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「なんでまた俺なんだよ!?」
「がんばる」
庭の教会側、壁近くに鎧を外し身軽となった剣士とぬしちゃんが横並びに立っていた。ダンジョンで起きたパン泥棒事件を思い出した彼の背筋に妙な恐怖が舞い降りたようだ。
「今回はただの競争だ。心配するな」
「お前がやりゃいいだろが!」
「適任者がお前しかいない、気にするな」
「買った方がコタコタ1袋とかこいつしか喜ばねぇだろーが!!」
弓使いが提案したのは3つ重ねた麦袋を持ったまま広い庭を真っ直ぐに走るという単純なものであり、特徴はといえば折り返し地点があり、遠くに見える目印を踏んだら元の場所へと走るくらいだ。
「かったらコタコタなんだ」
となりにいる対戦相手は麦袋を持ったまま涎を垂らして勝った後のことしか考えていない。
「まー・・・適当にやってこいつに勝たせてやりゃいいか」
「そうなのか」
だが今回は向かい合って戦うわけではなく本当にただのお遊び。
流石に気乗りがせず、剣士はまたわざと負ける算段を考えていた。
「おっさんやっぱりよわっちいのか。またまけるのか」
「ぜっってぇ負けねぇ覚悟しろよてめぇ!!」
弓使いの判断は間違っていなかった。子供に挑発された程度で全力で取り組む姿勢を見せる、これぞ適任者。
歯ぎしりしながら闘争心むき出しで剣士は全力疾走の態勢へと入る。ぬしちゃんはボケっと突っ立っているだけだ。
「ぬしちゃんがんばれー!」
「ぬしちゃん無理しちゃだめよー!」
「ぬしちゃん転ばないように気を付けて!」
対戦相手への外野からの声援に剣士の闘争心が頂点まで昇り詰める。この仏像面を負かすしかない、そう胸に誓って。
そして弓使いからが一本しかない爆竹を放りなげ・・・
パンッ!!
合図は鳴った。
「うぉおおおおおおおお!!!」
約30キロものの物体を持っているとは思えない驚くほどの速さで剣士は走り出した。今は重たい剣も鎧も身に付けておらず、大剣は買い直すか財布と相談中の彼にとって麦袋3つなどと軽くて笑えてくるのだ。
楽勝。彼の胸の内には勝利が約束されていた。
ダダダダダダダダダダダッッ
まるで大地が連打されているかのような音が聞こえて、一瞬で怖気に塗り替えられる。
そう・・・抜かされたのだ。
「まじっかよっ!!!??」
ぬしちゃんにとって助走とは無縁であり、尋常でない足さばきで大地を蹴り、それどころか重いものを持って重量が増したためにいつもより・・・速い。早い。疾いのだ。
イスの無い観客席から称賛の嵐が起きていた。
まあ、咲ちゃんは応援こそしているが、ぬしちゃんとの鬼ごっこを思い出し微妙な表情で眺めているが。
このままでは黒髪の弾丸に追いつけないまままた敗北してしまう。
そう思った矢先、折り返し地点へとぬしちゃんは到達し・・・
「はぼ、はぼっ」
妙な奇声を出しながら、前へとよろけた。
崩れそうになる麦袋を落とさないように必死であり、致命的なロスへと繋がってしまったのだ。
それは何故か?
弓使いは説明する。
「軽すぎて重心が足りていないがため、ぬしは重いものを振れん!」
そう力説する弓使いの頭が2つの平手で叩かれた。
痛そうな音が辺りに響く。
「転んで怪我したらどうすんのよ!」
「子供を実験に使うとは何事ですか!」
「ぬ、ぬしの凄さを伝えたくて、だな」
「「もう知ってんのよ馬鹿!!」」
「すみません・・・」
遠目では歓談中の彼らの事など眼中にない剣士はこれを機に追い越す事に成功する。
「ぜってぇ負けねぇ!!」
ぬしちゃんがゆっくりと丁寧に体の向きを変えている合間に、情けのクソもない剣士は苦も無く即座に方向転換をし、来た道をまた走りだす。
そして、背後から迫る・・・大地を叩く足音に剣士の背筋が凍る。
獲物となった草食動物の気持ちとはこんな感じだろうか。
振り向けば、負ける、負けてしまう。その一心で剣士は走った。
音がどんどんと近づいてくる、来る、来る、奴が、来る!
そして・・・
「よっっしゃああああああああ!!!!」
彼は、剣士は勝利した。汗を全身から流し、必死に走り勝ったのだ。
気が付けば嬉しさのあまり大声で狼煙を上げていた。
「子供相手に何マジになってんのあいつ?」
「まったく・・・大人気ないですね」
「おにいさんのいじわるー!」
狼煙は上がたが煙はダダ下がりだ。女性陣による無慈悲なの言葉が突き刺さり、疲れもあってその場にへたり込む。弓使いも頭を痛そうに撫でている姿も見えた。
「をことぬし、まけちゃったんだ」
「ぜぇ、お、おう!どーよ!?つ、つぇーだろ?」
「うん。つよいんだ」
白い肌に汗こそ見えるが、息切れ1つせずに負けを認める5歳児の姿と自身を重ねて・・・いや、もうなんでもいい。とりあえず勝てたのだ。うん。
「コタコタたべれないんだ」
だが・・・表情は変わらず読めないが、残念そうにしている事だけは剣士にも伝わり、つい鼻で笑ってしまう。
「ふぅ・・・じゃあ、半分こな!」
「はんぶんこ」
「あとちょっとで負けそうだったしな。ちょっとだぞ!?今回だけだかんな」
「おお」
2人は抱えた麦袋を元の木箱の方へと持っていき、箱へと詰め終わる。
「おにいさん」
「何・・・ん?お?」
ぬしちゃんから聴き慣れない呼び方に耳を疑い、黒髪の少女へと振り向いた。
「ありがとなんだ」
「お、おう。そうか?・・・そうか!」
コタコタに対してと剣士は思ったが、不思議と報われたような気になり、ぬしちゃんを両手で抱っこをして仲間の元へと歩いて行った。
駆けっこの後に2人で食べたコタコタは、甘くて、サクサクしていて美味しい。
2人の少女と出会う前まで仕方なしで食べていたお菓子。
「・・・味変わったか?こんなに美味かったっけ」
「コタコタおいしいんだ」
今では美味しく感じるのは・・・なんでだろうな?
3章にしようか悩んだ末に2章にしたおはなし
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