2.5話 フードの男
咲ちゃんとぬしちゃんは森の悪夢に襲われていた
月明りに照らされた3つの影を追う もう1つの影
フードを被った男が夜の森を走っている。
外見は茶色いフード付きのマントを羽織り、その腰には雑嚢やカンテラ、鞘に入った剣をぶら下げている。服装は緑色を主体とした動きやすい服に革製の鎧を身に着けて、森の中で身をひそめるのに適した装備である。
その男は森の中にある修道院のシスターからの依頼で周囲の探索をしていた。その依頼とは大型のモンスターを目撃したため討伐してほしい、という口で言うだけなら簡単なものであった。
事の発端は3日前。日がまだ出ていない朝早くにシスターの1人が川へ水を汲みに向かっていたところ、群青色をした大型のモンスターが水を飲んでおり目が合ったとたんに襲い掛かってきたとのことだ。
そのモンスターはまるで犬のような顔をしていたらしく、慌てたシスターは常備していた獣除けの臭い袋を投げつけて逃げることができたようだ。
突然のモンスターの出現により出歩くのも危険と感じたため、修道院内で立てこもっていたらしいが、得策ではないと判断したとのこと。
この修道院には戦うことができない女性しかいないのなら仕方がなかったろう。
帝国から王国に徒歩で向かう途中に建物を見つけたので屋根だけでもと借りようと近寄っただけであったが、途中ですれ違わなくてよかった。ここから王国へは徒歩では向かうだけで半日もかかるのだ。
大型のモンスターとはベアウルフという名前の、主に森に生息している大型の雑食のモンスターであることがシスターから聞いた特徴で思い浮かんだ。
夜目と鼻が利く上に全身は筋肉の塊であり、全力で前足を叩きつければ大木であろうとへし折るほどだ。最近では自力では届かない相手にはその怪力をつかい物を投げるこという恐ろしい話も聞く。
半面、弱点もわかりやすく明かりに弱いことと、先のシスターのように嗅覚が鋭いことを利用し鼻を刺激してやるのが一般的な撃退方法である。見たまんまのある意味シンプルなモンスターなのかもしれない。
だが、対処法をもってない状態で夜に遭遇した場合はどうか?
暗い森の中、巨体でありながら直進スピードで襲い掛かってきて、夜目も鼻も利くのだ。死角はない。
木々が月明りを遮る中で闇に溶け込む毛色をした巨体に出会ったのなら・・・打つ手はない。
旅先でベアウルフのことを『森の悪夢』という異名で通っていることを聞いたことがある。
子供への教育には使えそうか?程度にしか考えていなかったが、実際に被害にあってしまっては、悪夢を見るより明日が見えなくなるだろう。
今日は巣を見つけることができず、本来なら月が見えるほど辺りが暗くなってしまった今、探索を続けるのは危険でしかない。修道院へと戻りまた明日の朝が過ぎたら依頼を遂行するつもり・・・だった。
しかし、モンスターの足跡の痕跡を探しながら歩く帰路の途中、予想外の足跡を見つけてしまう。
小さい子供、それも二人分の足跡があったのだ。
こんなところに子供だと?それもサイズからして・・・かなり幼いかもしれない。
どういうことか?そんな話はシスター達からの話にはなかった。
さらに問題があるとしたら、その足跡は新しく道順が定まっていないところだ。恐らく森の中で迷っているのだろう。
空を見上げればもう月が出てしまっている。モンスターが想定通りの相手ならば・・・。
急ぎ足で走り森の中でも開けたところにでたところ、小さな足跡が方向転換し、抉られた形をした大きな足跡が混じっていたのだ。
状況は、最悪だ。
そして足跡を追う内に胸に嫌なものが込み上げてくる。
なぜなら途中で子供の足跡が1つになってしまっていたのだ。なんてことだ。
1人は殺されてしまったのか?
もし見つけられなかったらとしたら・・・、比喩ではない悪夢を見るのは俺かもしれない。
救いがあるとすればベアウルフの足跡が止まった様子もなく変わらず続いていることか。体格が大きいおかげで草木や割れた枝で道がわかりやすいが、あろうことかどんどん修道院にも近づいてきている。
「頼む、生きていてくれ!」
男は子供たちの無事を祈る。
修道院の屋根が見えたその時、不思議なことが起きる。
眩い閃光が見えたのだ。
なんだ!?
咄嗟にフードで顔を隠した。それくらいまぶしいのだ。何が起きているかわからないが、とにかく剣を構えて駆け抜けた。月明りでなんとか木々の隙間から囲いが見える。その近くには巨体の獣のようなモンスターの姿があった。
特徴は一致している。ベアウルフで間違いない。が、様子がおかしい。
うるさい鳴き声を上げながら苦しそうにもがいているのである。臭い袋でも当てられたかと思ったが、そのような苦しみ方には見えなかった。
相対していたのは逃げていた二人の子供であり、倒れているもう1人を背にしてかばうように立っている。
生きていた!
もしかしたら5歳にも満たないのではないか?その体はあまりにも小さい。
何を投げているのかわからないが、ベアウルフは近寄ろうにもその何かに怯えている。
だが、どうでもいい。考えるな。都で購入した筋力増強の薬品を雑嚢から取り出し飲み干す。体が熱くなり剣の握りしめた手に力が入る。値は高いが使うなら今だ。失敗はできない。
ベアウルフを相手に必死に立ち向かっている子供たちのおかげでこちらにはまったく気づいていない。見た限りだが弱ってもいるのだ。
確実に決めてやる!!
男は風のような俊足でベアウルフへと駆け抜け、叫ぶ。
「その子にっ!!近寄るなっっ!!!」
振り向いてももう遅い。
剛腕と言われた毛むくじゃらな腕を切り落とし、
その憎たらしい頭に剣を突き刺した。
フードをした男は頭に刺した剣を抜き、化け物の絶命を確認する。
子供たちに近づこうと男は急いで駆け寄ろうとする。
「君達!!大丈夫・・・っ!?」
男は飛んできた何かを素早い身のこなしで避ける。が、避けずとも飛んできた物は届かず地面に落ちる。
ベアウルフと対峙していたであろう子供は、とんでもないことにただの石を投げていたのだ。
こんなものであの巨体と戦おうとしていたのか?
幼いなりに死力を尽くしたのかと思うと、胸が痛くなる。
男はカンテラを取り出し火をつける。そして月明りに照らされた二人の女の子の様子をじっと眺めた。
酷い有様だ。
倒れている子供は足にケガをしているのであろうか血が流れているのが見える。気を失っているのかいまだ横になったままだし状態がよくわからない
石を投げている子供は、もっと酷い。
こんな草だらけの中、女児用のスカートで走り続けたせいで、足が切り傷だらけでどこかしこから血が出ている。
服は砂ぼこりがついており、頭を打ちでもしたのか黄色い帽子の隙間からも血が垂れている。息がヒューヒューとこちらまで聞こえてくる。
目は無理にでも瞼を開けようとしてるのが見て取れる。その動きはあまりにも必死で、意識が薄れているのだろう。
このままではこの子たちの命が危ない。
だが運が良い。この修道院にいるシスター達は光の奇跡を使える者がいると聞いた。傷を癒すことができるはず。
こんな森の中で暮らしてのだ、薬草に明るい者もきっといるであろう。
討伐報告に立ち寄る用もある。
「安心してくれ!俺は敵じゃない!」
男は武器を鞘に納め、手を横に広げて説得をする。が、女の子はふらつきながらも石を拾い、また投げつけてくる。
そんな小石などケガの内には入らないのだから無理にでも近づきたい。
しかし、なんとなくだが、この投げた石に当たってはいけない気がする。
そもそもあの光はなんだったのか?光にやられてあのモンスターはもがいていたのか?
一番気になるのは、少なくともこの子か投げた石のどっちかに怯えていたはずなのだ。
で、あれば
男は手に印を組む動作をした。その瞬間、男の足元を中心に水色に輝く文字の羅列が円形状に三列重なって描かれる。次は行を挟むように三本の白く輝く線が現れた。
それは魔法陣のようにも見える。
そのまま少しして男は魔法を放った。
光が川のような形となり、いまだ石を投げ続けている子供へと緩やかに向かう。楽器があるわけでもないのに優しげな音と共にその光は子供を包み込んだ。
今使ったのは睡眠の印。一般では『催眠』と呼ばれる手や指、足の動きで詠唱する印術だ。
印術が成功したのを確認して、投げ落ちたでらしい石を避けながら男は全速力で突っ込んだ。小さな体は眠気に襲われ倒れそうになったが、間に合った。
倒れた子供の体を支えその場で横にする。下手に動かすとまずいかもしれない。
急いで先ほどから倒れていた子供、女の子の安否を確かめたが、疲労は見えるが命に別状は無さそうだ。
よかった。
だがまだ安心はできない。
修道院が目の前にあるのだ。男は扉へと向かう。
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・・・ぅん。
咲ちゃんは眠気で重たい瞼を開け、ゆっくりと目覚めた。
頭の中がぼんやりとしている。ここはどこなのか?ベットの上で眠っていたようだ。
石造り、だと思う部屋を見渡すと見えるのは木材でできた机と椅子、本棚、床には青いカーペットがしかれていて、扉も見える。
また眠ってしまった気がする。
また?そうだ!
咲ちゃんは思い出した。ぬしちゃんと化け物に追われていたことを。となりを見てみたがぬしちゃんがいない。
どうしようどうしよう。
状況がわからない咲ちゃんは急いで起き上り、扉へと向かう。裸足であったがそれどころではない。
ガチャ、と扉を開けた。
「うお!?」
「ひゅぃ!?」
一気に部屋を飛び出した咲ちゃんに向かって驚いたような声が聞こえた。その声に咲ちゃんもびっくりする。すると咲ちゃんを見た男の人は笑顔になって話しかけてきた。
「よかった!体はどこも痛くないか?」
「えっ?えっと、えと」
初対面、だと思う男の人はなぜか心配をしてきた。ぬしちゃんのことで頭がいっぱいだった咲ちゃんはどう返せばいいのか思いつかなかった。
でも人がいたのだ。よかった。
「あ、あの、その、ぬ、ぬしちゃんは」
男は少し考えてから誰かを理解したのか笑顔で答えてくれる。
「よく二人でがんばったな。その子は今ゆっくり休んでいるんだ」
男は続けて話す。
「あの大きなモンスターは倒したから、もういない。安心してほしい」
助かったのだ
ぬしちゃんも食べられていない
よかった!よかった!
そう思った咲ちゃんの目には涙が溢れていた。この人が助けてくれたのか。
「あり、あり・・・ぃがど」
声が出ない。涙を腕で拭ってもどんどん零れてくる。お礼が言いたいのにしっかりしゃべれない。
男は突然泣き出す女の子に慌てる。だがその顔は優しく、咲ちゃんの頭をなでながら抱きかかえた。
「ごわがっだ・・・!」
「もう大丈夫。大丈夫だ」
森に建てられていた修道院の中、窓から暖かな朝日が差し込む。
覚めない夢、明けない夜など無い。
二人の女の子は『森の悪夢』から無事、逃げ延びたのだ。





